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学院編 14
562 悪役令嬢は転んでもただでは起きない
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「きゃあああ!レイ様ぁああ!」
中央神殿の廊下にアリッサの絶叫が響いた。部屋を見張っていた兵士が声に反応して、ドアに向かって声をかけた。
「おい!何があった?」
「中を確認したほうが……」
「部屋から出すなと言われているだろう?」
「しかし……」
統率のとれていない兵士達が言い合っている間にも、アリッサは短く叫んだ。
「心配するなアリッサ。ほら、騎士団の面々じゃないか。中央神殿は王族のための隠し通路がたくさんある。彼らはこうして、俺達を助けに来てくれたんだぞ?叫ぶなんて失礼だよ」
部屋の外に聞こえるように、レイモンドはゆっくりはっきりと話した。廊下から慌てふためく兵士の声と遠ざかる足音がし、二人は視線を合わせてにんまりと笑った。
「うまく……いったのかしら?」
「こちらはな。神殿内にいる者は、どこから騎士が現れるか分からない恐怖を感じ、神殿から出て行こうとするだろう。だが、外を見ても退路はないと分かる」
「ドアも窓も、キース君が閉めちゃったんですよね」
「ああ。結界を張ったはずだ。窓から見えるのは王家が寄越した軍……先生とエミリーの魔法が見せるまやかしだがな」
廊下から絶望した兵士達の声がする。命だけでも助かろうと、反乱軍を離脱すると叫んでいる。
「外にいる人達は、中で何が起こっているか不安でしょうね。声は聞こえるのに」
「それも抜かりない。窓から覗いたら、味方が何かに怯えて狂ったように逃げ惑っているんだ。恐ろしくて仕方がないだろう。指揮官に余程の統率力がなければ、この事態を乗り切ることは難しい。金で雇われた寄せ集めの軍に、そこまでの指揮官がいるだろうか」
「いないと思います。……流石、レイ様だわ……」
尊敬の念をこめて見つめるアリッサに気をよくして、レイモンドは彼女の手を取って口づけた。背中に手を回し、部屋の奥へと誘導する。
「……レイ様?」
「隠し通路の話は本当だ。危険が迫ったら、君だけでもここから逃げるんだ。分かったね?」
書棚の下の引き出しを開けると、足元に階段が現れた。アリッサは唇を尖らせてレイモンドに抱きついた。
「レイ様が一緒じゃなきゃ嫌」
「我儘を言うな」
「やだやだやだやだやだ!一緒に来てくれなきゃやだっ!」
「まだ酔いが抜けないのか……」
苦笑いを浮かべたレイモンドは、階段の奥から人の気配を感じ身構えた。
◆◆◆
「皆、私の記憶力に感謝すべきだよねー」
「野生の勘の間違いじゃないの?」
「分かんないときは小父様のカンに頼ったけどさ。例のお邸に着けたんだからいいんじゃない?」
唇に人差し指をあて、「しーっ」と囁く。一番煩いのは自分だと気づいていないのだ。
「想像していたより普通だな」
セドリック少年が呟く。彼の中では、悪の親玉の隠れ家を想像していたらしい。
「みすぼらしくもなく、美しくもないな。壁の色もくすんで目立たないが、周りの木々がうまく邸を風景に溶け込ませている。馬車で近くを通っても見逃してしまうだろう」
ヴィルソード侯爵は腕組みをして考えたが、抜群の視力で紋章を見つめても誰の邸なのか思い出せなかった。
「マリナ。紋章あるの、見える?」
「ええ。雪でところどころ隠れているけれど、見覚えはあるわ。エンフィールド侯爵家の紋章……山を挟んでうちの隣の領地だから、当然といえば当然ね。ただ……」
「ん?」
「エンフィールド家の紋章によく似ているけれど……少し違うかもしれないわ。遠目だとはっきりしないわ」
貴族名鑑を丸暗記し、家系と紋章に詳しいマリナの言うことに間違いはないと確信し、ジュリアは歩き疲れてヴィルソード侯爵に背負われている弟を振り返った。
「クリス。兄様がどこにいるか分かんない?」
「うーん……魔力の気配を探して……なんか、あのお邸、近づきたくないなあ。気持ち悪くなりそう」
「そうだった!中には魔法の罠があるんだった。どうしよう、この中で行けるのはマリナを含めて三人だけ?」
「最短ルートで行って戻ろう。ハロルドは俺が担ぐ。任せろ」
三人は頷き合った。魔力が高いクリスとセドリックを待たせ、以前ジュリアがハロルドを助けた部屋を目指すことに決めた。
「……暗いな」
「気を付けてね、二人とも。私も目が慣れないなあ……っと!」
廊下の絨毯に足を取られ、転びそうになったマリナをジュリアが支える。
「ありがとう。私、足手まといね。窓から入る時だって、窓枠までうまく上がれなかったもの」
その点を考えると、大柄すぎて窓枠からなかなか入れなかったヴィルソード侯爵も足手まといということになる。彼は全く気にしていないが。
「木登り名人の私と比べる方が間違ってるよ。マリナがいれば、もし兄様が倒れてて歩けなくても、頑張ってくれるかもしれないじゃん。特効薬だよ」
「歩くのが不安なら俺が背負うぞ」
「侯爵様、ありがとうございます。お気持ちだけで十分で……んぐ」
マリナの口をジュリアの手が塞ぐ。指を立てて静かにと口パクで伝える。
見ると、少しだけ灯りをともした廊下を一人の少年が歩いていく。手には食器を持っていた。
「……行った。あの子、兄様に食事を運んでいるんじゃないかな。前もそうだったし」
「自分の分でしょう?」
「使用人部屋で食べればいいのに、わざわざ持ってくのはおかしいよ。とにかく、後を追うよ」
足音を忍ばせて後を追うと、少年は廊下の片隅にある細い階段を下りていく。地下へ続いているようだ。
「地下か……急いで助けないと、一階に上がってくる前に見つかっちまう。俺もハロルドを背負っては戦いにくい」
「あの子が出てきたら入るよ」
「手枷や足枷をつけられていたら、どうやって外せばいい?俺の力で外せるかどうか」
ヴィルソード侯爵が二の腕の筋肉を手で摩る。鉄の鎖を引きちぎる自信があるようだ。
「食事を持って行っているのですもの。自分で食べられる程度に自由はあるのよ。見張りを躱してしまえば助け出せる気がするわ」
「よし。じゃあ、突破するしかないね。兄様を連れ出して、クリスのところに戻ろう。魔法でエスティアまで……ううん、あの洞窟まででもいい。足跡を残さないで逃げれば」
邸までの道のりを歩いてきたが、雪の上の足跡は全てセドリックとクリスが魔法で消してきた。同じ失敗はしたくない。
「ええ。……行きましょう。お兄様を助けて、王都にいるハロルド・ハーリオンは偽物だと証明するのよ」
地下への階段から、食器を持った少年が上がってくる。廊下の角を曲がって姿が見えなくなると、三人は滑るように階段を下りた。
中央神殿の廊下にアリッサの絶叫が響いた。部屋を見張っていた兵士が声に反応して、ドアに向かって声をかけた。
「おい!何があった?」
「中を確認したほうが……」
「部屋から出すなと言われているだろう?」
「しかし……」
統率のとれていない兵士達が言い合っている間にも、アリッサは短く叫んだ。
「心配するなアリッサ。ほら、騎士団の面々じゃないか。中央神殿は王族のための隠し通路がたくさんある。彼らはこうして、俺達を助けに来てくれたんだぞ?叫ぶなんて失礼だよ」
部屋の外に聞こえるように、レイモンドはゆっくりはっきりと話した。廊下から慌てふためく兵士の声と遠ざかる足音がし、二人は視線を合わせてにんまりと笑った。
「うまく……いったのかしら?」
「こちらはな。神殿内にいる者は、どこから騎士が現れるか分からない恐怖を感じ、神殿から出て行こうとするだろう。だが、外を見ても退路はないと分かる」
「ドアも窓も、キース君が閉めちゃったんですよね」
「ああ。結界を張ったはずだ。窓から見えるのは王家が寄越した軍……先生とエミリーの魔法が見せるまやかしだがな」
廊下から絶望した兵士達の声がする。命だけでも助かろうと、反乱軍を離脱すると叫んでいる。
「外にいる人達は、中で何が起こっているか不安でしょうね。声は聞こえるのに」
「それも抜かりない。窓から覗いたら、味方が何かに怯えて狂ったように逃げ惑っているんだ。恐ろしくて仕方がないだろう。指揮官に余程の統率力がなければ、この事態を乗り切ることは難しい。金で雇われた寄せ集めの軍に、そこまでの指揮官がいるだろうか」
「いないと思います。……流石、レイ様だわ……」
尊敬の念をこめて見つめるアリッサに気をよくして、レイモンドは彼女の手を取って口づけた。背中に手を回し、部屋の奥へと誘導する。
「……レイ様?」
「隠し通路の話は本当だ。危険が迫ったら、君だけでもここから逃げるんだ。分かったね?」
書棚の下の引き出しを開けると、足元に階段が現れた。アリッサは唇を尖らせてレイモンドに抱きついた。
「レイ様が一緒じゃなきゃ嫌」
「我儘を言うな」
「やだやだやだやだやだ!一緒に来てくれなきゃやだっ!」
「まだ酔いが抜けないのか……」
苦笑いを浮かべたレイモンドは、階段の奥から人の気配を感じ身構えた。
◆◆◆
「皆、私の記憶力に感謝すべきだよねー」
「野生の勘の間違いじゃないの?」
「分かんないときは小父様のカンに頼ったけどさ。例のお邸に着けたんだからいいんじゃない?」
唇に人差し指をあて、「しーっ」と囁く。一番煩いのは自分だと気づいていないのだ。
「想像していたより普通だな」
セドリック少年が呟く。彼の中では、悪の親玉の隠れ家を想像していたらしい。
「みすぼらしくもなく、美しくもないな。壁の色もくすんで目立たないが、周りの木々がうまく邸を風景に溶け込ませている。馬車で近くを通っても見逃してしまうだろう」
ヴィルソード侯爵は腕組みをして考えたが、抜群の視力で紋章を見つめても誰の邸なのか思い出せなかった。
「マリナ。紋章あるの、見える?」
「ええ。雪でところどころ隠れているけれど、見覚えはあるわ。エンフィールド侯爵家の紋章……山を挟んでうちの隣の領地だから、当然といえば当然ね。ただ……」
「ん?」
「エンフィールド家の紋章によく似ているけれど……少し違うかもしれないわ。遠目だとはっきりしないわ」
貴族名鑑を丸暗記し、家系と紋章に詳しいマリナの言うことに間違いはないと確信し、ジュリアは歩き疲れてヴィルソード侯爵に背負われている弟を振り返った。
「クリス。兄様がどこにいるか分かんない?」
「うーん……魔力の気配を探して……なんか、あのお邸、近づきたくないなあ。気持ち悪くなりそう」
「そうだった!中には魔法の罠があるんだった。どうしよう、この中で行けるのはマリナを含めて三人だけ?」
「最短ルートで行って戻ろう。ハロルドは俺が担ぐ。任せろ」
三人は頷き合った。魔力が高いクリスとセドリックを待たせ、以前ジュリアがハロルドを助けた部屋を目指すことに決めた。
「……暗いな」
「気を付けてね、二人とも。私も目が慣れないなあ……っと!」
廊下の絨毯に足を取られ、転びそうになったマリナをジュリアが支える。
「ありがとう。私、足手まといね。窓から入る時だって、窓枠までうまく上がれなかったもの」
その点を考えると、大柄すぎて窓枠からなかなか入れなかったヴィルソード侯爵も足手まといということになる。彼は全く気にしていないが。
「木登り名人の私と比べる方が間違ってるよ。マリナがいれば、もし兄様が倒れてて歩けなくても、頑張ってくれるかもしれないじゃん。特効薬だよ」
「歩くのが不安なら俺が背負うぞ」
「侯爵様、ありがとうございます。お気持ちだけで十分で……んぐ」
マリナの口をジュリアの手が塞ぐ。指を立てて静かにと口パクで伝える。
見ると、少しだけ灯りをともした廊下を一人の少年が歩いていく。手には食器を持っていた。
「……行った。あの子、兄様に食事を運んでいるんじゃないかな。前もそうだったし」
「自分の分でしょう?」
「使用人部屋で食べればいいのに、わざわざ持ってくのはおかしいよ。とにかく、後を追うよ」
足音を忍ばせて後を追うと、少年は廊下の片隅にある細い階段を下りていく。地下へ続いているようだ。
「地下か……急いで助けないと、一階に上がってくる前に見つかっちまう。俺もハロルドを背負っては戦いにくい」
「あの子が出てきたら入るよ」
「手枷や足枷をつけられていたら、どうやって外せばいい?俺の力で外せるかどうか」
ヴィルソード侯爵が二の腕の筋肉を手で摩る。鉄の鎖を引きちぎる自信があるようだ。
「食事を持って行っているのですもの。自分で食べられる程度に自由はあるのよ。見張りを躱してしまえば助け出せる気がするわ」
「よし。じゃあ、突破するしかないね。兄様を連れ出して、クリスのところに戻ろう。魔法でエスティアまで……ううん、あの洞窟まででもいい。足跡を残さないで逃げれば」
邸までの道のりを歩いてきたが、雪の上の足跡は全てセドリックとクリスが魔法で消してきた。同じ失敗はしたくない。
「ええ。……行きましょう。お兄様を助けて、王都にいるハロルド・ハーリオンは偽物だと証明するのよ」
地下への階段から、食器を持った少年が上がってくる。廊下の角を曲がって姿が見えなくなると、三人は滑るように階段を下りた。
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