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学院編 14
521 悪役令嬢の麗しき師弟愛
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重いカーテンを開き、窓の外を眺めたキースは深く溜息をついた。
「どうして僕は無力なんだろう……」
屈強なエンウィ家の従者達と魔導師団長にゴマをすりたい宮廷魔導士により、ビルクールから王都へ連れ戻され、自分の失敗をエミリーのせいにして何事もなかったかのように暮らしている。アスタシフォンへ行ったままのエミリーを思い、気持ちばかりが焦っていく。
ノックの音がして、入ってもいいとキースが言う前にドアが開いた。
「おや。準備をしていないのか」
「おじい様……」
エンウィ伯爵は自慢の孫に近寄り、憂い顔を気にせずに豪快に笑った。
「今日はお前も参加するんだぞ?王太子殿下の覚えもめでたいお前は、パーティーでも注目も的だろう。存分にめかしこんで……ああ、ダンスの相手がいないのが不安なのか?」
「いえ……」
「ハーリオンの小娘はまだ戻らんようだ。帰国次第、謹慎処分を受けるだろうが、我が邸で面倒を見てやろう。今晩は適当な令嬢と踊るんだな」
「おじい様!アスタシフォンへ行ったのは僕の……!」
キースの懸命の訴えが伯爵の背中に向かって空しく響いた。ドアの前で立ち止まり、伯爵は孫を振り返った。
「おお、そう言えば……殿下のお相手を務めるのは、ハーリオンの娘ではないと聞いたぞ」
「マリナさんではないのですか?」
「事実上の婚約破棄だ。仕方あるまい。代わりは魔法科に在籍する男爵令嬢……お前の同級生だろう?あのコーノックを宥めすかして魔力爆発を防いだ功績で、王太子がぜひにと望んだらしい」
「そんな、まさか……殿下がマリナさん以外を選ぶはずが……」
「気になるのか?」
「はい」
「それなら、さっさと支度をするんだな。お前をわしの後継者として、皆に紹介したい」
孫の返答を聞かず、エンウィ伯爵は再び豪快に笑ってキースの頭を撫でた。
◆◆◆
「むむ、むうむむむ!」(アリッサを放せ!)
椅子をガタガタ揺らしながら、アレックスがデュドネを睨んだ。派手好きな第二王子は、いくつもの大ぶりの石がついた指輪をはめた指で、アリッサの頬に指をくいこませて自分の方を向かせた。
「どうした?魔法結界の中では力が出せないか?」
――この部屋に結界が?私には関係ないけど……やっぱりエミリーちゃんと知り合いなんだわ。
「今日は喧しい番犬を連れているようだが……俺が手を挙げれば、そいつの命はないぞ」
「卑怯者……!」
上目づかいに睨んだアリッサを、デュドネは愉しそうに見下ろしている。締まりのない口元に笑みが浮かぶ。
「いいな。その眼……」
屈んでアリッサと視線を合わせる。にやにや笑いを視界に入れないように、アリッサは顔を背けて視線を逸らした。
「おとなしい奴を奴隷にしてもつまらないだろう?俺は反抗的な奴を屈服させるのが堪らなく好きなんだよ」
――何てこと!嗜虐趣味があるんだわ。どうにかして逃げないと、怪我どころじゃすまないかも。
「お前はどうかな?死ぬ前に俺を受け入れるか?それとも……」
「あなたを受け入れるくらいなら、死を選ぶわ!」
言葉を切られたデュドネは目を見開いた。そして、耐えきれずに笑い出した。
「ははっ。最高だ。望み通り、明日になる前に逝かせてやるよ!」
「きゃっ!」
アリッサの腕を引っ張り無理に立たせる。重心が傾き、アリッサは床に膝をついた。ワンピースの裾が捲れて脚が露わになったが、手首を縛られていては直すこともできない。
――こんな奴に見られるなんて……!
「綺麗な白い脚が、俺のつけた痕で赤く染まる……楽しみで仕方がない」
部屋の隅にいた男達に合図をすると、彼らはアリッサとデュドネ、椅子に縛り付けられたアレックスを残して部屋を出て行った。
「そこのお前、しっかり見ておけよ?」
「んんん!」
「俺様の最高のショータイムをな!」
椅子を揺らしてアレックスが唸り、大きな音を立てて椅子ごと横倒しになる。
「アレックス君!……んうっ!」
這って行こうとしたアリッサの首に後ろから大きな手が回された。
◆◆◆
王都の市場へ転移魔法陣で移動したジュリアは、市場の真ん中を抜ける通りを猛ダッシュしていた。ノアに会って、ハロルドを助ける手段を考えなければ。そして、レナードの行方を追わなければ。
――王宮にどうやって乗りこんだらいいの?
走りながら考え事をしていると、行き交う人々とぶつかりそうになる。
「うわっ」
「ごめんなさい!」
「前見て走れよ!……って、お前、ジュリアじゃねえか!」
二の腕を掴まれて振り返れば、そこには見知った顔があった。短い金髪の少年だ。
「チェルシーじゃん!あ、ごめんね、今急いでで」
「追われてるのか?」
「違うよ。兄様が悪い奴に捕まってて、友達が王宮で何かに巻き込まれててさ」
チェルシーは顔色を変えて腕組みをした。
「そりゃあ、大変だな。つーか、どっちを先に解決するつもりなんだ?」
「どっちって……」
「兄さんを助ける?悪い奴に何されっか分かんないしな。でも、友達も待ったなしなんだろ?」
「うん。兵士の格好をさせられてた。王宮で何かがあるんだ。今日はパーティーの日だから貴族が集まるし」
「ジュリアは行かないのか?」
「お父様もお母様もいないから参加できないんだ。いても、招かれたかどうか分かんない。だけど、どうにかして王宮に行かないと……!」
分かった分かったと言うように、チェルシーが手をひらひらさせた。
「正面突破は難しいだろうな。いつもより警備が厳しくなってるだろ。……あ、そうだ!」
「何?」
「招待客が多いってことは、料理も出すよな?根菜は先に納めたみたいだけど、生ものはこれから運ぶって聞いたぜ」
「生もの?魚とか?」
「そ。市場から王宮に納める食材は、あっちにある馬車で運ぶんだ。先に配られた通行手形を持っていれば荷物は検査されない。つまり……」
ぱん、とジュリアが手を打った。
「私が荷物に紛れ込んでいても、気づかれない?」
「ご名答―。魚屋のドンさんに話をつけてやるよ。一緒に来な!」
「ありがとう!チェルシー」
満面の笑みで抱きつくと、少年は毟るように金髪を掻いて、
「弟子のためだからな、当然だろ?」
と得意げに囁いた。
「どうして僕は無力なんだろう……」
屈強なエンウィ家の従者達と魔導師団長にゴマをすりたい宮廷魔導士により、ビルクールから王都へ連れ戻され、自分の失敗をエミリーのせいにして何事もなかったかのように暮らしている。アスタシフォンへ行ったままのエミリーを思い、気持ちばかりが焦っていく。
ノックの音がして、入ってもいいとキースが言う前にドアが開いた。
「おや。準備をしていないのか」
「おじい様……」
エンウィ伯爵は自慢の孫に近寄り、憂い顔を気にせずに豪快に笑った。
「今日はお前も参加するんだぞ?王太子殿下の覚えもめでたいお前は、パーティーでも注目も的だろう。存分にめかしこんで……ああ、ダンスの相手がいないのが不安なのか?」
「いえ……」
「ハーリオンの小娘はまだ戻らんようだ。帰国次第、謹慎処分を受けるだろうが、我が邸で面倒を見てやろう。今晩は適当な令嬢と踊るんだな」
「おじい様!アスタシフォンへ行ったのは僕の……!」
キースの懸命の訴えが伯爵の背中に向かって空しく響いた。ドアの前で立ち止まり、伯爵は孫を振り返った。
「おお、そう言えば……殿下のお相手を務めるのは、ハーリオンの娘ではないと聞いたぞ」
「マリナさんではないのですか?」
「事実上の婚約破棄だ。仕方あるまい。代わりは魔法科に在籍する男爵令嬢……お前の同級生だろう?あのコーノックを宥めすかして魔力爆発を防いだ功績で、王太子がぜひにと望んだらしい」
「そんな、まさか……殿下がマリナさん以外を選ぶはずが……」
「気になるのか?」
「はい」
「それなら、さっさと支度をするんだな。お前をわしの後継者として、皆に紹介したい」
孫の返答を聞かず、エンウィ伯爵は再び豪快に笑ってキースの頭を撫でた。
◆◆◆
「むむ、むうむむむ!」(アリッサを放せ!)
椅子をガタガタ揺らしながら、アレックスがデュドネを睨んだ。派手好きな第二王子は、いくつもの大ぶりの石がついた指輪をはめた指で、アリッサの頬に指をくいこませて自分の方を向かせた。
「どうした?魔法結界の中では力が出せないか?」
――この部屋に結界が?私には関係ないけど……やっぱりエミリーちゃんと知り合いなんだわ。
「今日は喧しい番犬を連れているようだが……俺が手を挙げれば、そいつの命はないぞ」
「卑怯者……!」
上目づかいに睨んだアリッサを、デュドネは愉しそうに見下ろしている。締まりのない口元に笑みが浮かぶ。
「いいな。その眼……」
屈んでアリッサと視線を合わせる。にやにや笑いを視界に入れないように、アリッサは顔を背けて視線を逸らした。
「おとなしい奴を奴隷にしてもつまらないだろう?俺は反抗的な奴を屈服させるのが堪らなく好きなんだよ」
――何てこと!嗜虐趣味があるんだわ。どうにかして逃げないと、怪我どころじゃすまないかも。
「お前はどうかな?死ぬ前に俺を受け入れるか?それとも……」
「あなたを受け入れるくらいなら、死を選ぶわ!」
言葉を切られたデュドネは目を見開いた。そして、耐えきれずに笑い出した。
「ははっ。最高だ。望み通り、明日になる前に逝かせてやるよ!」
「きゃっ!」
アリッサの腕を引っ張り無理に立たせる。重心が傾き、アリッサは床に膝をついた。ワンピースの裾が捲れて脚が露わになったが、手首を縛られていては直すこともできない。
――こんな奴に見られるなんて……!
「綺麗な白い脚が、俺のつけた痕で赤く染まる……楽しみで仕方がない」
部屋の隅にいた男達に合図をすると、彼らはアリッサとデュドネ、椅子に縛り付けられたアレックスを残して部屋を出て行った。
「そこのお前、しっかり見ておけよ?」
「んんん!」
「俺様の最高のショータイムをな!」
椅子を揺らしてアレックスが唸り、大きな音を立てて椅子ごと横倒しになる。
「アレックス君!……んうっ!」
這って行こうとしたアリッサの首に後ろから大きな手が回された。
◆◆◆
王都の市場へ転移魔法陣で移動したジュリアは、市場の真ん中を抜ける通りを猛ダッシュしていた。ノアに会って、ハロルドを助ける手段を考えなければ。そして、レナードの行方を追わなければ。
――王宮にどうやって乗りこんだらいいの?
走りながら考え事をしていると、行き交う人々とぶつかりそうになる。
「うわっ」
「ごめんなさい!」
「前見て走れよ!……って、お前、ジュリアじゃねえか!」
二の腕を掴まれて振り返れば、そこには見知った顔があった。短い金髪の少年だ。
「チェルシーじゃん!あ、ごめんね、今急いでで」
「追われてるのか?」
「違うよ。兄様が悪い奴に捕まってて、友達が王宮で何かに巻き込まれててさ」
チェルシーは顔色を変えて腕組みをした。
「そりゃあ、大変だな。つーか、どっちを先に解決するつもりなんだ?」
「どっちって……」
「兄さんを助ける?悪い奴に何されっか分かんないしな。でも、友達も待ったなしなんだろ?」
「うん。兵士の格好をさせられてた。王宮で何かがあるんだ。今日はパーティーの日だから貴族が集まるし」
「ジュリアは行かないのか?」
「お父様もお母様もいないから参加できないんだ。いても、招かれたかどうか分かんない。だけど、どうにかして王宮に行かないと……!」
分かった分かったと言うように、チェルシーが手をひらひらさせた。
「正面突破は難しいだろうな。いつもより警備が厳しくなってるだろ。……あ、そうだ!」
「何?」
「招待客が多いってことは、料理も出すよな?根菜は先に納めたみたいだけど、生ものはこれから運ぶって聞いたぜ」
「生もの?魚とか?」
「そ。市場から王宮に納める食材は、あっちにある馬車で運ぶんだ。先に配られた通行手形を持っていれば荷物は検査されない。つまり……」
ぱん、とジュリアが手を打った。
「私が荷物に紛れ込んでいても、気づかれない?」
「ご名答―。魚屋のドンさんに話をつけてやるよ。一緒に来な!」
「ありがとう!チェルシー」
満面の笑みで抱きつくと、少年は毟るように金髪を掻いて、
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