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ゲーム開始前 6 王妃の茶会

85-2 悪役令嬢は階段から落ちる(裏)

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【レイモンド視点】

王立学院入学前、アリッサとの最後の外出となった今日、俺は彼女を家まで迎えに行った。家出して誘拐されかけたあの一件から、彼女が図書館へ行く時は、俺が一緒に行くことになっている。勿論、婚約者として。
十五歳の秋に入学する王立学院は、貴族の令息・令嬢が集い、第二の社交界とも言われる。高位貴族であれば婚約者がいる者ばかりだが、稀にまだ婚約者がいない貴族令息がいる。彼らは玉の輿に乗りたい令嬢方の標的にされ、勉強どころではないらしい。反対に、高位貴族の令嬢へアプローチする輩も多い。大抵は実家を継ぐ見込みのない次三男で、自分で噂をばら撒き、実力行使も辞さないとか。婚約者がいるのに手を出す愚か者もいると聞く。
まったく、恐ろしい話だ。
二年後にアリッサが王立学院へ入学してくる。俺が在学している一年間は、寄ってくる蛆虫共を駆除できるが、二年に進級するとどうなる?いつも四姉妹でいるわけではないのだから、隙ができたら狙われる可能性が高い。何と言ってもハーリオン家は侯爵家最上位、持参金は相当なものだろう。貧乏貴族の小倅がまとわりつく様子を想像して、俺は拳を握りしめた。

入学後のことをあれこれ思い悩んでいるうちに、馬車はハーリオン家に着いた。
いつものように玄関ホールでアリッサを待つ。準備ができたらすぐにでも出かけたいのだ。
彼女がホール中央の階段を下りてきた時、使用人達が唾を飲む音が聞こえた。うちから連れてきた従僕でさえもだ。
――羨ましいだろう?この極上の美少女は俺のものだからな。
優越感だ。彼女を独占している時は、優越感が俺を満たしていく。
若苗色のドレスは彼女の初々しさを引き立てており、小物に選んだ白も無垢な彼女を思わせる。素晴らしい。このドレスを選んで提案した侍女を褒めてやりたい。
「素晴らしい……」
心から感嘆の声が漏れた。
アリッサは俺の名前を呼び、階段だというのに走り出す。ドレスを踏んで転げ落ちそうになった彼女を抱きとめる。
「まったく……君はいつまでも子供だな、アリッサ」
「す、すみません……」
転落事故をいいことに、俺は抱きしめる腕に力が入ってしまう。父にも言われたが、人目のあるところでアリッサと親密に触れ合うのはご法度なのだ。
あまり長くも抱いていられないだろうと、渋々床に下ろす。
「この間の一件といい、君には少々、後先考えずに行動するところがあるようだな」
俺がいない間に怪我でもしないかと心配になる。
「二年後に学院に入学する時もこんな様子では、考え直さなければならないかもな……婚約も」
アリッサの目が見開かれる。
少し意地悪だったか。
貴婦人らしくするからと、馬車の中でも切々と訴えるアリッサを眺めて愉しんだ。最後は、もういいから黙っていろとキスしたくなったが、向かいの席に座った従者のデニスが目を光らせていたのでやめておく。キスしたら絶対父上に告げ口しそうだ。

アリッサが王立学院へ入学する際、試験で困らないように、俺は問題を思い出して書きとめた紙を彼女に渡した。
「レイ様、問題まで記憶していたんですね」
尊敬の眼差しで俺を見る。「すごい」とはしゃぐ。
――ああ、いいな。もっと褒め称えろ。
「ああ。解答用紙を埋めた後、他にやることもなかったんでな。アリッサが試験の対策をするのに役に立てばいいが」
「ありがとうございます!問題の傾向を掴んで、必ずやレイ様の御期待に応えてみせます!」
彼女なら主席で合格できると思う。俺が期待していると思えば尚更だ。
「その意気だ……二年なんてあっという間だ。勉強していれば」
「二年……」
アリッサは俯いて泣きそうになっている。二年も離れていられないと。俺だって離れたくない。
「学院から外に出るには特別な許可がいる。理由は冠婚葬祭くらいだろうな。会いに来られないのは皆同じだ」
「レイ様……私、寂しくて死んじゃいそう」
――そんな顔、するな!
アリッサのアメジストの瞳が涙に濡れ、じっと俺を見上げている。頼りなげで可愛らしい。思わず頬を撫で、顎に手をかけた。
――ダメだ!
ここは図書館だ。唇を奪うのはよくない。また副館長に見られて、父上やハーリオン侯爵へ伝わったら……。
鋼の意志で彼女から手を離し、手紙をくれと言ったものの。
その日、俺の中で燻った炎は、なかなか消えてはくれなかった。

   ◆◆◆

夕方、学生寮に入寮した。
我が家からは使用人を三人連れて行く。若くて力持ちの従者のデニス、ベテラン侍女のハンナとマーゴだ。年若い侍女を男子寮に連れて行くのは憚られた。彼女達はいずれも孫がいる年齢だから、男子生徒に言い寄られることもないだろう。日々成長する幼い孫を傍で見守れなくなるのは申し訳ないが、何でも任せられるので安心だ。
隣の部屋の生徒は既に到着しているようだった。実家の身分が高い順に部屋が割り当てられるため、三つある公爵家に俺と同じ歳の男子がいない以上、侯爵家の誰かだろうと思った。デニスに尋ねると、
「お隣はハーリオン家のハロルド様と聞き及んでおります」
と嬉しそうに答える。俺がアリッサ以外の他人に興味を持つことが嬉しいらしい。
「ハロルド?」
そう言えば、アリッサから何度か聞いた名前だ。
社交の場で会ったことはないが、ハーリオン侯爵家の領地管理人の息子で、両親が亡くなったため本家に引き取られたとか。行方不明になった時、マリナが大層心配していたとも。
――セドリックの、恋敵か。
どんな男か見てみたい。好奇心が頭をもたげる。
「馬車の事故で脚を悪くされて、あまり部屋からお出にならないだろうと、従僕が申しておりました」
「そうか。なら、こちらから行くしかないだろうな」
ハンナに上着を着せられ、足取りも軽く俺は自室を出た。
学生生活も面白くなりそうだ。
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