上 下
77 / 794
ゲーム開始前 3 攻略対象の不幸フラグを折れ!

53 悪役令嬢はケーキを頬張る

しおりを挟む
王宮に呼び出されたマリナは、薄い水色のドレスを身に纏う。
侍女のリリーに髪飾りを持って来させると、いくつか頭の上に乗せて鏡を見た。
「これ、も違うわね」
「お嬢様?」
「こちらも……ううん、質感が合わないわ」
髪を整えるリリーも痺れを切らしている。
「そうだわ。リリー、あれよ」
「はい」
「ほら、子供の頃使っていたのがあったでしょう?このドレスと同じように薄い色、水色の……」
リリーははっとした表情になり、すぐに元の柔和な顔に戻る。
「あれ持ってきて頂戴」
「お嬢様」
マリナが座る椅子の肘置きに手をかけ、床に膝をついたリリーは、マリナのやや下から視線を合わせてきた。
「なあに?」
「あの髪飾りはもう、こちらにはございません」
「そんなはずはないわ。きちんとしまって……」
「いいえ。お嬢様がいらっしゃらない時に、わたくしがお貸ししてしまったのです」
「さてはアリッサね!……すぐに取り返して……」
「いいえ、違うのです、お嬢様」
リリーはマリナの手を取った。眉尻が下がり、今にも泣きそうだ。
「わたくしがあれをお貸ししたのは、ハロルド様に、でございます」

   ◆◆◆

「……マリナ?」
何度か呼びかけられ、はっとする。
「どうしたの?考え事?」
王太子セドリックはテーブルの上で腕を組み、顎を乗せている。
「僕と一緒だと、退屈かな」
身体を起こして伸びをし、青い瞳でマリナを見つめている。
「退屈だなんて……」
マリナは退屈だとは思っていなかった。王宮に来るのは面倒くさいが、セドリックと話すのは気晴らしになる。王太子は意外に聞き上手だった。
「さっきもぼーっと僕のこと見てたでしょ。……見とれてたの?」
くすくすと笑い、マリナに顔を近づける。
セドリックの顔立ちは確かに美しい。幼い頃は天使のようだと言われたのも頷ける。
さらさらした色の薄い金髪は直毛ではなくほんの少しだけ癖があり、青い瞳は緑の混じらない正真正銘海の色だ。
――私、無意識に誰かと比べてた?

   ◆◆◆

「いやあー、これはお祝いもんでしょ!」
マリナが家に帰ると、料理人に作らせたケーキを頬張って、ジュリアが口から屑を飛ばしていた。
「それ、何個目?」
「食べすぎだよぉ、ジュリアちゃん……」
フォークで小さく切り分けて、上品に口に運ぶ妹二人が、下品な姉に眉を顰めている。
「ケーキ?今日は何のお祝いなの?」
ぶほっ。また口から吹いたな。
「もっちろん、アレックスの家庭崩壊イベントを潰したお祝いに決まってんじゃん」
「そうね。アレックスのお母様も無事だし、騎士団長様ともうまくいっているものね」
マリナはジュリアの隣に座る。席はいつもここだ。
「ヴィルソード侯爵が後妻を迎えることもない。アレックスは騎士団長の跡継ぎのまま。家族の確執からヒロインにつけこまれることもない」
眠そうな瞳でエミリーがにたりと笑う。
「そして、アレックスはジュリアに惚れた、と」
「はあっ?何言ってんのエミリー。事件があっても、私達は何も変わってないよ」
「吊り橋効果」
「怖い体験を一緒にするとね、恐怖のドキドキと恋のドキドキを勘違いしちゃうって言うよね」
「ちーがーう!ドキドキなんかしてないってば」
「詳しい話は聞いてなかったわよね」
「マリナまで……はー、もー、分かった。教えるから、その、冷やかすのはなしだよ」
ジュリアの頬に赤みが差す。
「冷やかしたりしないもん」
「話を聞くだけよ」
「……からかうのはありよね」
「エミリー!」
三人の声が重なった。

「うっそ……」
マリナが絶句した。
「いやんとか、ああんって……」
アリッサが熊のぬいぐるみの後頭部に顔を埋めた。
「……喘ぎ声?」
「喘いでないよっ!」
「そんな声、アレックスに聞かせたのね」
「痴女」
「痴……ってあのねえ、これは賊をおびき寄せる作戦なの」
「結局失敗して殺されかけた」
「う……それは、そうだけどさ。一人やっつけたんだから」
「二人で苦難を乗り越え、深まる愛情?……きゃあ、ロマンチック」
アリッサは両頬に手を当てて頭を振っている。
「ロマンなんてないからね。言っとくけど、大冒険スペクタクルだったんだから。それより、エミリーはどうだったのさ」
「は?私?」
「エミリーちゃんがマシューに抱かれて現れたんでしょ」
「転移魔法よ。抱かれたくて抱かれたんじゃない」
「抱くとか抱かれるとか、あなたたち言い方をもう少し……」
「遠見するのに目標が定まらなくて、指舐められた」
「舐める???」
三人が声を揃える。
「ジュリアの居場所を探すために、近い血縁、それも容姿の似た人間の血が必要だった」
「魔法のためか、つまんないの」
「そう。魔法のため」
魔法のためなんだからドキドキなんかしていない、とエミリーは自分に言い聞かせる。
「なぁにそれ、全然ロマンチックじゃないよぉ」
「いい加減ロマンチックから卒業しなよ」
「おかしいよぉ二人とも。攻略対象者はみーんなかっこいいのに、どうしてときめかないかなあ?」
「アリッサがときめきすぎ」
「一人だけ順調に愛を育んでるわね」
「マリナちゃんだって、王太子殿下とほぼ毎日デートじゃない」
「私は、デートだなんて思っていないわ」
「殿下はマリナのことが好きだよ。たまに一緒に行くけど、見ていて分かる。マリナはどうなのさ?自分を没落、破滅させるからセドリック様が嫌いなのかな?このまま王太子妃になっていいの?」
――私が、王太子妃に?
心に靄がかかり、マリナは答えに窮した。
「殿下と結婚するつもりがないなら、しっかり断ったほうがいいと思うよぉ」
「はっきりしろ」
「……私は……ごめん。結論が出せないから、部屋に戻るわ」

マリナは一人で居間を出る。
四人の寝室へ向かい、階段を上がる。茶色く木目の見える重厚な手すりに触れると、この手すりに体重をかけてゆっくりと二階へ上がっていたあの人を思い出す。
――あなたにはいつも笑顔でいてほしいのです。
不意に脳裏を掠める、囁き。
――マリナ、あなたは私が守ります。
「……お兄様の嘘つき」
呟く唇が震えた。
――あなたの、心を盗む者は……容赦しませんよ?
嘘つき、嘘つき!……私は嘘をつかれるのは嫌いよ。
――さようなら、マリナ。あなたの幸せを祈ります。
勝手にいなくなったくせに、いつまでも私を縛らないでよ。
踊り場まで上がったところで、マリナは手すりに額を当て頽れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。 思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。 さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。 彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。 そんなの絶対に嫌! というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい! 私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。 ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの? ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ? この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった? なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。 なんか……幼馴染、ヤンデる…………? 「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。

処理中です...