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学院編 14

577 王子の予想は的中する

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「あった!」
王太子の椅子の座面と背凭れの隙間に手を入れ、リオネルは何かをつまみ取り出した。
「……何だ?」
「僕と兄上の秘密の手紙」
「まさかそんなところに……」
ルーファスが唖然としている。神社の木に結ばれたおみくじのように細く折りたたんで結ばれているそれを開き、リオネルは文面に目を走らせた。
「……兄上は全てご存知だったんだ。あえて敵を自由にさせていた」
「敵って?」
「アスタシフォン王国を陰から操り、乗っ取ろうとする輩だよ。兄上の師として有利な立場を利用して、ね。デュドネとセヴランの対立を煽っていた証拠もある。一方をけしかけることで、もう一方が焦って父上に近づこうとする。どちらが先に動いてもクレムはそれを利用するつもりだった。国王の病気が悪化したのは配慮をしない妾のせいだと」
「オーレリアン様はどうやって証拠を?」
「兄上は外国語で日記をつけているから、事件が起こった順番は記録されていると思う。シャンタルとソレンヌの動きも、気づかないふりをして配下の者に追わせていたようだし、クレムが大学で嫌がらせを受けていたというのも、妾達を始末するための自作自演だと気づいてた。そして、決定的な事件を『起こさせた』んだ」
「なるほど……ん?」
廊下が騒がしくなり、一人二人ではない兵士の足音が聞こえた。
「……来たね」
リオネルが目を眇める。間もなくドアが開いて、大勢の兵士が二人の前に進み出た。
「どうしたの?」
「リオネル殿下、ルーファス・ハガーディー・エルノーにオーレリアン殿下暗殺の疑いがかかっておりまして……」
「ふうん」
「殿下?」
「どうしてそこで僕を捕まえようとしないのかな?」
「は……?」
兵士はぽかんと口を開けた。
「だってさ、ルーはずっと僕と一緒にいたんだよ?兄上の部屋には僕と二人で行ったんだ。状況だけなら、僕も犯人の可能性があるよね」
「それは、その……」
「魔法です!」
言い淀んだ兵士の背後に控えていた若手が叫んだ。
「魔法?魔導士だからってこと?」
「恐れながら……オーレリアン殿下のお身体には傷はなく、まるでお眠りになっているかのようでした。そこで、我々は専門家に判断を仰ぎ……」
「誰?」
「殿下を治療することができるのではないかと一縷の望みを託し、殿下の魔法の師匠でもあるクレメンタイン殿にお願いしたのです」
リオネルは予想通りすぎて唇を歪めた。笑いを堪える表情が、兵士達には怒りで震えていると見えたらしい。平伏してリオネルの言葉を待った。
「それで、先生は兄上を治して見せた。……違うかな?」
「はい。オーレリアン殿下は確かに意識を取り戻されました。しかし……」
「目を開けているのに、人形みたいに動かない?」
「リオネル殿下!?どうしてそれを……!」
「兄上は何も話せない。そして、クレメンタインだけが兄上の気持ちを代弁できる。そんなことを言われてやってきたんでしょう?」
兵士達は顔を見合わせて、信じられないといった様子で目を泳がせた。
「何度も同じ手を使うなんて、進歩がないなあ」
「あの、リオネル様?」
「父上は療養中、兄上もそんな状態。皆に指揮するのは僕だよね」
大きな目をくるくるさせてリオネルが兵士に訊ねる。
「え、は、はい……」
「すぐにハーリオン侯爵夫妻への追捕をやめ、グランディアに使いを出す」
「はっ!」
「僕がいいと言うまで、王宮から誰も外に出すな。外部に繋がる魔法陣を魔導士達に守らせろ」
「御意!」
くるりと後ろを向き、リオネルがルーファスの顔を覗き込んだ。
「クレムを捕まえようと思うんだけど、ルー、一人でやってみる?」
「無茶言うな。グランディアに使いを出すのも、応援を頼むんだろ?」
「うん。さて、兄上のところに行こうか。僕達が見張っていれば、クレムも部屋から逃げられないよね。マシュー先生が来るまで、何とかして足止めしとかなきゃ」
ルーファスの腕をぐいぐいと引っ張り自分の腕を絡める。リオネルは彼の鼓動が早くなったのを感じていた。

   ◆◆◆

「ハーリオン侯爵を断罪するには、人数が足りませんな」
王と王妃、宰相や名だたる貴族が居並ぶ場で、開口一番エンフィールド侯爵ははっきりと言った。
「エンフィールド侯爵様は、それほどまでにハーリオン侯爵様を罰したいようですな」
「当然です。隣の領地で、迷惑を蒙っているのですよ。辺鄙なエスティアに傭兵を集め、今度は何をするつもりなのやら。領地に戻るのも恐ろしいくらいです」
日中は図書館にいることが多いエンフィールドの言い分に、自らをインテリだと自負している貴族達は尤もだと頷いた。
「武力を持たない我々には、資金力にものを言わせて武装する集団は恐ろしいの一言に尽きますな。娘達を有力者に嫁がせ、将来のグランディアを牛耳る意図が見えるようです」
「ですから、私は王太子殿下の妃には、マリナ嬢は相応しくないと思うのです。先日の新年の舞踏会で、殿下をお守りした少女、彼女は身分が低いのですが、私の養女として殿下のお傍に侍らせたいと考えております」
「妃候補、というわけですな」
「はい。男爵家から王妃に立った例はありません。ですが、あの魔力と度胸。殿下をお守りするには相応しい」

「ちょっと待ってください!」
手を挙げてすっくと立ったのはパーシヴァルだ。今日は騎士ではなく、五侯爵の一人、ロファン侯爵としてこの場にいる。
「皆さんは何か思い違いをしていらっしゃる。グランディアを牛耳るなんて、ハーリオン侯爵がお考えになるとは思えません」
「証拠を集めたのは、君達騎士団じゃないか。数々の悪事を働いたのは、証拠からも明らかなのだろう?」
「はい。証拠は証拠ですが、それらは全て推測の域を出ません。領民に不当に高い年貢を課していたと言われていますが、それらがハーリオン家に流れた証拠は見つかっていません。フロードリンの荒廃も、侯爵の指示で急激な工業化が進んだとされています。しかし、領地管理人は侯爵本人と対面したことはなく、代理人を名乗る男が指示をしていたと証言しています」
国王ステファン四世は何度も頷いた。オードファン宰相に目くばせすると、宰相は一連の調査資料を王に手渡した。
「本当なのだろうか。この報告書には、『代理人』を見つけることができなかったとあるが」
「はい。領地管理人も、フロードリンで働いていた者達も、代理人と間近に接していたはずなのに顔がおぼろげにも思い出せないと証言しました。このことから、その代理人は何らかの魔法を使って目くらましをしていたのではないかと思わ……」
「全く。魔法を知らぬ者は、何でも魔法のせいにしたがるな」
パーシヴァルが言い終わらないうちに、向こう側から声が上がった。エンウィ魔導師団長は、魔法の専門家として存在感を示そうと、横柄な態度でパーシヴァルを制した。
「だから騎士団の捜査は片手落ちだと言っておる。我が魔導師団の力をもってすれば、ハーリオン侯爵の不正の証拠を挙げることなど造作もない。領地のビルクールをほんの少し調べただけで、もう、出るわ出るわ。先ほど陛下に申し上げた通りでございますよ。ベイルズ商会から禁輸品を扱った際の帳簿を押収してまいりました。ベイルズ準男爵は、通商組合の顔と言っていい。その組合が密輸に手を染めるのを、侯爵は黙って見過ごしていたのではないのです。明らかに指示をしていた痕跡がありました」
「痕跡とは?」
オードファン宰相が眼鏡を上げ、鋭く質問した。
「ハーリオン侯爵は年に数回、ビルクール通商組合の集会に参加している。彼が参加できない時は、家族の誰かが。それ以外にも、養子のハロルドが頻繁にビルクールを訪れていたという証言があります。これはもう間違いがないでしょう」
胸を張って得意げに息を吐き、エンウィ魔導師団長はゆっくりと自席に着いた。
「ハロルドか……彼はどうしている?」
「牢に入れておりますが」
「相変わらず、自分が全ての罪を被ると言っているのかな?」
国王は宰相に顔を近づけて囁いた。宰相は短く頷いた。
「そうか……。あのことは言ったの?例の、髪の毛の……」
「いや、まだだが……」
「教えてあげるべきだ。特に、マリナが亡くなったという話は」
宰相は視線だけで国王の意図を汲んだ。エンウィや他の貴族達があれやこれやと話している横で、控えていた兵士を手招きした。
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