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学院編 14

552 悪役令嬢は理想の家具を思い描く

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「行くあてはあるんですか?とりあえず王都を離れてはみましたが……」
馬を操りながら、従僕のバリーが尋ねた。エミリーを膝に抱き、キースは窓の外の風景に目をやる。田園地帯には数日前に降った雪がそのまま残っている。一面の銀世界だ。
「うちの別荘には行けないね」
「そうですね。すぐに連絡が行くでしょうね。大旦那様のことですから、どこへ行っても魔導師団を行かせるでしょう」
「逃げても無駄だって言いたいの?」
低い声で呟くと、バリーは慌てて頭を振った。
「い、いえ。そういうわけでは……。どこに行っても、探し出そうとするのは目に見えています。余程遠くまで行かないと……」
「遠くか……。王都から遠くて、エミリーさんが安心して過ごせる場所……」
「ハーリオン侯爵領はどうでしょうか。確か、織物工場があるとか」
「フロードリンは王家直轄になっているよ。あとは……ええと、どこだったかな」
キースは地理の時間に習った知識をフル活用して考えた。落第するほど酷くはないが、進級できるギリギリの点数だった。あまり自信はないが、確か北の方に領地があった気がする。エミリーとの会話を思い出そうとした。
「どこか、街に寄れる?地図を見れば思い出せると思うんだ」
「この街道を少し行ったところに、リッファーの街があります。あまり大きくはないですが、地図を売るくらいの店はあるでしょう」
「うん。そこで地図を手に入れよう。そして、ハーリオン家の領主館を目指そう」
「かしこまりました。急ぎましょう。日が暮れる前に宿を探します」
あまり親しくしてきたわけではないが、バリーはなかなか気が利く従僕だとキースは思った。三人だけの旅は心細いが、彼がいれば何とかなるような気がする。
「ありがとう。バリーがいてよかった。邸を出る時、脅すようなことを言ってごめん」
「謝らないでください。エミリー様を守りたい一心で仰ったことでしょう?一つも気にしていませんよ。俺は恋人達の味方ですから!」
「こっ……!?」
「?」
「へ、変なこと、言わない、で、くれないかな?僕とエミリーさんは、た、ただの友達なんだから」
「そうなんですか?……うーん。でも、今頃……」
バリーは考え込んでから口を開いた。
「お邸ではお二人が駆け落ちしたと思っているんじゃないでしょうかねえ」
「か、駆け落ち!?」
キースの声が裏返り、彼の膝に頭を乗せていたエミリーの瞼がぴくりと動いた。
「ん……?うるさい……」
「あああ、ご、ごめんなさい!エミリーさん、お疲れなのに……」
「頭の上でしゃべらないで」
「む、むぐ……」
無詠唱でキースの発言を止め、彼が涙目で頷いたのを見て魔法を解いた。ゆっくりと身体を起こし、馬車の座席に正しい姿勢で座った。
「……ここ、どこ?何で馬車……」
「ええと、これは……。逃げて来たんです」
「……キースの家から?」
「そうです。エミリーさんが倒れていたので、僕は……我慢できなくて」
「ふうん」
興味がなさそうな声だが、どことなく嬉しそうだと分かる。キースの顔に笑みが浮かんだ。
「もうすぐリッファーの街に着きます。そこで地図と食料を調達して、できれば宿に泊まりたいと思っているんです。バリーと話し合って、行き先はハーリオン家の領地がいいんじゃないかって」
「うちの、領地?」
「はい。いくつかありましたよね」
「もう、一つだけになってるけどね。すごく遠いわ。エスティアは」
キースは何度も頷き、エミリーの腕を掴んだ。
「エスティア!そう、そんな名前でしたね!」
「雪山しかないわよ」
「領主館はあるんですよね?」
「まあ、一応ね。馬車だと何日もかかる距離で、途中に危険な崖がある。魔力があれば転移魔法で行けなくもないけど、今は無理」
「魔力を回復させながら、崖の近くまで行きましょう。僕の魔力を使えば、三人で町まで転移できませんか?」
「やってもいいけど……絶対、手は出さないでよ?」
鋭い視線で射抜かれる。エミリーはキースの転移魔法の腕を信用しないことに決めている。
「はい!もちろんです」
「はあ……」
瞳を輝かせるキースの後ろにぶんぶん振るふわふわの尻尾が見えた気がして、エミリーは溜息をつかずにはいられなかった。

   ◆◆◆

「マリナちゃんが、これを?」
「はい。ビルクール海運を中心とした、ハーリオン家の財政再建計画です」
アリッサは紐で纏められた紙の束を手に取った。
「ジョン、マリナは何をしようとしているの?」
ハーリオン侯爵夫人が別の紙を手に取り、厳しい顔でざっと目を通す。領地経営については子供の頃から学んできているのだ。
「現在、当家に残された領地は、北の山間部に位置するエスティアだけです。織物産業の街フロードリンも、穀倉地帯のコレルダードも、港町のビルクールでさえ、王家の直轄領になってしまいました」
「それは、ビルクールを出る時に聞いたわ。ベイルズさんという方から」
「マクシミリアン先輩だわ。ビルクールから不正に輸出されていた品物がどこへ流れていたのか、先輩の作戦で明らかになったけど……アスタシフォンの王家はいろいろ揉めちゃったのよ。お父様とお母様が追われたのもそのせいなの」
「いずれ明らかになることだったのよ。彼がやらなくても、お父様がそうしていたわ」
「うん……」
「マリナお嬢様は、ビルクール海運に残された船を使って、貿易部門に力を入れたいと考えていらっしゃいます」
「貿易部門ねえ……あまり収益が上がらないと聞いているわ」
「はい。その通りです、奥様。外国の品物を目利きできる人材がいないことと、グランディアに売れる品物……特産品がないことが原因だと、お嬢様は仰いまして」
「それで?」
「ご自分で外国へ行き、一流品を仕入れてくると。特産品は、エスティアの木製家具を売り出せないかと」
「家具を?売れるかしら?」
アリッサが首を捻る。確かに、エスティアには質の良い木材がたくさんある。しかし、家具の加工技術はよくて普通といったところだ。
「はい。付加価値をつけて売るそうでございます。フロードリンの複雑な模様の織物を椅子の座面と背凭れに使用し、高級感を出すのです。残念ながらフロードリンから織物を取り寄せることはできませんので、当面は当家に保管してあるものを使って試作品を作ります」
「加工はどうするの?」
「マリナ様がフロードリンに行かれた際、魔動織機を開発した者とお知り合いになったようです。その技術があれば、家具の加工のための機械を作れるのではないかと。勿論、エミリー様のお力も必要です。家具の意匠はアリッサ様に考えていただきたいとも」
「私?」
「ご自分が考えれば堅苦しい家具になるかもしれないからと。アリッサ様にお任せすれば、若いご婦人が好む可愛らしい家具ができそうだと仰っておられました」
「じゃ、じゃあ……白くて猫脚で、薔薇の彫り模様がたくさんあるベッドとか、ハートの形の化粧台とか、そういうのも作れちゃうってこと?」
頬に手を当てて早口で呟いたアリッサを、ハーリオン侯爵夫人は笑顔で見つめた。
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