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学院編 14

579 異国の王子は悪い顔で微笑む

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「『どうして私はここにいるの?』って顔だね、クレム先生?」
オーレリアン王子の寝室から、兵士に身体の自由を奪われて連れて来られたクレメンタインは、戸惑いを隠せなかった。王の執務室にいたのは、残された唯一の王子であるリオネル。傍らには国王の側近達が控えていた。リオネルと隅に立っているルーファス以外は老人ばかりである。身分は決して高くはないが、前国王時代から王を支えてきた者達だ。
「はい。全く状況が呑み込めないのですが。私に魔力封じの手錠がかけられていることは分かりましたが……」
「魔力封じかどうか確かめて、逃げようとしてみたんだ?」
クレムははっと顔を上げ、軽くリオネルを睨んだ。リオネルは動じることなく、彼女に笑いかけた。
「逃げるなど、滅相もないことです。私は何も、罪を犯しておりませんから」
「どうかな」
「……どういう意味でしょうか」
リオネルが合図をすると、長老の一人が兵士に指示し、クレメンタインの前に箱を置かせた。ファンタジーでよく見る、あの宝箱である。
「開けて」
「はっ」
短い返事を一つ。兵士は重い蓋を開けた。
「……!」
クレメンタインの表情に一瞬驚きが混じったのをリオネルは見逃さなかった。
「分かる?」
「これはどれも、アスタシフォンの魔導具じゃない。道具と言うより兵器だよ。どれもグランディアからの船にあったものだ。あなたに使っているその手錠もね」
「確かに私はグランディアの出身ですが、この件は身に覚えが……」
再びリオネルは合図をした。老人の一人が古い書状を持ってくる。
「これはあなたが若い頃、とある貴族に身元を保証してもらったときのものだ。これを持って王立魔法学院の入学試験を受けた……というのは間違いないね?」
「その通りです。ミロヴィ男爵様にはたいへんお世話になりました」
「あなたはグランディアの貴族令嬢だが、事情があって亡命したとある。これは嘘だ」
「いいえ、嘘では……」
はあ、とリオネルは息を吐いた。
「僕がグランディアに留学する前に、父上や兄上に進言したそうだね。僕をグランディアに行かせるべきではないって。自分の身元がバレると困るから」
「違います。ただ、リオネル様にもしものことがあってはと」
「もしものこと、かあ……。グランディアは少なくともアスタシフォンより治安がいいし、セヴランみたいな中毒者にもならないだろう。兄上に魔法を教えているからって、随分出しゃばったものだよね」
「申し訳ございません」
口では謝るものの、決して頭は下げない。オーレリアンに対する態度とは違う。
「グランディアの貴族名鑑では、メイザー家は断絶、あなたは死んだことになっている。亡命したから、何か特別に配慮されてそうなっているのかと思ったけど、裏事情はなかった」
「……」
「田舎の領地で死んだクレメンタイン・メイザーは、町医者が呼ばれて彼女の死を看取っている。メイザー伯爵夫妻と、息子もね。墓地には確かに四人分の墓があったと報告を受けている。あなたは亡命する時に、誰かを身代わりで殺したの?」
「そんなことは決してありません」
「じゃあ、医者に金銭を渡して?王都に届ける書状に、嘘を書いてくれと?」
何度も首を振り、クレムは何かを呟きかけた。
「ハーリオン侯爵夫妻への執着についても、調べはついているんだよ。ソフィア夫人の父・モディス公爵が一人娘を溺愛しているのをいいことに、あなたは彼が自分に魔法を使ったと周囲を信じ込ませた」
「何のことかさっぱり……」
「『命の時計』……禁忌の魔法を受け、あなたは王太子、つまり現グランディア国王の妃にはなれないと身を引いたことになっているが、あの魔法は想い合う者の間でしか効果がない。あなたは妃候補でありながら、王太子を愛していなかった。妃候補から外れることも、モディス家に打撃を与えることも、あなたの望み通りに叶った。――アーネスト・ハーリオンを手に入れること以外は。両親があなたを田舎の領地に静養に行かせ、あなたは王都との繋がりがなくなった。ソフィアは自分が憎まれているとは思っていなかったから、あなたに宛てて手紙を書いていた。そして、彼女が一時的に王太子妃候補になり、アリシア王妃が選ばれるまでは、アーネストは誰のものでもなかった。あなたはいつ魔法が解呪されたことにして王都に戻ろうかと考えていただろうね。実際、魔法はあなたが作り出したまがい物で、『命の時計』でも何でもなかったんだ」
「リオネル殿下、何を根拠にそんなことを仰るのです?」
口調は穏やかだが怒りが見え隠れする。リオネルは面白くて仕方がなかった。
「僕には優秀な臣下がいるからね。グランディアで調査に当たっていたのはノアだけじゃない。アスタシフォンに不正に魔法兵器が輸出されていたと分かった頃から、兄上はあなたを疑っていたんだ」
「な……!」
「あなたがアスタシフォンに亡命したのは、ソフィア・モディスとアーネスト・ハーリオンが正式に婚約し、自分には彼を手に入れる望みがなくなったからだ。違うかな?王都にいれば彼に近づく機会もあっただろうに、辺鄙な山奥の領地に閉じ込められ、あなたは両親を恨んだ。罪滅ぼしに、自分の死を偽装するよう詰め寄り、娘に甘い伯爵夫妻はそれを呑んだ。実際には、メイザー家が断絶するまで、あなたはグランディアにいたと見ている。当時の使用人の証言が取れたからね」
「年寄りの妄言に違いありませんわ」
「あれ?年寄りだなんて誰が言ったの?兄上のお気に入りの部隊が調べたのは、弟を育てた男の証言なんだけどな。両親と共に亡くなったはずの弟を、あなたはある男に育てさせた。その男の亡くなった姉が、エンフィールド侯爵の従弟の息子の愛人だったと聞いて。……ここまで言えば、僕の話がでたらめじゃないって分かるよね?老い先短い独身老人が、後継者を見つけるのに、それから数か月。子供を正式に養子にして後継者としてから、間もなく前侯爵は亡くなっている。エンフィールド家を解雇された使用人にも話を聞くことができて、その子供はやけに隣の領主に興味津々だったって。おかしいよね。社交の場に出てもいない子供が、どうしてハーリオン侯爵に興味を持つんだろう?」
リオネルは徐に椅子から立ち上がった。
「どう?クレム先生。僕は兄上みたいに優しくないから、友達を苦しめる奴には容赦しないよ。おとなしく白状するのと、痛めつけられるのとどっちがいい?……ああ、僕はどうやら、先祖の残虐王の性質が強く出ているみたいだから、先生を拷問するのが愉しくなっちゃうかもね」
可愛らしい顔でにっこりと微笑む。猟奇的な映画を思い出し、リオネルは精一杯演技をした。
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