上 下
371 / 794
学院編 7 学院祭、当日

215 悪役令嬢の初めての嫉妬

しおりを挟む
「俺は悲劇を阻止したい。そのために、アリッサを裏切ることになるかもしれない」
「……そう。アリッサには言ったの?」
「言っていない。危険を避けるためマリナとアリッサには言わないでくれ。ジュリアが怒って暴れたら止めてほしい」
「つまり、三人を宥めろと?」
「そうだ。君にしか頼めない役割だ」
姉達に秘密にしていることなどほぼない。大きな秘密を背負えとこの男は言っているのだ。
「嫌だと言ったら?私は姉達に隠し事はしない主義なの」
「話を聞いた以上は協力してもらいたいが、どうしても断るなら、何処か魔法が使えない場所に、事が済むまで入っていてもらうしかないな」
ゾクッ。
低い声で囁かれ、エミリーは恐怖を感じた。どんなことをしてもレイモンドはアリッサを助けたいのだ。監禁はゴメンだ。
「……分かった。でも、あなたの計画が失敗しそうになったら、私達も自分を守るために動く。いちいち許可はとらない、それでいい?」
「ああ」
頷いたレイモンドの視線がアリッサに向いている。冷静な表情を崩さない彼の瞳が少しだけ悲しげに見えた。

   ◆◆◆

「マリナ、ステップが荒いぞ」
「あなたの一歩が大きすぎるのよ。ジュリアと一緒にしないで」
「殿下が他の女と踊ってるからって、イラついてるんじゃねえよ。ったく、こっちだって殿下とハロルドさんに何言われるかってヒヤヒヤしてんだから」
「イラついてなんかいないわよ。あなたのリードが下手なだけでしょう?」
マリナとアレックスのペアは、ダンス開始から全く息が合わなかった。派手な動きをして目立ちたいアレックスと、テキスト通りの踊りを心掛けているマリナとでは、初めから目指すものが違うのだ。
「悪かったな。俺は上品ぶったダンスなんかできないもんでね。……なあ、見ろよ」
「何?」
「殿下の様子、何かおかしくねーか?」
「普通にダンスしているじゃない」
「違う。……っああ、なんつーか、顔?いつもあの女に対する時と違くね?」
ターンしながらマリナはセドリックを観察した。確かにアレックスの言うとおり、顔がだらしなく緩んでいるようにも見える。
「セドリック様に限って、そんな……」
そんなことあるはずがない、と思いたい。
「殿下も言い寄られたら悪い気はしないのかな。ま、俺はジュリア一筋だけどな」
腰に当てられたアレックスの手を解き、マリナは靴音も高らかにセドリックへ近づいた。
「セドリック様、お話があります」
「え、えっと……マリ、ナ……?」
青い瞳が困惑している。いつもマリナに向けられる笑顔はそこにはない。
「ダンスの途中で声をかけるなんて、不躾ですのね」
アイリーンが刺々しく声を上げたが、マリナは無視することに決めた。セドリックとアイリーンの手を振りほどく。
「ちょっと!殿下は私と踊っているのよ?」
乙女ゲームのヒロインらしく可憐で控えめに……などという気は毛頭ないようだ。
――だったら、こっちも素で行くわよ。
「もうすぐ曲が終わるでしょう?そもそもファーストダンスは私達が踊るはずだったのですもの、少しくらいいいでしょう?会場の皆もそう思っているはずよ」
「なっ、なんて傲慢な女なの。殿下、こんな女を妃にしては国が乱れます」
――それはこっちの台詞だっての!
「あ、あの。マリナ……アイリーンは、僕のことを考えて」
「考えてなどいませんわ。自分が権力を握ること以外は」
「アイリーンは素晴らしい女性だよ?君は色眼鏡で見ているだけなんだ」
「具体的に何が素晴らしいのか教えていただきたいものですわ。きっと漠然と『素晴らしい』と思わせられているだけでしょう」
「君達姉妹はアイリーンを……」
「いじめているとでも?……アレックスの時と同じ手口で笑っちゃうわね」
フン、と鼻で笑い、アイリーンを睨む。

「アイリーンは、僕の大切な……大切な……」
セドリックは混乱しているようだった。頭の中でアイリーンを大切だと思わなくてはという使命感と、心の奥底でマリナを想う気持ちがせめぎ合っているのだ。
「大丈夫ですか、セドリック殿下?あちらで休みましょう?」
アイリーンがセドリックに触れようとした時、その手が後ろから掴まれた。
「キャッ。何?」
瞬間に転移魔法を発動してすぐ傍まできたエミリーが、無言でアイリーンの手を捻る。金色の光を紫色の光が覆い消し去ってしまう。
「何回『魅了』を使う気?……ワンパターンね」
「放しなさいよ」
「嫌」
即答だ。エミリーの瞳が赤紫色に輝く。魔力を放出しているのだ。
「卑怯な手を使わないで正々堂々と勝負したら?」
「邪魔するなら……」
アイリーンは手に光魔法球を発生させる。パチパチと弾ける音がする。『雷撃』だ。
「ここで私に雷撃を打つ?皆が見ている前で」
「……くっ」
掌の光が急速に小さくなった。

   ◆◆◆

「ねえ、あの……」
セドリックの腕を引っ張って、マリナはざわめく講堂を抜け出した。騒動で曲は止まってしまい、ダンスどころではなくなっている。
「マリナ……ねえ、講堂に戻らないと」
何度も声をかけるセドリックを引きずるようにしながら、先ほど控室にしていた部屋まで来ると、彼の背中を押して中に入れた。
「わっ、何?」
驚いたセドリックが前に転びそうになる。転ぶ前に長椅子に腰かけた。
「何、とは、私が聞きたいわ。呆気なくアイリーンに『魅了』の魔法をかけられて、恥ずかしいと思いませんの?」
「恥ず、かしい?それに、『魅了』って……」
「『僕の妃はマリナだけだ』などと恥ずかしげもなく仰っていたくせに。あんなに簡単に他の女に騙されるようでは、妃になるのが不安で仕方がありませんわ」
セドリックの青い瞳が揺れる。
「妃は……マリナだけ……」
「浮気な男は嫌いなんです」
マリナの脳裏に失恋の数々が蘇った。いつも碌な男に出会わない前世だった。現世も婚約者もどきに裏切られる運命なのか。自分が情けない。
「他の人を、見ないで……っ」
ぽたり。
セドリックの膝に水滴が落ちた。驚いて目を瞠ると、マリナのアメジストの瞳からとめどなく涙が溢れていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

【完結】公爵令嬢は王太子殿下との婚約解消を望む

むとうみつき
恋愛
「お父様、どうかアラン王太子殿下との婚約を解消してください」 ローゼリアは、公爵である父にそう告げる。 「わたくしは王太子殿下に全く信頼されなくなってしまったのです」 その頃王太子のアランは、婚約者である公爵令嬢ローゼリアの悪事の証拠を見つけるため調査を始めた…。 初めての作品です。 どうぞよろしくお願いします。 本編12話、番外編3話、全15話で完結します。 カクヨムにも投稿しています。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

処理中です...