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学院編 14

545 悪役令嬢は魔法に拍子抜けする

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「……なんてことなかったわね」
マシューと共にアスタシフォン国王にかけられた魔法を解いたエミリーが、直後に発した言葉がこれである。マシューの読み通り、国王の居室全体に魔法がかかっていたが、魔法の強さはハーリオン侯爵にかけられていたものの何十分の一という程度だった。
「……リオネルか?」
「父上!」
普段あまり言葉を交わしたことのない親子が面と向き合い、娘は父の手を取った。
「私が分かりますか?」
「ああ。……そんな顔をするな」
国王は痩せた手をやっとのことで持ち上げ、娘の頬にそっと触れた。
「身体が……自分の……思い通りに動かなくても、話は聞こえていた」
微かに震えているが、国王の瞳には力があった。病気で床に伏してはいても、大国アスタシフォンを治めてきた人物である。一言に重みを感じる。
「……王に、なるのか?」
「それをお決めになるのは父上です」
「私の代理はオーレリアンだ。あれが正しいと思うことは正しい」
「そうでしょうか?私は、父上に早く良くなっていただきたいんです。兄上は自信を失っておられる。デュドネとセヴランのことは、兄上の責任ではないのに。父上から一言、気に病むなと言ってくだされば……」
国王は瞳を閉じて首を横に振った。
「私はもう、王座に就く力はない」
「そんな……!」
「リオネル。お前は真実を見極める目を持っている。オーレリアンを助け、幾度も難局を乗り切ってきたことは貴族達も知っている。内から腐りかけているアスタシフォン王家を正しい道に戻せるのはお前しかいない」
「父上、私は……王子でいるのは……」
リオネルの大きな瞳が曇り悲しみに濡れる。
「全ての部族を友とし、君臨するのだ、リオネル。……女王として」
国王はリオネルの手を握り返した。

   ◆◆◆

「分からんな」
「どうしましたか、父上」
書斎で悩むオードファン宰相は、はっとして眉間の皺を指で押さえた。本を取りに来た息子にも気づかずに思案していたようだ。
「レイモンドか。……どうだ。新学期の準備は」
「それどころではないことは、父上が一番よくお分かりでしょう?」
「そうやって口ごたえをするとは……お前も成長したな」
「そうやって誤魔化そうとするのは父上の悪い癖ですよ」
宰相は言葉に詰まり、自分の身長を追い抜きそうな息子をまじまじと見た。
「可愛くない……どうしてお前は、私に似てしまったんだろうな」
「可愛げがなくて申し訳ありません。で、何をそんなにお悩みなのですか?」
「エンウィ伯爵は何をしたいのだろうな。あのシェリンズ男爵令嬢をひっぱり出してきても、奴には何の得にもなるまい」
「ああ……やはりそうでしたか。アイリーンをセドリックの妃にして、その背後で権力を握るつもりなのでしょう。アイリーンの後ろ盾はエンウィ伯爵なのでしょうか」
「魔導士としての才能はそこまででもないと聞いた。伯爵が執着しているのはむしろ、五属性持ちのエミリーの方だ。伯爵家で預かりたいと言ってきた」
「ハーリオン侯爵様がいらっしゃらないからといって、やりたい放題ですね」
「全くだ。オリバーの件も、私はエンウィが怪しいと踏んでいるが」
レイモンドはジュリアの話を思い出した。ヴィルソード騎士団長は魔法か何かで操られていたようだと聞いた。
「学院長先生がエンウィと話している時にオリバーがやってきて、証拠があるから潔く罪を認めろというようなことを言ったらしい。その直後、オリバーの様子がおかしくなったそうだ」
「それなら魔法で確定ですね」
「ああ。だが、罪を認めるどころか、騎士団の調査は嘘だと、ヴィルソード侯爵が自分達の罪を隠そうとしてエンウィをはめたのだと言ってのけた。陛下は、ヴィルソード侯爵がハーリオン侯爵と結託して悪事を働いている証拠を探してくれば、エンウィ伯爵の言うことを信じると仰った。無理だと思ってのことだろうが」
「あるいは、証拠を捏造してくるかもしれませんね」
「可能性はあるな。だが、エンウィ家だけの力で、全てをひっくり返すような証拠が作れるものだろうか。ビルクール港から運ばれた魔法兵器は、グランディア王宮に保管してあったものと同型で、王宮の魔法兵器を持ち出せる人物は限られている。それらをアーネストが無断で持ち出して売ったとするには、持ち出した人物とハーリオン家に繋がりがなければならない。難しいのではないか?」
「……父上、王宮から魔法兵器を持ち出せるのは、どのような人物に限られるのですか?」
少し待て、と言って宰相は椅子から立ち上がり、書架から一冊の本を取り出した。王宮の中での様々な決まりごとが記されている。
「魔導師団長は勿論だが、宮廷魔導士なら団長の許可があれば持ち出せるな」
「では……」
レイモンドは少し考えて、父の机の上のメモにさらさらとペンを走らせた。
「……ん?リチャード・コーノック?」
「はい。宮廷魔導士の一人で、マシュー・コーノックの兄です。父上もお会いになったことがあるのでは?」
「ああ……彼がどうした?」
「すぐに彼を安全な場所に。彼はハーリオン家で魔法の家庭教師をしていたことがあります。ハーリオン家へ王宮の魔法兵器を横流しした罪で、魔導師団に拘束される前に助けなければ、濡れ衣を着せられたまま口止めされてしまうかもしれません」
「分かった。急いで手配する」
「手配?」
「騎士団を動かす。オリバーは謹慎中だから、私の権限でな」
丈の長い上着を翻し、先ほどまでの思案顔はどこかへ忘れてきたかのように、宰相は颯爽と部屋を出て行った。
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