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ゲーム開始前 1 出会いは突然じゃなくて必然に?
08 悪役令嬢と赤い花の伝説
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「ハリーお兄様、お庭はご覧になりまして?」
朝食の後、部屋に戻ろうとしていた義兄の腕を掴まえ、マリナは引きずるように外へ出た。
「マ、マリナさん。放して……」
面倒くさいな、本当に。さっさとついて来ればいいのに。
「お兄様は、私とお庭に行くのがお嫌なんですの?」
つい、棘のある言い方になってしまった。
「い、いや。そういうわけではなく……」
「部屋に戻って本を読むより、まずはこの家を知る方がよっぽど大切です」
「う、うん。そうですね」
侯爵家の庭は格段に広いわけではないが、四季折々の花が楽しめる美しい庭園だ。手入れが行き届いた植物は常に見る者の目を楽しませてくれる。
マリナはハロルドの手を引き、こんもりと生い茂った低木の前に立った。
「この木は、夏に白い花が、秋の終わりにも花が咲くんですよ。普段は白一色で、ごく稀に赤い花がつくんです」
「マリナさんは、赤い花を見たことがありますか」
「いいえ」
「そうですか。私が聞いた話では、赤い花は……ああ、これはあなたに聞かせる話ではないですね。やめましょう」
ここでやめるとは、気になるではないか。マリナは義兄の袖を引き、
「続けてください。聞きたいです!」
と上目づかいで強請った。
ハロルドは困ったように眉尻を下げて少し微笑み、では、と続けた。
「赤い花は、報われない恋をした者が流した血で染まっていると」
「ひっ」
「ほら、ね。聞かない方が良かったですよね」
目を細めてハロルドはマリナの頭を撫でた。触るのに一瞬躊躇したが、触れてしまってからはしつこく撫でてくる。
「怖い話でしょう」
「血……その方は亡くなったのですか?」
「分かりません。言い伝えですからね。昔、叶わない恋をした若者がいたそうです。好きな女性に告白したものの、その女性には親が決めた婚約者がいました。諦めきれず、ある夜彼女の元を訪れると、そこには婚約者と仲睦まじく語り合う彼女の姿が。絶望した若者は、彼女の家の庭に咲くこの木の前で自らの首を掻き切ったと言われています」
「首……ひぃぃ……」
「怖がらせてしまって申し訳ありません」
「恋、は……うまくいかないと死んでしまうものなのでしょうか」
マリナは悪役令嬢にとってのバッドエンドを次々と思い浮かべた。好きな人に愛されて幸せの絶頂にいるヒロインが、風の噂程度に聞くハーリオン侯爵令嬢の哀れな末路は、命を落とすものばかりだ。
「……マリナさん?」
ハロルドはマリナの表情が曇ったのを不審に思い、顔を覗き込んだ。
「は、な、何でもありません。行きましょう、お兄様」
走り出そうとしたマリナの手を素早く取り肩を掴むと、ハロルドは少し屈んでマリナと視線を合わせた。
「マリナさん」
穏やかな話し方から想像できない力強さに、マリナがびくりと身体を震わせた。
「何か、心配事があるのでしょう?」
青緑の瞳が真っ直ぐにマリナを射抜く。
「い、いえ……」
狼狽えて視線を落とすと、肩を掴んでいた手が頬に添えられる。
ナニコレ!?
四姉妹に囲まれて、追い詰められたウサギのように怯えていたのではなかったか。それがいきなりスキンシップに移行なのか。
ハロルドはマリナを見つめたまま、優しく頬と髪を撫でる。
「あなたに、暗い顔は似合いませんよ。あなたにはいつも笑顔でいてほしいのです」
昨日の今日でこれはなんなのだ。マリナは混乱した。
二年前に会ったのは私なのか、その時に何か彼のフラグを回収してしまったのか。っていうか、私悪役令嬢でしょ。
「あなたの美しい瞳が曇る理由を教えていただけますか」
「理由なんて……」
「あなたを苦しめる者がいるなら、容赦はしません。マリナ、あなたは私が守ります」
美しい義兄は極上の微笑を浮かべ、マリナの手の甲に口づけた。
◆◆◆
「……あれ、絶対、そうだわ」
机に突っ伏して唸るマリナの背をさすり、アリッサが宥める。
「お兄様はやっぱり、隠しキャラなのね?何があったの、マリナちゃん」
「口説かれた」
「ハア!?」
聞き耳を立てていたジュリアがベッドから跳ね起き、マリナの傍へ走り寄る。
「どういうこと?マリナ、十一歳に口説かれたの?」
「そこだけ聞くと私が変態みたいに思われるからやめて。私達も九歳の美少女でしょうが」
「美、は余計」
「うるさい!……とにかく、あれは危険よ」
マリナは今日の出来事を包み隠さず妹達に話した。
ジュリアは開いた口が塞がらず、アリッサはキャーキャー言いながら楽しそうに聞いていた。エミリーは悪いものでも食べたかのように吐き気を催していた。
「ありえない」
「引き取られて翌日に妹口説くかよ」
「まあね。今はうちの養子ではあるけれど、お父様はハリーお兄様を正式に自分の後継者にしたわけじゃないでしょ。娘しかいないハーリオン侯爵の爵位を継ぐには、養子でかつ娘の誰かを妻にすれば安泰だもの。私達の誰かにロックオンしたって不思議はないわ」
「アリッサがまともなこと言った」
「エミリーちゃんだって、ハリーお兄様に口説かれるかもしれないんだよ?」
「お断り。手も触りたくない」
「でもさー、なんでマリナなわけ?」
ジュリアが頭の後ろで手を組み、そのままベッドへ倒れこんだ。
「私も分からない」
「マリナちゃんが一番令嬢らしいからかなあ」
「そうね。マリナは家庭教師の時間もサボらない」
ジュリアは礼儀作法の時間は抜け出しているし、アリッサはダンスの時間をサボっている。エミリーはほぼ出席していないと言っていい。
「お父様がいつも褒めてるもの。マリナちゃんはえらいなって」
「侯爵のお墨付きとあれば、狙うのも頷ける」
「なんだかんだでマリナが一番チョロそうだしねー」
「な!」
「お兄様、本当にマリナちゃん狙いなの?明日はジュリアちゃんの番でしょ。同じこと言われるかも」
「どうかなー。あ、明日アレックスが来るんだよね。一緒に練習に誘ってみる!」
「ダメよ」
マリナが止めた。
「ハリーお兄様は、馬車の事故でご両親を亡くされたでしょう。その時、一緒に馬車に乗っていて酷い怪我をしたの。普通に歩くには支障がないようで、私達もあまり気にしなかったけれど、実は結構痛いんですって」
「そうなの?」
「気づかなかった。お兄様可哀想……」
「弱点発見……」
「だからね。剣の稽古なんて無理なのよ」
ジュリアがえーっと頭を抱える。
「じゃあ、私、お兄様の相手なんか無理だよ。アレックスとの約束が先だもん」
「順番だって決めたでしょう」
「気に入られてんだから、明日もマリナでいいじゃん」
「そうね、それがいい」
「ちょっと、エミリー!」
「明日もよろしくね、マリナちゃん」
妹達は話がついたとばかりに我先にと自分のベッドへ潜りこんだ。
マリナは再び、机に突っ伏して唸った。
朝食の後、部屋に戻ろうとしていた義兄の腕を掴まえ、マリナは引きずるように外へ出た。
「マ、マリナさん。放して……」
面倒くさいな、本当に。さっさとついて来ればいいのに。
「お兄様は、私とお庭に行くのがお嫌なんですの?」
つい、棘のある言い方になってしまった。
「い、いや。そういうわけではなく……」
「部屋に戻って本を読むより、まずはこの家を知る方がよっぽど大切です」
「う、うん。そうですね」
侯爵家の庭は格段に広いわけではないが、四季折々の花が楽しめる美しい庭園だ。手入れが行き届いた植物は常に見る者の目を楽しませてくれる。
マリナはハロルドの手を引き、こんもりと生い茂った低木の前に立った。
「この木は、夏に白い花が、秋の終わりにも花が咲くんですよ。普段は白一色で、ごく稀に赤い花がつくんです」
「マリナさんは、赤い花を見たことがありますか」
「いいえ」
「そうですか。私が聞いた話では、赤い花は……ああ、これはあなたに聞かせる話ではないですね。やめましょう」
ここでやめるとは、気になるではないか。マリナは義兄の袖を引き、
「続けてください。聞きたいです!」
と上目づかいで強請った。
ハロルドは困ったように眉尻を下げて少し微笑み、では、と続けた。
「赤い花は、報われない恋をした者が流した血で染まっていると」
「ひっ」
「ほら、ね。聞かない方が良かったですよね」
目を細めてハロルドはマリナの頭を撫でた。触るのに一瞬躊躇したが、触れてしまってからはしつこく撫でてくる。
「怖い話でしょう」
「血……その方は亡くなったのですか?」
「分かりません。言い伝えですからね。昔、叶わない恋をした若者がいたそうです。好きな女性に告白したものの、その女性には親が決めた婚約者がいました。諦めきれず、ある夜彼女の元を訪れると、そこには婚約者と仲睦まじく語り合う彼女の姿が。絶望した若者は、彼女の家の庭に咲くこの木の前で自らの首を掻き切ったと言われています」
「首……ひぃぃ……」
「怖がらせてしまって申し訳ありません」
「恋、は……うまくいかないと死んでしまうものなのでしょうか」
マリナは悪役令嬢にとってのバッドエンドを次々と思い浮かべた。好きな人に愛されて幸せの絶頂にいるヒロインが、風の噂程度に聞くハーリオン侯爵令嬢の哀れな末路は、命を落とすものばかりだ。
「……マリナさん?」
ハロルドはマリナの表情が曇ったのを不審に思い、顔を覗き込んだ。
「は、な、何でもありません。行きましょう、お兄様」
走り出そうとしたマリナの手を素早く取り肩を掴むと、ハロルドは少し屈んでマリナと視線を合わせた。
「マリナさん」
穏やかな話し方から想像できない力強さに、マリナがびくりと身体を震わせた。
「何か、心配事があるのでしょう?」
青緑の瞳が真っ直ぐにマリナを射抜く。
「い、いえ……」
狼狽えて視線を落とすと、肩を掴んでいた手が頬に添えられる。
ナニコレ!?
四姉妹に囲まれて、追い詰められたウサギのように怯えていたのではなかったか。それがいきなりスキンシップに移行なのか。
ハロルドはマリナを見つめたまま、優しく頬と髪を撫でる。
「あなたに、暗い顔は似合いませんよ。あなたにはいつも笑顔でいてほしいのです」
昨日の今日でこれはなんなのだ。マリナは混乱した。
二年前に会ったのは私なのか、その時に何か彼のフラグを回収してしまったのか。っていうか、私悪役令嬢でしょ。
「あなたの美しい瞳が曇る理由を教えていただけますか」
「理由なんて……」
「あなたを苦しめる者がいるなら、容赦はしません。マリナ、あなたは私が守ります」
美しい義兄は極上の微笑を浮かべ、マリナの手の甲に口づけた。
◆◆◆
「……あれ、絶対、そうだわ」
机に突っ伏して唸るマリナの背をさすり、アリッサが宥める。
「お兄様はやっぱり、隠しキャラなのね?何があったの、マリナちゃん」
「口説かれた」
「ハア!?」
聞き耳を立てていたジュリアがベッドから跳ね起き、マリナの傍へ走り寄る。
「どういうこと?マリナ、十一歳に口説かれたの?」
「そこだけ聞くと私が変態みたいに思われるからやめて。私達も九歳の美少女でしょうが」
「美、は余計」
「うるさい!……とにかく、あれは危険よ」
マリナは今日の出来事を包み隠さず妹達に話した。
ジュリアは開いた口が塞がらず、アリッサはキャーキャー言いながら楽しそうに聞いていた。エミリーは悪いものでも食べたかのように吐き気を催していた。
「ありえない」
「引き取られて翌日に妹口説くかよ」
「まあね。今はうちの養子ではあるけれど、お父様はハリーお兄様を正式に自分の後継者にしたわけじゃないでしょ。娘しかいないハーリオン侯爵の爵位を継ぐには、養子でかつ娘の誰かを妻にすれば安泰だもの。私達の誰かにロックオンしたって不思議はないわ」
「アリッサがまともなこと言った」
「エミリーちゃんだって、ハリーお兄様に口説かれるかもしれないんだよ?」
「お断り。手も触りたくない」
「でもさー、なんでマリナなわけ?」
ジュリアが頭の後ろで手を組み、そのままベッドへ倒れこんだ。
「私も分からない」
「マリナちゃんが一番令嬢らしいからかなあ」
「そうね。マリナは家庭教師の時間もサボらない」
ジュリアは礼儀作法の時間は抜け出しているし、アリッサはダンスの時間をサボっている。エミリーはほぼ出席していないと言っていい。
「お父様がいつも褒めてるもの。マリナちゃんはえらいなって」
「侯爵のお墨付きとあれば、狙うのも頷ける」
「なんだかんだでマリナが一番チョロそうだしねー」
「な!」
「お兄様、本当にマリナちゃん狙いなの?明日はジュリアちゃんの番でしょ。同じこと言われるかも」
「どうかなー。あ、明日アレックスが来るんだよね。一緒に練習に誘ってみる!」
「ダメよ」
マリナが止めた。
「ハリーお兄様は、馬車の事故でご両親を亡くされたでしょう。その時、一緒に馬車に乗っていて酷い怪我をしたの。普通に歩くには支障がないようで、私達もあまり気にしなかったけれど、実は結構痛いんですって」
「そうなの?」
「気づかなかった。お兄様可哀想……」
「弱点発見……」
「だからね。剣の稽古なんて無理なのよ」
ジュリアがえーっと頭を抱える。
「じゃあ、私、お兄様の相手なんか無理だよ。アレックスとの約束が先だもん」
「順番だって決めたでしょう」
「気に入られてんだから、明日もマリナでいいじゃん」
「そうね、それがいい」
「ちょっと、エミリー!」
「明日もよろしくね、マリナちゃん」
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