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学院編 7 学院祭、当日
182 悪役令嬢は妖精になる
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ザザッ。
静かな剣技科練習場に、アレックスが砂地を踏みしめる音が聞こえる。
「うらぁっ!」
ジェレミーが腕より太い棍棒を振り、疲れが見えるアレックスに迫っていく。
「アレックスの奴、疲れが脚に来てるな。いつまでもつか……」
顔を顰めてレナードが呟いた。アレックスは根性で立っているようにも見える。練習用の剣を振るう気力もなさそうだ。ジュリアにも彼がいつ倒れるか分からない。
ゴスッ。
当たった棍棒が離れると、バラバラと壁が崩れる。
「くっ……」
間一髪避けたアレックスは、ジェレミーの後ろへ回り込もうとするが、棍棒を持っていない方の手で服を掴まれた。
「卑怯だぞ!」
観客席からジュリアが叫ぶ。レナードが息を呑んで立ち上がる。
『仮装闘技場』は武器以外での攻撃を認めていない。相手の服を掴んで動きを制するのはルール違反だ。アレックスがジェレミーの手を服から外そうとするが、太い指でがっちり掴んでいる。外れないと分かり、アレックスは上着を脱ぎ捨てた。鍛えられた背中が見える。
「フン。逃げたつもりか?」
ジェレミーが噛みあわない歯を見せてにやりと笑った。すぐさま脚に棍棒を振り下ろす。
「うぁあっ!」
アレックスが、その場にがくりと膝をついた。
――もう、見ていられない!
「途中交代はできる?レナード」
彼の返答を待たずに、ジュリアは細身の剣を持って立ち上がった。
「ジュリアちゃん?」
「私が出る!」
階段を駆け下り、アレックスのいる方へと走りこむ。
「アレックス!交代だよ!」
「ジュリア!来るな!」
驚いた顔のアレックスの手を掴み、自分の手と合わせた。
パチン!
「さっさとここから出て、劇に行きなっての!」
裸の背中を突き飛ばす。すぐに振り返ると、キッと凛々しい表情になってジェレミーを見据えた。
「飛び入り参加の狂犬さん、あんたを倒すのはこの私。炎の妖精、ジュリア・ハーリオンが相手になってやる!」
仁王立ちになって輝く剣の切っ先を突き付ける。
割れんばかりの歓声が、剣技科練習場にこだました。
◆◆◆
王太子セドリックが両親である国王と王妃を案内し、普通科の教室に現れた。展示の責任者であるアリッサと、副会長のレイモンドが出迎える。説明担当のポーリーナが緊張した面持ちで控えており、隣に立つフローラが彼女の背中を叩いた。
「あっ……」
声が出てしまい、ポーリーナは真っ赤になって俯く。
国王夫妻、来賓のエルノー伯爵、国王の随行であるオードファン公爵が、生徒達の作品の前に進んだ。
国王夫妻に堂々と絵の説明をするポーリーナを、誇らしい気分で見つめていると、
「いい人選だな」
レイモンドがぽつりと呟いた。アリッサは隣で頷く。
「ご自分も絵を描かれるからでしょうか。皆さんの作品へ向ける目が愛に満ちていて」
「愛、だと?……ハッ。君はいつも、夢物語のようなことを言うな」
「レイ様!……今笑いました?」
「愉快なものを愉快だと言って何が悪い。君はいい意味で想定外だ。面白い」
眼鏡の奥で緑の瞳が細められ、アリッサに視線が落とされる。
――やば。笑顔が素敵すぎて、悶え死にそう!
アリッサの鼓動が速まり、レイモンドを直視できずに視線を逸らした。
「……どうした?震えているな。具合でも悪いのか?」
来賓に聞こえないように、耳元に唇を寄せて問いかけてくる。吐息交じりの囁きがアリッサの耳朶をくすぐった。
――み、耳が、溶ける!
「ああ……切られた絵を見たのだったな。無理もない、か」
黙っているとレイモンドは自己完結したようだった。彼の掌が肩に置かれ、あれよあれよという間にドアへと導かれる。
「抜け出すのは、へ、陛下に失礼ですよ?」
おどおどして視線を上げれば、聞く耳を持たないレイモンドはアリッサの肩を抱いたまま、宰相である父オードファン公爵の傍へ歩み寄った。
「父上、お話が」
低い声で呼びかけると、宰相は国王夫妻を一度横目で見てから、息子に向き合った。
◆◆◆
教室を後にしようとしたレイモンドを、セドリックが呼び止めた。
「レイ、アリッサ」
「何だ」
「マリナがどこに行ったかしらないかな?先に講堂を出たはずなんだ」
口元に手を当て、セドリックは考えるような仕草をした。
「私、ずっと教室にいたけど、マリナちゃんは来なかったわ」
「他の催事を確認しに行っているんじゃないか?……ほら、剣技科と魔法科の」
「この後は劇ですし、見回ってから講堂に戻っているかも……」
「そうだよね、うん。一度講堂に行ってみるよ」
セドリックは再び来賓と学院長のいる室内に戻っていく。
「……行くぞ」
「レイ様?」
見上げると、ふう、と溜息をつかれた。
――何か呆れられること、言っちゃったかなあ?
「君は疲れているんだろう?少し休憩に行こう」
肩を抱く手に力が込められ、アリッサは再び頬を染めた。
静かな剣技科練習場に、アレックスが砂地を踏みしめる音が聞こえる。
「うらぁっ!」
ジェレミーが腕より太い棍棒を振り、疲れが見えるアレックスに迫っていく。
「アレックスの奴、疲れが脚に来てるな。いつまでもつか……」
顔を顰めてレナードが呟いた。アレックスは根性で立っているようにも見える。練習用の剣を振るう気力もなさそうだ。ジュリアにも彼がいつ倒れるか分からない。
ゴスッ。
当たった棍棒が離れると、バラバラと壁が崩れる。
「くっ……」
間一髪避けたアレックスは、ジェレミーの後ろへ回り込もうとするが、棍棒を持っていない方の手で服を掴まれた。
「卑怯だぞ!」
観客席からジュリアが叫ぶ。レナードが息を呑んで立ち上がる。
『仮装闘技場』は武器以外での攻撃を認めていない。相手の服を掴んで動きを制するのはルール違反だ。アレックスがジェレミーの手を服から外そうとするが、太い指でがっちり掴んでいる。外れないと分かり、アレックスは上着を脱ぎ捨てた。鍛えられた背中が見える。
「フン。逃げたつもりか?」
ジェレミーが噛みあわない歯を見せてにやりと笑った。すぐさま脚に棍棒を振り下ろす。
「うぁあっ!」
アレックスが、その場にがくりと膝をついた。
――もう、見ていられない!
「途中交代はできる?レナード」
彼の返答を待たずに、ジュリアは細身の剣を持って立ち上がった。
「ジュリアちゃん?」
「私が出る!」
階段を駆け下り、アレックスのいる方へと走りこむ。
「アレックス!交代だよ!」
「ジュリア!来るな!」
驚いた顔のアレックスの手を掴み、自分の手と合わせた。
パチン!
「さっさとここから出て、劇に行きなっての!」
裸の背中を突き飛ばす。すぐに振り返ると、キッと凛々しい表情になってジェレミーを見据えた。
「飛び入り参加の狂犬さん、あんたを倒すのはこの私。炎の妖精、ジュリア・ハーリオンが相手になってやる!」
仁王立ちになって輝く剣の切っ先を突き付ける。
割れんばかりの歓声が、剣技科練習場にこだました。
◆◆◆
王太子セドリックが両親である国王と王妃を案内し、普通科の教室に現れた。展示の責任者であるアリッサと、副会長のレイモンドが出迎える。説明担当のポーリーナが緊張した面持ちで控えており、隣に立つフローラが彼女の背中を叩いた。
「あっ……」
声が出てしまい、ポーリーナは真っ赤になって俯く。
国王夫妻、来賓のエルノー伯爵、国王の随行であるオードファン公爵が、生徒達の作品の前に進んだ。
国王夫妻に堂々と絵の説明をするポーリーナを、誇らしい気分で見つめていると、
「いい人選だな」
レイモンドがぽつりと呟いた。アリッサは隣で頷く。
「ご自分も絵を描かれるからでしょうか。皆さんの作品へ向ける目が愛に満ちていて」
「愛、だと?……ハッ。君はいつも、夢物語のようなことを言うな」
「レイ様!……今笑いました?」
「愉快なものを愉快だと言って何が悪い。君はいい意味で想定外だ。面白い」
眼鏡の奥で緑の瞳が細められ、アリッサに視線が落とされる。
――やば。笑顔が素敵すぎて、悶え死にそう!
アリッサの鼓動が速まり、レイモンドを直視できずに視線を逸らした。
「……どうした?震えているな。具合でも悪いのか?」
来賓に聞こえないように、耳元に唇を寄せて問いかけてくる。吐息交じりの囁きがアリッサの耳朶をくすぐった。
――み、耳が、溶ける!
「ああ……切られた絵を見たのだったな。無理もない、か」
黙っているとレイモンドは自己完結したようだった。彼の掌が肩に置かれ、あれよあれよという間にドアへと導かれる。
「抜け出すのは、へ、陛下に失礼ですよ?」
おどおどして視線を上げれば、聞く耳を持たないレイモンドはアリッサの肩を抱いたまま、宰相である父オードファン公爵の傍へ歩み寄った。
「父上、お話が」
低い声で呼びかけると、宰相は国王夫妻を一度横目で見てから、息子に向き合った。
◆◆◆
教室を後にしようとしたレイモンドを、セドリックが呼び止めた。
「レイ、アリッサ」
「何だ」
「マリナがどこに行ったかしらないかな?先に講堂を出たはずなんだ」
口元に手を当て、セドリックは考えるような仕草をした。
「私、ずっと教室にいたけど、マリナちゃんは来なかったわ」
「他の催事を確認しに行っているんじゃないか?……ほら、剣技科と魔法科の」
「この後は劇ですし、見回ってから講堂に戻っているかも……」
「そうだよね、うん。一度講堂に行ってみるよ」
セドリックは再び来賓と学院長のいる室内に戻っていく。
「……行くぞ」
「レイ様?」
見上げると、ふう、と溜息をつかれた。
――何か呆れられること、言っちゃったかなあ?
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