上 下
690 / 794
学院編 14

518 悪役令嬢は純情乙女

しおりを挟む
「ええと……もう少しマシな方法はなかったの?」
エミリーは隣に立つマシューに訊ねた。彼は自分の魔法がとても上手に、これ以上はない良好な結果をもたらしたことに満足して微笑んだ。
「最高だろう?」
「どこがよ。……言っておくけど、最悪。あれを毎日見せられる私達の身にもなって」
人形のように美しい顔を嫌悪感に歪めるエミリーに、王宮の侍女は気づいていない。マシューだけが彼女の微かな百面相を楽しんでいる。
「ああ……ソフィ。君は最高だよ」
「あなた……」
二人の目の前で、ハーリオン侯爵夫妻は新婚夫婦に似た蜜月状態を見せている。侯爵は夫人を膝に乗せて、ひっきりなしに啄むようなキスを繰り返す。多少歳は取っているが、グランディア一の美青年と讃えられた侯爵と、王太子妃候補時代は『傾国の美姫』と言われた侯爵夫人である。映画のように美しいラブシーンなのだ。
が。
問題は二人が自分の両親だということにある。
「耐えられない……どうして、上からかける『隷属』の魔法が、『お母様を溺愛すること』なのよ」
「他人に害が及ばず、むしろ理想的な形に収まったのだからいいだろう」
「よくない」
「クレムがお前の言う通りに侯爵に入れ込んでいるのなら、付け入る隙を与えなければいいだけの話だ」
他人のキスでさえ見るのは照れるのに、目の前で両親がイチャつく姿など見たくはない。前世で恋愛ドラマのキスシーンに照れていた自分を思い出す。エミリーは純情乙女だった。
「……部屋、出るわよ」
「いいのか?親子水入らず……」
「私がいないほうがよさそうだし。国王陛下の解呪の相談もあるもの」
アスタシフォン国王にかけられた魔法を解くことがマシューの課題であり、ここに派遣された理由なのだ。ハーリオン侯爵の件はあくまでオマケにすぎない。部屋の外では、エミリーと同じようにいたたまれなくなったリオネルが待っている。
「そうだな。待たせては悪い」
フッと笑うと、マシューはエミリーの手を取った。手錠など必要がないくらいに、二人は常に手を繋いでいる。主に、マシューから。
――何なのかしら?ちょっと密着しすぎじゃない?
せわしなく動く心臓が、何度もエミリーの脳内に警報を鳴らす。グランディア国内ではあくまで教師と生徒の関係で、周囲の目を気にしていたからか、『世間体』という呪縛から解放されたマシューは限りなく自由だった。

二人がドアを開けて廊下に出ると、リオネルとルーファスが壁に背中をつけて微妙な空気を醸し出していた。
「遅くなってごめん」
「……い、う、ぜ、全然大丈夫!」
「本当?」
大丈夫と言う割には、リオネルの顔は真っ赤だ。自分の両親のイチャイチャに当てられてしまったのかと思うと、エミリーは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。ふと、ルーファスを見ると、彼もバツが悪そうな顔をして視線を逸らした。
「とと、とにかく。エミリーのお父様も無事魔法を解けたし、あとは父上だけだよね」
「そのことだけど……俺、何か手伝えないか?」
一歩進み出てルーファスがマシューをじっと見た。成長途中のルーファスと背が高い大人の男のマシューでは、二人の身長差は結構ある。それでも怯まない勢いが確かにあった。
「そうだな……部屋にかけられている魔法を解くために、周囲に影響が出ないように結界を張りたい。勿論、俺自身もエミリーも部屋の中にいる陛下が怪我をしないように結界を張るが、侯爵にかけられたものより強固な魔法がかかっている可能性が高い。解呪の衝撃も大きいだろう」
「結界を張ればいいんだな」
「そんなの、宮廷の魔導士に……っあ、ダメか。父上がアレだってバレちゃうね」
「ああ。秘密が漏れるのは危険だ」
「ヴィルジニー様にお願いできないか?」
魔法騎士のヴィルジニーが力を貸してくれれば、成功率はさらに上がる。一同は作戦会議をするためにヴィルジニーのもとへ向かった。

   ◆◆◆

「こいつを騙して婚約の挨拶をしに、親に会いに行くつもりだったが……お前らのせいで計画が狂った」
わざと悪ぶって言うアレックスがおかしくて、アリッサは笑いを堪えるのに必死だった。
「何だと?」
「俺が目的を果たせるように協力してくれれば、雇い主からもらうよりずーっといい分け前をくれてやる」
――アレックス君、悪党になろうとしてるんだわ!かなり無理があるんじゃ……。
「お前が悪党には見えねえが……」
「どう見てもどっかの坊ちゃんだろ。なんで賞金首になったんだよ」
――ほら、もう疑われてるし!!
目を閉じて気絶したふりをしながらアリッサははらはらし通しだった。
「そ、その通り。俺は坊ちゃんにしか見えない。だから、簡単に引っかけられるのさ。こんな令嬢を、なっ!」
「結婚詐欺か?」
「け……?まあ、そんなところだ」
――結婚詐欺が何か分かってないわ!どうしよう、ハッタリだってバレちゃうよお!
アレックスと男達のリーダーはしばらく睨み合った。やがて、男は手を挙げて一同に指示した。
「分かった。俺らはお前ら二人を王宮に連れて行く」
幌の入口がばさりと下ろされる。外でまた話し声がした。小声で話しているつもりらしいが丸聞こえだ。
「あいつを娘の父親に差し出せ。詐欺師だって教えてやりゃ、もっと金になる」
「し、信じたのか?嘘に決まってんだろうが。娘を連れてった方が……」
「別々に差し出してやればいい。誰も、二人揃ってとは言っちゃいねえからな」
表情を険しくしたアレックスが幌を蹴とばし、
「さっさと出発したらどうだ?」
と声を上げると、男達は馬車と馬に分かれて出発した。

「……アリッサ。ごめん、何かうまくいかなかったみたいだ」
「いいの、頑張ってくれたんだもの」
アレックスが『俺に任せろ』と言った時は大抵うまくいかないと、ジュリアから聞いたことがある。それはこういうことだったのかとアリッサは身をもって理解した。純朴そうなアレックスに結婚詐欺師役は土台無理なのだ。王宮まではこの馬車で運ばれ、到着したら二人は引き離される。
――私はどうなるか分からないけれど、アレックス君はお父様のところに行くのよね?お父様が助けてくれる保証はない……お父様は無事なのかしら?港で別れたきりのメイナードさんは?私達がいなくなったと気づいているはずよね。助けに来てくれる期待はできないし……。
「アレックス君。王宮に着いたら騒ぎましょう」
「へ?」
「私達がいるって、リオネル様に気づいてもらうのよ。助かる方法はそれしかないわ」
怖いなどとは言っていられない。起こす行動一つ一つが、自分達の未来へ繋がっている。
――絶対、レイ様のところに帰るんだから!
遠く離れた彼を思うと、不思議と力が湧いてくるような気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

どうぞ二人の愛を貫いてください。悪役令嬢の私は一抜けしますね。

kana
恋愛
私の目の前でブルブルと震えている、愛らく庇護欲をそそる令嬢の名前を呼んだ瞬間、頭の中でパチパチと火花が散ったかと思えば、突然前世の記憶が流れ込んできた。 前世で読んだ小説の登場人物に転生しちゃっていることに気付いたメイジェーン。 やばい!やばい!やばい! 確かに私の婚約者である王太子と親しすぎる男爵令嬢に物申したところで問題にはならないだろう。 だが!小説の中で悪役令嬢である私はここのままで行くと断罪されてしまう。 前世の記憶を思い出したことで冷静になると、私の努力も認めない、見向きもしない、笑顔も見せない、そして不貞を犯す⋯⋯そんな婚約者なら要らないよね! うんうん! 要らない!要らない! さっさと婚約解消して2人を応援するよ! だから私に遠慮なく愛を貫いてくださいね。 ※気を付けているのですが誤字脱字が多いです。長い目で見守ってください。

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

私は〈元〉小石でございます! ~癒し系ゴーレムと魔物使い~

Ss侍
ファンタジー
 "私"はある時目覚めたら身体が小石になっていた。  動けない、何もできない、そもそも身体がない。  自分の運命に嘆きつつ小石として過ごしていたある日、小さな人形のような可愛らしいゴーレムがやってきた。 ひょんなことからそのゴーレムの身体をのっとってしまった"私"。  それが、全ての出会いと冒険の始まりだとは知らずに_____!!

ご期待に沿えず、誠に申し訳ございません

野村にれ
恋愛
人としての限界に達していたヨルレアンは、 婚約者であるエルドール第二王子殿下に理不尽とも思える注意を受け、 話の流れから婚約を解消という話にまでなった。 ヨルレアンは自分の立場のために頑張っていたが、 絶対に婚約を解消しようと拳を上げる。

王子様を放送します

竹 美津
ファンタジー
竜樹は32歳、家事が得意な事務職。異世界に転移してギフトの御方という地位を得て、王宮住みの自由業となった。異世界に、元の世界の色々なやり方を伝えるだけでいいんだって。皆が、参考にして、色々やってくれるよ。 異世界でもスマホが使えるのは便利。家族とも連絡とれたよ。スマホを参考に、色々な魔道具を作ってくれるって? 母が亡くなり、放置された平民側妃の子、ニリヤ王子(5歳)と出会い、貴族側妃からのイジメをやめさせる。 よし、魔道具で、TVを作ろう。そしてニリヤ王子を放送して、国民のアイドルにしちゃおう。 何だって?ニリヤ王子にオランネージュ王子とネクター王子の異母兄弟、2人もいるって?まとめて面倒みたろうじゃん。仲良く力を合わせてな! 放送事業と日常のごちゃごちゃしたふれあい。出会い。旅もする予定ですが、まだなかなかそこまで話が到達しません。 ニリヤ王子と兄弟王子、3王子でわちゃわちゃ仲良し。孤児の子供達や、獣人の国ワイルドウルフのアルディ王子、車椅子の貴族エフォール君、視力の弱い貴族のピティエ、プレイヤードなど、友達いっぱいできたよ! 教会の孤児達をテレビ電話で繋いだし、なんと転移魔法陣も!皆と会ってお話できるよ! 優しく見守る神様たちに、スマホで使えるいいねをもらいながら、竜樹は異世界で、みんなの頼れるお父さんやししょうになっていく。 小説家になろうでも投稿しています。 なろうが先行していましたが、追いつきました。

【完結】私を虐げる姉が今の婚約者はいらないと押し付けてきましたが、とても優しい殿方で幸せです 〜それはそれとして、家族に復讐はします〜

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
侯爵家の令嬢であるシエルは、愛人との間に生まれたせいで、父や義母、異母姉妹から酷い仕打ちをされる生活を送っていた。 そんなシエルには婚約者がいた。まるで本物の兄のように仲良くしていたが、ある日突然彼は亡くなってしまった。 悲しみに暮れるシエル。そこに姉のアイシャがやってきて、とんでもない発言をした。 「ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」 こうしてシエルは、必死の抗議も虚しく、身勝手な理由で、新しい婚約者の元に向かうこととなった……横暴で散々虐げてきた家族に、復讐を誓いながら。 新しい婚約者は、社交界でとても恐れられている相手。うまくやっていけるのかと不安に思っていたが、なぜかとても溺愛されはじめて……!? ⭐︎全三十九話、すでに完結まで予約投稿済みです。11/12 HOTランキング一位ありがとうございます!⭐︎

処理中です...