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学院編 6 演劇イベントを粉砕せよ!

170 誘惑と悲鳴

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痩せた男の頬を、白く細い指先が撫でていく。指はそのまま顎に滑り首筋を辿る。
ゴクリ。
男の喉が動き、少女は囁くような声で笑った。
「……ふふ。いい顔ね」
アイリーンは指先に光を纏わせ、男の目の前にちらつかせる。
飾り気がない黒のワンピースに白いエプロンをつけ、金髪のかつらを被って侍女に扮した彼女が押し倒しているのは、魔法科教師のドウェインだ。そして、ここは薄暗い魔法科教官室で、窓辺に置かれた小さな光魔法球が唯一の灯りだった。
「雷撃、って知ってる?ドウェイン先生」
「……しっ、て、……」
チリチリと火花のようなものが、時折ドウェインの顎を掠めていく。
「スタンリーはあのままでよかったのよ?」
にっこりと笑うが、アイリーンの瞳は怒りに満ちていた。
「……なのに、余計なことを……」
「余計?エミリー・ハーリオンがいなくなれば、君は……」
ジリッ。
「ひっ!」
頬に感じた衝撃にドウェインは息を呑んだ。
「あなたの狙いはエミリーじゃない。マシューを消したくて仕方がないんでしょう?」
指先の光が消える。そのまま首から胸へと手が滑り降りていく。
「それは……」
「私が卒業するまで、マシューを消しちゃ、だ、め」
よれた白いシャツの襟元から、一つ、また一つとボタンが外され、アイリーンの指が、あばら骨が浮き出たドウェインの胸を撫でた。ここで雷撃を放たれては命がない。
「な、何をする……」
「あら?嫌いかしら?あなたが悦ぶことよ」
アイリーンが大きな瞳を眇めて流し目をすると、ドウェインの身体が震えた。
「マシューを消すのはやめて。でも……エミリーを閉じ込めたのは褒めてあげなくもないわ。手間が省けたもの」
クスクスと笑い、アイリーンはワンピースの前ボタンを外した。コルセットをつけていない白い肌が、仄かな光に照らされている。
「触れたい?」
ドウェインは無言で何度も頷いた。彼の目の上に手をかざし、
「いいけど、見ちゃダメ」
と瞼を閉じさせた。
「目を開けたらおしまいよ。分かった?」
やがてベルトが外される音がして、ドウェインは再び唾を飲んだ。

   ◆◆◆

「遅くなっちゃったわ。……まだ起きているかしら?」
独り言を呟きながら、メーガン先生は重そうな身体を揺らして、軽い足取りで独身寮へ向かっていた。教官室の向こう側にある独身寮には、魔法科だけでなく普通科と剣技科の教師もいる。その何人かに、子猫が生まれたらあげる約束をしていたのだ。自宅に戻って夕食を取り、猫を連れて学院に戻った頃にはすっかり夜も更けていた。
左腕にかけたバスケットの中から、ごそごそと音がする。蓋は半分開けてあり、柔らかい毛布の上で毛玉達が鳴き声を上げる。
「ふふ、可愛がってもらえるといいわねえ」
猫をひと撫でして、老婦人は灯りのある方へ歩き出した。

「キャーッ!いやあああああっ!」
「な、何なの!?」
甲高い叫び声が夜の闇に響いた。驚いてバスケットを落としそうになり、慌てて押さえ、メーガン先生は辺りを見回した。
「はあっ、はあっ、助けて!」
月明かりに照らされた金髪と白い肌が見えた。
「どうしたの?あなた、ふ、服が……」
服装からして侍女だろうか。年若い女が目から涙を流して、芝生に倒れ込んだ。ワンピースが襟元から裾まで裂け、下着が露わになっている。
「ま、待て、どこに……っ、あ!」
教官室のドアを開けて出てきたドウェインと目が合った。彼はシャツを半分脱いだ状態で、スボンはベルトを外して腿まで下げられている。
「用事があって近くを歩いていたら、あの人に無理やり部屋に押し込まれて……」
侍女はか細い声で、しかし早口で告げた。元教え子で同僚でもあるドウェインを、メーガン先生は鋭い瞳で睨んだ。
「……ドウェイン先生!……いえ、ドウェイン!恥を知りなさい!」
両手に風魔法と火魔法の魔法球が揺らめき、彼に狙いを定めた。
「ち、違う!俺は何もしてい……」
「見苦しい!素直に罪を認めなさい!」

   ◆◆◆

風魔法を受け吹っ飛んだドウェインは、次に襲い来る火魔法に恐れをなして気絶した。
メーガン先生は伝令魔法で警備員の詰所に顛末を伝えた。振り返って被害者の姿を探したが、金髪の侍女はどこにも見当たらなかった。
「そうよね。話を聞かれるのもつらいはずよね」
草地に置いていたバスケットから子猫が逃げ出したのをつまみあげて、目を細めて鼻先を摺り寄せると、メーガン先生は近づいてくる足音の主を見つけて笑顔になった。
「マシュー先生、今から寮に?」
「はい。期末試験の問題作成に時間がかかりまして。その後、劇の演出を手伝いに」
「まあ。やっぱり若い先生には生徒達もなつくのかしらね。学院からしばらく離れていて、復帰してすぐにはどうなるかと思ったけれど、頼りにされているみたいでよかったわ」
「そうですか?……メーガン先生は、こんな時間に何を?」
「寮にいる先生方がね、うちの子猫をもらってくれるって言うから、連れてきたんだけど……余計なことに、ああ、来たようね」

マシューが振り返ると、警備員達と警備員から連絡を受けた兵士が走ってくるところだった。
「何事ですか。兵士が来るなど、犯罪が……」
ドキリ。
マシューの心臓が音を立てた。
牢に入れられているのは、ロンとエミリーの幻影だ。ドウェインは事件を公にせず、学院祭が終わってから極秘に処分するつもりでいたようだ。兵士が罪人を捕らえて、例の旧校舎にある牢に入れれば、二人がそこにいないのが明らかになってしまう。
「若い侍女を教官室に引っ張り込んで、乱暴をしようとした不届き者がいたから、私が風魔法でのしてやったのよ」
「教官室に……」
侍女を引っ張りこんだことはないが、教官室で何度かエミリーの唇を奪ったことはある。マシューは罪悪感からメーガン先生を見ることができなかった。

兵士達が気絶した男を抱えるようにして連れて行くのが見えた。
白い髪と痩せた身体。
「あれは……まさか……」
「ドウェインよ。……彼が受け持っていた闇魔法の授業は、あなたにお願いすることになるかもしれないわね」
メーガン先生はむちむちした手のひらを広げ、肩を竦めて溜息をついた。
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