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学院編 14
561 悪役令嬢は禁酒を誓う
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「うふふ、ふふ……レイ様、だぁいすき!」
レイモンドの頬に、首筋に、眦に、そして唇に。アリッサはキスの雨を降らせていた。
「君は酔うと大胆になるんだな、アリッサ」
「すなおになるだけですぅ」
「キスをするのは俺だけだ。約束だぞ?」
「はぁあい。ふふ、レイ様、や・き・も・ち?」
鼻先を突かれ、レイモンドはフッと笑ってアリッサの手を握った。
「ああ。君が他の男にキスしたら、そいつを殺してやる」
人生薔薇色状態でウフフアハハと二人の世界を作っている恋人達の脇で、エミリーは禁酒を誓った。
「あの……また、僕、転移先を……?」
「いや。ここで合っているはずだ。王都にある中央神殿の奥、王家か王位継承順位を持つ者が結婚する際に控室となる場所……のはずだ」
「……はずって何よ」
「聞いたことがある程度だったからな。ここにあの二人がいる理由は分からないが。エミリー、何か知らないか?」
「……知らない」
知りたくもない気がする。先ほどから、マシューは酔ったキス魔のアリッサを見ては、エミリーを期待の眼差しで見つめてくる。
「……私、絶対お酒は飲まないから」
「なっ……!?」
赤い瞳が一瞬輝き、すぐに悲哀の色を濃くした。いくら期待されようと、マリナやアリッサのようにはなりたくない。エミリーにも矜持というものがある。
「神殿の奥は、神官以外は立ち入れない場所ですよね。ええと……」
「レイモンドは王位継承権があるんでしょ。アリッサはその連れじゃない?」
「ええっ?では、ふ、二人はとうとう、け、結婚式を!?」
「飛躍しすぎだ、キース」
レイモンドの落ち着いた声がした。膝にアリッサを乗せ、銀髪をゆっくりと撫でながらという不謹慎な態度ではあるが。
「俺達は、ハロルドに会いに来た」
「ハロルドさん?……神官になるとは思わなかった」
「だから、飛躍しすぎだ。詳細は省くが、俺達は街で神殿を反乱軍が占拠したという話を聞いた。その指揮官がハロルドだと」
三人は話をすぐに理解できず沈黙した。アリッサの甘えた声だけが、天井の高い部屋に響いた。
「……は?」
「戦いを好む男には見えなかったが」
「何かの間違いじゃない?」
「俺が間違っているとでも言いたいのか?」
「そうよ。いつも自信満々のあなたでも間違うことはあるでしょ?」
エミリーとレイモンドの間に火花が散り、キースが慌てて取り成した。
「い、今は喧嘩している場合じゃないです。ハロルドさんが反乱を起こしたのが本当なら、ハーリオン家にとって最悪の展開でしょう?すぐに王家が騎士団を寄越すはず。にわか仕立ての軍隊なんて、騎士達の相手にもなりませんよ」
身振り手振りを大袈裟に加え、話を変えて力説する。
「俺とアリッサがここに案内されてから、かなりの時間が経っている。しかし、ハロルドは姿を見せず、騎士団が攻めてくる様子もない。陛下は何かお考えがあって、神殿を攻めないのだろう」
「神殿は神聖な場所です。陛下も軍を向けるのを躊躇われたのでは?」
「騎士団は他へ行ってる。フロードリンとかね」
「そうですね。魔導師団は、おじい様の指示で多くがビルクールへ向かっています。王都に残っている者はわずかです。王宮の守りを固めることを優先すれば、神殿奪還作戦を後回しにせざるを得ません」
レイモンドはうとうとしかけたアリッサの額に口づけた。
「……成程。王宮の守りか。守るだけで精一杯、というアピールにも見えるな。反乱軍に、どうぞ王宮へ来てくださいと言わんばかりだ」
「……攻め込めば、そこで一網打尽?」
「鋭いな。そういう勘の良さは君の長所だな、エミリー」
「……鳥肌」
腕を摩って肩を竦める。
「誰しも一つくらいは長所があるだろう」
「……はぁ?余計なこと言うと、魔法が飛ぶけど?」
クックッと笑い、レイモンドは熟睡したアリッサを長椅子に横たえた。
「さて。王宮が動かないなら、俺達でやるしかないか」
余裕の笑みを浮かべ、レイモンドは三人の前に進み出た。
「神殿奪還作戦だ。内側から、な」
◆◆◆
「あなたの行動力には脱帽よ、ジュリア」
「まあね。褒めて褒めて?私、褒められて伸びる子だから」
「……一回にしておくわ。この道は本当に山の向こう側に出るのね?」
マリナは前を歩くセドリック少年に問いかけた。彼は親から譲られた古い魔導士のローブを着て、一行の道案内役を引き受けてくれたのだ。
「うん。暗くて狭くてイヤだろうけど、ちゃんと使えるから。この間もジュリアが使ったじゃん」
「呼び捨てかい!」
「エミリー師匠は師匠だから敬うけど、ジュリアはジュリアだもんなー」
「まあ、いいじゃないの。ジュリアは誰とでも打ち解けられるってことよ」
「なーんか、うまくごまかされた気がするけど。ま、いっか。さっさと行って、ちゃっちゃと兄様を助け出して来よう!おー!」
一人で拳を突き上げる。一番後ろを歩いていたヴィルソード侯爵が、大きな身体を縮めて洞窟を抜ける。
「狭いなあ。なあ、クリス、俺を一回り小さくできないか?」
「無茶言わないで。おじさんを小っちゃくしても、僕みたいには可愛くなれないよ?」
青年から子供の姿になったクリスは、どんな道でも通り抜けられた。魔力の消費を抑えるにも子供の姿が有効なのだ。
「あった!このドア。ここを抜けると雪ばっかのところに出るよ。寒いから覚悟しててね」
セドリック少年がジュリアと二人でドアを開けると、冷たい風が洞窟に吹き込んできた。
レイモンドの頬に、首筋に、眦に、そして唇に。アリッサはキスの雨を降らせていた。
「君は酔うと大胆になるんだな、アリッサ」
「すなおになるだけですぅ」
「キスをするのは俺だけだ。約束だぞ?」
「はぁあい。ふふ、レイ様、や・き・も・ち?」
鼻先を突かれ、レイモンドはフッと笑ってアリッサの手を握った。
「ああ。君が他の男にキスしたら、そいつを殺してやる」
人生薔薇色状態でウフフアハハと二人の世界を作っている恋人達の脇で、エミリーは禁酒を誓った。
「あの……また、僕、転移先を……?」
「いや。ここで合っているはずだ。王都にある中央神殿の奥、王家か王位継承順位を持つ者が結婚する際に控室となる場所……のはずだ」
「……はずって何よ」
「聞いたことがある程度だったからな。ここにあの二人がいる理由は分からないが。エミリー、何か知らないか?」
「……知らない」
知りたくもない気がする。先ほどから、マシューは酔ったキス魔のアリッサを見ては、エミリーを期待の眼差しで見つめてくる。
「……私、絶対お酒は飲まないから」
「なっ……!?」
赤い瞳が一瞬輝き、すぐに悲哀の色を濃くした。いくら期待されようと、マリナやアリッサのようにはなりたくない。エミリーにも矜持というものがある。
「神殿の奥は、神官以外は立ち入れない場所ですよね。ええと……」
「レイモンドは王位継承権があるんでしょ。アリッサはその連れじゃない?」
「ええっ?では、ふ、二人はとうとう、け、結婚式を!?」
「飛躍しすぎだ、キース」
レイモンドの落ち着いた声がした。膝にアリッサを乗せ、銀髪をゆっくりと撫でながらという不謹慎な態度ではあるが。
「俺達は、ハロルドに会いに来た」
「ハロルドさん?……神官になるとは思わなかった」
「だから、飛躍しすぎだ。詳細は省くが、俺達は街で神殿を反乱軍が占拠したという話を聞いた。その指揮官がハロルドだと」
三人は話をすぐに理解できず沈黙した。アリッサの甘えた声だけが、天井の高い部屋に響いた。
「……は?」
「戦いを好む男には見えなかったが」
「何かの間違いじゃない?」
「俺が間違っているとでも言いたいのか?」
「そうよ。いつも自信満々のあなたでも間違うことはあるでしょ?」
エミリーとレイモンドの間に火花が散り、キースが慌てて取り成した。
「い、今は喧嘩している場合じゃないです。ハロルドさんが反乱を起こしたのが本当なら、ハーリオン家にとって最悪の展開でしょう?すぐに王家が騎士団を寄越すはず。にわか仕立ての軍隊なんて、騎士達の相手にもなりませんよ」
身振り手振りを大袈裟に加え、話を変えて力説する。
「俺とアリッサがここに案内されてから、かなりの時間が経っている。しかし、ハロルドは姿を見せず、騎士団が攻めてくる様子もない。陛下は何かお考えがあって、神殿を攻めないのだろう」
「神殿は神聖な場所です。陛下も軍を向けるのを躊躇われたのでは?」
「騎士団は他へ行ってる。フロードリンとかね」
「そうですね。魔導師団は、おじい様の指示で多くがビルクールへ向かっています。王都に残っている者はわずかです。王宮の守りを固めることを優先すれば、神殿奪還作戦を後回しにせざるを得ません」
レイモンドはうとうとしかけたアリッサの額に口づけた。
「……成程。王宮の守りか。守るだけで精一杯、というアピールにも見えるな。反乱軍に、どうぞ王宮へ来てくださいと言わんばかりだ」
「……攻め込めば、そこで一網打尽?」
「鋭いな。そういう勘の良さは君の長所だな、エミリー」
「……鳥肌」
腕を摩って肩を竦める。
「誰しも一つくらいは長所があるだろう」
「……はぁ?余計なこと言うと、魔法が飛ぶけど?」
クックッと笑い、レイモンドは熟睡したアリッサを長椅子に横たえた。
「さて。王宮が動かないなら、俺達でやるしかないか」
余裕の笑みを浮かべ、レイモンドは三人の前に進み出た。
「神殿奪還作戦だ。内側から、な」
◆◆◆
「あなたの行動力には脱帽よ、ジュリア」
「まあね。褒めて褒めて?私、褒められて伸びる子だから」
「……一回にしておくわ。この道は本当に山の向こう側に出るのね?」
マリナは前を歩くセドリック少年に問いかけた。彼は親から譲られた古い魔導士のローブを着て、一行の道案内役を引き受けてくれたのだ。
「うん。暗くて狭くてイヤだろうけど、ちゃんと使えるから。この間もジュリアが使ったじゃん」
「呼び捨てかい!」
「エミリー師匠は師匠だから敬うけど、ジュリアはジュリアだもんなー」
「まあ、いいじゃないの。ジュリアは誰とでも打ち解けられるってことよ」
「なーんか、うまくごまかされた気がするけど。ま、いっか。さっさと行って、ちゃっちゃと兄様を助け出して来よう!おー!」
一人で拳を突き上げる。一番後ろを歩いていたヴィルソード侯爵が、大きな身体を縮めて洞窟を抜ける。
「狭いなあ。なあ、クリス、俺を一回り小さくできないか?」
「無茶言わないで。おじさんを小っちゃくしても、僕みたいには可愛くなれないよ?」
青年から子供の姿になったクリスは、どんな道でも通り抜けられた。魔力の消費を抑えるにも子供の姿が有効なのだ。
「あった!このドア。ここを抜けると雪ばっかのところに出るよ。寒いから覚悟しててね」
セドリック少年がジュリアと二人でドアを開けると、冷たい風が洞窟に吹き込んできた。
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