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学院編 14
565 悪役令嬢と悪戯小僧
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「なっ……!」
「鍵かけられたらヤバい!」
すぐさま入口へ引き返し、ジュリアが落胆の声を上げた。
「うっそ……。鍵かかってるじゃん」
鋼鉄製の扉は閉ざされ、扉一枚隔てた向こうから少年の笑い声がする。何度も扉を拳で叩くが、相手はただ笑うばかりだ。
「何度も同じ手にひっかかると思う?少しは学習しなよ、お姉さん?」
「開けてよ!」
「開けるわけないでしょ。旦那様に怒られちゃう」
鍵の束がじゃらりと音を立てる。軽い足取りで少年は地下室から遠ざかって行った。
「ジュリア、今の子、知り合いなの?」
「前にここから逃げた時にちょっとね。まさかはめられるとは思わなかったなあ」
「何感慨深げにしているのよ。それどころではないでしょう?私達、放っておかれたら飢え死によ?」
「いや、その前に凍死するかもしれんな。通気口から外の風が入ってきている。ここは寒い土地だから……へっくしっ」
「小父様大丈夫?」
「何のこれしき!あの鉄の扉も、俺が何とかする!」
力こぶを見せて張り切るも、侯爵の鼻からは鼻水が出ている。
「無理はなさらないでください。それより、どうにかして外にいるクリス達に連絡を取る方法を考えましょう」
「そうだな。俺達がここに潜入したのは知っているし、ハロルドが閉じ込められているとしたらどこか、あの子なら察しているだろう。ただ、俺達が出られなくなったとは思っていない。ハロルドがいないこともな」
「兄様、本当にこのお邸にいないのかな?地下室はあの子……小僧の罠だとしてもさ、兄様はどこか別の部屋にいるんじゃない?閉じ込められてなくて動けるようなら、ここの鍵、開けてくんないかなあ?」
妹の想像にマリナは溜息をついた。
「一度、地下室の中を点検しましょう。何か役に立つものがあるかもしれないわ」
◆◆◆
「モップ、樽、麻の袋……」
「武器になりそうなものはないな」
「薄い板はあったよ。これにSOSって書いたら?」
「えすおーえす?何だ、それは?」
「え、ええと、秘密の暗号です。……ジュリア、こっちの世界で通用しないわよ」
「あ、そっか。うーん。じゃ、狼煙を上げるのは?」
「狼煙?何かを燃やすのね?」
「うん。ほら、このモップとか、袋とかさ」
ジュリアがにやりと笑って通気口を指さした。
かくして。
一番背が高いヴィルソード侯爵が樽の上に立ち、通気口の隙間からモップの柄を使って麻袋を外に出した。勿論、麻袋にはマリナが父の煙草に火をつける程度の魔法で着火している。
「雪で消えなきゃいいねえ」
「邸の使用人に見つかるのが早いか、クリスが見つけるのが早いか……賭けだわ」
「どうか、神様、よろしくっ!」
ジュリアは柏手を打って神に祈った。
◆◆◆
王宮を出ようとして止められたセドリックは、隠し通路を使って街に行く手段を選んだ。一人で行くのは初めてで心細いが、自分の行動如何でマリナ達が助けられるのだと思うと、勇気が湧いてくる気がした。
「古い文献で読んだだけだからな……。こっちかな……」
セドリックの記憶は限りなく怪しかったが、彼は持って生まれた幸運体質を遺憾なく発揮した。いくつかの分かれ道を勘に頼って進み、とうとう観音開きの扉の前にたどり着いた。
「うん、ここだ!」
外から何やら音がしている。街の賑わいではなく、何か争うような音が。
確信を持って鍵に王位継承者の指輪を近づけると、扉にかけられた魔法の鍵が外れた。
「やった!」
勢いよく押し開ける。一段飛ばしで階段を駆け上がったセドリックは、危うく誰かにぶつかりそうになった。
「うわっ!?」
「きゃ」
「……」
涙ぐむアリッサを抱きしめていたレイモンドに、思い切り白い眼で睨まれた。
「何をしている?セドリック」
「何って、王宮から抜け出して来たんだ」
「そんなのは見れば分かる。お前はこの反乱に首を突っ込むべきではないだろう?」
「そうやってレイはいつも僕を除け者にしたがる。いいかい?父上はハーリオン家の全員を捕らえるように、宰相に命じたんだ。きっともう、お邸には騎士団が向かっていると思う」
「そんな……!お邸にはお母様が」
「うん。今から行っても間に合わないだろうし、アリッサが捕まることになるね」
「侯爵様はお留守なんだな?」
腕組みをしたレイモンドが中指で眼鏡を上げた。
「はい。事情があって、王宮に……あれ?」
「王宮に行かれたのか?」
「おかしいなあ。父上や宰相は、ハーリオン侯爵は来ていないと言っていたよ。すぐに来なければ何とかって……。確かに侯爵はお邸を出たのかい?」
「多分……お父様は私と違って迷子にならないですし、あの……ローブもうまく使えると思うんです」
「ローブだって?」
「魔法が使える人が着ると、姿が見えなくなるっていうローブで……そ、それより王太子様!お兄様が大変なんです」
「そうだ。ハロルドが反乱軍にいた」
「まさか……」
「侯爵絡みの案件を全て自分一人がしたことにしようとしている。罪を一人で被る気だ。いくらエスティアが故郷でも、彼一人で反乱軍の人員を集められるとは思えない。余計な入れ知恵をした者がいるに違いない」
「私達に、国王陛下に話すように、って、あ、あ……」
泣きじゃくるアリッサの肩を抱き、レイモンドはセドリックの言葉を待った。
「……ハロルドは何処へ?」
「部屋を出て行って、その先は分からない。まだ神殿の中にいるといいが」
「分かった。彼のことは任せてくれ。レイ、アリッサを連れて僕が来た道を戻るんだ。途中に指輪の魔法で灯りをつけてきているから、王宮に戻れると思う。ハロルドが望んだように、父上に報告してほしい」
「正気か?」
「正気だよ。……そうだね。できるだけ大袈裟に騒いで、王宮の外にも知られるようにして。魔導師団や騎士団……たくさんの貴族にね。ほら、行って!」
トン、と背中を押され、レイモンドは渋々アリッサを隠し通路へ誘導した。
「心配しないで、アリッサ。……僕はこんな形で負けるのは嫌いなんだよ」
二人に軽く手を振ると、セドリックは部屋を飛び出した。
「鍵かけられたらヤバい!」
すぐさま入口へ引き返し、ジュリアが落胆の声を上げた。
「うっそ……。鍵かかってるじゃん」
鋼鉄製の扉は閉ざされ、扉一枚隔てた向こうから少年の笑い声がする。何度も扉を拳で叩くが、相手はただ笑うばかりだ。
「何度も同じ手にひっかかると思う?少しは学習しなよ、お姉さん?」
「開けてよ!」
「開けるわけないでしょ。旦那様に怒られちゃう」
鍵の束がじゃらりと音を立てる。軽い足取りで少年は地下室から遠ざかって行った。
「ジュリア、今の子、知り合いなの?」
「前にここから逃げた時にちょっとね。まさかはめられるとは思わなかったなあ」
「何感慨深げにしているのよ。それどころではないでしょう?私達、放っておかれたら飢え死によ?」
「いや、その前に凍死するかもしれんな。通気口から外の風が入ってきている。ここは寒い土地だから……へっくしっ」
「小父様大丈夫?」
「何のこれしき!あの鉄の扉も、俺が何とかする!」
力こぶを見せて張り切るも、侯爵の鼻からは鼻水が出ている。
「無理はなさらないでください。それより、どうにかして外にいるクリス達に連絡を取る方法を考えましょう」
「そうだな。俺達がここに潜入したのは知っているし、ハロルドが閉じ込められているとしたらどこか、あの子なら察しているだろう。ただ、俺達が出られなくなったとは思っていない。ハロルドがいないこともな」
「兄様、本当にこのお邸にいないのかな?地下室はあの子……小僧の罠だとしてもさ、兄様はどこか別の部屋にいるんじゃない?閉じ込められてなくて動けるようなら、ここの鍵、開けてくんないかなあ?」
妹の想像にマリナは溜息をついた。
「一度、地下室の中を点検しましょう。何か役に立つものがあるかもしれないわ」
◆◆◆
「モップ、樽、麻の袋……」
「武器になりそうなものはないな」
「薄い板はあったよ。これにSOSって書いたら?」
「えすおーえす?何だ、それは?」
「え、ええと、秘密の暗号です。……ジュリア、こっちの世界で通用しないわよ」
「あ、そっか。うーん。じゃ、狼煙を上げるのは?」
「狼煙?何かを燃やすのね?」
「うん。ほら、このモップとか、袋とかさ」
ジュリアがにやりと笑って通気口を指さした。
かくして。
一番背が高いヴィルソード侯爵が樽の上に立ち、通気口の隙間からモップの柄を使って麻袋を外に出した。勿論、麻袋にはマリナが父の煙草に火をつける程度の魔法で着火している。
「雪で消えなきゃいいねえ」
「邸の使用人に見つかるのが早いか、クリスが見つけるのが早いか……賭けだわ」
「どうか、神様、よろしくっ!」
ジュリアは柏手を打って神に祈った。
◆◆◆
王宮を出ようとして止められたセドリックは、隠し通路を使って街に行く手段を選んだ。一人で行くのは初めてで心細いが、自分の行動如何でマリナ達が助けられるのだと思うと、勇気が湧いてくる気がした。
「古い文献で読んだだけだからな……。こっちかな……」
セドリックの記憶は限りなく怪しかったが、彼は持って生まれた幸運体質を遺憾なく発揮した。いくつかの分かれ道を勘に頼って進み、とうとう観音開きの扉の前にたどり着いた。
「うん、ここだ!」
外から何やら音がしている。街の賑わいではなく、何か争うような音が。
確信を持って鍵に王位継承者の指輪を近づけると、扉にかけられた魔法の鍵が外れた。
「やった!」
勢いよく押し開ける。一段飛ばしで階段を駆け上がったセドリックは、危うく誰かにぶつかりそうになった。
「うわっ!?」
「きゃ」
「……」
涙ぐむアリッサを抱きしめていたレイモンドに、思い切り白い眼で睨まれた。
「何をしている?セドリック」
「何って、王宮から抜け出して来たんだ」
「そんなのは見れば分かる。お前はこの反乱に首を突っ込むべきではないだろう?」
「そうやってレイはいつも僕を除け者にしたがる。いいかい?父上はハーリオン家の全員を捕らえるように、宰相に命じたんだ。きっともう、お邸には騎士団が向かっていると思う」
「そんな……!お邸にはお母様が」
「うん。今から行っても間に合わないだろうし、アリッサが捕まることになるね」
「侯爵様はお留守なんだな?」
腕組みをしたレイモンドが中指で眼鏡を上げた。
「はい。事情があって、王宮に……あれ?」
「王宮に行かれたのか?」
「おかしいなあ。父上や宰相は、ハーリオン侯爵は来ていないと言っていたよ。すぐに来なければ何とかって……。確かに侯爵はお邸を出たのかい?」
「多分……お父様は私と違って迷子にならないですし、あの……ローブもうまく使えると思うんです」
「ローブだって?」
「魔法が使える人が着ると、姿が見えなくなるっていうローブで……そ、それより王太子様!お兄様が大変なんです」
「そうだ。ハロルドが反乱軍にいた」
「まさか……」
「侯爵絡みの案件を全て自分一人がしたことにしようとしている。罪を一人で被る気だ。いくらエスティアが故郷でも、彼一人で反乱軍の人員を集められるとは思えない。余計な入れ知恵をした者がいるに違いない」
「私達に、国王陛下に話すように、って、あ、あ……」
泣きじゃくるアリッサの肩を抱き、レイモンドはセドリックの言葉を待った。
「……ハロルドは何処へ?」
「部屋を出て行って、その先は分からない。まだ神殿の中にいるといいが」
「分かった。彼のことは任せてくれ。レイ、アリッサを連れて僕が来た道を戻るんだ。途中に指輪の魔法で灯りをつけてきているから、王宮に戻れると思う。ハロルドが望んだように、父上に報告してほしい」
「正気か?」
「正気だよ。……そうだね。できるだけ大袈裟に騒いで、王宮の外にも知られるようにして。魔導師団や騎士団……たくさんの貴族にね。ほら、行って!」
トン、と背中を押され、レイモンドは渋々アリッサを隠し通路へ誘導した。
「心配しないで、アリッサ。……僕はこんな形で負けるのは嫌いなんだよ」
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