722 / 794
学院編 14
550 少年の覚悟
しおりを挟む
マリナ達が王都を離れた翌日、王宮の一室で王太子は膝を抱えていた。
「僕は情けないよ、レイ」
「情けないのはいつもだろう」
「……そこは少しくらいフォローしてくれてもいいよね?」
セドリックは恨めしそうに目の前に座った再従兄を睨んだ。王太子の私室でこれほど堂々と足を組んで座る男は、彼を除いては国王しかいないだろう。
「リオネル王子の件は仕方あるまい。お前の知らぬところで起こったんだからな」
「エミリーを連れて行こうとした魔導士に飛び蹴りするなんて、少し……」
「羨ましいとか、やりたいとか言うなよ」
「……言わないよ」
言葉の続きを読まれ、王太子は口をつぐんだ。
「王子とはいえ、他国の国民を攻撃したんだ。下手をすれば国際問題になるところを、父上が話を聞くだけで済んだんだから、不幸中の幸いかな」
騒動を起こしたリオネル王子は、小一時間グランディア国王とオードファン宰相に事情を聞かれ、セドリックに挨拶をすることもなくその日のうちに魔法陣で帰国した。
「コーノック先生を収監し、エミリーの意志を無視して自分の監視下に置こうとしたエンウィ魔導師団長のやり方には、俺も文句を言いたいところではあるが、先生の容疑は晴れていないし、エミリーが無許可で出国したのは揺るがない事実だ。『善意で』面倒を見ようという者を陛下でも咎めることはできまい」
「それじゃあ、何も手立てがないのかな?」
「簡単だ。魔導師団長がエミリーを『善意で』教育しようとしているのではなく、自分の利益のために近くに置こうとしていると証明すればいい。その過程で自ずと、コーノック先生と王太子襲撃事件を結び付けようとした理由が明らかになるといいが」
しかめ面をして、セドリックはテーブルの上に腕を組み、顔を乗せて唸った。
「『善意で』はない証拠?」
「魔導士は無許可で出国できない。エンウィ魔導師団長は、孫のキースはエミリーに唆されて連れ出されたのだと主張している。だが、ここには何の証拠もないだろう?」
「うん。魔導師団長が孫から聞いた話だと言って、キースについては寛大な処分を求めた……と思ったよ。エミリーもついでに罰を受けさせずに……みたいな話で。これを覆すには……まさか……」
青い瞳が再従兄を射抜く。レイモンドは目を閉じてフッと笑った。
「キースは信用に足る男か、それとも、祖父の権力の上に胡坐をかいた単なる腑抜けか。国王陛下に直接訴える度量があるなら、見せてもらおうじゃないか」
「鬼だね、レイ……」
「褒め言葉にしか聞こえないぞ。まあ、魔導師団がビルクールを調査している。どんな『証拠』を持ってくるか、揃えたところでまとめてひっくり返してやるのも一興だ」
「うん。やっぱりレイは敵に回したくないね」
「俺はいつでもお前の味方だぞ、セドリック。俺のアリッサに手を出さない限りは、な」
◆◆◆
エンウィ伯爵邸は王宮から少し離れた小高い丘の中腹にあった。敷地面積はハーリオン侯爵邸やオードファン公爵邸には及ばないものの、王都にある貴族の邸の中では五本の指に入る大邸宅である。その一室に連れて来られて以来、エミリーはハンガーストライキを続けていた。
「……はあ。今日も食べてくれないんですね」
ドアをノックしようと持ち上げた手を下ろし、傍に置かれた小さな台の上のトレイを見つめる。キースの溜息には諦めと悲しみが混じりあっていた。
「エミリーさん、聞こえますか?」
部屋の中から返事はない。部屋の調度品と壁材に魔力を吸収する作用を持つ魔法石を使用し、エミリーは中にいるだけで魔力を消耗しているはずだ。食事をとらなければ、いずれ衰弱してしまうだろう。
「どうか、食事を召し上がってください。僕が言うのも何ですけど、うちの料理人は腕がいいんです。エミリーさんが好き……だと僕が勝手に思っているだけかもしれませんが、サンドイッチを用意したんです。お願いですから……」
キースがそっとドアに触れると、中からカタンと小さな物音がした。よく耳を澄ますと、風の音と何かがはためく音がした。
「……?」
廊下を歩いていた従僕を呼び止め、すぐに部屋の合鍵を持ってくるよう指示する。何かがおかしいと、自分の勘が告げている。
震える手で鍵を開け、ドアを蹴とばす勢いで中に入る。
「エミリーさん!」
大きく開け放たれた窓から、冷たい冬の風が容赦なく吹き込み、白いカーテンがバサバサと重苦しい音を立てている。窓辺から少し離れた位置にあるベッドの上で、青白い顔で力なく横たわるエミリーは、キースの呼びかけに指の一本も動かさなかった。
「……キース様、あの……」
「バリー。すぐに馬車を用意してくれ」
低い声で言い、エミリーをそっと抱き上げる。細い腕がだらりと垂れた。
「いけません。その方を連れ出せば、大旦那様が……」
「もううんざりなんだ!誰も彼もおじい様の言いなり……」
大きく左右に頭を振る。真っ直ぐな髪がさらさらと揺れた。
「叱られるのが嫌なら、僕について来ればいい。僕は家を出る。……エミリーさんを守るために」
真剣な瞳に圧倒され、従僕は息を呑んだ。
「僕は情けないよ、レイ」
「情けないのはいつもだろう」
「……そこは少しくらいフォローしてくれてもいいよね?」
セドリックは恨めしそうに目の前に座った再従兄を睨んだ。王太子の私室でこれほど堂々と足を組んで座る男は、彼を除いては国王しかいないだろう。
「リオネル王子の件は仕方あるまい。お前の知らぬところで起こったんだからな」
「エミリーを連れて行こうとした魔導士に飛び蹴りするなんて、少し……」
「羨ましいとか、やりたいとか言うなよ」
「……言わないよ」
言葉の続きを読まれ、王太子は口をつぐんだ。
「王子とはいえ、他国の国民を攻撃したんだ。下手をすれば国際問題になるところを、父上が話を聞くだけで済んだんだから、不幸中の幸いかな」
騒動を起こしたリオネル王子は、小一時間グランディア国王とオードファン宰相に事情を聞かれ、セドリックに挨拶をすることもなくその日のうちに魔法陣で帰国した。
「コーノック先生を収監し、エミリーの意志を無視して自分の監視下に置こうとしたエンウィ魔導師団長のやり方には、俺も文句を言いたいところではあるが、先生の容疑は晴れていないし、エミリーが無許可で出国したのは揺るがない事実だ。『善意で』面倒を見ようという者を陛下でも咎めることはできまい」
「それじゃあ、何も手立てがないのかな?」
「簡単だ。魔導師団長がエミリーを『善意で』教育しようとしているのではなく、自分の利益のために近くに置こうとしていると証明すればいい。その過程で自ずと、コーノック先生と王太子襲撃事件を結び付けようとした理由が明らかになるといいが」
しかめ面をして、セドリックはテーブルの上に腕を組み、顔を乗せて唸った。
「『善意で』はない証拠?」
「魔導士は無許可で出国できない。エンウィ魔導師団長は、孫のキースはエミリーに唆されて連れ出されたのだと主張している。だが、ここには何の証拠もないだろう?」
「うん。魔導師団長が孫から聞いた話だと言って、キースについては寛大な処分を求めた……と思ったよ。エミリーもついでに罰を受けさせずに……みたいな話で。これを覆すには……まさか……」
青い瞳が再従兄を射抜く。レイモンドは目を閉じてフッと笑った。
「キースは信用に足る男か、それとも、祖父の権力の上に胡坐をかいた単なる腑抜けか。国王陛下に直接訴える度量があるなら、見せてもらおうじゃないか」
「鬼だね、レイ……」
「褒め言葉にしか聞こえないぞ。まあ、魔導師団がビルクールを調査している。どんな『証拠』を持ってくるか、揃えたところでまとめてひっくり返してやるのも一興だ」
「うん。やっぱりレイは敵に回したくないね」
「俺はいつでもお前の味方だぞ、セドリック。俺のアリッサに手を出さない限りは、な」
◆◆◆
エンウィ伯爵邸は王宮から少し離れた小高い丘の中腹にあった。敷地面積はハーリオン侯爵邸やオードファン公爵邸には及ばないものの、王都にある貴族の邸の中では五本の指に入る大邸宅である。その一室に連れて来られて以来、エミリーはハンガーストライキを続けていた。
「……はあ。今日も食べてくれないんですね」
ドアをノックしようと持ち上げた手を下ろし、傍に置かれた小さな台の上のトレイを見つめる。キースの溜息には諦めと悲しみが混じりあっていた。
「エミリーさん、聞こえますか?」
部屋の中から返事はない。部屋の調度品と壁材に魔力を吸収する作用を持つ魔法石を使用し、エミリーは中にいるだけで魔力を消耗しているはずだ。食事をとらなければ、いずれ衰弱してしまうだろう。
「どうか、食事を召し上がってください。僕が言うのも何ですけど、うちの料理人は腕がいいんです。エミリーさんが好き……だと僕が勝手に思っているだけかもしれませんが、サンドイッチを用意したんです。お願いですから……」
キースがそっとドアに触れると、中からカタンと小さな物音がした。よく耳を澄ますと、風の音と何かがはためく音がした。
「……?」
廊下を歩いていた従僕を呼び止め、すぐに部屋の合鍵を持ってくるよう指示する。何かがおかしいと、自分の勘が告げている。
震える手で鍵を開け、ドアを蹴とばす勢いで中に入る。
「エミリーさん!」
大きく開け放たれた窓から、冷たい冬の風が容赦なく吹き込み、白いカーテンがバサバサと重苦しい音を立てている。窓辺から少し離れた位置にあるベッドの上で、青白い顔で力なく横たわるエミリーは、キースの呼びかけに指の一本も動かさなかった。
「……キース様、あの……」
「バリー。すぐに馬車を用意してくれ」
低い声で言い、エミリーをそっと抱き上げる。細い腕がだらりと垂れた。
「いけません。その方を連れ出せば、大旦那様が……」
「もううんざりなんだ!誰も彼もおじい様の言いなり……」
大きく左右に頭を振る。真っ直ぐな髪がさらさらと揺れた。
「叱られるのが嫌なら、僕について来ればいい。僕は家を出る。……エミリーさんを守るために」
真剣な瞳に圧倒され、従僕は息を呑んだ。
0
お気に入りに追加
750
あなたにおすすめの小説
魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした
黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん!
しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。
ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない!
清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!!
*R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
そして乙女ゲームは始まらなかった
お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。
一体私は何をしたらいいのでしょうか?
悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!
神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう.......
だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!?
全8話完結 完結保証!!
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる