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学院編 14

569 悪役令嬢は神殿で対峙する

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地下通路を抜け王宮へたどり着いたアリッサとレイモンドは、髪に埃がつき服が汚れているのをすれ違った兵士に驚かれながら廊下を進んだ。二人に声をかけようとした者もいたが、レイモンドの気迫がそれを許さなかった。
「レイ様……本当に陛下にお話しするのですか?」
「どうした?怖気づいたのか?」
「その……」
アリッサのアメジストの瞳が曇ったのをレイモンドは見逃さなかった。
「不安なのか?陛下が公平な判断をなさるかどうか」
「おと……父は陛下と懇意にしていただいていますが、おに……義兄の問題はまた別ではないかと思うのです。当家に不利な数々の証拠があっても、陛下はハーリオン侯爵を信じようとしてくださった。でも、義兄の反乱が決定打となって、陛下の御力をもってしても守りきれないところまできてしまったような」
「ハロルドが反乱を企てるような人間ではないと、俺がよく知っている。破滅の道へと唆した人物が誰なのかはっきりとした確証はないが、もしかすると陛下は既にご存知なのかもしれない」
「では、分かっていてお兄様をそのままにしているのですか?」
「ハーリオン家を零落れさせたい誰かが望むように、舞台を整えているのだとしたら……いや、それではあまりに……」
水色の髪を揺らし、レイモンドは頭を振った。
「……レイ様、何かあちらが騒がしいですね」
「そうだな。騎士が何か報告に来たらしい。俺達が地下道を通っている間に、神殿の件で動きがあったのか。行こう」
アリッサは頷いてレイモンドの手を取った。二人が近づくにつれて、報告に来た騎士の部下と思われる騎士見習いの者達の声が聞こえてきた。
「流石は騎士団長様の御子息だな。あの混乱の中でも反乱軍の首謀者を捕らえて来るとは」
「まだ王立学院の学生なのに、剣の腕も立つらしい。卒業前に騎士の試験に合格するかもしれんな」
「俺達も必死に頑張らないと、追い越されちまうよ。はっはっは」
「ハーリオン家の一族全員を捕まえに行った奴らは、肩透かしを食ったらしい。それより俺達の方がましだろうな」
緊張感のない会話をしている彼らの様子を見て、アリッサはレイモンドの袖を引いた。
「何だ?」
「アレックス君が、お兄様を捕まえたって……」
「ああ。聞こえた。ハロルドが捕まり、反乱は終息したということだな」
「何てこと……お兄様が……」
涙に濡れた瞳を覗き込み、レイモンドの指がアリッサの頬を撫でた。
「アレックスがついているなら、騎士団も手荒な真似はしないだろう。ハロルドが戦闘で傷つくよりは余程いい。……一つ気になったが、ハーリオン侯爵一家を捕らえよという命令が出ているようだな」
銀髪が目立つアリッサを覆い隠すように、レイモンドは自分の上着を脱いで頭から被せた。何事もないように自然に通り過ぎようとしたが、騎士見習い達は上着の裾より長い輝く銀髪を見逃さなかった。
「あ!」
「ん?」
「あれ、見ろよ」
「銀髪?確か、侯爵とハロルド以外は皆銀髪って言ってなかったか?」
王の執務室の近くには兵士もいる。被り物をしたままでは通り抜けられない。
「走るぞ」
「!」
レイモンドに手を引かれ、転びそうになりながらアリッサは走った。日頃の運動不足から脚が思うように動かない。
――苦しい……!でも、私が頑張らないと!
「火急の用件だ。王太子殿下から、陛下にお伝えするように命ぜられている」
あくまで事務的に、淡々とレイモンドは兵士を遠ざけようと声を上げた。
「では、レイモンド様のみお通りください」
「何!?」
「そちらの方は……追捕命令が出ているハーリオン家のご令嬢では?」
ぐっと唇を噛む。アリッサの背中に冷たいものが伝った。

   ◆◆◆

騎士団はハロルドの身柄を王宮の地下牢に閉じ込めると決めた。騎士団長不在の状況で、決断を下したのはオードファン宰相である。アレックスはその話を王宮の門をくぐったところで聞いた。
「地下牢だって?」
「重罪人は取り調べの前に地下牢に入ることになっているだろ」
顔見知りの騎士が気さくに応じた。ヴィルソード家にも出入りしている兄のような騎士の一人だ。
「そう……なのか?俺、ちょっと話したいことがあるんだ」
「何だ?お前が取り調べるのか?ははは。まだ騎士見習いでもないのに?取り調べは宰相閣下がなさるらしいぞ」
「じゃあ、その取り調べに俺も混ぜてくれよ」
アレックスはハロルドの身が心配だった。エイブラハムが言っていた『二人目のハロルド』がいるのかどうかもはっきりしなかったが、オードファン宰相に伝えて、ハロルドの口から真実を聞きたい気持ちがあった。
「どうかなあ?取り調べったって、いつやるのか分からないんだ。一度邸に帰って……」
若い騎士がアレックスを宥めようと言葉を選んでいた時、国王に報告した騎士達が早足で戻って来るのが見えた。
「急ぎ、そいつを中へ」
「牢に連れて行くんだろ?」
「違う。陛下が直々に話を訊かれるそうだ」
「反乱軍を率いた奴を陛下の御側に行かせるのは危険だろう?」
「拘束していれば問題ないと宰相閣下が仰った。何かあれば責任を取るとも」
「分かった。……おい、アレックス。悪いがここまでだ」
騎士はぽんとアレックスの肩を叩いた。

   ◆◆◆

「お願い。下ろして」
「エミリー?」
「……あいつをシメる。洗いざらい吐かせてやる!」
無表情のエミリーの頬に赤みが差し、瞳には強い意志が宿っていた。マシューは渋々魔法で作り出した球体を神殿の床へ下ろした。
「威勢がいいのは嫌いじゃないが、淑女らしくない娘は好みじゃなくてね」
「こっちだって、あんたなんか願い下げ」
「どう足掻いても終わりだ。ハーリオン侯爵は近いうちに処刑される。積み重なった悪事が多すぎて、国王陛下も宰相も庇いきれない」
「庇う?何を言っているの?悪いけど、うちの父は無実よ」
「そこの魔導士と貧乏貴族の息子を使って、二度王太子の命を狙った。失敗に終わり、最後は養子が反乱を起こした。終わりだ。次の一手はないんだよ」
「反乱は、あんたに唆されてね」
「私がハロルドを唆したという証拠がどこにある?罪人の娘が言うことと、私の証言と、果たして陛下はどちらを信用なさるだろうか」
――まったく、イライラする!
エミリーは心の中で舌打ちをした。自分達を没落させる黒幕はこの男だというのに、追い詰める手段がないなんて。
「お前達はもう、貴族として生きられない。王立学院に戻ることは不可能だ。ハーリオン家の栄華はここまで。王太子妃候補には、殿下を悪党の手から救った令嬢が立つ。……あの娘なら、確実にグランディア王家を滅亡に追い込むだろうな」
「滅亡……?」
キースが青ざめて呟く。アイリーンが王妃の器ではないにしても、王家の滅亡などと軽々しく口にするものではない。
「あれは権力を欲した。私はほんの少し手助けしたに過ぎない」
「あんたがゴリ押ししても、王太子はアイリーンを選ばない。マリナが……」
「そのマリナ嬢がいなくなればどうなる?」
「え……?」
瞬きをしたエミリーは、押し殺した笑いを残して男が白い光に包まれるのを見た。
「待て!」
マシューが無効化の魔法を発動するより早く、銀の鎧をつけた男はどこかへ消えた。
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