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学院編 14

566 少年剣士は正面突破する

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レイモンドとアリッサが神殿に入った頃、アレックスは騎士団の宿舎がある場所へと走っていた。ハロルドが反乱を起こした報告は既に騎士団に届いているだろう。次の動きがあるなら、情報を得るに越したことはない。
「すげえ人だ……。向こうまで行けないか?」
神殿の方向から逃げてくる人、野次馬根性丸出しで見に行く人、わけが分からず立ち尽くす人……大通りはごった返していた。
「どけ!」
「うっ!」
体格の良い男に突き飛ばされて建物の壁にぶつかる。騎士団の宿舎にも神殿にも近づくのは難しそうに思えた。
「レイモンドさんとアリッサ、どこ行ったんだろう?一緒に行けばよかった……」
不安になってぼやいた時、不意に肩を叩かれた。
「アレックス様」
「ぉうわっ」
「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。見慣れたでしょ、俺です。エイブラハムですよ」
「あ、ああ……ごめん。ちょっと考え事してて」
「明日は雨ですかねえ」
エイブラハムはすっきりと晴れた青空を見上げて呟いた。
「ん?」
「いや、こっちの話です。坊ちゃんとアリッサ様は神殿に向かわれました。俺は邪魔なようでしたけど、こっそりついて行ったんです。そうしたら、見えたんですよ」
「何が?」
「反乱軍を率いている男です。俺、顔だけじゃなく目もいいんで」
「見えたのか?」
レイモンドなら確実につっこむであろう台詞をスルーされても、エイブラハムはアレックスの問いに答えた。
「それっぽい、いい甲冑をつけた男は、確かに金髪ですらっとしてましたね。ハロルド様に似ていなくもない」
「うん。やっぱり、そうなのか……」
「ですが、一つ気になるのは、神殿の二階にいた男が、次の瞬間には一階の窓から見えるところにいたんです」
「て、んい?……魔法、か?魔法なんだな?そうか……すげえな」
「違いますよ。俺は見たんです。ハロルド様らしき人物は、確かに二人いたんです!」
「二人になる魔法か!?」
「だから、魔法じゃないんですってば!同じ甲冑を着た金髪の男が、神殿には二人いるんですよ」
エイブラハムがアレックスを納得させるのに少し時間を取られている間に、神殿の周囲を王都に残っていた騎士団の一部が取り囲み始めた。
「どうしたんでしょうねえ」
「中から兵士が出てくるぞ。投降したのか?」
「違うみたいです。仲間割れでもあったんですかね」
投降という言葉をアレックスが知っていたことに驚き、流石は騎士団長の息子だと、エイブラハムは彼を見直した。
「ここから見てるだけじゃ分かんねえ。……俺、行ってくる!」
「え!?ちょ、待っ……!」

恐るべき瞬発力でアレックスは人ごみを抜けていく。先ほどより混雑していないのだ。
「最初からこうすりゃよかったな。うん」
エイブラハムの話は結局意味が分からなかった。反乱軍を指揮しているのは二人なのか。ハロルドではない誰かがいるのだろうか。
「かげむしゃ……?」
という言葉を聞いたことがあるな、とアレックスは思った。戦乱が多い国では、常に国王に背格好が似た人物を替え玉に用意していると聞く。グランディアは平和ボケしていると言っていい国である。将来セドリックの『かげむしゃ』を探す必要はなさそうだと思っていた。
「間違って『かげむしゃ』を捕まえたらどうするんだろう。その間に本物が逃げるよな?……ん?」
兵士達が逃げ出してくるのを、騎士団が少し先の路地で待ち構えている。皆、おとなしく従っているようだ。顔色が悪く疲れているように見える。金で雇われた者達で、持っている装備もひどいものだ。
「寄せ集めか。よし、俺一人でも突撃できそうだな」
道路の反対側から一気に神殿の敷地内に駆け込む。途中ですれ違った兵士達は、アレックスを気にも留めずに逃げていく。
「捕まると思って逃げたんだな」
振り返って兵士達の背中を一瞥し、神殿に向き直ると深呼吸を一つした。重厚な造りのドアが少しだけ開き、銀の甲冑を身につけた金髪の人物が隙間から出てきた。
「やべえ。いきなり親玉のお出ましかよ」
辺りを見ると、俄兵士が落として行った粗末な剣が転がっていた。素早く屈んで念のため手に取る。視線は銀の甲冑の男に注いだままだ。
「……あっ!」
青緑色の瞳が自分を見つけた。アレックスは小さく叫んで息を呑んだ。
「おや。いらしていたのですか、あなたも」
「……嘘だろ……」
信じたくはないが、目の前の人物に覚えがある。ハーリオン家とは家族ぐるみの付き合いだ。剣が好きな自分と話は合わないものの、常に優しく接してくれた兄のような存在――。
「どうしました?オバケでも見たような顔をして」
ハロルドはくすっと笑った。口元にそっと手を添えた。手袋との隙間から見えた手首は、赤黒く変色していた。
「その怪我……」
アレックスの呟きをハロルドは聞き逃さなかった。しかし、ゆるゆると首を振って、
「あなたにお願いがあります。私を捕らえ、騎士団へ引き渡してください」
とだけ告げた。

   ◆◆◆

神殿の廊下を走り、ドアというドアを全て開け、セドリックはハロルドの姿を探した。
「……はあ、はあ……何処に……」
全速力で走っていると膝が震えた。自分の身近な人が死を選ぼうとしている。セドリックは複雑な気持ちだった。
「僕にできることは……」
ハロルドを一人で行かせてはいけない。彼を失えば、マリナも、侯爵家の皆も笑顔を取り戻すことはできない。彼一人を犠牲にして得た幸せなど、彼女が喜ぶはずがない。
「外か?」
セドリックが神殿のドアを開けた時、外では騎士団が歓声を上げていた。
「あれは……」
屈強な騎士達の中に赤い髪が見える。
「やったなアレックス!一人で捕まえて来るなんてな」
がしがしと頭を撫でられ、アレックスが迷惑そうに笑う。その隣で俯くハロルドは、手に縄をかけられていた。
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