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学院編 7 学院祭、当日
183 悪役令嬢と偽物の虹
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ドーン!パン!パパン!
空に花火のような色とりどりの光魔法が打ち上がる。
「さあみなさん!お待ちかね!魔法科が誇る天才魔術師によります、『魔法ショー』の始まりです!」
ワアアアアア!
魔法科練習場に歓声が響く。魔法科の生徒の家族だけではなく、魔導士を目指す子供達も数多く会場に詰めかけていた。
――人が、多い……。
入口からそっと中を覗いたエミリーは、人の多さに倒れそうになった。人ごみが大の苦手である。この中を抜けて練習場の真ん中で魔法を使うのだ。
「花吹雪と、虹……」
キースの演目でエミリーにできないのは、光魔法だ。花吹雪は余裕でできるだろう。問題は水魔法の後に光魔法の『光輝』を出せないことだ。自分には光魔法の力がない。
演目のことだけではない。アイリーンがキースを犯人に仕立てるつもりなら、必ず何かが起こるはずだ。見たところアイリーンの姿はない。直接関わらないようにしているのか。アリッサがピアノを変えられたように、会場自体に何か細工がされているかもしれない。
「あれ?キースは?」
二年の実行委員が辺りを見回している。
「あ、キースは他に用事ができて」
「生徒会役員だからなあ。まいったな、今回のステージの目玉なのに」
「わ、私がっ」
エミリーは不自然に手を挙げた。実行委員は一瞬怯んだ。
「ハーリオンさん?実行委員なのに直前に休んでて……体調はもういいの?」
「すみません」
「いいけど、君がキースの代理で出るの?病み上がりなのに大丈夫?」
対外的には風邪で寝込んでいることになっていたのだ。彼の心配も尤もだった。
「大丈夫、できます」
キースから身ぐるみはがした白いローブを着て、エミリーは練習場の中央に進む。光属性を持たない魔導士なのに、白ローブを着るなんておかしいのだが、観客は何も気づいていない。髪の毛もフードの中にしまいこんでいるし、遠目には誰だか分からない。
はっ、と息を吸い込むと、エミリーは無詠唱で会場全体に色とりどりの花びらを降らせた。
「うわあ!」
観客から溜息が漏れる。
「皆様ご覧ください!花吹雪が舞っております!」
司会がここ一番の声を張り上げた。
土属性と風属性で花を作り出してもよかったのだが、これはエミリーの特異な闇魔法だ。観客の精神に作用し、花びらの幻影を見せているに過ぎない。虹を光魔法で作り出せない以上、代用できる魔法で攻めるしかない。
――次は、虹。
エミリーは神経を集中させ、指先に炎を生み出した。頭の上で腕を左右に振る。
ブアッ!
温度が異なる炎が弧を描き、まるで虹のように光を放った。
「綺麗……」
「今の、すごい!見た!?」
興奮冷めやらぬ子供達がきゃあきゃあと歓声を上げている。
――やった、成功だ!
「ご覧ください!美しい虹がかかりました!」
司会が再び声を張り上げた時だった。
エミリーの頭上が白く光ったかと思うと、何かが現れ、
ドサッ
と音を立てて練習場の地面に落ちた。
「きゃあああああっ」
「怖いよぉ……」
「何だ、あれは、血か?」
観客が騒然となり、エミリーの思考が元に戻った。
「あ……」
目の前の塊は、ボロボロになったスタンリーだった。
ロンに治癒魔法をかけられ、目が覚めるまで休んでいたはずなのに、彼の病衣は焦げてあちこち傷だらけになっている。
「スタンリー!」
名前を呼んで駆け寄り、身体を抱き起こしても反応はなく、エミリーには彼を治療できない。
「しっかりして!スタンリー!」
――こんな時、ロン先生がいてくれたら……!
エミリーの悲痛な叫び声は、騒がしい場内にかき消された。
◆◆◆
「はあ……」
強引に教室から連れ去られたアリッサは、生徒会室の長椅子にぼんやり座っていた。
オードファン宰相に事情を話して国王の傍を辞してから、レイモンドは腫れ物に触るかのようにアリッサを甘やかしている。
「浮かない顔だな。それほど、衝撃だったか。……荒らされた後の展示の手配を任せた俺にも責任がある。悪かった」
「レイ様は何も悪くないです。さっきだって、私が……」
隣に座って脚を組んだレイモンドは、首を傾げてアリッサの顔を覗きこむ。
「私が、変になっちゃったから」
「変……」
言葉の意味を咀嚼しかねて、レイモンドは眼鏡を指で押し上げた。
「レイ様の、声……耳元でお話されると、私」
「こういうことか?」
唇が耳を掠める。
「ひゃっ」
「くすぐったいのか?」
アリッサの銀髪を指でからめとり、耳にかけて再び囁く。
「くすぐったくて、ドキドキするんですっ!」
真っ赤になって顔を手で覆い、アリッサは俯いた。声フェチだという発言はしないことにしたものの、彼には気づかれているに違いない。
クックッと笑う声がする。
背けていた顔を上げ、彼を見れば震えながら笑っている。
「君の反応がいちいち可愛らしくて、……もっと苛めたくなるな」
最後はまた耳元で囁かれる。
「もう!ふざけないでください」
頬を膨らませてレイモンドを睨む。
「本当に、君は可愛らしいな」
薄く笑った唇が、次第にアリッサに近づいてくる。お互いの呼吸を感じられる距離に。
「レイ様……」
キスの予感にアリッサは瞳を閉じた。
唇が近づいて……。
近づいて……?
――ん……?
「騒がしいな、何事だ」
アリッサは瞳を開けた。レイモンドはドアの向こうを窺っている。
「騒ぎの前に、悲鳴が聞こえた気がします」
「俺にも聞こえた。……そうだな、確認すべきだろうな」
生徒会役員としては放っては置けない状況だ。長椅子から立ち上がり、アリッサはスカートを手で整えた。いつの間にか少しずり上がっていたようだ。
カツカツと靴音を鳴らしてレイモンドがドアを開け、外に向かって叫んだ。
「何があった?」
「レイモンド様……自習室に怪しい半裸の男が!剣技科の連中が捕まえました」
「その男とマリナ様が、部屋に入っていくところを見たという者がおりまして」
「……何だって?」
後ろからアリッサが顔を出す。
「レイ様、今のお話……」
――マリナちゃんが、そんなことするはずないのに!
「話が本当なら、とんでもないスキャンダルだぞ」
水色の髪をさらりと揺らし、レイモンドは額を手で覆った。
空に花火のような色とりどりの光魔法が打ち上がる。
「さあみなさん!お待ちかね!魔法科が誇る天才魔術師によります、『魔法ショー』の始まりです!」
ワアアアアア!
魔法科練習場に歓声が響く。魔法科の生徒の家族だけではなく、魔導士を目指す子供達も数多く会場に詰めかけていた。
――人が、多い……。
入口からそっと中を覗いたエミリーは、人の多さに倒れそうになった。人ごみが大の苦手である。この中を抜けて練習場の真ん中で魔法を使うのだ。
「花吹雪と、虹……」
キースの演目でエミリーにできないのは、光魔法だ。花吹雪は余裕でできるだろう。問題は水魔法の後に光魔法の『光輝』を出せないことだ。自分には光魔法の力がない。
演目のことだけではない。アイリーンがキースを犯人に仕立てるつもりなら、必ず何かが起こるはずだ。見たところアイリーンの姿はない。直接関わらないようにしているのか。アリッサがピアノを変えられたように、会場自体に何か細工がされているかもしれない。
「あれ?キースは?」
二年の実行委員が辺りを見回している。
「あ、キースは他に用事ができて」
「生徒会役員だからなあ。まいったな、今回のステージの目玉なのに」
「わ、私がっ」
エミリーは不自然に手を挙げた。実行委員は一瞬怯んだ。
「ハーリオンさん?実行委員なのに直前に休んでて……体調はもういいの?」
「すみません」
「いいけど、君がキースの代理で出るの?病み上がりなのに大丈夫?」
対外的には風邪で寝込んでいることになっていたのだ。彼の心配も尤もだった。
「大丈夫、できます」
キースから身ぐるみはがした白いローブを着て、エミリーは練習場の中央に進む。光属性を持たない魔導士なのに、白ローブを着るなんておかしいのだが、観客は何も気づいていない。髪の毛もフードの中にしまいこんでいるし、遠目には誰だか分からない。
はっ、と息を吸い込むと、エミリーは無詠唱で会場全体に色とりどりの花びらを降らせた。
「うわあ!」
観客から溜息が漏れる。
「皆様ご覧ください!花吹雪が舞っております!」
司会がここ一番の声を張り上げた。
土属性と風属性で花を作り出してもよかったのだが、これはエミリーの特異な闇魔法だ。観客の精神に作用し、花びらの幻影を見せているに過ぎない。虹を光魔法で作り出せない以上、代用できる魔法で攻めるしかない。
――次は、虹。
エミリーは神経を集中させ、指先に炎を生み出した。頭の上で腕を左右に振る。
ブアッ!
温度が異なる炎が弧を描き、まるで虹のように光を放った。
「綺麗……」
「今の、すごい!見た!?」
興奮冷めやらぬ子供達がきゃあきゃあと歓声を上げている。
――やった、成功だ!
「ご覧ください!美しい虹がかかりました!」
司会が再び声を張り上げた時だった。
エミリーの頭上が白く光ったかと思うと、何かが現れ、
ドサッ
と音を立てて練習場の地面に落ちた。
「きゃあああああっ」
「怖いよぉ……」
「何だ、あれは、血か?」
観客が騒然となり、エミリーの思考が元に戻った。
「あ……」
目の前の塊は、ボロボロになったスタンリーだった。
ロンに治癒魔法をかけられ、目が覚めるまで休んでいたはずなのに、彼の病衣は焦げてあちこち傷だらけになっている。
「スタンリー!」
名前を呼んで駆け寄り、身体を抱き起こしても反応はなく、エミリーには彼を治療できない。
「しっかりして!スタンリー!」
――こんな時、ロン先生がいてくれたら……!
エミリーの悲痛な叫び声は、騒がしい場内にかき消された。
◆◆◆
「はあ……」
強引に教室から連れ去られたアリッサは、生徒会室の長椅子にぼんやり座っていた。
オードファン宰相に事情を話して国王の傍を辞してから、レイモンドは腫れ物に触るかのようにアリッサを甘やかしている。
「浮かない顔だな。それほど、衝撃だったか。……荒らされた後の展示の手配を任せた俺にも責任がある。悪かった」
「レイ様は何も悪くないです。さっきだって、私が……」
隣に座って脚を組んだレイモンドは、首を傾げてアリッサの顔を覗きこむ。
「私が、変になっちゃったから」
「変……」
言葉の意味を咀嚼しかねて、レイモンドは眼鏡を指で押し上げた。
「レイ様の、声……耳元でお話されると、私」
「こういうことか?」
唇が耳を掠める。
「ひゃっ」
「くすぐったいのか?」
アリッサの銀髪を指でからめとり、耳にかけて再び囁く。
「くすぐったくて、ドキドキするんですっ!」
真っ赤になって顔を手で覆い、アリッサは俯いた。声フェチだという発言はしないことにしたものの、彼には気づかれているに違いない。
クックッと笑う声がする。
背けていた顔を上げ、彼を見れば震えながら笑っている。
「君の反応がいちいち可愛らしくて、……もっと苛めたくなるな」
最後はまた耳元で囁かれる。
「もう!ふざけないでください」
頬を膨らませてレイモンドを睨む。
「本当に、君は可愛らしいな」
薄く笑った唇が、次第にアリッサに近づいてくる。お互いの呼吸を感じられる距離に。
「レイ様……」
キスの予感にアリッサは瞳を閉じた。
唇が近づいて……。
近づいて……?
――ん……?
「騒がしいな、何事だ」
アリッサは瞳を開けた。レイモンドはドアの向こうを窺っている。
「騒ぎの前に、悲鳴が聞こえた気がします」
「俺にも聞こえた。……そうだな、確認すべきだろうな」
生徒会役員としては放っては置けない状況だ。長椅子から立ち上がり、アリッサはスカートを手で整えた。いつの間にか少しずり上がっていたようだ。
カツカツと靴音を鳴らしてレイモンドがドアを開け、外に向かって叫んだ。
「何があった?」
「レイモンド様……自習室に怪しい半裸の男が!剣技科の連中が捕まえました」
「その男とマリナ様が、部屋に入っていくところを見たという者がおりまして」
「……何だって?」
後ろからアリッサが顔を出す。
「レイ様、今のお話……」
――マリナちゃんが、そんなことするはずないのに!
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