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閑話 おうじさまときんのパンツ
閑話 おうじさまときんのパンツ 1
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暑い夏の昼下がり。
グランディア王国王太子セドリックは、王立学院への入学を前に忙しくしている一つ年上の再従兄を呼び出していた。
「……で?この絵本のどこが素晴らしいんだ?」
レイモンドが見つめる視線は冷ややかだ。セドリックは負けじと絵本を彼の顔に近づけた。
「分からないかな?レイには難しいかもね」
「俺はくだらない絵本ごときで侮られているのか?ツッコミどころが多すぎて話にならん」
こめかみに青筋が立っている。苛立った様子で脚を組みかえ、椅子の肘置きを指で叩く。
「レイは小さい頃から難しい本ばかり読んでいたからかな。昔話の絵本に馴染みがないんだね」
一人で合点がいったセドリックがうんうんと頷く。
「『おうじさまときんのパンツ』……そんな話に馴染みたくもないが」
レイモンドは深く溜息をついた。
「僕は感動したよ。旅先で王子が立ち寄った宿屋の娘が、王子が置いて行った金のパンツを持って王都に来るんだ。途中、様々な困難が待ち受けているけれど、一途な娘はひたすら王都を目指す。ついに王宮で王子と対面し、王子は受け取った金のパンツを穿いてみせる。娘は感動のあまり涙し、健気さに打たれた王子は彼女を妃に……」
「待て待て待て。どう考えてもおかしいだろうが」
「どこがさ?」
「王子が宿屋に下着を忘れるか?従者か侍女がぼんやりしていたとしか考えられない」
「新しいのに着替えたら、前のは忘れるかも……」
「つまり、宿屋の娘は王子の使用済みパンツを持って王都まで追いかけてきたのか?普通は捨てるだろう、そんなもの」
「だって金……黄金のパンツなんだよ?ちょっと想像がつかないけど、とっても高そうに見えたんじゃないかな。『王子様が大事なものをお忘れに』って思って届けようと……」
「まあ、十中八九謝礼目当てだろうな。……ああ、何だっけ?狼に山賊?危険な目に遭っても、高額な謝礼が待っていると思えば、王都を目指したくもなるか?」
顎に手を当てて、レイモンドは考える仕草をする。隣でセドリックは口をへの字にして眉を吊り上げた。
「レイは夢がないよ。僕は宿屋の娘が王子に一目惚れしたと思うんだ」
「ほう……絵本のどこにそんな記述がある?」
「……な、ないけど……そうでもないと、王宮でパンツを穿いた王子を見て泣いたりしないと思うんだ」
「やっと今までの苦労が報われると思えば涙も出るだろう。頑張って王都まで来て、挙句の果てに王子に『そんなパンツは私のではない』とでも言われてみろ。絶望してウォンペル川に身を投げるしかない」
椅子から立ち上がり、レイモンドは窓の外、眼下に広がる街を見た。照りつける日差しに水面が輝き、今日もウォンペル川は悠々と流れている。王都の大切な水源であり、水上交通の要だ。
「王子は偉かったよ。パンツを忘れたことを素直に認めた。それどころか、実地で示すためにパンツを穿いて見せたんだからね」
「そこはどうも引っかかるな。娘の前でパンツを穿き替えたのか?いくら高貴な、国で最も高貴な生まれの若者と言っても、年頃の娘の前でパンツを脱ぐなど、ただの痴漢としか思えないが」
「謁見の間でか……そうだなあ、まず後ろを向いて……父上の椅子の後ろに隠れて?」
セドリックは具体的にどうするべきか思案した。完全に隠れる方法はなさそうな気がする。
「……お前がこの本を俺に見せたということは、何かしでかすつもりだな?」
「うん!流石はレイモンド、僕と以心伝心だね!」
にっこり微笑んだ王太子に、レイモンドは頭を抱えずにはいられなかった。
◆◆◆
「珍しいわね、アリッサが絵本を読んでいるなんて」
ハーリオン家四姉妹の寝室で、アリッサはベッドに座って絵本を読んでいた。入浴を終えて髪を乾かしたマリナは、妹の隣に腰かけた。
「うん。……レイ様がね、私に貸してくださったの」
「レイモンドが絵本?やだなあ、明日は雨でも降るんじゃない?」
ジュリアが反対側に座り、絵本を覗き込む。
「……ナニコレ」
「『おうじさまときんのパンツ』?こんな童話あったかしら?」
「マリナちゃんは読んだことないの?」
「記憶がないわ」
「うんと小さい頃に、お母様が読んでくれたような気がしない?」
「……言われてみれば、そうかも。馬鹿馬鹿しくて途中で聞くのをやめた気がするわ」
エミリーが合流して、四姉妹は絵本を読み返した。
「……あり得ない」
眉間の皺を深くして、エミリーが絵本を掴んでベッドに投げつけた。
「やめてよ、エミリーちゃん!借り物なのに」
「私もあり得ないと思うな。王子のパンツを持って王都に出てくる時点で、この子、頭おかしいでしょ」
「それ以前に、宿屋にパンツを忘れる王子がどこにいるのよ。そういう高貴な方には、しっかりした側仕えがいるものよ?何か理由があって、普段使わないような粗末な宿に泊まったとしても、周りがしっかりと……」
「そうそう。現実的じゃないよね」
「……分かった。皆の言う通りよね」
「え?」
「アリッサのお薦めじゃなかったの?」
マリナとジュリアは目を丸くした。アリッサはパタンと本を閉じて、ベッドサイドのテーブルに置いた。
「ううん。私も変だと思うもの。……明日、レイ様にお知らせするわ」
グランディア王国王太子セドリックは、王立学院への入学を前に忙しくしている一つ年上の再従兄を呼び出していた。
「……で?この絵本のどこが素晴らしいんだ?」
レイモンドが見つめる視線は冷ややかだ。セドリックは負けじと絵本を彼の顔に近づけた。
「分からないかな?レイには難しいかもね」
「俺はくだらない絵本ごときで侮られているのか?ツッコミどころが多すぎて話にならん」
こめかみに青筋が立っている。苛立った様子で脚を組みかえ、椅子の肘置きを指で叩く。
「レイは小さい頃から難しい本ばかり読んでいたからかな。昔話の絵本に馴染みがないんだね」
一人で合点がいったセドリックがうんうんと頷く。
「『おうじさまときんのパンツ』……そんな話に馴染みたくもないが」
レイモンドは深く溜息をついた。
「僕は感動したよ。旅先で王子が立ち寄った宿屋の娘が、王子が置いて行った金のパンツを持って王都に来るんだ。途中、様々な困難が待ち受けているけれど、一途な娘はひたすら王都を目指す。ついに王宮で王子と対面し、王子は受け取った金のパンツを穿いてみせる。娘は感動のあまり涙し、健気さに打たれた王子は彼女を妃に……」
「待て待て待て。どう考えてもおかしいだろうが」
「どこがさ?」
「王子が宿屋に下着を忘れるか?従者か侍女がぼんやりしていたとしか考えられない」
「新しいのに着替えたら、前のは忘れるかも……」
「つまり、宿屋の娘は王子の使用済みパンツを持って王都まで追いかけてきたのか?普通は捨てるだろう、そんなもの」
「だって金……黄金のパンツなんだよ?ちょっと想像がつかないけど、とっても高そうに見えたんじゃないかな。『王子様が大事なものをお忘れに』って思って届けようと……」
「まあ、十中八九謝礼目当てだろうな。……ああ、何だっけ?狼に山賊?危険な目に遭っても、高額な謝礼が待っていると思えば、王都を目指したくもなるか?」
顎に手を当てて、レイモンドは考える仕草をする。隣でセドリックは口をへの字にして眉を吊り上げた。
「レイは夢がないよ。僕は宿屋の娘が王子に一目惚れしたと思うんだ」
「ほう……絵本のどこにそんな記述がある?」
「……な、ないけど……そうでもないと、王宮でパンツを穿いた王子を見て泣いたりしないと思うんだ」
「やっと今までの苦労が報われると思えば涙も出るだろう。頑張って王都まで来て、挙句の果てに王子に『そんなパンツは私のではない』とでも言われてみろ。絶望してウォンペル川に身を投げるしかない」
椅子から立ち上がり、レイモンドは窓の外、眼下に広がる街を見た。照りつける日差しに水面が輝き、今日もウォンペル川は悠々と流れている。王都の大切な水源であり、水上交通の要だ。
「王子は偉かったよ。パンツを忘れたことを素直に認めた。それどころか、実地で示すためにパンツを穿いて見せたんだからね」
「そこはどうも引っかかるな。娘の前でパンツを穿き替えたのか?いくら高貴な、国で最も高貴な生まれの若者と言っても、年頃の娘の前でパンツを脱ぐなど、ただの痴漢としか思えないが」
「謁見の間でか……そうだなあ、まず後ろを向いて……父上の椅子の後ろに隠れて?」
セドリックは具体的にどうするべきか思案した。完全に隠れる方法はなさそうな気がする。
「……お前がこの本を俺に見せたということは、何かしでかすつもりだな?」
「うん!流石はレイモンド、僕と以心伝心だね!」
にっこり微笑んだ王太子に、レイモンドは頭を抱えずにはいられなかった。
◆◆◆
「珍しいわね、アリッサが絵本を読んでいるなんて」
ハーリオン家四姉妹の寝室で、アリッサはベッドに座って絵本を読んでいた。入浴を終えて髪を乾かしたマリナは、妹の隣に腰かけた。
「うん。……レイ様がね、私に貸してくださったの」
「レイモンドが絵本?やだなあ、明日は雨でも降るんじゃない?」
ジュリアが反対側に座り、絵本を覗き込む。
「……ナニコレ」
「『おうじさまときんのパンツ』?こんな童話あったかしら?」
「マリナちゃんは読んだことないの?」
「記憶がないわ」
「うんと小さい頃に、お母様が読んでくれたような気がしない?」
「……言われてみれば、そうかも。馬鹿馬鹿しくて途中で聞くのをやめた気がするわ」
エミリーが合流して、四姉妹は絵本を読み返した。
「……あり得ない」
眉間の皺を深くして、エミリーが絵本を掴んでベッドに投げつけた。
「やめてよ、エミリーちゃん!借り物なのに」
「私もあり得ないと思うな。王子のパンツを持って王都に出てくる時点で、この子、頭おかしいでしょ」
「それ以前に、宿屋にパンツを忘れる王子がどこにいるのよ。そういう高貴な方には、しっかりした側仕えがいるものよ?何か理由があって、普段使わないような粗末な宿に泊まったとしても、周りがしっかりと……」
「そうそう。現実的じゃないよね」
「……分かった。皆の言う通りよね」
「え?」
「アリッサのお薦めじゃなかったの?」
マリナとジュリアは目を丸くした。アリッサはパタンと本を閉じて、ベッドサイドのテーブルに置いた。
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