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学院編 14

535 悪役令嬢は魔導士に怯える

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「ねえ、アレックス君」
「どうした?」
消え入りそうな声で呼びかけたアリッサを見て、アレックスは少し驚いた。緊張からか顔色が悪く、箱を持つ手が震えている。
「緊張、してんのか?」
「……うん。だって、うまくいかなかったら……殺されちゃうかもしれないんだよ?」
二人はエイブラハムに連れられ、王都の手前でメイナードの一行に合流した。王室御用達の大商人であるホラスと共に、例の魔導具を持って王宮に入ったのである。
「ホラスさんを信じろって。俺達なら絶対できるって信じよう。知らない場所に来て、俺達はここで待ってるしかないんだし」
「そうね。他にどうしようもないわね」
そう言いながら、アリッサはまだ震えが収まらなかった。
「メイナードさんが言ってた、派手な男?がこれを待ってるんだよな?そいつが腕輪を二つとも買った奴ってことか?」
「多分……もう一つも、王宮の誰かの手にあるのね。商人に買いつけさせて運ばせ、手に入れたら……」
――用済みになった商人は口止めのために殺される?
言いかけて口をつぐむ。察しが悪いアレックスも流石に言葉の続きを読んだようだった。
「腕輪だけ取られるなんてあり得ない。俺が絶対阻止する!」
「アレックス君……」
根拠のない自信しかない彼の言葉も、頼る者のない異国の地では心強い。アリッサは少し瞳を潤ませた。
「お、おい、泣くなよ!俺、泣かれるのは……勘弁してくれ!」
「……ごめんね?勝手に涙が」
アレックスは赤い髪を掻きながら、椅子から立ち上がっておろおろと、動物園の熊のように歩き回る。『俺が絶対阻止する』と言えば、ジュリアなら同調して威勢よく声を上げるのに、とふと思った。

「待たせたね、二人とも」
ドアを開けて入って来たのは、杖を持たない元気な老人だ。ホラスは一張羅の服の襟元を正して、大股でアレックスへ近寄ると、パンと背中を叩いた。
「ほれ、若いうちから背中を丸めていてどうする」
「す、すみません。……その様子だと、会えなかったんですか?」
部屋を出る前、ホラスは腕輪の購入者を連れてくると言っていた。一人で戻ったところを見れば、空振りに終わったらしい。
「約束の場所へ急いだんだが、私と会えない間にどうやら奴が先走ってしまってな。評議会が休憩に入った途端に、王族に会いに行ったと」
「評議会?……ええと、アスタシフォンで重要なことを決める会議ですよね?王族と有力貴族が出席する……」
「ああ。定期的に開かれてもいるのだが、今日の会議はそれとは違うようだ。私が手に入れた情報では、第二王子デュドネとその母シャンタルは王宮から追放。それは当然として、奴らを止められなかった国王代理の王太子に、責任を取れと第三王子一派が迫ったらしい」
「前に、その……お友達から、王太子様以外は国王に相応しくないと聞いたのですが……王太子様はどうなさるんでしょう?」
第三王子が王になったら、リオネルの立場が危うくなる。アリッサは友人の身を案じた。
「国王陛下の容体が思わしくなく、今回の件もはっきり判断をお示しになれない可能性が高い。貴族達が第三王子側に同調したらしい。大方、裏で買収されているんだろう」
「ちょっといいですか?」
アレックスが挙手した。
「俺、難しい話は分かんないんで。俺達はここで待ってていいんですかね?」
「予定は狂ったが仕方がない。品物がなければ奴も戻って来るだろう。……生きていればな」

ホラスが皮肉な笑いを浮かべた瞬間、ドアに何かが激突する音がした。
「何だ?」
アレックスが立ち上がり身構える。向こうから声がした。
「痛い、痛いですってば!」
「速く歩け」
「歩幅が違うんですから!……っとに、滅茶苦茶だな」
文句を言いながらドアを開けたのは、アイスブルーの髪に青い瞳の少年、リオネル王子の側近であるルーファスだった。その後ろには黒衣の六属性持ち魔導士マシューが不機嫌な顔で立っている。
「こんな部屋に魔導具が……って、え?」
アリッサとアレックスを見て二人は動きを止める。
「……何故ここにいる?」
マシューが目を眇め、アリッサの膝の上にある木箱を見つめた。
「評議会の騒動の犯人は……まさか……!」
黒いローブをバサバサさせてアリッサに近づき、ひったくるようにして箱を奪う。
――こ、怖いよぉ!
声も上げられず、アリッサは涙目でマシューを見た。成人男性全般に恐怖を感じるアリッサだが、背が高く黒ずくめのマシューは格段の怖さだ。
「腕輪……成程、高度な闇魔法がかかっているな」
勝手に蓋を開け、輪の縁をなぞって魔力の波動を確かめている。魔力を肌触りで感じる彼には一番手っ取り早い。
「見たところ、この腕輪にはまだ十分な魔力が籠められている。広い空間にいる人間全てを同調させるほど強い魔法を発動させれば、これほどの魔力は残っていない」
「まさか、もう一つはもう使っちまったのか!?」
アレックスが声を上げ、ルーファスが面倒くさそうに頷く。
「評議会が大荒れになったのはそのせいだ。で、なんでもう一つあるわけ?」
答えていいものかどうか、アリッサがちらりと視線を送ると、ホラスが一つ咳払いをした。
「その腕輪を依頼主が待っていらっしゃる。私らは腕輪を買いつけた商人を追ってここへ来た。だが、彼は待ちきれずに依頼主の許へ行ったらしい。それほど急ぎの品物なら、私が直接渡しに行くしかないかと思ってな」
「王族のいる区域には立ち入れない。警備の目をくぐるのは簡単じゃない。どうするんだ?」
王宮内に詳しいのはルーファスだけだ。彼が言うなら本当なのだ。
「なあに。評議会が始まれば、皆様、議場にお集まりだ。バルコニー席には立ち入れなくても、貴族の集まる階なら私も立ち入れる。問題はないな?」
老人は髭を撫でて笑った。
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