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学院編 14

567 悪役令嬢は微妙な絵を披露する

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雪の上に跪き、地下室と地上を繋ぐ通気口を覗く少年が一人。
「……ったく。何やってんだよ?」
「セドリック、やっぱ気づいてくれたんだ?ね、ここから出たいんだけど、鍵かけられちゃったんだよね」
「はあ……」
「俺の力でも開けられないみたいだ。どうにかならないか?」
地下室に目を凝らし、魔法使いのセドリック少年はやれやれと溜息をついた。
「力自慢のおっさんが開けられないのに、俺がどうにかできると思う?」
「鍵を開けてくれさえすればいいのよ!後はどうにかなるわ」
マリナが力説した。どうにかなるとは生真面目な彼女らしくない発言だ。そこまで切羽詰まっているのかとセドリックは思った。
「いいけど、建物の中に入ったら、倒れるかも……」
「ああ……」
「魔力が強いほど影響を受けるんだったわね。私も少しだけ気分が悪いわ」
「でしょ。俺も結構限界なの。クリスなんか、近づくのもダメなんだ」
「魔法って、建物にかかってんの?」
ジュリアが何も考えずに口にする。セドリックの瞳が光った。
「……そうか!建物じゃなくて、場所、地面に魔法がかかっていなきゃいいんだよな」
「ん?」
「ちょっと待ってろよ!」
「あ、行かないで!」
マリナの呼びかけも空しく、セドリック少年はクリスが待つ木立へと走って行った。

「諦めたのかしら?」
「まあ、無理っぽかったもんねー」
「やっぱり、もう一度俺が体当たりするしかないな」
ヴィルソード侯爵が肩の辺りを撫でた。何度か扉に体当たりをしたせいで、酷い痣になっている。
「小父様、やめといたほうがいいよ。怪我するよ」
「そうですわ。あの二人ならきっと何か、いい方法を考えて……」
ズン。
何か重い響きがした。振動が地下室の床を通じて伝わってくる。
「何だ?地震か?」
「グランディアは地震が滅多に起こらない国ですわ。落ち着いてください」
「ねえ。何か、音が近づいてきてない?」
ズズン。
一際大きな振動がして、三人は地下室が崩れる予感にぎゅっと目を瞑った。石造りの壁が崩れたかと思うと、瞬時に瓦礫が消えた。
「……よっしゃ、貫通!」
「疲れたあ。マリナ姉様、もう僕歩けないぃ。こっち来て抱っこして?」
ガッツポーズを決めるセドリックが、マリナの代わりにクリスを後ろから抱きしめると、クリスは嫌そうな顔をして彼の腹を蹴とばした。
「痛っ!何すんだよ」
「触るな。僕に触れていいのはお母様と姉様達とばあやだけなんだから!」
「その言葉、アーネストが聞いたら泣くぞ」
ヴィルソード侯爵が二人に近づき、「頑張ったな、えらいぞ」とクリスの頭を撫でた。
「急いで。気づかれる前にここを出る」
「穴を掘るなんて、考えたねー。中は通れるの?」
「俺が爆破して、クリスが瓦礫を転移させてきたから、通るのに支障はない。でも、崩れるかもしれないから……」
「崩れないよ。僕がちゃんと仕上げて来たもん。そこのへたくそが適当に穴を開けるから」
「なあ。お前さっきから生意気……まあいいや。俺達は建物の中には行けない。こっちに来てくれ」
「ええ。行きましょう、ジュリア。お兄様の救出は一度仕切り直しよ」
「勿体ない気がするけど、仕方ないか……」
「そうだ。閉じ込められちゃ何もできないぞ。一旦撤退だ」
侯爵に背中を軽く押され、ジュリアは前によろけた。

   ◆◆◆

「あの魔法は厄介だね。クリス、どうにかなんないの?」
「何でもかんでも僕を頼るのやめてよね?」
可愛らしい顔で弟はジュリアを睨んだ。魔法を使って少し疲れたのか、クリスはマリナに寄りかかっている。穴を掘った土砂を山のどこかへ転移させたのだ。結構重労働だったのだろう。
「まあまあ。魔法には魔法で、何とかできると思っただけよ」
「あんなしつこい魔法は初めて見た。何重にも重なってるっていうか」
「たくさんの魔導士が魔法をかけたのね?」
クリスは首を横に振った。ストレートヘアがさらさら揺れる。
「ううん。違うよ。僕が感じるのは……嫌な音がしなかったし、あれは一人だけ……四属性持ちくらいの誰かが、何度も魔法をかけてたんだよ」
「四属性持ち?」
「クリスより全然たいしたことないじゃん」
五属性持ちの妹と六属性持ちの弟を持つジュリアは、乏しい魔法の知識を元に楽観視した。最早半分勝利した気でいる。
「……おかしいわね」
「何?」
「うちの領地、エスティアの隣はエンフィールド侯爵領でしょう?」
「あ、そうだっけ?」
「確かそのはずだ。俺はあの男をあまり信用していないが、侯爵家の当主として、陛下もフレディも一目置いている。地理的に見て、あの邸の主はエンフィールド侯爵で間違いはない。それがどうかしたのか?」
「ええ。その……エンフィールド領には強力な魔力を持つ魔導士がいなかったはずよね?お兄様の御両親が亡くなられた時、近くの町にも治癒魔導士がいなかったために、お兄様は満足な治療を受けられなかったと聞いたわ。お父様が探して歩いたけれど、エンフィールド領にも魔導士はいなかったのよ」
「じゃあ、後から来たんじゃないの?」
「それも考えたわ。でも、エンフィールド領は、北と西を国境に接し、陸路ではエスティアと並ぶくらい入りにくい場所なのよ。旅の魔導士がふらりと立ち寄ってそのまま居つくようなところではないわ」
木の棒を拾い、マリナは地面に地図を描いた。微妙な画力に一同は無言になった。
「東のエスティアからの道は山越え、南にも南東にも街道はあるけれど、同じようなものだわ」
「南に行くと、少し離れてるけどコレルダードがあるね」
「そうね。こちらは川の上流、コレルダードはずっと下流にある。木材の運搬には川を使っているの。それでも、人はなかなか来られないでしょう?クリスが言ったように強力な魔導士を雇ったとしたら、その理由が気になるわ。普通の貴族が日常生活を送る上で、強力な魔導士を必要とするかしら?」
「用心棒とか?」
「……あるいは、自分から事を起こす目的がある場合は、ね」
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