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ゲーム開始前 3 攻略対象の不幸フラグを折れ!
44 悪役令嬢と巨大な影
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翌々日、ジュリアはアレックスと共にヴィルソード家の馬車に乗り、市街地へと向かった。芝居小屋に入ると人の頭で向こうが見えない。大盛況のようだ。端に適当な席を見つけて座る。
「ごめん。父上は説得できなくてさ」
申し訳なさそうにアレックスは頭を掻いた。
「仕方ないよ。お忙しい方だから」
「騎士団も遠征でさ、母上がついてこようとしてたんだけど、今朝急に客が来ることになったって」
「そっか」
アレックスの母を来させないようにしたのは、ジュリアの作戦であった。母に頼んで侯爵家に押しかけてもらうことにしたのだ。この外出が後々アレックスの人格に影響するイベント通りならば、ヴィルソード侯爵夫人は死んでしまうだろう。自分は危ない目にあってもいい。アレックスを悲しませたくない。
ヴィルソード家の地下室で話していた男とは違う、若い従者がついてきている。あの男が言っていたほど弱くはなさそうだが、帯剣を許される身分ではなく丸腰だ。賊に襲われたらひとたまりもない。
「なあ、ジュリアン」
「んー?」
「お前、劇って見たことあるか」
「あるよ」
「そうなのか?すげえな、俺、見るの初めてだからさ、いろいろ教えてくれよ」
何を教えたらいいのやら。
「そうだな。とりあえず静かにしとけ」
ジュリアは芝居小屋の雰囲気に興奮して、すげー!すげー!と、饒舌になっているアレックスの唇に指先を当てる。
「うっ……」
――し・ず・か・に。
と視線だけでおとなしくさせた。
◆◆◆
劇の上演中も幕間にも、ジュリアは周囲に目を光らせた。怪しい動きをする者がいないか、何度も何度も客席を見る。
「少し落ち着けよ、ジュリアン。お前が気になって話に集中できないだろ」
「気にするな」
「気になるに決まってんだろ。きょろきょろすんなよ、どこ見てるんだ」
「どこだっていいだろう」
アレックスは思いっきり不審がっている。どうにかして興味を逸らさないと。
ジュリアは会場を見渡した。自分達とは反対の壁際に、同じくらいの年齢の女子集団がいるのが見えた。
――よし、あれでいこう。
「アレックス、なあ。あれ、見えるか」
ジュリアがこっそり指先を向けた方向を見たアレックスは、嫌そうに舌打ちした。
「また女かよ」
「またとは何だ、またとは。彼女達を見たのは今日が初めてだろう」
「お前何しにここ来てんだよ。劇だろ、俺達は劇を……」
妙に熱く語るアレックスは、ジュリアの顔をむぎゅうっと両手で挟み込み、無理やり舞台へ向かせる。
「はにふんらお」
――何すんだよ。
「見て見ろよあれ。あいつ、友達のために命を投げ出すんだぜ」
熱血友情物語か。アレックスが好きそうなベタな話だな。
「こんなの話の中だけだろ」
劇に煽られて、賊に一人で立ち向かうようなことだけはしてほしくない。
「お前が敵に立ち向かう時は、俺も隣で戦いたい。一人で行こうとするなよ」
舞台に視線を向けたまま呟く。
返事がないなと隣を見れば、アレックスが視線を彷徨わせてカクカクと頷いていた。
――感動して言葉も出ないか。
ジュリアはくすりと笑い、アレックスにされたように両手で彼の顔を挟み込み、
「お返し」
と悪戯っぽく目を細めた。
◆◆◆
無事、劇は大団円を迎えた。
死んだはずの男が生き返ったり、王女様が魔女にハリセンチョップを食らわせたり、後半はぐだぐだの話だった。アレックスは感動して泣いていた。よくわからん。
「この後どうする?買い物にでも行くか」
従者と三人で歩き出す。
芝居小屋が建てられている空地の近くには市場があり、手ごろな大きさの剣を売っている店があった。正確には剣ではなく、劇中で出てくる聖剣を真似して作った土産物だが。
「劇を見た記念に、あれ買わないか」
「偽物じゃないか」
騎士の息子が偽物の剣を持つなど、アレックスのプライドが許さないらしい。
「じゃあお前は買わなくていいよ……おじさん、これ二つちょうだい」
店頭に走っていき店主に声をかけ、すぐに銅貨と品物を引き換える。
剣をくるくる回しながら戻り、アレックスと従者の姿を探す。
――しまった!見失ったか?
急いで周囲を駆け、赤い髪の少年は見なかったかと、街行く人に尋ねる。年配の女性が見たと言うものの、要領を得ない説明に時間だけが過ぎていく。
何とか教えられた通りに市場の外れに向かい、ジュリアは背筋が凍った。
赤いものが砂地に落ちている。
――これって、血溜まり?
ぬるりとした感触が靴底を通して足に伝わる。
嫌な予感しかしない。アレックスは?あの従者は無事なの?
見れば遠ざかる大男の背に、大きな布袋が見えた。袋がもぞもぞと動いている。
――いた!
皆が褒める俊足で男との距離を詰めると、
「アレックスを放せ!このブタ野郎!」
とアメリカ映画よろしく叫んで、買ったばかりの偽物の剣を振るった。
男は面倒くさそうに振り返って袋を下ろし、太い腕をジュリア目がけて振り下ろす。
「ふん、鈍くさいな。私は捕まらな……あれ?」
後ろに避けたはずが、何かに当たって進めない。足元には自分のものより大きな影が見える。
――やっちゃった……。
仲間がいたのか。背後取られてるし。
前方の大男とにやりと笑いあう影の主を見上げて、ジュリアは引きつり笑いしかできなかった。
「ごめん。父上は説得できなくてさ」
申し訳なさそうにアレックスは頭を掻いた。
「仕方ないよ。お忙しい方だから」
「騎士団も遠征でさ、母上がついてこようとしてたんだけど、今朝急に客が来ることになったって」
「そっか」
アレックスの母を来させないようにしたのは、ジュリアの作戦であった。母に頼んで侯爵家に押しかけてもらうことにしたのだ。この外出が後々アレックスの人格に影響するイベント通りならば、ヴィルソード侯爵夫人は死んでしまうだろう。自分は危ない目にあってもいい。アレックスを悲しませたくない。
ヴィルソード家の地下室で話していた男とは違う、若い従者がついてきている。あの男が言っていたほど弱くはなさそうだが、帯剣を許される身分ではなく丸腰だ。賊に襲われたらひとたまりもない。
「なあ、ジュリアン」
「んー?」
「お前、劇って見たことあるか」
「あるよ」
「そうなのか?すげえな、俺、見るの初めてだからさ、いろいろ教えてくれよ」
何を教えたらいいのやら。
「そうだな。とりあえず静かにしとけ」
ジュリアは芝居小屋の雰囲気に興奮して、すげー!すげー!と、饒舌になっているアレックスの唇に指先を当てる。
「うっ……」
――し・ず・か・に。
と視線だけでおとなしくさせた。
◆◆◆
劇の上演中も幕間にも、ジュリアは周囲に目を光らせた。怪しい動きをする者がいないか、何度も何度も客席を見る。
「少し落ち着けよ、ジュリアン。お前が気になって話に集中できないだろ」
「気にするな」
「気になるに決まってんだろ。きょろきょろすんなよ、どこ見てるんだ」
「どこだっていいだろう」
アレックスは思いっきり不審がっている。どうにかして興味を逸らさないと。
ジュリアは会場を見渡した。自分達とは反対の壁際に、同じくらいの年齢の女子集団がいるのが見えた。
――よし、あれでいこう。
「アレックス、なあ。あれ、見えるか」
ジュリアがこっそり指先を向けた方向を見たアレックスは、嫌そうに舌打ちした。
「また女かよ」
「またとは何だ、またとは。彼女達を見たのは今日が初めてだろう」
「お前何しにここ来てんだよ。劇だろ、俺達は劇を……」
妙に熱く語るアレックスは、ジュリアの顔をむぎゅうっと両手で挟み込み、無理やり舞台へ向かせる。
「はにふんらお」
――何すんだよ。
「見て見ろよあれ。あいつ、友達のために命を投げ出すんだぜ」
熱血友情物語か。アレックスが好きそうなベタな話だな。
「こんなの話の中だけだろ」
劇に煽られて、賊に一人で立ち向かうようなことだけはしてほしくない。
「お前が敵に立ち向かう時は、俺も隣で戦いたい。一人で行こうとするなよ」
舞台に視線を向けたまま呟く。
返事がないなと隣を見れば、アレックスが視線を彷徨わせてカクカクと頷いていた。
――感動して言葉も出ないか。
ジュリアはくすりと笑い、アレックスにされたように両手で彼の顔を挟み込み、
「お返し」
と悪戯っぽく目を細めた。
◆◆◆
無事、劇は大団円を迎えた。
死んだはずの男が生き返ったり、王女様が魔女にハリセンチョップを食らわせたり、後半はぐだぐだの話だった。アレックスは感動して泣いていた。よくわからん。
「この後どうする?買い物にでも行くか」
従者と三人で歩き出す。
芝居小屋が建てられている空地の近くには市場があり、手ごろな大きさの剣を売っている店があった。正確には剣ではなく、劇中で出てくる聖剣を真似して作った土産物だが。
「劇を見た記念に、あれ買わないか」
「偽物じゃないか」
騎士の息子が偽物の剣を持つなど、アレックスのプライドが許さないらしい。
「じゃあお前は買わなくていいよ……おじさん、これ二つちょうだい」
店頭に走っていき店主に声をかけ、すぐに銅貨と品物を引き換える。
剣をくるくる回しながら戻り、アレックスと従者の姿を探す。
――しまった!見失ったか?
急いで周囲を駆け、赤い髪の少年は見なかったかと、街行く人に尋ねる。年配の女性が見たと言うものの、要領を得ない説明に時間だけが過ぎていく。
何とか教えられた通りに市場の外れに向かい、ジュリアは背筋が凍った。
赤いものが砂地に落ちている。
――これって、血溜まり?
ぬるりとした感触が靴底を通して足に伝わる。
嫌な予感しかしない。アレックスは?あの従者は無事なの?
見れば遠ざかる大男の背に、大きな布袋が見えた。袋がもぞもぞと動いている。
――いた!
皆が褒める俊足で男との距離を詰めると、
「アレックスを放せ!このブタ野郎!」
とアメリカ映画よろしく叫んで、買ったばかりの偽物の剣を振るった。
男は面倒くさそうに振り返って袋を下ろし、太い腕をジュリア目がけて振り下ろす。
「ふん、鈍くさいな。私は捕まらな……あれ?」
後ろに避けたはずが、何かに当たって進めない。足元には自分のものより大きな影が見える。
――やっちゃった……。
仲間がいたのか。背後取られてるし。
前方の大男とにやりと笑いあう影の主を見上げて、ジュリアは引きつり笑いしかできなかった。
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