746 / 794
学院編 14
574 悪役令嬢は自分の不器用さを自覚する
しおりを挟む
「この人数を一度に移動させるのは、流石に厳しいでしょうか」
「魔導士が五人、余裕でしょ。余裕。で、殿下も行くの?」
ロンが人数を数えて笑って手を振った。
「もちろん僕も……」
「失礼いたします、殿下」
胸を叩いたセドリックは、軽くむせながら侍従の声に顔を向けた。
「どうしたの?」
「王妃様がお呼びでございます。急ぎ、殿下にお願いしたいことがあるとのことです」
「何だろう……」
「恐れながら……陛下はハーリオン侯爵家への処分を言い渡すべく、王都中に使者を出されました。本邸から各領地へ連絡をすることを踏まえ、三時間以内に王宮へ参じることとして……」
侍従は知っている限りの情報を伝えた。
「そんなに早いの?魔導師団は間に合わないね」
「魔導師団の皆様でしたら、今しがたお戻りになったと聞き及びました。魔導師団長様が陛下に報告をなさっている頃ですよ」
「そうか。……役者は揃ったというわけだな」
レイモンドの流し目にセドリックが頷く。
「僕達はマリナ達を救出して、エンフィールド侯爵の嘘を暴く。そして……」
「あら、あなたは出かけてはダメよ?」
侍従が慌てて頭を下げる。
「呼んできてと言ったわよね?」
「申し訳ございません。王妃様!」
「母上。僕が行かなければいけない用事なのですか?」
「そうよ。あなただからこそできること。あなたがマリナだと証言してくれさえすれば、ね」
人差し指を唇に当て、王妃は茶目っ気たっぷりに笑った。
◆◆◆
「さっぶ」
歯をガチガチ鳴らしてジュリアが膝を抱えた。背筋がぞくぞくする。
エンフィールドの邸の中でも外れにある部屋らしく、暖房もなく窓からの日差しも感じられない。見える景色から察するに、建物の二階以上であることは間違いない。
「地下室よりはマシか」
「汗が冷えたのね。皆で集まって温めあいましょう。クリスの身体を温めないと……」
「ああ、くそ!魔力抑制の縄じゃなかったら!」
少年魔導士セドリックが歯ぎしりをする。彼の視線の先には天井から吊り下げられた鳥籠があり、中でリスが鳴いている。
「身体に戻りたいよな?わかる。でも、俺じゃ無理で……」
クリスが乗り移ったリスは、紫色に輝く籠の中で暴れた。リスの姿では使える魔法が限られる上、先ほどから魔力が少しずつ吸い取られている。
「さっさとここから出せ!それでもエミリー姉様の弟子なの?」
「まあまあ、クリス。私達がどうにかするから」
「どうにかって……あなた、酷い顔色よ?髪もボサボサで」
マリナはジュリアの顔に自分の顔をすり寄せた。明らかに妹の顔には疲労の色が見える。
「エンフィールド?とやりあったときに、無駄に体力使ったっぽい。異次元空間みたいなところに放り出されてさ。幻覚だったんだろうけど、頑張って崖を登ろうとしたり、海を泳いでみたりしちゃったんで」
「魔力がないのに?」
「邸自体には魔力があるとつらくなる魔法?がかかってるんだろうね。私はそれには引っかからない。でも、直接魔法を使われたら防ぎようがないよ。……さて、と」
「ジュリア?」
後ろ手に縛られた手首に何かが触れる。それが妹の指先だと分かるのに時間はかからなかった。
「解くから、じっとしててね」
「……余計にきつくなったわよ?」
「ごめん。うまくできないや。やっぱ、見えないと難しいな。アレックスと一緒に捕まったときはうまく解けたのに。あー。アレックスどうしてるかな……」
◆◆◆
オードファン宰相は極めて事務的に、しかし眼鏡の奥の瞳を鋭く輝かせて、淡々と確認した。
「エンフィールド侯爵。ハーリオン家の子供達が、貴殿の邸に許可なく立ちいり、強盗と誤って殺してしまったとのことだが……」
「はい。先ほど陛下に申し上げたとおりです」
「ハーリオン家の子供達ではなく、別の銀髪の少年少女だったのではないかな」
「と、申しますと?私が勘違いをしているとでも?」
宰相が期待した答えが返ってきた。エンフィールド侯爵は少し不機嫌になった。
「いやいや。陛下にお伝えした以上のことがあるとは思っていない。貴殿は正直に、ありのままを申し上げただけにすぎない。身なりの良い少年少女、それも珍しい銀髪とくれば、隣の領地のハーリオン家の縁者と思っても無理はない」
「確認してみてはいかがですか?騎士団はハーリオン家の一族全員を捕らえたのでしょう?反乱を指揮したハロルドも含めて。三人足りないと思いますよ」
「ほう……」
不意にドアが開いた。
「あっ!ゴメンね、公爵。僕、部屋を間違ったみたいだ」
「おや、セドリック殿下。どなたかをお探しですか」
「いいんだ。行こう、マリナ」
セドリックはドアの外にいる人物に声をかけた。
「……マリナ?」
エンフィールド侯爵の作られた温和な表情が一気に険しいものに変わる。王妃から借りたドレスを纏ったアリッサが、セドリックに手を引かれて室内を覗き込み軽く一礼すると、侯爵は爪が掌に食い込むほど拳を強く握った。
「魔導士が五人、余裕でしょ。余裕。で、殿下も行くの?」
ロンが人数を数えて笑って手を振った。
「もちろん僕も……」
「失礼いたします、殿下」
胸を叩いたセドリックは、軽くむせながら侍従の声に顔を向けた。
「どうしたの?」
「王妃様がお呼びでございます。急ぎ、殿下にお願いしたいことがあるとのことです」
「何だろう……」
「恐れながら……陛下はハーリオン侯爵家への処分を言い渡すべく、王都中に使者を出されました。本邸から各領地へ連絡をすることを踏まえ、三時間以内に王宮へ参じることとして……」
侍従は知っている限りの情報を伝えた。
「そんなに早いの?魔導師団は間に合わないね」
「魔導師団の皆様でしたら、今しがたお戻りになったと聞き及びました。魔導師団長様が陛下に報告をなさっている頃ですよ」
「そうか。……役者は揃ったというわけだな」
レイモンドの流し目にセドリックが頷く。
「僕達はマリナ達を救出して、エンフィールド侯爵の嘘を暴く。そして……」
「あら、あなたは出かけてはダメよ?」
侍従が慌てて頭を下げる。
「呼んできてと言ったわよね?」
「申し訳ございません。王妃様!」
「母上。僕が行かなければいけない用事なのですか?」
「そうよ。あなただからこそできること。あなたがマリナだと証言してくれさえすれば、ね」
人差し指を唇に当て、王妃は茶目っ気たっぷりに笑った。
◆◆◆
「さっぶ」
歯をガチガチ鳴らしてジュリアが膝を抱えた。背筋がぞくぞくする。
エンフィールドの邸の中でも外れにある部屋らしく、暖房もなく窓からの日差しも感じられない。見える景色から察するに、建物の二階以上であることは間違いない。
「地下室よりはマシか」
「汗が冷えたのね。皆で集まって温めあいましょう。クリスの身体を温めないと……」
「ああ、くそ!魔力抑制の縄じゃなかったら!」
少年魔導士セドリックが歯ぎしりをする。彼の視線の先には天井から吊り下げられた鳥籠があり、中でリスが鳴いている。
「身体に戻りたいよな?わかる。でも、俺じゃ無理で……」
クリスが乗り移ったリスは、紫色に輝く籠の中で暴れた。リスの姿では使える魔法が限られる上、先ほどから魔力が少しずつ吸い取られている。
「さっさとここから出せ!それでもエミリー姉様の弟子なの?」
「まあまあ、クリス。私達がどうにかするから」
「どうにかって……あなた、酷い顔色よ?髪もボサボサで」
マリナはジュリアの顔に自分の顔をすり寄せた。明らかに妹の顔には疲労の色が見える。
「エンフィールド?とやりあったときに、無駄に体力使ったっぽい。異次元空間みたいなところに放り出されてさ。幻覚だったんだろうけど、頑張って崖を登ろうとしたり、海を泳いでみたりしちゃったんで」
「魔力がないのに?」
「邸自体には魔力があるとつらくなる魔法?がかかってるんだろうね。私はそれには引っかからない。でも、直接魔法を使われたら防ぎようがないよ。……さて、と」
「ジュリア?」
後ろ手に縛られた手首に何かが触れる。それが妹の指先だと分かるのに時間はかからなかった。
「解くから、じっとしててね」
「……余計にきつくなったわよ?」
「ごめん。うまくできないや。やっぱ、見えないと難しいな。アレックスと一緒に捕まったときはうまく解けたのに。あー。アレックスどうしてるかな……」
◆◆◆
オードファン宰相は極めて事務的に、しかし眼鏡の奥の瞳を鋭く輝かせて、淡々と確認した。
「エンフィールド侯爵。ハーリオン家の子供達が、貴殿の邸に許可なく立ちいり、強盗と誤って殺してしまったとのことだが……」
「はい。先ほど陛下に申し上げたとおりです」
「ハーリオン家の子供達ではなく、別の銀髪の少年少女だったのではないかな」
「と、申しますと?私が勘違いをしているとでも?」
宰相が期待した答えが返ってきた。エンフィールド侯爵は少し不機嫌になった。
「いやいや。陛下にお伝えした以上のことがあるとは思っていない。貴殿は正直に、ありのままを申し上げただけにすぎない。身なりの良い少年少女、それも珍しい銀髪とくれば、隣の領地のハーリオン家の縁者と思っても無理はない」
「確認してみてはいかがですか?騎士団はハーリオン家の一族全員を捕らえたのでしょう?反乱を指揮したハロルドも含めて。三人足りないと思いますよ」
「ほう……」
不意にドアが開いた。
「あっ!ゴメンね、公爵。僕、部屋を間違ったみたいだ」
「おや、セドリック殿下。どなたかをお探しですか」
「いいんだ。行こう、マリナ」
セドリックはドアの外にいる人物に声をかけた。
「……マリナ?」
エンフィールド侯爵の作られた温和な表情が一気に険しいものに変わる。王妃から借りたドレスを纏ったアリッサが、セドリックに手を引かれて室内を覗き込み軽く一礼すると、侯爵は爪が掌に食い込むほど拳を強く握った。
0
お気に入りに追加
750
あなたにおすすめの小説
魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした
黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん!
しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。
ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない!
清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!!
*R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
そして乙女ゲームは始まらなかった
お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。
一体私は何をしたらいいのでしょうか?
悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!
神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう.......
だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!?
全8話完結 完結保証!!
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです
斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。
思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。
さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。
彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。
そんなの絶対に嫌!
というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい!
私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。
ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー
あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの?
ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ?
この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった?
なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。
なんか……幼馴染、ヤンデる…………?
「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる