739 / 794
学院編 14
567 悪役令嬢は微妙な絵を披露する
しおりを挟む
雪の上に跪き、地下室と地上を繋ぐ通気口を覗く少年が一人。
「……ったく。何やってんだよ?」
「セドリック、やっぱ気づいてくれたんだ?ね、ここから出たいんだけど、鍵かけられちゃったんだよね」
「はあ……」
「俺の力でも開けられないみたいだ。どうにかならないか?」
地下室に目を凝らし、魔法使いのセドリック少年はやれやれと溜息をついた。
「力自慢のおっさんが開けられないのに、俺がどうにかできると思う?」
「鍵を開けてくれさえすればいいのよ!後はどうにかなるわ」
マリナが力説した。どうにかなるとは生真面目な彼女らしくない発言だ。そこまで切羽詰まっているのかとセドリックは思った。
「いいけど、建物の中に入ったら、倒れるかも……」
「ああ……」
「魔力が強いほど影響を受けるんだったわね。私も少しだけ気分が悪いわ」
「でしょ。俺も結構限界なの。クリスなんか、近づくのもダメなんだ」
「魔法って、建物にかかってんの?」
ジュリアが何も考えずに口にする。セドリックの瞳が光った。
「……そうか!建物じゃなくて、場所、地面に魔法がかかっていなきゃいいんだよな」
「ん?」
「ちょっと待ってろよ!」
「あ、行かないで!」
マリナの呼びかけも空しく、セドリック少年はクリスが待つ木立へと走って行った。
「諦めたのかしら?」
「まあ、無理っぽかったもんねー」
「やっぱり、もう一度俺が体当たりするしかないな」
ヴィルソード侯爵が肩の辺りを撫でた。何度か扉に体当たりをしたせいで、酷い痣になっている。
「小父様、やめといたほうがいいよ。怪我するよ」
「そうですわ。あの二人ならきっと何か、いい方法を考えて……」
ズン。
何か重い響きがした。振動が地下室の床を通じて伝わってくる。
「何だ?地震か?」
「グランディアは地震が滅多に起こらない国ですわ。落ち着いてください」
「ねえ。何か、音が近づいてきてない?」
ズズン。
一際大きな振動がして、三人は地下室が崩れる予感にぎゅっと目を瞑った。石造りの壁が崩れたかと思うと、瞬時に瓦礫が消えた。
「……よっしゃ、貫通!」
「疲れたあ。マリナ姉様、もう僕歩けないぃ。こっち来て抱っこして?」
ガッツポーズを決めるセドリックが、マリナの代わりにクリスを後ろから抱きしめると、クリスは嫌そうな顔をして彼の腹を蹴とばした。
「痛っ!何すんだよ」
「触るな。僕に触れていいのはお母様と姉様達とばあやだけなんだから!」
「その言葉、アーネストが聞いたら泣くぞ」
ヴィルソード侯爵が二人に近づき、「頑張ったな、えらいぞ」とクリスの頭を撫でた。
「急いで。気づかれる前にここを出る」
「穴を掘るなんて、考えたねー。中は通れるの?」
「俺が爆破して、クリスが瓦礫を転移させてきたから、通るのに支障はない。でも、崩れるかもしれないから……」
「崩れないよ。僕がちゃんと仕上げて来たもん。そこのへたくそが適当に穴を開けるから」
「なあ。お前さっきから生意気……まあいいや。俺達は建物の中には行けない。こっちに来てくれ」
「ええ。行きましょう、ジュリア。お兄様の救出は一度仕切り直しよ」
「勿体ない気がするけど、仕方ないか……」
「そうだ。閉じ込められちゃ何もできないぞ。一旦撤退だ」
侯爵に背中を軽く押され、ジュリアは前によろけた。
◆◆◆
「あの魔法は厄介だね。クリス、どうにかなんないの?」
「何でもかんでも僕を頼るのやめてよね?」
可愛らしい顔で弟はジュリアを睨んだ。魔法を使って少し疲れたのか、クリスはマリナに寄りかかっている。穴を掘った土砂を山のどこかへ転移させたのだ。結構重労働だったのだろう。
「まあまあ。魔法には魔法で、何とかできると思っただけよ」
「あんなしつこい魔法は初めて見た。何重にも重なってるっていうか」
「たくさんの魔導士が魔法をかけたのね?」
クリスは首を横に振った。ストレートヘアがさらさら揺れる。
「ううん。違うよ。僕が感じるのは……嫌な音がしなかったし、あれは一人だけ……四属性持ちくらいの誰かが、何度も魔法をかけてたんだよ」
「四属性持ち?」
「クリスより全然たいしたことないじゃん」
五属性持ちの妹と六属性持ちの弟を持つジュリアは、乏しい魔法の知識を元に楽観視した。最早半分勝利した気でいる。
「……おかしいわね」
「何?」
「うちの領地、エスティアの隣はエンフィールド侯爵領でしょう?」
「あ、そうだっけ?」
「確かそのはずだ。俺はあの男をあまり信用していないが、侯爵家の当主として、陛下もフレディも一目置いている。地理的に見て、あの邸の主はエンフィールド侯爵で間違いはない。それがどうかしたのか?」
「ええ。その……エンフィールド領には強力な魔力を持つ魔導士がいなかったはずよね?お兄様の御両親が亡くなられた時、近くの町にも治癒魔導士がいなかったために、お兄様は満足な治療を受けられなかったと聞いたわ。お父様が探して歩いたけれど、エンフィールド領にも魔導士はいなかったのよ」
「じゃあ、後から来たんじゃないの?」
「それも考えたわ。でも、エンフィールド領は、北と西を国境に接し、陸路ではエスティアと並ぶくらい入りにくい場所なのよ。旅の魔導士がふらりと立ち寄ってそのまま居つくようなところではないわ」
木の棒を拾い、マリナは地面に地図を描いた。微妙な画力に一同は無言になった。
「東のエスティアからの道は山越え、南にも南東にも街道はあるけれど、同じようなものだわ」
「南に行くと、少し離れてるけどコレルダードがあるね」
「そうね。こちらは川の上流、コレルダードはずっと下流にある。木材の運搬には川を使っているの。それでも、人はなかなか来られないでしょう?クリスが言ったように強力な魔導士を雇ったとしたら、その理由が気になるわ。普通の貴族が日常生活を送る上で、強力な魔導士を必要とするかしら?」
「用心棒とか?」
「……あるいは、自分から事を起こす目的がある場合は、ね」
「……ったく。何やってんだよ?」
「セドリック、やっぱ気づいてくれたんだ?ね、ここから出たいんだけど、鍵かけられちゃったんだよね」
「はあ……」
「俺の力でも開けられないみたいだ。どうにかならないか?」
地下室に目を凝らし、魔法使いのセドリック少年はやれやれと溜息をついた。
「力自慢のおっさんが開けられないのに、俺がどうにかできると思う?」
「鍵を開けてくれさえすればいいのよ!後はどうにかなるわ」
マリナが力説した。どうにかなるとは生真面目な彼女らしくない発言だ。そこまで切羽詰まっているのかとセドリックは思った。
「いいけど、建物の中に入ったら、倒れるかも……」
「ああ……」
「魔力が強いほど影響を受けるんだったわね。私も少しだけ気分が悪いわ」
「でしょ。俺も結構限界なの。クリスなんか、近づくのもダメなんだ」
「魔法って、建物にかかってんの?」
ジュリアが何も考えずに口にする。セドリックの瞳が光った。
「……そうか!建物じゃなくて、場所、地面に魔法がかかっていなきゃいいんだよな」
「ん?」
「ちょっと待ってろよ!」
「あ、行かないで!」
マリナの呼びかけも空しく、セドリック少年はクリスが待つ木立へと走って行った。
「諦めたのかしら?」
「まあ、無理っぽかったもんねー」
「やっぱり、もう一度俺が体当たりするしかないな」
ヴィルソード侯爵が肩の辺りを撫でた。何度か扉に体当たりをしたせいで、酷い痣になっている。
「小父様、やめといたほうがいいよ。怪我するよ」
「そうですわ。あの二人ならきっと何か、いい方法を考えて……」
ズン。
何か重い響きがした。振動が地下室の床を通じて伝わってくる。
「何だ?地震か?」
「グランディアは地震が滅多に起こらない国ですわ。落ち着いてください」
「ねえ。何か、音が近づいてきてない?」
ズズン。
一際大きな振動がして、三人は地下室が崩れる予感にぎゅっと目を瞑った。石造りの壁が崩れたかと思うと、瞬時に瓦礫が消えた。
「……よっしゃ、貫通!」
「疲れたあ。マリナ姉様、もう僕歩けないぃ。こっち来て抱っこして?」
ガッツポーズを決めるセドリックが、マリナの代わりにクリスを後ろから抱きしめると、クリスは嫌そうな顔をして彼の腹を蹴とばした。
「痛っ!何すんだよ」
「触るな。僕に触れていいのはお母様と姉様達とばあやだけなんだから!」
「その言葉、アーネストが聞いたら泣くぞ」
ヴィルソード侯爵が二人に近づき、「頑張ったな、えらいぞ」とクリスの頭を撫でた。
「急いで。気づかれる前にここを出る」
「穴を掘るなんて、考えたねー。中は通れるの?」
「俺が爆破して、クリスが瓦礫を転移させてきたから、通るのに支障はない。でも、崩れるかもしれないから……」
「崩れないよ。僕がちゃんと仕上げて来たもん。そこのへたくそが適当に穴を開けるから」
「なあ。お前さっきから生意気……まあいいや。俺達は建物の中には行けない。こっちに来てくれ」
「ええ。行きましょう、ジュリア。お兄様の救出は一度仕切り直しよ」
「勿体ない気がするけど、仕方ないか……」
「そうだ。閉じ込められちゃ何もできないぞ。一旦撤退だ」
侯爵に背中を軽く押され、ジュリアは前によろけた。
◆◆◆
「あの魔法は厄介だね。クリス、どうにかなんないの?」
「何でもかんでも僕を頼るのやめてよね?」
可愛らしい顔で弟はジュリアを睨んだ。魔法を使って少し疲れたのか、クリスはマリナに寄りかかっている。穴を掘った土砂を山のどこかへ転移させたのだ。結構重労働だったのだろう。
「まあまあ。魔法には魔法で、何とかできると思っただけよ」
「あんなしつこい魔法は初めて見た。何重にも重なってるっていうか」
「たくさんの魔導士が魔法をかけたのね?」
クリスは首を横に振った。ストレートヘアがさらさら揺れる。
「ううん。違うよ。僕が感じるのは……嫌な音がしなかったし、あれは一人だけ……四属性持ちくらいの誰かが、何度も魔法をかけてたんだよ」
「四属性持ち?」
「クリスより全然たいしたことないじゃん」
五属性持ちの妹と六属性持ちの弟を持つジュリアは、乏しい魔法の知識を元に楽観視した。最早半分勝利した気でいる。
「……おかしいわね」
「何?」
「うちの領地、エスティアの隣はエンフィールド侯爵領でしょう?」
「あ、そうだっけ?」
「確かそのはずだ。俺はあの男をあまり信用していないが、侯爵家の当主として、陛下もフレディも一目置いている。地理的に見て、あの邸の主はエンフィールド侯爵で間違いはない。それがどうかしたのか?」
「ええ。その……エンフィールド領には強力な魔力を持つ魔導士がいなかったはずよね?お兄様の御両親が亡くなられた時、近くの町にも治癒魔導士がいなかったために、お兄様は満足な治療を受けられなかったと聞いたわ。お父様が探して歩いたけれど、エンフィールド領にも魔導士はいなかったのよ」
「じゃあ、後から来たんじゃないの?」
「それも考えたわ。でも、エンフィールド領は、北と西を国境に接し、陸路ではエスティアと並ぶくらい入りにくい場所なのよ。旅の魔導士がふらりと立ち寄ってそのまま居つくようなところではないわ」
木の棒を拾い、マリナは地面に地図を描いた。微妙な画力に一同は無言になった。
「東のエスティアからの道は山越え、南にも南東にも街道はあるけれど、同じようなものだわ」
「南に行くと、少し離れてるけどコレルダードがあるね」
「そうね。こちらは川の上流、コレルダードはずっと下流にある。木材の運搬には川を使っているの。それでも、人はなかなか来られないでしょう?クリスが言ったように強力な魔導士を雇ったとしたら、その理由が気になるわ。普通の貴族が日常生活を送る上で、強力な魔導士を必要とするかしら?」
「用心棒とか?」
「……あるいは、自分から事を起こす目的がある場合は、ね」
0
お気に入りに追加
750
あなたにおすすめの小説
魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした
黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん!
しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。
ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない!
清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!!
*R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
そして乙女ゲームは始まらなかった
お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。
一体私は何をしたらいいのでしょうか?
悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!
神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう.......
だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!?
全8話完結 完結保証!!
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです
斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。
思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。
さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。
彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。
そんなの絶対に嫌!
というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい!
私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。
ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー
あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの?
ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ?
この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった?
なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。
なんか……幼馴染、ヤンデる…………?
「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる