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学院編 14
544 悪役令嬢は魔王に苛立つ
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ルーファスがエミリーとマシューの魔力の気配を辿り、微妙な雰囲気の二人を見つけるまで、そう時間はかからなかった。
「ねえ、エミリー。何かあった?」
リオネルが隣に立って囁く。声が大きくてすっかりマシューに筒抜けである。
「……別に」
「教えてくれてもいいじゃん」
「何もなかった。トイレに付き合わされただけ!」
「ト……」
アリッサが口を手で覆い、妹が不機嫌な理由を察した。
「そうよね、男子トイレに行くのはちょっと……」
「他に誰か来たら、怪しまれるもんね。無理もないか。ルーが一緒じゃなかったもん」
一歩後ろを歩くルーファスに視線を投げると、「何だよ」と憎まれ口を叩く。が、その声にはどことなく甘さがある。
「皆で父上の部屋に行こうと思ってるんだけど、どうかな?」
「どうって……」
ちらりとマシューを見上げると、何事もなかったかのようにエミリーに向かって蕩けた顔を見せる。
――いい加減にしてよ。クールで塩対応の魔王じゃなかったっけ?
「……エミリーが行くなら」
「……だって。解呪はできるみたい」
「私達も行っていいのかなあ?役には立てなさそうだけど……」
アリッサがもじもじしている。役に立たないのはアレックスも同様である。
「別行動すると不安でしょ?すぐはぐれるし」
「う……」
エミリーに図星を指されて黙り込む。アレックスが思い出したように手を叩いた。
「俺、さっきの部屋に行って、ホラスさん達に話してくる。国王陛下の魔法が解けたら、エミリー達は帰るんだろ?だったら俺達も一緒に帰れないかな?」
「魔法陣で?」
「僕が一緒ならいいんだよね。うーん、どうだろう。アリッサはお父様お母様と一緒に帰った方がいいんじゃない?アレックスも」
「そうか。じゃあ、ホラスさんに挨拶したら、侯爵様のところに行こう」
「うん。エミリーちゃん、案内してくれる?」
「……案内しなきゃ行けないでしょ」
「うう……」
妹の言葉にアリッサは唇を噛んだ。
◆◆◆
魔導師団長が退室し、部屋の中には緊張感から解放された国王と、その親友である宰相、にやにやと笑う学院長が残された。
「先生、あの演技は酷すぎます」
「ううむ。なかなかのもんじゃと自負しておったのに」
「いつからあんなボケ老人になったのですか。私は軽く、記憶にないと言ってくださればいいと申しましたのに!」
オードファン宰相が神経質そうに眼鏡を上げた。
「しかし、うまくいったじゃろう?」
言葉の端に音符を飛ばしそうな勢いで、学院長はノリノリである。
三人が小芝居を打つと決めたのは、数刻前だった。
ヴィルソード侯爵が持参した調査結果を見て、エンウィ伯爵が魔法石や魔導具を外国に密輸していると知った国王は、伯爵と旧知の中である学院長を呼んだ。彼から、それとなく罪を償ってほしいと促してもらうつもりで、実際にはカマをかけて自白させた。
しかし、タイミングを計って突入したヴィルソード侯爵が、何らかの魔法にかかり暴れた結果、学院長が伯爵を説得することはできなくなった。あの場で罪を認めず、騎士団長に魔法をかけたということは、伯爵はしらを切りとおすつもりなのだろうと考え、宰相は学院長に覚えていないと言わせることで、伯爵に有利な状況を作り、彼の目的を明らかにした。
「そうですね。本当に」
「あることないこと話しておったな。エミリーとアイリーンのことなど、わしは頼まれておらん。それをいけしゃあしゃあと」
「先生のご協力で、エンウィの企みが分かりました。奴はどうやら、自分の罪をアーネストとオリバーに着せたいらしい。フレディ、学院のほうは?」
「バイロンが先ほど報告に来た。悪あがきもいいところだ。学院内を覗いていた遠見魔法は、男子寮にある物を仲介にして魔力を行き渡らせていたそうだ」
「男子寮の?それはもしや、キース?」
宰相は黙って頷いた。
弟の報告では、生徒がいなくなった休みの間、王立学院の教師陣は魔法科のメーガン先生に指導を受け、先生が飼っている猫達に使役魔法で乗り移り、敷地の近隣の家々に潜りこんで周辺を調べていた。いくら調べても、魔法の発生源は見当たらず、学院の外ではなく内側から魔法を発生させているのではないかとの結論に至った。そこで、生徒がいない寮を片っ端から魔法で探索し、男子寮のキースの部屋にあった受像装置に行きついたのである。所謂、魔法で映るテレビ電話である。
「一人息子のキースは疑うこともせず、実家の両親が自分を心配して持たせたと思っているが、実際は違う。キースの両親は伯爵の言うことに逆らえないと聞いているから、どう使われるか分かっているのだろう」
「学院を監視して、どうするつもりなんだ?」
「外部から結界への干渉をし、外から狙っているかのように見せて、内部に隙を作る……。皆の注意が学院の外に引きつけられている間は、中で動きやすくなる。特定の誰かを監視することも……狙われる可能性が高いのは、セドリック殿下だが……。先生、何か最近、学院内で変わったことはありませんでしたか?」
「いいや、もう……変わったことばかりじゃよ。そう……あの子達が入学してきてからは」
「あの子達?」
「……ハーリオン家の四つ子姉妹?」
学院長は深く頷き、国王と宰相の二人を交互に見つめた。
「あの子達が何かをしたとは思っておらん。原因は別のところにある……おそらくは、な」
「ねえ、エミリー。何かあった?」
リオネルが隣に立って囁く。声が大きくてすっかりマシューに筒抜けである。
「……別に」
「教えてくれてもいいじゃん」
「何もなかった。トイレに付き合わされただけ!」
「ト……」
アリッサが口を手で覆い、妹が不機嫌な理由を察した。
「そうよね、男子トイレに行くのはちょっと……」
「他に誰か来たら、怪しまれるもんね。無理もないか。ルーが一緒じゃなかったもん」
一歩後ろを歩くルーファスに視線を投げると、「何だよ」と憎まれ口を叩く。が、その声にはどことなく甘さがある。
「皆で父上の部屋に行こうと思ってるんだけど、どうかな?」
「どうって……」
ちらりとマシューを見上げると、何事もなかったかのようにエミリーに向かって蕩けた顔を見せる。
――いい加減にしてよ。クールで塩対応の魔王じゃなかったっけ?
「……エミリーが行くなら」
「……だって。解呪はできるみたい」
「私達も行っていいのかなあ?役には立てなさそうだけど……」
アリッサがもじもじしている。役に立たないのはアレックスも同様である。
「別行動すると不安でしょ?すぐはぐれるし」
「う……」
エミリーに図星を指されて黙り込む。アレックスが思い出したように手を叩いた。
「俺、さっきの部屋に行って、ホラスさん達に話してくる。国王陛下の魔法が解けたら、エミリー達は帰るんだろ?だったら俺達も一緒に帰れないかな?」
「魔法陣で?」
「僕が一緒ならいいんだよね。うーん、どうだろう。アリッサはお父様お母様と一緒に帰った方がいいんじゃない?アレックスも」
「そうか。じゃあ、ホラスさんに挨拶したら、侯爵様のところに行こう」
「うん。エミリーちゃん、案内してくれる?」
「……案内しなきゃ行けないでしょ」
「うう……」
妹の言葉にアリッサは唇を噛んだ。
◆◆◆
魔導師団長が退室し、部屋の中には緊張感から解放された国王と、その親友である宰相、にやにやと笑う学院長が残された。
「先生、あの演技は酷すぎます」
「ううむ。なかなかのもんじゃと自負しておったのに」
「いつからあんなボケ老人になったのですか。私は軽く、記憶にないと言ってくださればいいと申しましたのに!」
オードファン宰相が神経質そうに眼鏡を上げた。
「しかし、うまくいったじゃろう?」
言葉の端に音符を飛ばしそうな勢いで、学院長はノリノリである。
三人が小芝居を打つと決めたのは、数刻前だった。
ヴィルソード侯爵が持参した調査結果を見て、エンウィ伯爵が魔法石や魔導具を外国に密輸していると知った国王は、伯爵と旧知の中である学院長を呼んだ。彼から、それとなく罪を償ってほしいと促してもらうつもりで、実際にはカマをかけて自白させた。
しかし、タイミングを計って突入したヴィルソード侯爵が、何らかの魔法にかかり暴れた結果、学院長が伯爵を説得することはできなくなった。あの場で罪を認めず、騎士団長に魔法をかけたということは、伯爵はしらを切りとおすつもりなのだろうと考え、宰相は学院長に覚えていないと言わせることで、伯爵に有利な状況を作り、彼の目的を明らかにした。
「そうですね。本当に」
「あることないこと話しておったな。エミリーとアイリーンのことなど、わしは頼まれておらん。それをいけしゃあしゃあと」
「先生のご協力で、エンウィの企みが分かりました。奴はどうやら、自分の罪をアーネストとオリバーに着せたいらしい。フレディ、学院のほうは?」
「バイロンが先ほど報告に来た。悪あがきもいいところだ。学院内を覗いていた遠見魔法は、男子寮にある物を仲介にして魔力を行き渡らせていたそうだ」
「男子寮の?それはもしや、キース?」
宰相は黙って頷いた。
弟の報告では、生徒がいなくなった休みの間、王立学院の教師陣は魔法科のメーガン先生に指導を受け、先生が飼っている猫達に使役魔法で乗り移り、敷地の近隣の家々に潜りこんで周辺を調べていた。いくら調べても、魔法の発生源は見当たらず、学院の外ではなく内側から魔法を発生させているのではないかとの結論に至った。そこで、生徒がいない寮を片っ端から魔法で探索し、男子寮のキースの部屋にあった受像装置に行きついたのである。所謂、魔法で映るテレビ電話である。
「一人息子のキースは疑うこともせず、実家の両親が自分を心配して持たせたと思っているが、実際は違う。キースの両親は伯爵の言うことに逆らえないと聞いているから、どう使われるか分かっているのだろう」
「学院を監視して、どうするつもりなんだ?」
「外部から結界への干渉をし、外から狙っているかのように見せて、内部に隙を作る……。皆の注意が学院の外に引きつけられている間は、中で動きやすくなる。特定の誰かを監視することも……狙われる可能性が高いのは、セドリック殿下だが……。先生、何か最近、学院内で変わったことはありませんでしたか?」
「いいや、もう……変わったことばかりじゃよ。そう……あの子達が入学してきてからは」
「あの子達?」
「……ハーリオン家の四つ子姉妹?」
学院長は深く頷き、国王と宰相の二人を交互に見つめた。
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