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学院編 14
559 悪役令嬢は切り札を得る
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「それにしても、用心棒だか傭兵だか知らないけど、随分集まってるみたいだし、どうする?ああいうのがいるだけで、悪い噂が立つじゃん」
ジュリアが見た印象は、誰一人として正義感溢れるタイプではなかった。金さえもらえれば何でもしそうな連中だ。
「そうね……。どうしてエスティアみたいな小さな町に集まりだしたのかしら?」
マリアが指先を頬に当てて考え込む。すると、ヴィルソード侯爵が筋肉でパツパツのズボンの膝をパンと打った。
「酒場だよ」
「酒場?」
「俺が何人かを捕まえて……穏やかに話を聞いた限りじゃ、あいつらはあちこちの町から来ている。酒場で噂を聞いたんだそうだ。『北のエスティアに行けば、金になる仕事がある』ってな」
「酒場の噂ほど、当てにならないものはございませんわ」
「まあな。酔っ払いの戯言だと思って、信じない連中もいただろう。仕事の内容もはっきりしない。もしかしたら命がけのヤバい仕事かもしれない。でもな、人間の欲の力はすごいんもんだ。意地汚い奴らは他の奴を叩きのめしてでも自分が雇われようとしているんだ」
どんなに挑まれても、ヴィルソード侯爵は負けなかった。そして、自分に挑んできた用心棒志望の者達から情報を引き出したのだ。
「とにかく、どんどん集まって来ちゃうんだからさ。マリナ、何とかしないと!」
「何とかって……そうねえ……」
マリナは何気なく窓の外を見た。雪深いエスティアの地は、町の家々の屋根も道路も遠くの山々も真っ白に塗りつぶされているかのようだ。
「雪……そうだわ!働いてもらえばいいのよ」
「げ。まさか、あいつらを雇う気?」
「ええ。ただし、作業員としてだけど」
マリナは含みのある笑い方をした。
「んーと。……ハーリオン家は力自慢を雇います、と。で、仕事の内容は……」
「エスティアの町と、隣町までの山道の除雪作業よ」
「除雪?おいおい、隣町までの道って、酷い道だぞ?すぐに音を上げるに決まってる」
「ふふ。それが狙いよ。作業は毎日、週に一度だけお休みにしましょうか。それで、期間は春まで。雪が降らなくなったらおしまいよ。ハーリオン家は日当を支払います。ただし、こちらが期間満了を告げた時にエスティアに残っている者に限る、というのはどうかしら?」
ジュリアとヴィルソード侯爵はしばし絶句した。
「……鬼だ」
「何か言った?ジュリア」
「何でもない。一応聞くけど、途中でいなくなってまた戻ってきたら払うの?」
「払うわけないでしょう?現場監督はエスティアの住民の誰かにお願いしましょう。場所も分かっているし、農作業ができない冬の間の小遣い稼ぎになるでしょう」
マリナは部屋の隅に控えていたフィランダーに目くばせをした。すぐに彼は筆記用具を持ってきて、マリナの前に並べた。すらすらとペンを走らせ、最後に父の名でサインをすると、
「これを持って行って、酒場の前で読み上げるといいわ。あなたではなくて、従僕の誰かに行かせなさい。あなたは酒場の主人に言って、現場監督になりそうな人材を探してきて。それと、町にある空き家を借り上げて、作業員の宿舎にするように手配して」
「はい。すぐに」
フィランダーがきびきびと頭を下げた。
◆◆◆
「考えたなあ、マリナ」
ヴィルソード侯爵は感心して、丸太のような腕を組み、慣れない顎髭を触っている。
「ハーリオン家はならず者を集めて、反乱どころか領民のためになることをしている。もちろん、集まって来た奴らに仕事を与えて、住むところまで用意してやる。よからぬことを企んでいるのではないかと言われても、堂々と反論できるな」
「だといいのですけれど。言いがかりをつける方は、どこまでも重箱の隅をつついてくるものですわ。手抜かりがないようにしなければいけませんわね」
「ジュウバ……?あ、ああ、そ、そうだな」
ヴィルソード侯爵が視線を彷徨わせた。そして思い出したように頷いた。
「俺は雪かきが始まった頃に様子を見て戻ればいいんだな。反乱の意志はないと」
「せっかく来たんだから、小父様、ハリー兄様救出作戦を手伝ってくれないかな?」
「ハロルドを?」
「兄様は山を越えたところにある邸に捕まってる……と思うんだよね。私とクリスで行こうと思ってたけど、できればもう少し戦力が欲しいっていうか。ね、お願い!」
「作業が始まるまで日数があるだろう。その間に行って助け出そう」
「やった!ありがとう!」
コホン、とマリナが咳払いをする。
「二人で話がまとまったところ悪いけれど、侯爵様を危険な目に遭わせるのはよくないわ」
「ええ?だって無敵の騎士団長だよ?小父様以上の切り札はいないっしょ?」
「お兄様の救出は、いわばハーリオン家の個人的事情なのよ。相手がどう出て来るか読めない以上、無闇に巻き込むわけには……」
椅子を倒さんばかりの勢いで、ヴィルソード侯爵が立ち上がった。分厚い掌をこれまた鍛えられた厚い胸に当てている。
「心配するな!俺に任せろ!」
「……!」
――この台詞、どこかで聞いた気がするわ……。
体型こそ違うが、彼がアレックスの父なのだと実感し、マリナは不安に顔を歪めた。
ジュリアが見た印象は、誰一人として正義感溢れるタイプではなかった。金さえもらえれば何でもしそうな連中だ。
「そうね……。どうしてエスティアみたいな小さな町に集まりだしたのかしら?」
マリアが指先を頬に当てて考え込む。すると、ヴィルソード侯爵が筋肉でパツパツのズボンの膝をパンと打った。
「酒場だよ」
「酒場?」
「俺が何人かを捕まえて……穏やかに話を聞いた限りじゃ、あいつらはあちこちの町から来ている。酒場で噂を聞いたんだそうだ。『北のエスティアに行けば、金になる仕事がある』ってな」
「酒場の噂ほど、当てにならないものはございませんわ」
「まあな。酔っ払いの戯言だと思って、信じない連中もいただろう。仕事の内容もはっきりしない。もしかしたら命がけのヤバい仕事かもしれない。でもな、人間の欲の力はすごいんもんだ。意地汚い奴らは他の奴を叩きのめしてでも自分が雇われようとしているんだ」
どんなに挑まれても、ヴィルソード侯爵は負けなかった。そして、自分に挑んできた用心棒志望の者達から情報を引き出したのだ。
「とにかく、どんどん集まって来ちゃうんだからさ。マリナ、何とかしないと!」
「何とかって……そうねえ……」
マリナは何気なく窓の外を見た。雪深いエスティアの地は、町の家々の屋根も道路も遠くの山々も真っ白に塗りつぶされているかのようだ。
「雪……そうだわ!働いてもらえばいいのよ」
「げ。まさか、あいつらを雇う気?」
「ええ。ただし、作業員としてだけど」
マリナは含みのある笑い方をした。
「んーと。……ハーリオン家は力自慢を雇います、と。で、仕事の内容は……」
「エスティアの町と、隣町までの山道の除雪作業よ」
「除雪?おいおい、隣町までの道って、酷い道だぞ?すぐに音を上げるに決まってる」
「ふふ。それが狙いよ。作業は毎日、週に一度だけお休みにしましょうか。それで、期間は春まで。雪が降らなくなったらおしまいよ。ハーリオン家は日当を支払います。ただし、こちらが期間満了を告げた時にエスティアに残っている者に限る、というのはどうかしら?」
ジュリアとヴィルソード侯爵はしばし絶句した。
「……鬼だ」
「何か言った?ジュリア」
「何でもない。一応聞くけど、途中でいなくなってまた戻ってきたら払うの?」
「払うわけないでしょう?現場監督はエスティアの住民の誰かにお願いしましょう。場所も分かっているし、農作業ができない冬の間の小遣い稼ぎになるでしょう」
マリナは部屋の隅に控えていたフィランダーに目くばせをした。すぐに彼は筆記用具を持ってきて、マリナの前に並べた。すらすらとペンを走らせ、最後に父の名でサインをすると、
「これを持って行って、酒場の前で読み上げるといいわ。あなたではなくて、従僕の誰かに行かせなさい。あなたは酒場の主人に言って、現場監督になりそうな人材を探してきて。それと、町にある空き家を借り上げて、作業員の宿舎にするように手配して」
「はい。すぐに」
フィランダーがきびきびと頭を下げた。
◆◆◆
「考えたなあ、マリナ」
ヴィルソード侯爵は感心して、丸太のような腕を組み、慣れない顎髭を触っている。
「ハーリオン家はならず者を集めて、反乱どころか領民のためになることをしている。もちろん、集まって来た奴らに仕事を与えて、住むところまで用意してやる。よからぬことを企んでいるのではないかと言われても、堂々と反論できるな」
「だといいのですけれど。言いがかりをつける方は、どこまでも重箱の隅をつついてくるものですわ。手抜かりがないようにしなければいけませんわね」
「ジュウバ……?あ、ああ、そ、そうだな」
ヴィルソード侯爵が視線を彷徨わせた。そして思い出したように頷いた。
「俺は雪かきが始まった頃に様子を見て戻ればいいんだな。反乱の意志はないと」
「せっかく来たんだから、小父様、ハリー兄様救出作戦を手伝ってくれないかな?」
「ハロルドを?」
「兄様は山を越えたところにある邸に捕まってる……と思うんだよね。私とクリスで行こうと思ってたけど、できればもう少し戦力が欲しいっていうか。ね、お願い!」
「作業が始まるまで日数があるだろう。その間に行って助け出そう」
「やった!ありがとう!」
コホン、とマリナが咳払いをする。
「二人で話がまとまったところ悪いけれど、侯爵様を危険な目に遭わせるのはよくないわ」
「ええ?だって無敵の騎士団長だよ?小父様以上の切り札はいないっしょ?」
「お兄様の救出は、いわばハーリオン家の個人的事情なのよ。相手がどう出て来るか読めない以上、無闇に巻き込むわけには……」
椅子を倒さんばかりの勢いで、ヴィルソード侯爵が立ち上がった。分厚い掌をこれまた鍛えられた厚い胸に当てている。
「心配するな!俺に任せろ!」
「……!」
――この台詞、どこかで聞いた気がするわ……。
体型こそ違うが、彼がアレックスの父なのだと実感し、マリナは不安に顔を歪めた。
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