上 下
68 / 794
ゲーム開始前 3 攻略対象の不幸フラグを折れ!

44 悪役令嬢と巨大な影

しおりを挟む
翌々日、ジュリアはアレックスと共にヴィルソード家の馬車に乗り、市街地へと向かった。芝居小屋に入ると人の頭で向こうが見えない。大盛況のようだ。端に適当な席を見つけて座る。
「ごめん。父上は説得できなくてさ」
申し訳なさそうにアレックスは頭を掻いた。
「仕方ないよ。お忙しい方だから」
「騎士団も遠征でさ、母上がついてこようとしてたんだけど、今朝急に客が来ることになったって」
「そっか」
アレックスの母を来させないようにしたのは、ジュリアの作戦であった。母に頼んで侯爵家に押しかけてもらうことにしたのだ。この外出が後々アレックスの人格に影響するイベント通りならば、ヴィルソード侯爵夫人は死んでしまうだろう。自分は危ない目にあってもいい。アレックスを悲しませたくない。
ヴィルソード家の地下室で話していた男とは違う、若い従者がついてきている。あの男が言っていたほど弱くはなさそうだが、帯剣を許される身分ではなく丸腰だ。賊に襲われたらひとたまりもない。
「なあ、ジュリアン」
「んー?」
「お前、劇って見たことあるか」
「あるよ」
「そうなのか?すげえな、俺、見るの初めてだからさ、いろいろ教えてくれよ」
何を教えたらいいのやら。
「そうだな。とりあえず静かにしとけ」
ジュリアは芝居小屋の雰囲気に興奮して、すげー!すげー!と、饒舌になっているアレックスの唇に指先を当てる。
「うっ……」
――し・ず・か・に。
と視線だけでおとなしくさせた。

   ◆◆◆

劇の上演中も幕間にも、ジュリアは周囲に目を光らせた。怪しい動きをする者がいないか、何度も何度も客席を見る。
「少し落ち着けよ、ジュリアン。お前が気になって話に集中できないだろ」
「気にするな」
「気になるに決まってんだろ。きょろきょろすんなよ、どこ見てるんだ」
「どこだっていいだろう」
アレックスは思いっきり不審がっている。どうにかして興味を逸らさないと。
ジュリアは会場を見渡した。自分達とは反対の壁際に、同じくらいの年齢の女子集団がいるのが見えた。
――よし、あれでいこう。
「アレックス、なあ。あれ、見えるか」
ジュリアがこっそり指先を向けた方向を見たアレックスは、嫌そうに舌打ちした。
「また女かよ」
「またとは何だ、またとは。彼女達を見たのは今日が初めてだろう」
「お前何しにここ来てんだよ。劇だろ、俺達は劇を……」
妙に熱く語るアレックスは、ジュリアの顔をむぎゅうっと両手で挟み込み、無理やり舞台へ向かせる。
「はにふんらお」
――何すんだよ。
「見て見ろよあれ。あいつ、友達のために命を投げ出すんだぜ」
熱血友情物語か。アレックスが好きそうなベタな話だな。
「こんなの話の中だけだろ」
劇に煽られて、賊に一人で立ち向かうようなことだけはしてほしくない。
「お前が敵に立ち向かう時は、俺も隣で戦いたい。一人で行こうとするなよ」
舞台に視線を向けたまま呟く。
返事がないなと隣を見れば、アレックスが視線を彷徨わせてカクカクと頷いていた。
――感動して言葉も出ないか。
ジュリアはくすりと笑い、アレックスにされたように両手で彼の顔を挟み込み、
「お返し」
と悪戯っぽく目を細めた。

   ◆◆◆

無事、劇は大団円を迎えた。
死んだはずの男が生き返ったり、王女様が魔女にハリセンチョップを食らわせたり、後半はぐだぐだの話だった。アレックスは感動して泣いていた。よくわからん。
「この後どうする?買い物にでも行くか」
従者と三人で歩き出す。
芝居小屋が建てられている空地の近くには市場があり、手ごろな大きさの剣を売っている店があった。正確には剣ではなく、劇中で出てくる聖剣を真似して作った土産物だが。
「劇を見た記念に、あれ買わないか」
「偽物じゃないか」
騎士の息子が偽物の剣を持つなど、アレックスのプライドが許さないらしい。
「じゃあお前は買わなくていいよ……おじさん、これ二つちょうだい」
店頭に走っていき店主に声をかけ、すぐに銅貨と品物を引き換える。
剣をくるくる回しながら戻り、アレックスと従者の姿を探す。
――しまった!見失ったか?
急いで周囲を駆け、赤い髪の少年は見なかったかと、街行く人に尋ねる。年配の女性が見たと言うものの、要領を得ない説明に時間だけが過ぎていく。
何とか教えられた通りに市場の外れに向かい、ジュリアは背筋が凍った。
赤いものが砂地に落ちている。
――これって、血溜まり?
ぬるりとした感触が靴底を通して足に伝わる。
嫌な予感しかしない。アレックスは?あの従者は無事なの?
見れば遠ざかる大男の背に、大きな布袋が見えた。袋がもぞもぞと動いている。
――いた!
皆が褒める俊足で男との距離を詰めると、
「アレックスを放せ!このブタ野郎!」
とアメリカ映画よろしく叫んで、買ったばかりの偽物の剣を振るった。
男は面倒くさそうに振り返って袋を下ろし、太い腕をジュリア目がけて振り下ろす。
「ふん、鈍くさいな。私は捕まらな……あれ?」
後ろに避けたはずが、何かに当たって進めない。足元には自分のものより大きな影が見える。
――やっちゃった……。
仲間がいたのか。背後取られてるし。
前方の大男とにやりと笑いあう影の主を見上げて、ジュリアは引きつり笑いしかできなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。 思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。 さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。 彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。 そんなの絶対に嫌! というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい! 私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。 ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの? ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ? この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった? なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。 なんか……幼馴染、ヤンデる…………? 「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。

処理中です...