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学院編 14
529 王太子は褒められたい
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「はあー、緊張したぁ……」
セドリックは厚い背凭れがついたビロード地張りの椅子に座り、天井を仰いで顔を手で覆った。
「私も緊張しましたよ」
「よく耐えたな、スタンリー」
まだ震えが収まらない彼をレイモンドが慰めた。大勢に注目される中で王太子役をやり遂げたのだ。学院祭の演劇とはわけが違う。
「僕、ちゃんとやれたよね?」
「ああ。考えうる限り、努力したと思うぞ」
「ううー、何だかしっくりこないな」
『もっと褒めて』オーラを出している王太子に、側近は少し呆れ顔だ。スタンリーは二人のやりとりをハラハラして見ている。
「あの場ではああ言うしかあるまい。父上や陛下の御考えでは、アイリーンの背後にいる黒幕をおびき出したかった。アイリーンという駒をああいう形で失ったことで、黒幕――ハーリオン家を不幸にしたいと考える誰かが次の一手を打ってくる可能性がある。俺達にはまだそれが読めない」
「僕達……王家もオードファン家もヴィルソード家も、ハーリオン家から距離を置いた。でも、僕達に近づいて懇意になるはずのアイリーンは、社交界に顔を出せなくなった。色仕掛け以外の方法で、権力を手に入れるにはどうすると思う?」
二人はしばし考え込んだ。様子を見守っていたスタンリーが、おずおずと手を挙げた。
「あのう……」
「何だ?」
「い、いえ……」
「遠慮しないで話してほしいな」
「は、はい……。私が思うに、権力を得るには、圧倒的な力があればいいかと」
「力?」
「武力のことか?」
「国王直属の軍に勝る兵力?そんなのあり得ないよ」
セドリックが首を振った。ヴィルソード騎士団長を筆頭に、騎士団はどこの国の軍にも劣らない精鋭部隊だ。国内で彼らに匹敵する武力を持つ人間を集めることなど不可能である。
「いるじゃありませんか!ただ一人、誰よりも強い人が」
「……まさか」
「考えたくはないけど、味方にすれば騎士団より強いかもね」
レイモンドは頭を抱えた。先刻のリオネルとの会談が蘇る。
「コーノック先生は、アスタシフォンに滞在中だ。敵が接触しようにも、海を渡る必要があるとすれば、しばらくは鳴りを潜めているのではないか?何より、コーノック先生は確固たる信念のようなものをお持ちだから、簡単には力を貸すまい」
「だといいけどね。……ところで、レナードのことだけど」
セドリックが身体を起こし、椅子から立ち上がった。
「お見舞いに行ってもいいかな?そろそろ治療が済んだよね」
「ジュリアが付き添っている。少し二人きりにさせてやれ」
何故レナードが兵士になっていたのか、アイリーンと対峙することになったのか。レイモンドは何度考えても偶然だとしか思えなかったが、どこか引っかかるものを感じていた。
◆◆◆
【レナード視点】
目を開けた時、俺は天蓋付きのベッドに寝かされていた。
天蓋付きのベッドに寝るのは、人生で二度目だ。一度目はジュリアと一緒だった。
「……?」
おかしい。
罪人がベッド、それもこんなに豪奢なベッドに寝かされるはずがない。ふかふかで温かい。裸の身体には包帯が巻かれているが、不思議なことにどこも痛くない。
「気が付いたのね」
声がした方を向けば、傍にいたのは小柄な女の魔導士だった。白いローブを着ていて、治癒魔導士だと分かる。
「……助かった、のか?」
「あったり前でしょ。有能な治癒魔導士が二人がかりで治したんだから」
柱の一つに凭れて、腕を組んでこちらを見ているのは、学院のロン先生だよな?どうしてここにいるんだろう?
「ま、あのコの魔法を食らった傷を治すのは初めてじゃないしね」
先生は髪を掻き上げてウインクする。アピールされても靡くつもりはないんだけどな。
「あの……俺……なんで……」
「だーかーら。あんたは魔法を食らって倒れたのよ。あのアイリーンの雷撃をね」
「雷撃……?」
「殿下は無事よ。パーティーはなんだかんだで中止になったの」
「はあ……」
状況が呑み込めないが、俺はしくじったらしい。王太子に傷一つつけられなかった。
廊下を走る足音がして、ドアが勢いよく開いた。
「レナード!」
髪を振り乱して泣きそうな顔のジュリアが、一直線に俺の傍へ走ってきて、
「ぅわ!」
勢い余ってベッドにぶつかった。
良かった、逃げ出せたんだな。
彼女の行動力ならきっと逃げ出せると思ってはいたが、俺が目的を達成できず、命を奪われてしまうのではないかと気が気ではなかった。
「ちょっと!怪我人の傍で何やってんのよ」
「すみません。……ああ、よかったぁあああ!レナード……生きてた」
あの気丈なジュリアが泣くほど俺の怪我は酷かったのだろうか。生きているのが不思議なくらいだということだ。
「念のために王宮に詰めてて正解だった、ってとこかな?あたしがいて助かったようなもんだものね。少し傷は残るかもしれないけど、そのうち消えるでしょ」
ロン先生が得意げに笑い俺を見る。この人、只者ではないとは思っていたけれど、かなりの魔法の腕だ。
「ありがとう……ございます……」
「うんうん。感謝は大事よねえ。言葉にして伝えなきゃ。で?あんたはどうしてあそこにいたの?レナード」
「え……」
先生の瞳が鋭く光る。言い逃れは難しそうだ。
「あんたは王宮に来たことなんてないだろうし、あんたをあそこまで連れて来た奴がいると思って探したのよ。連れて来たのは分かったけれど、そもそも学生のあんたが兵士になれるわけがない。例え、兄の代わりでもね」
「……」
「そっかー。レナードはお兄さんの代理だったんだね?」
ジュリアの声が微かに上ずっている。俺がここに来た理由を知っているのは彼女だけで、ロン先生の尋問をやり過ごそうと協力してくれているのだ。精一杯演技しているのも微笑ましい。
「誰にも言わないと約束してくれますか、先生」
「もちろんよぉ。生徒の秘密はぜぇったい守るわよ。……それで、誰に指示されたの?」
いつの間にか近くへ寄っていた先生は、俺に顔を近づけて目を眇めた。顔が近い、近すぎる。
「話せば長くなるんですが……」
目的を達成できなかった俺には、誰かに助力を請うしか方法は残されていない。家族を助けたい。
「それって、あんたがハーリオン家の紋章がついた剣を持っていたのと関係あるかしら?」
先生は赤紫の髪を掻き上げて、気怠そうに首を傾げた。
セドリックは厚い背凭れがついたビロード地張りの椅子に座り、天井を仰いで顔を手で覆った。
「私も緊張しましたよ」
「よく耐えたな、スタンリー」
まだ震えが収まらない彼をレイモンドが慰めた。大勢に注目される中で王太子役をやり遂げたのだ。学院祭の演劇とはわけが違う。
「僕、ちゃんとやれたよね?」
「ああ。考えうる限り、努力したと思うぞ」
「ううー、何だかしっくりこないな」
『もっと褒めて』オーラを出している王太子に、側近は少し呆れ顔だ。スタンリーは二人のやりとりをハラハラして見ている。
「あの場ではああ言うしかあるまい。父上や陛下の御考えでは、アイリーンの背後にいる黒幕をおびき出したかった。アイリーンという駒をああいう形で失ったことで、黒幕――ハーリオン家を不幸にしたいと考える誰かが次の一手を打ってくる可能性がある。俺達にはまだそれが読めない」
「僕達……王家もオードファン家もヴィルソード家も、ハーリオン家から距離を置いた。でも、僕達に近づいて懇意になるはずのアイリーンは、社交界に顔を出せなくなった。色仕掛け以外の方法で、権力を手に入れるにはどうすると思う?」
二人はしばし考え込んだ。様子を見守っていたスタンリーが、おずおずと手を挙げた。
「あのう……」
「何だ?」
「い、いえ……」
「遠慮しないで話してほしいな」
「は、はい……。私が思うに、権力を得るには、圧倒的な力があればいいかと」
「力?」
「武力のことか?」
「国王直属の軍に勝る兵力?そんなのあり得ないよ」
セドリックが首を振った。ヴィルソード騎士団長を筆頭に、騎士団はどこの国の軍にも劣らない精鋭部隊だ。国内で彼らに匹敵する武力を持つ人間を集めることなど不可能である。
「いるじゃありませんか!ただ一人、誰よりも強い人が」
「……まさか」
「考えたくはないけど、味方にすれば騎士団より強いかもね」
レイモンドは頭を抱えた。先刻のリオネルとの会談が蘇る。
「コーノック先生は、アスタシフォンに滞在中だ。敵が接触しようにも、海を渡る必要があるとすれば、しばらくは鳴りを潜めているのではないか?何より、コーノック先生は確固たる信念のようなものをお持ちだから、簡単には力を貸すまい」
「だといいけどね。……ところで、レナードのことだけど」
セドリックが身体を起こし、椅子から立ち上がった。
「お見舞いに行ってもいいかな?そろそろ治療が済んだよね」
「ジュリアが付き添っている。少し二人きりにさせてやれ」
何故レナードが兵士になっていたのか、アイリーンと対峙することになったのか。レイモンドは何度考えても偶然だとしか思えなかったが、どこか引っかかるものを感じていた。
◆◆◆
【レナード視点】
目を開けた時、俺は天蓋付きのベッドに寝かされていた。
天蓋付きのベッドに寝るのは、人生で二度目だ。一度目はジュリアと一緒だった。
「……?」
おかしい。
罪人がベッド、それもこんなに豪奢なベッドに寝かされるはずがない。ふかふかで温かい。裸の身体には包帯が巻かれているが、不思議なことにどこも痛くない。
「気が付いたのね」
声がした方を向けば、傍にいたのは小柄な女の魔導士だった。白いローブを着ていて、治癒魔導士だと分かる。
「……助かった、のか?」
「あったり前でしょ。有能な治癒魔導士が二人がかりで治したんだから」
柱の一つに凭れて、腕を組んでこちらを見ているのは、学院のロン先生だよな?どうしてここにいるんだろう?
「ま、あのコの魔法を食らった傷を治すのは初めてじゃないしね」
先生は髪を掻き上げてウインクする。アピールされても靡くつもりはないんだけどな。
「あの……俺……なんで……」
「だーかーら。あんたは魔法を食らって倒れたのよ。あのアイリーンの雷撃をね」
「雷撃……?」
「殿下は無事よ。パーティーはなんだかんだで中止になったの」
「はあ……」
状況が呑み込めないが、俺はしくじったらしい。王太子に傷一つつけられなかった。
廊下を走る足音がして、ドアが勢いよく開いた。
「レナード!」
髪を振り乱して泣きそうな顔のジュリアが、一直線に俺の傍へ走ってきて、
「ぅわ!」
勢い余ってベッドにぶつかった。
良かった、逃げ出せたんだな。
彼女の行動力ならきっと逃げ出せると思ってはいたが、俺が目的を達成できず、命を奪われてしまうのではないかと気が気ではなかった。
「ちょっと!怪我人の傍で何やってんのよ」
「すみません。……ああ、よかったぁあああ!レナード……生きてた」
あの気丈なジュリアが泣くほど俺の怪我は酷かったのだろうか。生きているのが不思議なくらいだということだ。
「念のために王宮に詰めてて正解だった、ってとこかな?あたしがいて助かったようなもんだものね。少し傷は残るかもしれないけど、そのうち消えるでしょ」
ロン先生が得意げに笑い俺を見る。この人、只者ではないとは思っていたけれど、かなりの魔法の腕だ。
「ありがとう……ございます……」
「うんうん。感謝は大事よねえ。言葉にして伝えなきゃ。で?あんたはどうしてあそこにいたの?レナード」
「え……」
先生の瞳が鋭く光る。言い逃れは難しそうだ。
「あんたは王宮に来たことなんてないだろうし、あんたをあそこまで連れて来た奴がいると思って探したのよ。連れて来たのは分かったけれど、そもそも学生のあんたが兵士になれるわけがない。例え、兄の代わりでもね」
「……」
「そっかー。レナードはお兄さんの代理だったんだね?」
ジュリアの声が微かに上ずっている。俺がここに来た理由を知っているのは彼女だけで、ロン先生の尋問をやり過ごそうと協力してくれているのだ。精一杯演技しているのも微笑ましい。
「誰にも言わないと約束してくれますか、先生」
「もちろんよぉ。生徒の秘密はぜぇったい守るわよ。……それで、誰に指示されたの?」
いつの間にか近くへ寄っていた先生は、俺に顔を近づけて目を眇めた。顔が近い、近すぎる。
「話せば長くなるんですが……」
目的を達成できなかった俺には、誰かに助力を請うしか方法は残されていない。家族を助けたい。
「それって、あんたがハーリオン家の紋章がついた剣を持っていたのと関係あるかしら?」
先生は赤紫の髪を掻き上げて、気怠そうに首を傾げた。
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