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学院編 14
517 悪役令嬢とにわか賞金首
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アリッサとアレックスが寝転がっている荷馬車の外で、男達の話し声がする。
「陛下の賓客の娘?」
「マジか?なんでそんなのとうちの『若旦那』が知り合いなんだよ?」
「なんでも『若旦那』が思いっきりプライドを傷つけられたって……」
「あー、あれだろ、多分。こっぴどく振られたんじゃねえか?」
「あの娘、かなりの別嬪だったもんな。いつもの商売女と違って簡単に靡かないから腹を立てたんだろうよ」
「身の程知らずだからなあ」
「探して連れてくるようにってのも、力ずくでどうにかする気なんじゃねえか?」
「ありうるな。貴族の娘だし、手ぇ付けちまえば妃にも妾にもできるしな」
「だけどよ、そんな大事な人の娘に手ぇ出して、今度こそ陛下に勘当されるぞ?王位継承権?を取られて」
「ばーか、王位なんて初めっから継げるわきゃねえ。いいか、俺達の『仕事』はあの娘を届けてたんまり褒美をもらうことだろ。あいつが勘当されようが、お手付きになったあの娘がどうなろうが知ったこっちゃねえんだ。違うか?」
男達の話し声が止んだ。
――今の結論で納得したってこと?嘘!
人違いだと説明しても分かってもらえず、このまま連れて行かれてしまうのか。『お手付き』がどうのと言っていたが、外国でまさかの貞操の危機だ。人違いでも他の男に抱かれた自分をレイモンドはどう思うだろう。憐みの目で見られ、腫れ物に触るように扱われるくらいなら、彼から遠ざかった方がいい。修道院に籠ろうか。いや、いっそ死んでしまった方がいいかもしれない。――そんなの嫌、レイ様、レイ様ぁあああ!
自分から遠ざかるレイモンドの幻影を見て、アリッサは気が狂いそうになった。
「おい、アリッサ!アリッサ!聞いてるのか!」
無言でぽろぽろと涙を零しはじめたアリッサを見てアレックスが狼狽えた。ジュリアは滅多なことでは泣かない。子供の頃に裸足で走り回っていて、テーブルの脚に足の小指をぶつけて泣いていた記憶しかない。アレックスは女性の涙に弱かった。
「……っ、どうすりゃいいんだよ。あいつら、金のためなら何でもするのかよ!……ん?まてよ」
鍛えられた腹筋でガバッと起き上がる。
「アレックス君?」
「俺達がもっと金持ちだって言えばいいんじゃ……んー、それじゃ足りないか。よし!俺に任せろ!……ちょっと目、閉じてろよ?」
アレックスは大きく息を吸い込み、幌の外へ叫んだ。
「おい、お前ら!ケチな褒美目当てに何相談してる?」
威勢よく放つ言葉に煽られ、男達が戻ってきた。
「うるせえぞ、小僧」
「ぎゃあぎゃあ喚くな。声が出せねえようにしてやろうか?ぁあ?おい、娘はどうした?また寝てんのか?」
歯を見せてにやりと笑い、アレックスはゆっくりと言った。
「おねんねさせてやったよ。話を聞かれたくないからな。お前ら、知らないだろうが、俺はグランディアじゃ知られた賞金首だぞ!」
――はあ!?アレックス君、何を言ってるの?
「何!?賞金首だと?」
アリッサに身体を寄せ、肩の辺りに噛みつく素振りをする。赤い髪が首筋に触れ、アリッサは肩を強張らせた。
◆◆◆
使用人達をそれぞれの持ち場に戻らせ、マリナはジョンを連れて書斎に戻った。
「マリナ様、本当に……」
「何度も言わせないで頂戴。私達は王家に借金を返していくしかないのよ。お父様とお母様がいなくても、できることをしていかなければ……。船とビルクール海運を差し出しても、提案を受け入れていただけなかったのだから。お邸を最小限の人数で維持してくれている皆には、仕事を増やして申し訳ないと思っているわ。収入が増えたら、少し……」
「いいえ、よろしいのです、お嬢様。私共は侯爵家の皆様と命運を一にする身。残った者達は皆、マリナ様についていくと申しております。侯爵様にかけられた疑いが晴れれば、全て元通りになるのです。それまでの辛抱です」
「ジョン……」
老執事は笑顔で書類の整理を始めた。
「ところでマリナ様。会社は人手に渡らないのですよね」
「ええ。そうよ。ビルクール海運はやり方次第でもっと収益を上げられると思うの。宣伝はどう?口コミだけで顧客を獲得しているのでしょう?」
「はい。今のままでも会社としては成功しておりますが、領主の立場上、他の事業者に遠慮してか、旦那様はあまり積極的に動こうとはなさいませんでした。質の良いサービスを提供すれば、自然と客が増えると仰って」
「お父様らしいわね。ビルクール海運が他の船主の仕事を奪ってしまうと考えたんだわ。……そうね。海運業だけでは限界があるわ。貿易部門にもう少し力を入れられないかしら」
ビルクール海運は、顧客から預かった荷物を運ぶ他に、外国で商品を買い付けて自社の船に乗せグランディアまで運んでいた。取扱品目が少なく、取引価格も低いため、あまり会社の収益には貢献していない部門だ。
「書籍や薬品の類は比較的高値で取引されますが、持ち出せないものが多く、宝飾品は良品を買い付けられないのが問題なのです」
「買えないってどういうことかしら?」
「旦那様が仰るには、目が肥えた者がいないとか。ご自分が外国に行くわけにはいかず、どうしたものかとお悩みでした」
「目利き、ねえ……」
壁に貼られた世界地図に視線を移し、マリナは船の運航表と見比べた。
「陛下の賓客の娘?」
「マジか?なんでそんなのとうちの『若旦那』が知り合いなんだよ?」
「なんでも『若旦那』が思いっきりプライドを傷つけられたって……」
「あー、あれだろ、多分。こっぴどく振られたんじゃねえか?」
「あの娘、かなりの別嬪だったもんな。いつもの商売女と違って簡単に靡かないから腹を立てたんだろうよ」
「身の程知らずだからなあ」
「探して連れてくるようにってのも、力ずくでどうにかする気なんじゃねえか?」
「ありうるな。貴族の娘だし、手ぇ付けちまえば妃にも妾にもできるしな」
「だけどよ、そんな大事な人の娘に手ぇ出して、今度こそ陛下に勘当されるぞ?王位継承権?を取られて」
「ばーか、王位なんて初めっから継げるわきゃねえ。いいか、俺達の『仕事』はあの娘を届けてたんまり褒美をもらうことだろ。あいつが勘当されようが、お手付きになったあの娘がどうなろうが知ったこっちゃねえんだ。違うか?」
男達の話し声が止んだ。
――今の結論で納得したってこと?嘘!
人違いだと説明しても分かってもらえず、このまま連れて行かれてしまうのか。『お手付き』がどうのと言っていたが、外国でまさかの貞操の危機だ。人違いでも他の男に抱かれた自分をレイモンドはどう思うだろう。憐みの目で見られ、腫れ物に触るように扱われるくらいなら、彼から遠ざかった方がいい。修道院に籠ろうか。いや、いっそ死んでしまった方がいいかもしれない。――そんなの嫌、レイ様、レイ様ぁあああ!
自分から遠ざかるレイモンドの幻影を見て、アリッサは気が狂いそうになった。
「おい、アリッサ!アリッサ!聞いてるのか!」
無言でぽろぽろと涙を零しはじめたアリッサを見てアレックスが狼狽えた。ジュリアは滅多なことでは泣かない。子供の頃に裸足で走り回っていて、テーブルの脚に足の小指をぶつけて泣いていた記憶しかない。アレックスは女性の涙に弱かった。
「……っ、どうすりゃいいんだよ。あいつら、金のためなら何でもするのかよ!……ん?まてよ」
鍛えられた腹筋でガバッと起き上がる。
「アレックス君?」
「俺達がもっと金持ちだって言えばいいんじゃ……んー、それじゃ足りないか。よし!俺に任せろ!……ちょっと目、閉じてろよ?」
アレックスは大きく息を吸い込み、幌の外へ叫んだ。
「おい、お前ら!ケチな褒美目当てに何相談してる?」
威勢よく放つ言葉に煽られ、男達が戻ってきた。
「うるせえぞ、小僧」
「ぎゃあぎゃあ喚くな。声が出せねえようにしてやろうか?ぁあ?おい、娘はどうした?また寝てんのか?」
歯を見せてにやりと笑い、アレックスはゆっくりと言った。
「おねんねさせてやったよ。話を聞かれたくないからな。お前ら、知らないだろうが、俺はグランディアじゃ知られた賞金首だぞ!」
――はあ!?アレックス君、何を言ってるの?
「何!?賞金首だと?」
アリッサに身体を寄せ、肩の辺りに噛みつく素振りをする。赤い髪が首筋に触れ、アリッサは肩を強張らせた。
◆◆◆
使用人達をそれぞれの持ち場に戻らせ、マリナはジョンを連れて書斎に戻った。
「マリナ様、本当に……」
「何度も言わせないで頂戴。私達は王家に借金を返していくしかないのよ。お父様とお母様がいなくても、できることをしていかなければ……。船とビルクール海運を差し出しても、提案を受け入れていただけなかったのだから。お邸を最小限の人数で維持してくれている皆には、仕事を増やして申し訳ないと思っているわ。収入が増えたら、少し……」
「いいえ、よろしいのです、お嬢様。私共は侯爵家の皆様と命運を一にする身。残った者達は皆、マリナ様についていくと申しております。侯爵様にかけられた疑いが晴れれば、全て元通りになるのです。それまでの辛抱です」
「ジョン……」
老執事は笑顔で書類の整理を始めた。
「ところでマリナ様。会社は人手に渡らないのですよね」
「ええ。そうよ。ビルクール海運はやり方次第でもっと収益を上げられると思うの。宣伝はどう?口コミだけで顧客を獲得しているのでしょう?」
「はい。今のままでも会社としては成功しておりますが、領主の立場上、他の事業者に遠慮してか、旦那様はあまり積極的に動こうとはなさいませんでした。質の良いサービスを提供すれば、自然と客が増えると仰って」
「お父様らしいわね。ビルクール海運が他の船主の仕事を奪ってしまうと考えたんだわ。……そうね。海運業だけでは限界があるわ。貿易部門にもう少し力を入れられないかしら」
ビルクール海運は、顧客から預かった荷物を運ぶ他に、外国で商品を買い付けて自社の船に乗せグランディアまで運んでいた。取扱品目が少なく、取引価格も低いため、あまり会社の収益には貢献していない部門だ。
「書籍や薬品の類は比較的高値で取引されますが、持ち出せないものが多く、宝飾品は良品を買い付けられないのが問題なのです」
「買えないってどういうことかしら?」
「旦那様が仰るには、目が肥えた者がいないとか。ご自分が外国に行くわけにはいかず、どうしたものかとお悩みでした」
「目利き、ねえ……」
壁に貼られた世界地図に視線を移し、マリナは船の運航表と見比べた。
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