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学院編 14
573 悪役令嬢はメイクテクで化ける
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王宮内、王太子の私室。
セドリックの招きにより、一同は部屋で作戦会議をすることになった。先に王宮入りしていたレイモンドが加わり、アレックスを呼ぶべくヴィルソード家へ急使が走った。
「レイ。先ほどの話は本当なのかな?信じられないんだよ、僕は」
「俺は事実を伝えたまでだ。エンフィールド侯爵が王宮に来たこと、銀髪の束を手土産に陛下に拝謁したことも」
「うん。でも、マリナ達が死んだとは限らないよね。髪の毛なんていくらでも切れるよ」
「……悪い。俺はすっかり剃っちまったから……」
スキンヘッドを撫でて身体を小さくしているヴィルソード侯爵の呟きを聞かなかったことにして、レイモンドはセドリックの話に頷いた。
「その通りだ。だが、陛下は信じたふりをなさった」
「ふり?」
「ビルクールに放った者から、父上のところへ連絡があった。明日にも『証拠』を持って、魔導師団長がハーリオン侯爵の悪事を挙げ連ねてくるだろう。騎士団は侯爵夫人とアリッサを捕らえている。侯爵本人は不在だが、裁判のために高位貴族を集める手筈は整っているそうだ」
「欠席裁判もいいところじゃない」
エミリーは苛立って指先で火の玉を弾いた。隣にいたキースが「あちっ」と言って水魔法で消火した。
「何するんですか!」
「……別に。何か私にできることはないのかと思っただけ」
「だからって魔法球なんて酷いですよ」
「エミリーにはお願いしたいことがある。僕の客人としてここにいるから、エミリーを連れて行くことはしないと思うけど。こっそりね。……アレックスが来たら、すぐにエンフィールド領へ向かって欲しいんだ」
「二人で?……不安すぎる。遠いし、移動だけで魔力がもつかどうか」
「もちろん、無謀なことはしないよ。僕のマリナを殺したと言うような奴に、慈悲は必要ないからね」
セドリックは美しい笑みの裏に残酷な君主の顔を隠し、エミリーとマシュー、キースに順に視線を投げた。
ノックの音がした。
「……来たね。入って」
ゆっくりとドアが開く。
が、その向こうに人影はない。そっとドアが閉じられ、何もない空間がふやけて、そこから人影が現れた。
「うおお!?」
ヴィルソード侯爵が身構えてセドリックの前に出た。条件反射である。
「ちょっと待ってよ!」
床に落ちた白いローブから、ゆっくりと視線を上にずらしていくと、ラフなシャツに細身のパンツを合わせた赤紫の男が立っていた。彼の後ろには顔の横で手をひらひらさせる優男。そして、困った顔をして二人の様子を見守る若い魔導士がいた。
「ロン先生。ここまでは無事に来られましたか?」
「あたしを誰だと思ってるの?だーれも気づいてないわよ。ね、リック?」
「はい。光魔法に関しては、宮廷魔導士でもロンに勝るものはおりませんよ、殿下」
リチャード・コーノックが真面目な顔で応じる。エンウィ魔導師団長に利用されないよう、ロンやレナードのいる王宮の立ち入り禁止区画に身を隠していたのだ。
「よかった。レナード、傷はもう大丈夫?」
「あら、あたしの腕が信じられないの?」
「完治しましたよ。少しくらい痛くったって、ジュリアちゃんが待っているなら俺は行きますよ」
「……寒」
レナードに意味深な流し目で見られ、エミリーが腕を組んで肩から摩っている。マシューの魔力が揺らめいて立ち上る気配がしたところで、ドアが開いた。
「ジュリアが待ってるのは俺だっての。……遅くなりました、殿下。すみません!」
「アレックス!」
久しぶりに息子の姿を見た騎士団長が駆け寄り、抱きつこうとしたのをひらりと躱し、アレックスはセドリックの前に膝をついた。
「すぐにご命令を!俺がジュリアた……マリナ達を助けます!」
「各々やる気があるのは結構だが、この人数で誰が指揮を執るんだ?セドリック」
レイモンドは苦笑して指先で眼鏡を上げた。
◆◆◆
王妃の衣裳部屋は豪華絢爛なドレスと小物で溢れていた。
「うわあ……」
アリッサは当初の目的を忘れそうになった。あまりに見事で、服飾にあまり関心がないエミリーでも目を奪われるに違いない。
「どれでも好きなものを選んでいいわよ」
「よろしいんですか?」
王妃アリシアは天真爛漫と言われる少女のような顔で笑った。
「そうね……。この布地はフロードリン産の最高級品よ。織模様が細かくて、『ぴったり』だと思うわよ」
無邪気にウインクをして見せる。手に取ったドレスは遠目には紺色の渋い色調ながら、布地は金糸を織り込んで美しい光沢があり、何より伝統的なデザインをしていた。
――青いし、クラシカルだし、金糸もあるし……。
アリッサはうんうんと一人頷いた。
「王妃様、これを貸してください!」
王妃は女官や侍女の中から、特に信頼がおける者を三人選び、アリッサの身支度を手伝わせた。ドレスのサイズはぴったりではなかったが、背丈が殆ど同じで、丈を合わせなくてもスカートの裾の広がり具合が丁度良かった。
「いいわね!髪型も、お化粧も」
アリッサはいつもより濃いめのアイシャドウを入れ、意志が強そうに見えるはっきりとした色の口紅を塗った。鏡の向こうにいるのは自分なのだろうが、ドレスと化粧でマリナがそこにいるように見える。真っ直ぐに下ろした髪に青いリボンを結んだ。
「できましたわ」
侍女の声に頷くと、アリッサはゆっくりと立ち上がった。惑うことなく王妃を向くと、背筋を伸ばして立った。
「ありがとうございます。王妃様」
堂々と礼をする姿にマリナの幻を見て、王妃ははっと息を呑んだ。
セドリックの招きにより、一同は部屋で作戦会議をすることになった。先に王宮入りしていたレイモンドが加わり、アレックスを呼ぶべくヴィルソード家へ急使が走った。
「レイ。先ほどの話は本当なのかな?信じられないんだよ、僕は」
「俺は事実を伝えたまでだ。エンフィールド侯爵が王宮に来たこと、銀髪の束を手土産に陛下に拝謁したことも」
「うん。でも、マリナ達が死んだとは限らないよね。髪の毛なんていくらでも切れるよ」
「……悪い。俺はすっかり剃っちまったから……」
スキンヘッドを撫でて身体を小さくしているヴィルソード侯爵の呟きを聞かなかったことにして、レイモンドはセドリックの話に頷いた。
「その通りだ。だが、陛下は信じたふりをなさった」
「ふり?」
「ビルクールに放った者から、父上のところへ連絡があった。明日にも『証拠』を持って、魔導師団長がハーリオン侯爵の悪事を挙げ連ねてくるだろう。騎士団は侯爵夫人とアリッサを捕らえている。侯爵本人は不在だが、裁判のために高位貴族を集める手筈は整っているそうだ」
「欠席裁判もいいところじゃない」
エミリーは苛立って指先で火の玉を弾いた。隣にいたキースが「あちっ」と言って水魔法で消火した。
「何するんですか!」
「……別に。何か私にできることはないのかと思っただけ」
「だからって魔法球なんて酷いですよ」
「エミリーにはお願いしたいことがある。僕の客人としてここにいるから、エミリーを連れて行くことはしないと思うけど。こっそりね。……アレックスが来たら、すぐにエンフィールド領へ向かって欲しいんだ」
「二人で?……不安すぎる。遠いし、移動だけで魔力がもつかどうか」
「もちろん、無謀なことはしないよ。僕のマリナを殺したと言うような奴に、慈悲は必要ないからね」
セドリックは美しい笑みの裏に残酷な君主の顔を隠し、エミリーとマシュー、キースに順に視線を投げた。
ノックの音がした。
「……来たね。入って」
ゆっくりとドアが開く。
が、その向こうに人影はない。そっとドアが閉じられ、何もない空間がふやけて、そこから人影が現れた。
「うおお!?」
ヴィルソード侯爵が身構えてセドリックの前に出た。条件反射である。
「ちょっと待ってよ!」
床に落ちた白いローブから、ゆっくりと視線を上にずらしていくと、ラフなシャツに細身のパンツを合わせた赤紫の男が立っていた。彼の後ろには顔の横で手をひらひらさせる優男。そして、困った顔をして二人の様子を見守る若い魔導士がいた。
「ロン先生。ここまでは無事に来られましたか?」
「あたしを誰だと思ってるの?だーれも気づいてないわよ。ね、リック?」
「はい。光魔法に関しては、宮廷魔導士でもロンに勝るものはおりませんよ、殿下」
リチャード・コーノックが真面目な顔で応じる。エンウィ魔導師団長に利用されないよう、ロンやレナードのいる王宮の立ち入り禁止区画に身を隠していたのだ。
「よかった。レナード、傷はもう大丈夫?」
「あら、あたしの腕が信じられないの?」
「完治しましたよ。少しくらい痛くったって、ジュリアちゃんが待っているなら俺は行きますよ」
「……寒」
レナードに意味深な流し目で見られ、エミリーが腕を組んで肩から摩っている。マシューの魔力が揺らめいて立ち上る気配がしたところで、ドアが開いた。
「ジュリアが待ってるのは俺だっての。……遅くなりました、殿下。すみません!」
「アレックス!」
久しぶりに息子の姿を見た騎士団長が駆け寄り、抱きつこうとしたのをひらりと躱し、アレックスはセドリックの前に膝をついた。
「すぐにご命令を!俺がジュリアた……マリナ達を助けます!」
「各々やる気があるのは結構だが、この人数で誰が指揮を執るんだ?セドリック」
レイモンドは苦笑して指先で眼鏡を上げた。
◆◆◆
王妃の衣裳部屋は豪華絢爛なドレスと小物で溢れていた。
「うわあ……」
アリッサは当初の目的を忘れそうになった。あまりに見事で、服飾にあまり関心がないエミリーでも目を奪われるに違いない。
「どれでも好きなものを選んでいいわよ」
「よろしいんですか?」
王妃アリシアは天真爛漫と言われる少女のような顔で笑った。
「そうね……。この布地はフロードリン産の最高級品よ。織模様が細かくて、『ぴったり』だと思うわよ」
無邪気にウインクをして見せる。手に取ったドレスは遠目には紺色の渋い色調ながら、布地は金糸を織り込んで美しい光沢があり、何より伝統的なデザインをしていた。
――青いし、クラシカルだし、金糸もあるし……。
アリッサはうんうんと一人頷いた。
「王妃様、これを貸してください!」
王妃は女官や侍女の中から、特に信頼がおける者を三人選び、アリッサの身支度を手伝わせた。ドレスのサイズはぴったりではなかったが、背丈が殆ど同じで、丈を合わせなくてもスカートの裾の広がり具合が丁度良かった。
「いいわね!髪型も、お化粧も」
アリッサはいつもより濃いめのアイシャドウを入れ、意志が強そうに見えるはっきりとした色の口紅を塗った。鏡の向こうにいるのは自分なのだろうが、ドレスと化粧でマリナがそこにいるように見える。真っ直ぐに下ろした髪に青いリボンを結んだ。
「できましたわ」
侍女の声に頷くと、アリッサはゆっくりと立ち上がった。惑うことなく王妃を向くと、背筋を伸ばして立った。
「ありがとうございます。王妃様」
堂々と礼をする姿にマリナの幻を見て、王妃ははっと息を呑んだ。
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