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学院編 14
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「ハーリオン侯爵に、指示された、ねえ……」
ロン先生は長い髪を指先で巻き、ふうと息を吹きかけた。レナードはそんな彼の態度を疑問に思った。
「悪いようにはしないんですよね?」
「あんたの家族を人質に、そいつは陛下を狙えと言ったのね?」
「はい。陛下が無理なら、王族をと」
「手頃な王太子殿下を狙った……で、合ってる?」
見つめられるとゾクリと背筋が凍った。真剣なロン先生は少し怖いとレナードは思った。
「そうです。陛下は無理でしたから」
「ふーん。そう言えば、さっき聞いた話なんだけど、あの場にいた全員が、あんたが王太子殿下を守ったと思ったのに、一人だけ反対意見を述べている人がいるってよ」
「反対?」
「アイリーンが魔法で賊を撃退したとか。どう見ても先にやったのはあの子なんだから、ますます怪しい話よね。で、学院長先生が動いたわ」
◆◆◆
「困ったことになりましたなあ。前代未聞ですぞ」
エンウィ伯爵は旧友を前に、大袈裟に肩を竦めて見せた。王宮の一室、王立学院長が来た時に使用する部屋に、急を要する案件があるからと呼び出された。
「そうですかな」
「そうですとも!王立学院に在学中の生徒が、王族に剣を向けたなど、聞いたことがありません!歴史学者のあなたならよくご存知でしょうに」
「いやあ、そういう話は闇に葬られるのが常なのだよ。後々、親類縁者が困るのが目に見えているからね」
王立学院長はフォッフォッフォと笑った。伯爵は彼の動じない態度に少し苛立った。
「私に話があるのではなかったか?生徒が厄介ごとを起こしたから、私に取り成すように……」
「学院長の席が惜しくてここにいるのではないんだよ。責任を取って辞めてもいいとすら思っている。問題は、彼の真意が分からないんだ」
「ほう。あなたほどの人が、若造の考えが読めないと?」
「話した通り、『ハーリオン侯爵に指示された』とレナード・ネオブリーは言ったんだよ」
「言葉通り受け取ればいいのでは。ハーリオン侯爵は、学生の若造を言いくるめて、王太子殿下を殺せと指示したのだ」
「どうしてそうなる?」
学院長はじっと伯爵を見つめた。伸びた眉毛の下の、猛禽類を思わせる鋭い目が、伯爵から次の一言を奪う。
「ネオブリーは魔法剣でアイリーン・シェリンズの攻撃を防ぎ、王太子殿下を守ったとは思わないのかね?」
「それは……」
「魔導師団長の君なら、雷撃の魔法を人に向かって撃つことがどれほど危険か、知らないわけではあるまい。魔法防御をしていない殿下は、ひとたまりもないんだぞ」
「私は孫を探して会場から離れていましたから、現場を見ていないのですよ。ですが、あの時、魔法を放たれたのは王太子殿下の影武者だとか」
「だからどうだと言うのだね?影武者なら魔法で撃たれて死んでもいいと?」
少しだけ口調が強くなり、学院長の眉間に深い皺ができた。エンウィ伯爵は彼を宥めようと胸の前に手を出し、まあまあ、と呟いた。
「シェリンズ嬢は影武者を排除しようとしたのでは?」
「事情も知らぬ娘が、か?……ところで、ヴェイム伯爵の三女との縁談はどうなったのかね?」
「何のことかさっぱり……」
「君はあちこちで、キースの妻に五属性の魔導士を迎えると吹聴している。その一方で、キースとの婚約をちらつかせては、ヴェイム伯爵家から多額の資金提供を受けているようだね」
「どこからそれを……!まったくのでたらめですよ」
「王宮の地下に収監したマシュー・コーノックの魔力を魔法石に籠め、それをどこへ運んでいるんだ?」
「あなたに言う必要がありますかな!?」
怒ったエンウィ伯爵は、ばさりとローブの裾をさばいて立ち上がった。
「失礼させてもらいます!」
「おっと、そりゃあなしですよ、伯爵」
ドアへ向かった伯爵の前に、熱い胸板の男が立ちはだかる。
「ヴィルソード……」
「魔法石の流出先が分かりましたんで、お迎えに上がりました」
「迎えなど頼んだ覚えはない!」
「囚人から魔力を奪い、魔法石を転売し、あるいはそこから魔法兵器を作っていたなんて、魔法はちんぷんかんぷんな俺からしたら、すげえと思いますよ。ですが、物騒なもんを外国に売り飛ばしていたとあっちゃあ、法の下に裁かなくちゃなりません」
「フン。憶測だけで物を言うのはほどほどにするんだな。魔法を知らぬ者が騒ぎ立てたところで……」
ヴィルソード騎士団長は大きな身体をずいと近づけて、エンウィ伯爵の顔を上から覗き込んだ。
「証拠は揃っているんだ。ビルクール郊外の小屋で、あんたの手下とベイルズ商会の者が取引している現場を押さえた。減刑を餌にぶらさげたら、ベイルズは帳簿を提供すると約束した」
「何!?」
「この数年で、伯爵家は急に羽振りがよくなった。俸禄は騎士団長の俺とたいした変わらないはず。領地からの収入なら、うちの方が上だ。魔導師団長はどうやって生活しているのだろうと思ったまでだ。同行してもらうぞ」
「……くっ」
息子が誘拐された時、ハーリオン侯爵と共に見つけた魔法兵器と武器の数々を調べ、ヴィルソード侯爵はようやく流通経路に確信が持てたのだった。魔導師団長の狼狽ぶりを見ても、自分の努力が無駄ではなかったと思った。
「魔導師団長は、何か、勘違いをしているようだ。陛下に直接ご説明したいのだが」
エンウィ伯爵は深い皺が刻まれた瞼をゆっくりと閉じ、再び目を開くと、赤く光る瞳でヴィルソード侯爵を見つめた。
ロン先生は長い髪を指先で巻き、ふうと息を吹きかけた。レナードはそんな彼の態度を疑問に思った。
「悪いようにはしないんですよね?」
「あんたの家族を人質に、そいつは陛下を狙えと言ったのね?」
「はい。陛下が無理なら、王族をと」
「手頃な王太子殿下を狙った……で、合ってる?」
見つめられるとゾクリと背筋が凍った。真剣なロン先生は少し怖いとレナードは思った。
「そうです。陛下は無理でしたから」
「ふーん。そう言えば、さっき聞いた話なんだけど、あの場にいた全員が、あんたが王太子殿下を守ったと思ったのに、一人だけ反対意見を述べている人がいるってよ」
「反対?」
「アイリーンが魔法で賊を撃退したとか。どう見ても先にやったのはあの子なんだから、ますます怪しい話よね。で、学院長先生が動いたわ」
◆◆◆
「困ったことになりましたなあ。前代未聞ですぞ」
エンウィ伯爵は旧友を前に、大袈裟に肩を竦めて見せた。王宮の一室、王立学院長が来た時に使用する部屋に、急を要する案件があるからと呼び出された。
「そうですかな」
「そうですとも!王立学院に在学中の生徒が、王族に剣を向けたなど、聞いたことがありません!歴史学者のあなたならよくご存知でしょうに」
「いやあ、そういう話は闇に葬られるのが常なのだよ。後々、親類縁者が困るのが目に見えているからね」
王立学院長はフォッフォッフォと笑った。伯爵は彼の動じない態度に少し苛立った。
「私に話があるのではなかったか?生徒が厄介ごとを起こしたから、私に取り成すように……」
「学院長の席が惜しくてここにいるのではないんだよ。責任を取って辞めてもいいとすら思っている。問題は、彼の真意が分からないんだ」
「ほう。あなたほどの人が、若造の考えが読めないと?」
「話した通り、『ハーリオン侯爵に指示された』とレナード・ネオブリーは言ったんだよ」
「言葉通り受け取ればいいのでは。ハーリオン侯爵は、学生の若造を言いくるめて、王太子殿下を殺せと指示したのだ」
「どうしてそうなる?」
学院長はじっと伯爵を見つめた。伸びた眉毛の下の、猛禽類を思わせる鋭い目が、伯爵から次の一言を奪う。
「ネオブリーは魔法剣でアイリーン・シェリンズの攻撃を防ぎ、王太子殿下を守ったとは思わないのかね?」
「それは……」
「魔導師団長の君なら、雷撃の魔法を人に向かって撃つことがどれほど危険か、知らないわけではあるまい。魔法防御をしていない殿下は、ひとたまりもないんだぞ」
「私は孫を探して会場から離れていましたから、現場を見ていないのですよ。ですが、あの時、魔法を放たれたのは王太子殿下の影武者だとか」
「だからどうだと言うのだね?影武者なら魔法で撃たれて死んでもいいと?」
少しだけ口調が強くなり、学院長の眉間に深い皺ができた。エンウィ伯爵は彼を宥めようと胸の前に手を出し、まあまあ、と呟いた。
「シェリンズ嬢は影武者を排除しようとしたのでは?」
「事情も知らぬ娘が、か?……ところで、ヴェイム伯爵の三女との縁談はどうなったのかね?」
「何のことかさっぱり……」
「君はあちこちで、キースの妻に五属性の魔導士を迎えると吹聴している。その一方で、キースとの婚約をちらつかせては、ヴェイム伯爵家から多額の資金提供を受けているようだね」
「どこからそれを……!まったくのでたらめですよ」
「王宮の地下に収監したマシュー・コーノックの魔力を魔法石に籠め、それをどこへ運んでいるんだ?」
「あなたに言う必要がありますかな!?」
怒ったエンウィ伯爵は、ばさりとローブの裾をさばいて立ち上がった。
「失礼させてもらいます!」
「おっと、そりゃあなしですよ、伯爵」
ドアへ向かった伯爵の前に、熱い胸板の男が立ちはだかる。
「ヴィルソード……」
「魔法石の流出先が分かりましたんで、お迎えに上がりました」
「迎えなど頼んだ覚えはない!」
「囚人から魔力を奪い、魔法石を転売し、あるいはそこから魔法兵器を作っていたなんて、魔法はちんぷんかんぷんな俺からしたら、すげえと思いますよ。ですが、物騒なもんを外国に売り飛ばしていたとあっちゃあ、法の下に裁かなくちゃなりません」
「フン。憶測だけで物を言うのはほどほどにするんだな。魔法を知らぬ者が騒ぎ立てたところで……」
ヴィルソード騎士団長は大きな身体をずいと近づけて、エンウィ伯爵の顔を上から覗き込んだ。
「証拠は揃っているんだ。ビルクール郊外の小屋で、あんたの手下とベイルズ商会の者が取引している現場を押さえた。減刑を餌にぶらさげたら、ベイルズは帳簿を提供すると約束した」
「何!?」
「この数年で、伯爵家は急に羽振りがよくなった。俸禄は騎士団長の俺とたいした変わらないはず。領地からの収入なら、うちの方が上だ。魔導師団長はどうやって生活しているのだろうと思ったまでだ。同行してもらうぞ」
「……くっ」
息子が誘拐された時、ハーリオン侯爵と共に見つけた魔法兵器と武器の数々を調べ、ヴィルソード侯爵はようやく流通経路に確信が持てたのだった。魔導師団長の狼狽ぶりを見ても、自分の努力が無駄ではなかったと思った。
「魔導師団長は、何か、勘違いをしているようだ。陛下に直接ご説明したいのだが」
エンウィ伯爵は深い皺が刻まれた瞼をゆっくりと閉じ、再び目を開くと、赤く光る瞳でヴィルソード侯爵を見つめた。
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