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学院編 7 学院祭、当日

192 悪役令嬢は即興芝居に狼狽える

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「ああ、これはすごいな、王宮はなんて煌びやかなんだ!」
レイモンドは満員の講堂を見渡しながら、わざとらしく驚いて見せた。
「魔法使いの力で、みすぼらしいボロの服がこんなに綺麗になったんだ。僕だって王宮の舞踏会に参加できるかもしれない」
第一幕の最後で、キースが光魔法を使って辺りを照らした時に、レイモンドは羽織っていたボロ服風の布を脱ぎ捨てた。今は下に着ていた白の王子様風衣装である。水色の髪によく似合っている。

主人公のマデリベルは、素直で可愛らしい男性である。したがって、一人称が『僕』である。演じているレイモンドの普段の姿を知っている者にとっては、違和感がありすぎる。
アレックスが演じても、ガタイが良すぎて変な感じにはなったのだろう。そもそも男女を逆転させた時点で、キャラクターの性格も見直すべきだったのだ。
いい子ブリッコのマデリベルを演じているレイモンドは、最大限王女の登場を遅らせようと、ゆっくりと台詞を言い、時間稼ぎをしていた。しかし、
「……ああ……あそこにいるのは、王女様かな?」
王女登場の前ふりとなる台詞を行ってしまった。

舞台袖では、セドリック達が重苦しい表情をしている。
「出番のようですねっ」
アイリーンが瞳を細めた。
ピンク色のドレスをさばいて出ようとした時、舞台脇の階段から駆け上がってくる赤い人影があった。
「えっ……!」
「な……」
それが誰であるか瞬時に判断したハロルドが、アイリーンの肩を掴んで引き戻した。
「放しなさいよ!」
「あなたの出番はありません。控えなさい!」
冷たい視線で射すくめる。アイリーンは黙ってハロルドを振り払い、袖から舞台へ飛び出した。

「ようこそ、王宮へ。マデリベル殿!」
息を切らしたアイリーンは、仁王立ちで舞台の中央に立った。
レイモンドは何も言わずに眉間に皺を寄せた。
「出迎えご苦労であった。伯爵夫人。……ようこそ、王宮へ。マデリベル殿!」
女王の風格を醸し出したマリナが、すっとレイモンドの前に進み出た。
赤紫色の妖精のようなミニ丈ドレス。中にショートパンツは穿いているものの、膝上十五センチのミニスカートにしか見えない。脚は素足だった。ストッキングのような素材のニーハイソックスは、ジュリアが試合で伝線させてしまったのだ。胸のパッドと共に、この世界に来てからは肌の露出を控えていたマリナには苦渋の決断だった。
舞台袖ではなく、舞台脇の階段から駆け上がってくるという度肝を抜く登場も、アイリーンを台詞の中で完全に脇役扱いにしたことも、レイモンドには愉快でたまらなかった。おまけに丈の短いドレス姿だ。耐え切れず口の端に笑みを浮かべる。
「フッ……王女様、私と踊っていただけますか」
「喜んで」
にこっ。
差し出された手に手を重ねる。
音楽が始まり、王女とマデリベルは舞台上でくるくると踊り始めた。

   ◆◆◆

次の場面へ転換するどさくさに紛れて、リオネルとフローラがアイリーンを捕まえ、舞台袖に下がらせた。
「ちょっと、放しなさいよ!」
「君さ、生意気だよね?一国の王子にそんな口きいていいと思ってるの?」
「そうですわ。リオネル殿下が監修した舞台をめちゃくちゃにするつもりですの?国家レベルの諍いに発展したらどう責任を取るのでしょうね?」
「引っ込んでいてくれないかな?……目障りなんだよ」
最後はドレスの胸元を引っ張り、脅迫するように声を低くし上から目線で威嚇した。
「……返事は?」
「……」
「へ、ん、じ!」
「……はい」
アイリーンは憎らしそうに舞台を見つめた。

「マデリベル!どうしてここに?」
「王宮に来られる服なんかないでしょう!そうですよね、兄上」
「……うん」
意地悪な兄三人が王宮に現れ、マデリベルは問い詰められる。
「綺麗な服は全部売ってしまいました。この服は盗んだに違いありません」
「美しい僕をさしおいて、お前如きが王女様と踊るなど、許せない!……そうですよね、兄上?」
「……うん」
長兄役のアレックスはひたすら頷くだけだ。

――さっきから、視線が痛いわ。
マリナを悩ませているのは劇を見ている観客の視線ではない。
舞台の上の二人から、
『僕とお揃いだね。嬉しいな』
『私の衣装に合わせてくださったのですね。やはり私達は通じるところがありますね』
と言わんばかりの熱い視線が、マリナに注がれているのだ。
双子の意地悪兄役のハロルドは紫、セドリックは赤の衣装を着ている。ジュリアが着ていた妖精ドレスは、布地を赤と紫のグラデーションで先に染めているもので、赤にも紫にも見えるのだ。二人に盛大な勘違いを去れている気がする。
――さっさと王女の台詞を言って終わらせたい。

「マデリベル。あなたを私の」
夫に迎えたい、と言うだけだ。それだけなのに。
「お待ちください、王女殿下!」
レイモンドを突き飛ばす勢いで、セドリックがマリナの傍へ歩いてくる。
「即興はやめろ、セドリック!」
レイモンドが小声で制する。
「マデリベルではなく、どうか私を夫に選んでください!」
跪いて手を差し出した。
キラキラーン。
――無駄なところでオーラ出さなくていいってば!
マリナは内心頭を抱えた。舞台袖をちらりと見ると、義父役のリオネルが、あちゃー、という顔をしている。王太子の暴走は、舞台監督のリオネルにも想定外だったようだ。

劇を閉じるためには、王女がマデリベルを夫に迎える以外にない。
マリナはセドリックの即興芝居を無視することに決めた。
「マ、マデリベル、私はあなたを」
――夫に迎えたい、のに!
「そうご決断を急ぐことはありませんよ、王女殿下」
妖艶な微笑をたたえたハロルドが、マリナの台詞を遮り、セドリックの隣に立った。
「マデリベルの兄のコルディオと申します。私にもあなたと踊る栄誉をいただけませんか」
――余計なことをしなくていいってば!
セドリックは明らかにハロルドを睨み付けているが、義兄は全く気にもかけずにふわりと笑ってマリナの手を取った。

「何の真似だ、ハロルド」
レイモンドが再び小声で制し、マリナに視線を送る。
――これをどうにかしろっていうの!?
王太子妃候補の立場では、セドリックの手を取るべきだろう。国王夫妻も見に来ているのだ。しかし、物語を終わらせるには、既定路線通りマデリベル役のレイモンドを指名しなければならない。ヤンデレ義兄をスルーするのは後が怖いが、この際なりふり構っていられない。
「マデリベル」
一言声をかけた時だった。
「キャーッ」
講堂の入口から、女性の悲鳴が次々と聞こえた。
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