上 下
338 / 794
学院編 7 学院祭、当日

182 悪役令嬢は妖精になる

しおりを挟む
ザザッ。
静かな剣技科練習場に、アレックスが砂地を踏みしめる音が聞こえる。
「うらぁっ!」
ジェレミーが腕より太い棍棒を振り、疲れが見えるアレックスに迫っていく。
「アレックスの奴、疲れが脚に来てるな。いつまでもつか……」
顔を顰めてレナードが呟いた。アレックスは根性で立っているようにも見える。練習用の剣を振るう気力もなさそうだ。ジュリアにも彼がいつ倒れるか分からない。
ゴスッ。
当たった棍棒が離れると、バラバラと壁が崩れる。
「くっ……」
間一髪避けたアレックスは、ジェレミーの後ろへ回り込もうとするが、棍棒を持っていない方の手で服を掴まれた。
「卑怯だぞ!」
観客席からジュリアが叫ぶ。レナードが息を呑んで立ち上がる。
『仮装闘技場』は武器以外での攻撃を認めていない。相手の服を掴んで動きを制するのはルール違反だ。アレックスがジェレミーの手を服から外そうとするが、太い指でがっちり掴んでいる。外れないと分かり、アレックスは上着を脱ぎ捨てた。鍛えられた背中が見える。
「フン。逃げたつもりか?」
ジェレミーが噛みあわない歯を見せてにやりと笑った。すぐさま脚に棍棒を振り下ろす。
「うぁあっ!」
アレックスが、その場にがくりと膝をついた。
――もう、見ていられない!

「途中交代はできる?レナード」
彼の返答を待たずに、ジュリアは細身の剣を持って立ち上がった。
「ジュリアちゃん?」
「私が出る!」
階段を駆け下り、アレックスのいる方へと走りこむ。
「アレックス!交代だよ!」
「ジュリア!来るな!」
驚いた顔のアレックスの手を掴み、自分の手と合わせた。
パチン!
「さっさとここから出て、劇に行きなっての!」
裸の背中を突き飛ばす。すぐに振り返ると、キッと凛々しい表情になってジェレミーを見据えた。
「飛び入り参加の狂犬さん、あんたを倒すのはこの私。炎の妖精、ジュリア・ハーリオンが相手になってやる!」
仁王立ちになって輝く剣の切っ先を突き付ける。
割れんばかりの歓声が、剣技科練習場にこだました。

   ◆◆◆

王太子セドリックが両親である国王と王妃を案内し、普通科の教室に現れた。展示の責任者であるアリッサと、副会長のレイモンドが出迎える。説明担当のポーリーナが緊張した面持ちで控えており、隣に立つフローラが彼女の背中を叩いた。
「あっ……」
声が出てしまい、ポーリーナは真っ赤になって俯く。
国王夫妻、来賓のエルノー伯爵、国王の随行であるオードファン公爵が、生徒達の作品の前に進んだ。


国王夫妻に堂々と絵の説明をするポーリーナを、誇らしい気分で見つめていると、
「いい人選だな」
レイモンドがぽつりと呟いた。アリッサは隣で頷く。
「ご自分も絵を描かれるからでしょうか。皆さんの作品へ向ける目が愛に満ちていて」
「愛、だと?……ハッ。君はいつも、夢物語のようなことを言うな」
「レイ様!……今笑いました?」
「愉快なものを愉快だと言って何が悪い。君はいい意味で想定外だ。面白い」
眼鏡の奥で緑の瞳が細められ、アリッサに視線が落とされる。
――やば。笑顔が素敵すぎて、悶え死にそう!
アリッサの鼓動が速まり、レイモンドを直視できずに視線を逸らした。
「……どうした?震えているな。具合でも悪いのか?」
来賓に聞こえないように、耳元に唇を寄せて問いかけてくる。吐息交じりの囁きがアリッサの耳朶をくすぐった。
――み、耳が、溶ける!
「ああ……切られた絵を見たのだったな。無理もない、か」
黙っているとレイモンドは自己完結したようだった。彼の掌が肩に置かれ、あれよあれよという間にドアへと導かれる。
「抜け出すのは、へ、陛下に失礼ですよ?」
おどおどして視線を上げれば、聞く耳を持たないレイモンドはアリッサの肩を抱いたまま、宰相である父オードファン公爵の傍へ歩み寄った。
「父上、お話が」
低い声で呼びかけると、宰相は国王夫妻を一度横目で見てから、息子に向き合った。

   ◆◆◆

教室を後にしようとしたレイモンドを、セドリックが呼び止めた。
「レイ、アリッサ」
「何だ」
「マリナがどこに行ったかしらないかな?先に講堂を出たはずなんだ」
口元に手を当て、セドリックは考えるような仕草をした。
「私、ずっと教室にいたけど、マリナちゃんは来なかったわ」
「他の催事を確認しに行っているんじゃないか?……ほら、剣技科と魔法科の」
「この後は劇ですし、見回ってから講堂に戻っているかも……」
「そうだよね、うん。一度講堂に行ってみるよ」

セドリックは再び来賓と学院長のいる室内に戻っていく。
「……行くぞ」
「レイ様?」
見上げると、ふう、と溜息をつかれた。
――何か呆れられること、言っちゃったかなあ?
「君は疲れているんだろう?少し休憩に行こう」
肩を抱く手に力が込められ、アリッサは再び頬を染めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。 思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。 さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。 彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。 そんなの絶対に嫌! というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい! 私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。 ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの? ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ? この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった? なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。 なんか……幼馴染、ヤンデる…………? 「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。

処理中です...