上 下
11 / 794
ゲーム開始前 1 出会いは突然じゃなくて必然に?

08 悪役令嬢と赤い花の伝説

しおりを挟む
「ハリーお兄様、お庭はご覧になりまして?」
朝食の後、部屋に戻ろうとしていた義兄の腕を掴まえ、マリナは引きずるように外へ出た。
「マ、マリナさん。放して……」
面倒くさいな、本当に。さっさとついて来ればいいのに。
「お兄様は、私とお庭に行くのがお嫌なんですの?」
つい、棘のある言い方になってしまった。
「い、いや。そういうわけではなく……」
「部屋に戻って本を読むより、まずはこの家を知る方がよっぽど大切です」
「う、うん。そうですね」

侯爵家の庭は格段に広いわけではないが、四季折々の花が楽しめる美しい庭園だ。手入れが行き届いた植物は常に見る者の目を楽しませてくれる。
マリナはハロルドの手を引き、こんもりと生い茂った低木の前に立った。
「この木は、夏に白い花が、秋の終わりにも花が咲くんですよ。普段は白一色で、ごく稀に赤い花がつくんです」
「マリナさんは、赤い花を見たことがありますか」
「いいえ」
「そうですか。私が聞いた話では、赤い花は……ああ、これはあなたに聞かせる話ではないですね。やめましょう」
ここでやめるとは、気になるではないか。マリナは義兄の袖を引き、
「続けてください。聞きたいです!」
と上目づかいで強請った。
ハロルドは困ったように眉尻を下げて少し微笑み、では、と続けた。
「赤い花は、報われない恋をした者が流した血で染まっていると」
「ひっ」
「ほら、ね。聞かない方が良かったですよね」

目を細めてハロルドはマリナの頭を撫でた。触るのに一瞬躊躇したが、触れてしまってからはしつこく撫でてくる。
「怖い話でしょう」
「血……その方は亡くなったのですか?」
「分かりません。言い伝えですからね。昔、叶わない恋をした若者がいたそうです。好きな女性に告白したものの、その女性には親が決めた婚約者がいました。諦めきれず、ある夜彼女の元を訪れると、そこには婚約者と仲睦まじく語り合う彼女の姿が。絶望した若者は、彼女の家の庭に咲くこの木の前で自らの首を掻き切ったと言われています」
「首……ひぃぃ……」
「怖がらせてしまって申し訳ありません」
「恋、は……うまくいかないと死んでしまうものなのでしょうか」
マリナは悪役令嬢にとってのバッドエンドを次々と思い浮かべた。好きな人に愛されて幸せの絶頂にいるヒロインが、風の噂程度に聞くハーリオン侯爵令嬢の哀れな末路は、命を落とすものばかりだ。

「……マリナさん?」
ハロルドはマリナの表情が曇ったのを不審に思い、顔を覗き込んだ。
「は、な、何でもありません。行きましょう、お兄様」
走り出そうとしたマリナの手を素早く取り肩を掴むと、ハロルドは少し屈んでマリナと視線を合わせた。
「マリナさん」
穏やかな話し方から想像できない力強さに、マリナがびくりと身体を震わせた。
「何か、心配事があるのでしょう?」
青緑の瞳が真っ直ぐにマリナを射抜く。
「い、いえ……」
狼狽えて視線を落とすと、肩を掴んでいた手が頬に添えられる。
ナニコレ!?
四姉妹に囲まれて、追い詰められたウサギのように怯えていたのではなかったか。それがいきなりスキンシップに移行なのか。
ハロルドはマリナを見つめたまま、優しく頬と髪を撫でる。
「あなたに、暗い顔は似合いませんよ。あなたにはいつも笑顔でいてほしいのです」
昨日の今日でこれはなんなのだ。マリナは混乱した。
二年前に会ったのは私なのか、その時に何か彼のフラグを回収してしまったのか。っていうか、私悪役令嬢でしょ。
「あなたの美しい瞳が曇る理由を教えていただけますか」
「理由なんて……」
「あなたを苦しめる者がいるなら、容赦はしません。マリナ、あなたは私が守ります」
美しい義兄は極上の微笑を浮かべ、マリナの手の甲に口づけた。

   ◆◆◆

「……あれ、絶対、そうだわ」
机に突っ伏して唸るマリナの背をさすり、アリッサが宥める。
「お兄様はやっぱり、隠しキャラなのね?何があったの、マリナちゃん」
「口説かれた」
「ハア!?」
聞き耳を立てていたジュリアがベッドから跳ね起き、マリナの傍へ走り寄る。
「どういうこと?マリナ、十一歳に口説かれたの?」
「そこだけ聞くと私が変態みたいに思われるからやめて。私達も九歳の美少女でしょうが」
「美、は余計」
「うるさい!……とにかく、あれは危険よ」

マリナは今日の出来事を包み隠さず妹達に話した。
ジュリアは開いた口が塞がらず、アリッサはキャーキャー言いながら楽しそうに聞いていた。エミリーは悪いものでも食べたかのように吐き気を催していた。
「ありえない」
「引き取られて翌日に妹口説くかよ」
「まあね。今はうちの養子ではあるけれど、お父様はハリーお兄様を正式に自分の後継者にしたわけじゃないでしょ。娘しかいないハーリオン侯爵の爵位を継ぐには、養子でかつ娘の誰かを妻にすれば安泰だもの。私達の誰かにロックオンしたって不思議はないわ」
「アリッサがまともなこと言った」
「エミリーちゃんだって、ハリーお兄様に口説かれるかもしれないんだよ?」
「お断り。手も触りたくない」

「でもさー、なんでマリナなわけ?」
ジュリアが頭の後ろで手を組み、そのままベッドへ倒れこんだ。
「私も分からない」
「マリナちゃんが一番令嬢らしいからかなあ」
「そうね。マリナは家庭教師の時間もサボらない」
ジュリアは礼儀作法の時間は抜け出しているし、アリッサはダンスの時間をサボっている。エミリーはほぼ出席していないと言っていい。
「お父様がいつも褒めてるもの。マリナちゃんはえらいなって」
「侯爵のお墨付きとあれば、狙うのも頷ける」
「なんだかんだでマリナが一番チョロそうだしねー」
「な!」
「お兄様、本当にマリナちゃん狙いなの?明日はジュリアちゃんの番でしょ。同じこと言われるかも」
「どうかなー。あ、明日アレックスが来るんだよね。一緒に練習に誘ってみる!」

「ダメよ」
マリナが止めた。
「ハリーお兄様は、馬車の事故でご両親を亡くされたでしょう。その時、一緒に馬車に乗っていて酷い怪我をしたの。普通に歩くには支障がないようで、私達もあまり気にしなかったけれど、実は結構痛いんですって」
「そうなの?」
「気づかなかった。お兄様可哀想……」
「弱点発見……」
「だからね。剣の稽古なんて無理なのよ」
ジュリアがえーっと頭を抱える。
「じゃあ、私、お兄様の相手なんか無理だよ。アレックスとの約束が先だもん」
「順番だって決めたでしょう」
「気に入られてんだから、明日もマリナでいいじゃん」
「そうね、それがいい」
「ちょっと、エミリー!」
「明日もよろしくね、マリナちゃん」
妹達は話がついたとばかりに我先にと自分のベッドへ潜りこんだ。
マリナは再び、机に突っ伏して唸った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。 思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。 さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。 彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。 そんなの絶対に嫌! というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい! 私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。 ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの? ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ? この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった? なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。 なんか……幼馴染、ヤンデる…………? 「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。

処理中です...