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学院編 14

570 悪役令嬢は幽閉される

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「よし!予想通りだぜ!」
セドリックが放った魔法が、邸の傭兵にヒットする。実戦に浮かれる少年の隣で、マリナは一抹の不安を覚えた。
「やりすぎはよくないわ。あれで全員とは限らないでしょう?」
「大丈夫だって。動けなくなる程度にしかやってないし」
「だから、それが……」
小声で窘めたマリナは膝に重みを感じて視線を落とした。愛らしい弟が目を閉じて全体重を預けてきている。
「クリスったら……こんな時に……」
「何だ?寝ちまったのか?まあ、子供だから仕方ないよな。さっきので疲れたんだろ」
「クリスがこんな状態で、私達が突入するのは無理だわ。『ふり』だけにしても、分が悪すぎるもの。適当に傭兵の相手をしたら、ジュリア達が入ったのを見計らって逃げるわよ」
「仕方ないなあ。ちょっと楽しくなってきたところだったのに」
少年魔導士は唇を尖らせ、ぐっすりと眠っているクリスの頭を撫でた。

「傭兵の数は……八人か。思ったほど多くないな」
「山奥だし、攻めてくる人もいないと思ったんじゃない?うちのエスティアのお邸なんか、傭兵なんて雇ってないもん」
「地域の人の目があるからな。情報網は侮れん。……うん?あの子、なかなかやるじゃないか」
木の幹に身体を隠しきれていないヴィルソード騎士団長は、セドリックの魔法の腕に感嘆の声を上げた。
「やるねー。一撃で四人か。残りの四人が逃げ腰になってる。戦わなくても逃げるかもね。金で雇われた連中みたいだし」
「ジュリアの予想通りだな。ああ、こういうのを何て言うんだったかな?アンジェラが前に言っていたんだが……」
「私も、アリッサから聞いた気がする。雲がどうとか?」
「そうだ!雲のごちそうだ!」
「うん、そんな感じ?小父様、傭兵はもう片付いたから、行こう?」
「ああ。……んん?」
熊のような大男の背中に近くの木の枝から何かが飛び移った。動体視力の良いジュリアは、その正体を見破った。
「リス?」
「おお、可愛いな。俺もこう見えて動物に好かれる性質でな。ん?俺と一緒に行きたいのか?」
可愛らしいリスは首を傾げ、考える仕草をした後、ジュリアの肩に飛び移った。
「うわ!耳、耳に……!」
<うるさいよ、ジュリア姉様>
「へ?」
声は確かに弟のものだ。しかし、彼はかなり遠くに、マリナ達といるはずである。
「おかしいな、幻聴……」
<なわけないでしょ。僕の魔法が切れないうちに、さっさと中に入ってよ>
リスはふわふわした尻尾を揺らし、ジュリアの耳を思い切り引っ張った。

   ◆◆◆

「こんなことになるなんて……」
小さく呟き、アリッサはアメジストの瞳に涙を浮かべた。
「悲しまなくてもいいのよ、アリッサ」
「でも……お母様は、このままでいいの?」
レイモンドと引き離され、兵士に連れて来られた場所は、王宮の一室だった。一室と言えば聞こえはいいが、実際は尖塔の天辺にある小部屋である。アリッサの知る限り、過去に不祥事を起こした王が幽閉されたのはこの部屋だったように思う。
――歴史の本で読んだ場所にいるのに、全然心が躍らないわ。
古めかしい調度品は、質素ではあるが良質なものばかりだ。王の住処として使われた形跡がある。母もこの場所の謂れは知っているだろうに、全く動じる気配もない。
「本で、読んだんだけどね」
「ええ」
「ここに閉じ込められた王様や、王族はね……」
「ええ」
「死ぬまでここから出られなかったって」
侯爵夫人は黙って頷いた。
「王族は処刑されないものね」
「しょ、処刑……」
さらりと言うが、処刑されないのは王族だからである。貴族はどうだっただろうか。不安を紛らわせようと歴史の知識を呼び起こすが、ここから生還した貴族はいないように思えた。かえって逆効果になってしまったとアリッサは後悔した。
「この部屋に私達を閉じ込めるようにお決めになったのは、王妃様よ」
「え……?だって、王妃様とお母様はお友達じゃ……?」
「そうよ。だからここにいるの。警備が厳重な王宮の中にあって、滅多に人が近づかない場所……。王の寝所を除いて、『罪人』扱いの私達が安全にいられるところを考えてくださったのよ」
「さっき、兵士の人達は、私を捕まえて……」
ふと、ここへ連行された時のことを思い出す。そう言えば、兵士はアリッサを誘導してはいたが、縄をかけるでもなく、手荒な真似は一切しなかった。
「ふふ。気づいたかしら?私達がここに籠められているのは、王家がハーリオン家を罰しようとしている『ように見せかけている』だけなの。オードファン宰相が騎士団を動かし、躍起になって見当違いの場所を探させているのもね」
「お母様はお邸から連れて来られたのではないの?」
「違うわ。自分からお城へ上がったのよ。少し、陛下にお話ししたくて」
「お話?」
瞬きを繰り返す娘に、侯爵夫人は茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
「そうよ。陛下の初恋の君が、とんでもない悪女だったってことをね」

   ◆◆◆

「先生、あの男はどこへ消えたのでしょうか」
難しい顔をして黙り込んでいるマシューに、キースがおどおどと訊ねた。エミリーは相変わらず、金髪の男が消えた場所を睨んでいる。
「……魔法陣、か?」
「ま……?ええ?」
エミリーの呟きに聞き返し、走りだした彼女の後を追う。床に這いつくばって目を凝らし、エミリーは令嬢にあるまじき舌打ちをした。
「やっぱり!」
大理石の床を撫でるようにして無効化の魔法を放つと、光魔法で錯覚を起こさせ隠されていた魔法陣が浮かび上がった。
「あいつ、最初から逃げるつもりで……!」
「神殿の床に魔法陣を描くなんて。計画的だったってことですね」
「そう。人がいない時にどうにかした描いたのね。でも、どうやって?」
顔を上げたエミリーと視線が絡み、キースは軽く頬を赤らめた。そこへマシューが背後から近づき、二人の間に屈みこんだ。
「さっきの男……」
「何?」
「知り合いか?」
「知り合いっていうか……見たことがある程度?」
――この期に及んでヤキモチとか?嬉しいけどちょっとイラつく!
恋する乙女の心は複雑だった。エミリーは全く表情を変えずに、キースに話題を振った。
「キースは知ってるでしょ?」
「はあ……」
「知ってるでしょ?」
「僕はエミリーさんより社交の場に出てはいますが、少し自信が……」
「いいから、話す」
「……エンフィールド侯爵、に見えましたね」
マシューはその名を反芻するように、声を出さずに何度も口を動かした。
「……知らないな」
「ご存知なくても無理はないかと。何年か前に先代侯爵の後を継がれた方ですし」
「……領地はエスティアの隣」
「はい。山ばかりではありますが、二方向を他国と接している重要な土地です。初代は戦功を上げて侯爵になられたそうです。……確か」
キースはあまり自信がなくなってきた。先代侯爵と祖父が知り合いだったように思ったが、顔も思い出せない。
「先代侯爵は長いこと患っていらっしゃって、跡継ぎに恵まれないままお亡くなりになったはずです。ですから、あの方がどういう血縁なのか、僕は知らないんですけど」
「出自が怪しいってこと?」
「そうは言ってませんよ。まあ、怪しいという噂はあるみたいです。代々黒髪が多い家系なのに、あの方は金髪ですし。遠縁だからというだけでは説明がつきにくいと言われています」
マシューは低い声で唸った。
「貴族なら、王立学院に魔力測定の結果が残っていてもおかしくない。だが、俺が感じたあの男の魔力の量に匹敵する人間は、一覧の中では宮廷魔導士達しかいなかった」
「どういうこと?」
「あの男はおそらく、正式に魔力測定を受けていない。王都の貴族は、学齢期になる前に魔力測定を受けさせ、能力に応じた家庭教師をつけるのが普通だ。遠縁で教育環境がままならなかったとしても、領地にいる子供は、然るべき時に魔力測定を受ける。……つまり、何らかの事情で、エンフィールド侯爵が相当な魔力を持つことは隠されていた。あるいは……」
「……自分で、隠していたか?」
その通り、とマシューは目を細めた。
「神殿に魔法陣を描くには、数時間ここを人払いする必要があると思います。王立図書館を実質的に牛耳っているエンフィールド侯爵なら、『調査研究のため』と言って神官を近づけないようにすることもできるかもしれません」
「それにしても……。あいつがうちを憎む理由がよく分からない」
魔法陣の文字を辿りながら、エミリーは大きく息を吐いた。
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