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学院編 7 学院祭、当日
215 悪役令嬢の初めての嫉妬
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「俺は悲劇を阻止したい。そのために、アリッサを裏切ることになるかもしれない」
「……そう。アリッサには言ったの?」
「言っていない。危険を避けるためマリナとアリッサには言わないでくれ。ジュリアが怒って暴れたら止めてほしい」
「つまり、三人を宥めろと?」
「そうだ。君にしか頼めない役割だ」
姉達に秘密にしていることなどほぼない。大きな秘密を背負えとこの男は言っているのだ。
「嫌だと言ったら?私は姉達に隠し事はしない主義なの」
「話を聞いた以上は協力してもらいたいが、どうしても断るなら、何処か魔法が使えない場所に、事が済むまで入っていてもらうしかないな」
ゾクッ。
低い声で囁かれ、エミリーは恐怖を感じた。どんなことをしてもレイモンドはアリッサを助けたいのだ。監禁はゴメンだ。
「……分かった。でも、あなたの計画が失敗しそうになったら、私達も自分を守るために動く。いちいち許可はとらない、それでいい?」
「ああ」
頷いたレイモンドの視線がアリッサに向いている。冷静な表情を崩さない彼の瞳が少しだけ悲しげに見えた。
◆◆◆
「マリナ、ステップが荒いぞ」
「あなたの一歩が大きすぎるのよ。ジュリアと一緒にしないで」
「殿下が他の女と踊ってるからって、イラついてるんじゃねえよ。ったく、こっちだって殿下とハロルドさんに何言われるかってヒヤヒヤしてんだから」
「イラついてなんかいないわよ。あなたのリードが下手なだけでしょう?」
マリナとアレックスのペアは、ダンス開始から全く息が合わなかった。派手な動きをして目立ちたいアレックスと、テキスト通りの踊りを心掛けているマリナとでは、初めから目指すものが違うのだ。
「悪かったな。俺は上品ぶったダンスなんかできないもんでね。……なあ、見ろよ」
「何?」
「殿下の様子、何かおかしくねーか?」
「普通にダンスしているじゃない」
「違う。……っああ、なんつーか、顔?いつもあの女に対する時と違くね?」
ターンしながらマリナはセドリックを観察した。確かにアレックスの言うとおり、顔がだらしなく緩んでいるようにも見える。
「セドリック様に限って、そんな……」
そんなことあるはずがない、と思いたい。
「殿下も言い寄られたら悪い気はしないのかな。ま、俺はジュリア一筋だけどな」
腰に当てられたアレックスの手を解き、マリナは靴音も高らかにセドリックへ近づいた。
「セドリック様、お話があります」
「え、えっと……マリ、ナ……?」
青い瞳が困惑している。いつもマリナに向けられる笑顔はそこにはない。
「ダンスの途中で声をかけるなんて、不躾ですのね」
アイリーンが刺々しく声を上げたが、マリナは無視することに決めた。セドリックとアイリーンの手を振りほどく。
「ちょっと!殿下は私と踊っているのよ?」
乙女ゲームのヒロインらしく可憐で控えめに……などという気は毛頭ないようだ。
――だったら、こっちも素で行くわよ。
「もうすぐ曲が終わるでしょう?そもそもファーストダンスは私達が踊るはずだったのですもの、少しくらいいいでしょう?会場の皆もそう思っているはずよ」
「なっ、なんて傲慢な女なの。殿下、こんな女を妃にしては国が乱れます」
――それはこっちの台詞だっての!
「あ、あの。マリナ……アイリーンは、僕のことを考えて」
「考えてなどいませんわ。自分が権力を握ること以外は」
「アイリーンは素晴らしい女性だよ?君は色眼鏡で見ているだけなんだ」
「具体的に何が素晴らしいのか教えていただきたいものですわ。きっと漠然と『素晴らしい』と思わせられているだけでしょう」
「君達姉妹はアイリーンを……」
「いじめているとでも?……アレックスの時と同じ手口で笑っちゃうわね」
フン、と鼻で笑い、アイリーンを睨む。
「アイリーンは、僕の大切な……大切な……」
セドリックは混乱しているようだった。頭の中でアイリーンを大切だと思わなくてはという使命感と、心の奥底でマリナを想う気持ちがせめぎ合っているのだ。
「大丈夫ですか、セドリック殿下?あちらで休みましょう?」
アイリーンがセドリックに触れようとした時、その手が後ろから掴まれた。
「キャッ。何?」
瞬間に転移魔法を発動してすぐ傍まできたエミリーが、無言でアイリーンの手を捻る。金色の光を紫色の光が覆い消し去ってしまう。
「何回『魅了』を使う気?……ワンパターンね」
「放しなさいよ」
「嫌」
即答だ。エミリーの瞳が赤紫色に輝く。魔力を放出しているのだ。
「卑怯な手を使わないで正々堂々と勝負したら?」
「邪魔するなら……」
アイリーンは手に光魔法球を発生させる。パチパチと弾ける音がする。『雷撃』だ。
「ここで私に雷撃を打つ?皆が見ている前で」
「……くっ」
掌の光が急速に小さくなった。
◆◆◆
「ねえ、あの……」
セドリックの腕を引っ張って、マリナはざわめく講堂を抜け出した。騒動で曲は止まってしまい、ダンスどころではなくなっている。
「マリナ……ねえ、講堂に戻らないと」
何度も声をかけるセドリックを引きずるようにしながら、先ほど控室にしていた部屋まで来ると、彼の背中を押して中に入れた。
「わっ、何?」
驚いたセドリックが前に転びそうになる。転ぶ前に長椅子に腰かけた。
「何、とは、私が聞きたいわ。呆気なくアイリーンに『魅了』の魔法をかけられて、恥ずかしいと思いませんの?」
「恥ず、かしい?それに、『魅了』って……」
「『僕の妃はマリナだけだ』などと恥ずかしげもなく仰っていたくせに。あんなに簡単に他の女に騙されるようでは、妃になるのが不安で仕方がありませんわ」
セドリックの青い瞳が揺れる。
「妃は……マリナだけ……」
「浮気な男は嫌いなんです」
マリナの脳裏に失恋の数々が蘇った。いつも碌な男に出会わない前世だった。現世も婚約者もどきに裏切られる運命なのか。自分が情けない。
「他の人を、見ないで……っ」
ぽたり。
セドリックの膝に水滴が落ちた。驚いて目を瞠ると、マリナのアメジストの瞳からとめどなく涙が溢れていた。
「……そう。アリッサには言ったの?」
「言っていない。危険を避けるためマリナとアリッサには言わないでくれ。ジュリアが怒って暴れたら止めてほしい」
「つまり、三人を宥めろと?」
「そうだ。君にしか頼めない役割だ」
姉達に秘密にしていることなどほぼない。大きな秘密を背負えとこの男は言っているのだ。
「嫌だと言ったら?私は姉達に隠し事はしない主義なの」
「話を聞いた以上は協力してもらいたいが、どうしても断るなら、何処か魔法が使えない場所に、事が済むまで入っていてもらうしかないな」
ゾクッ。
低い声で囁かれ、エミリーは恐怖を感じた。どんなことをしてもレイモンドはアリッサを助けたいのだ。監禁はゴメンだ。
「……分かった。でも、あなたの計画が失敗しそうになったら、私達も自分を守るために動く。いちいち許可はとらない、それでいい?」
「ああ」
頷いたレイモンドの視線がアリッサに向いている。冷静な表情を崩さない彼の瞳が少しだけ悲しげに見えた。
◆◆◆
「マリナ、ステップが荒いぞ」
「あなたの一歩が大きすぎるのよ。ジュリアと一緒にしないで」
「殿下が他の女と踊ってるからって、イラついてるんじゃねえよ。ったく、こっちだって殿下とハロルドさんに何言われるかってヒヤヒヤしてんだから」
「イラついてなんかいないわよ。あなたのリードが下手なだけでしょう?」
マリナとアレックスのペアは、ダンス開始から全く息が合わなかった。派手な動きをして目立ちたいアレックスと、テキスト通りの踊りを心掛けているマリナとでは、初めから目指すものが違うのだ。
「悪かったな。俺は上品ぶったダンスなんかできないもんでね。……なあ、見ろよ」
「何?」
「殿下の様子、何かおかしくねーか?」
「普通にダンスしているじゃない」
「違う。……っああ、なんつーか、顔?いつもあの女に対する時と違くね?」
ターンしながらマリナはセドリックを観察した。確かにアレックスの言うとおり、顔がだらしなく緩んでいるようにも見える。
「セドリック様に限って、そんな……」
そんなことあるはずがない、と思いたい。
「殿下も言い寄られたら悪い気はしないのかな。ま、俺はジュリア一筋だけどな」
腰に当てられたアレックスの手を解き、マリナは靴音も高らかにセドリックへ近づいた。
「セドリック様、お話があります」
「え、えっと……マリ、ナ……?」
青い瞳が困惑している。いつもマリナに向けられる笑顔はそこにはない。
「ダンスの途中で声をかけるなんて、不躾ですのね」
アイリーンが刺々しく声を上げたが、マリナは無視することに決めた。セドリックとアイリーンの手を振りほどく。
「ちょっと!殿下は私と踊っているのよ?」
乙女ゲームのヒロインらしく可憐で控えめに……などという気は毛頭ないようだ。
――だったら、こっちも素で行くわよ。
「もうすぐ曲が終わるでしょう?そもそもファーストダンスは私達が踊るはずだったのですもの、少しくらいいいでしょう?会場の皆もそう思っているはずよ」
「なっ、なんて傲慢な女なの。殿下、こんな女を妃にしては国が乱れます」
――それはこっちの台詞だっての!
「あ、あの。マリナ……アイリーンは、僕のことを考えて」
「考えてなどいませんわ。自分が権力を握ること以外は」
「アイリーンは素晴らしい女性だよ?君は色眼鏡で見ているだけなんだ」
「具体的に何が素晴らしいのか教えていただきたいものですわ。きっと漠然と『素晴らしい』と思わせられているだけでしょう」
「君達姉妹はアイリーンを……」
「いじめているとでも?……アレックスの時と同じ手口で笑っちゃうわね」
フン、と鼻で笑い、アイリーンを睨む。
「アイリーンは、僕の大切な……大切な……」
セドリックは混乱しているようだった。頭の中でアイリーンを大切だと思わなくてはという使命感と、心の奥底でマリナを想う気持ちがせめぎ合っているのだ。
「大丈夫ですか、セドリック殿下?あちらで休みましょう?」
アイリーンがセドリックに触れようとした時、その手が後ろから掴まれた。
「キャッ。何?」
瞬間に転移魔法を発動してすぐ傍まできたエミリーが、無言でアイリーンの手を捻る。金色の光を紫色の光が覆い消し去ってしまう。
「何回『魅了』を使う気?……ワンパターンね」
「放しなさいよ」
「嫌」
即答だ。エミリーの瞳が赤紫色に輝く。魔力を放出しているのだ。
「卑怯な手を使わないで正々堂々と勝負したら?」
「邪魔するなら……」
アイリーンは手に光魔法球を発生させる。パチパチと弾ける音がする。『雷撃』だ。
「ここで私に雷撃を打つ?皆が見ている前で」
「……くっ」
掌の光が急速に小さくなった。
◆◆◆
「ねえ、あの……」
セドリックの腕を引っ張って、マリナはざわめく講堂を抜け出した。騒動で曲は止まってしまい、ダンスどころではなくなっている。
「マリナ……ねえ、講堂に戻らないと」
何度も声をかけるセドリックを引きずるようにしながら、先ほど控室にしていた部屋まで来ると、彼の背中を押して中に入れた。
「わっ、何?」
驚いたセドリックが前に転びそうになる。転ぶ前に長椅子に腰かけた。
「何、とは、私が聞きたいわ。呆気なくアイリーンに『魅了』の魔法をかけられて、恥ずかしいと思いませんの?」
「恥ず、かしい?それに、『魅了』って……」
「『僕の妃はマリナだけだ』などと恥ずかしげもなく仰っていたくせに。あんなに簡単に他の女に騙されるようでは、妃になるのが不安で仕方がありませんわ」
セドリックの青い瞳が揺れる。
「妃は……マリナだけ……」
「浮気な男は嫌いなんです」
マリナの脳裏に失恋の数々が蘇った。いつも碌な男に出会わない前世だった。現世も婚約者もどきに裏切られる運命なのか。自分が情けない。
「他の人を、見ないで……っ」
ぽたり。
セドリックの膝に水滴が落ちた。驚いて目を瞠ると、マリナのアメジストの瞳からとめどなく涙が溢れていた。
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