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学院編 14

510 悪役令嬢は妹の名誉を気にする

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「んっふー。エミリー、うれしい?」
リオネルが肘でぐりぐりとエミリーの脇腹を突いた。
「……うれしい。……けど」
「そっか、そっかー。僕に感謝してくれちゃっていいよ?もう、崇めちゃっていいから。絶賛受付中!」
「……うざ」
国王からマシューの身柄を預かる許しを得たリオネルは、表情を輝かせてエミリーのいる控室に戻ってきた。丁度マリナが妹に会いに来ており、三人はひとしきり盛り上がった。
「もう。エミリーったら、素直に喜べばいいのに」
「……喜ぶっていうか……囚人扱いは変わらないんでしょ?」
「ごめんね。そこは譲歩しないと、無理っぽくてさ。完全に釈放するのは、いろいろ事情があってダメなんだって。代わりに最高の約束を取り付けてきたから、許してね」
「約束とは何ですの?」
「マシューが手枷を外さずに、グランディアとアスタシフォンを往復したら、逃亡の意思なしと見做して解放すること!」
「まあ!」
「……マジ?」
エミリーが疑いの目を向けた。リオネルは軽く口笛を吹く。
「ってのは、無理だった。マシューの手枷は本当。外せないから、エミリーがお世話してあげてね?」
「……は?」
人形のように整った顔がさらに固まった。眉の端をピクッと動かし、エミリーは僅かに顔を傾けた。
「いいじゃん?四六時中一緒にいられるんだよ?最高でしょ?」
「そうね。よかったわね、エミリー」
バン。
エミリーは手近にあったテーブルを叩いた。
「ぜ、全然よくない!お、お風呂は入らないとしても、トイレはどうするの?」
「あ……」
マリナが絶句する。お世話のいろいろを想像して頬を押さえた。
「おっと、言葉が足りなかった?ええと、手枷っていうか、手錠なんだけど。逃走防止のために誰かと繋いでおくようにって。流石に僕とは繋げないし、エミリーと繋いで帰ればいいよね」
「簡単に決めないでよ!」
「そうですわ、リオネル様。未婚の男女が同じ部屋で寝るのはどうかと思いますし、入浴はもっと問題ですわ。誰かに知られれば、エミリーの名誉が……」
二人はしばらくリオネルを説得しようとしたが、
「絶対手錠で繋がなきゃないんだよ。我慢してよ」
と言われ、二の句が継げなかった。そして、リオネルが後から小声で「面白いから」と付け足したのにも気づかなかった。

   ◆◆◆

冷たい風がジュリアの後れ毛を揺らす。マフラーをしていない首元を容赦なく吹き抜けていく。
「さぶっ!」
上着の襟を立てて首を竦めた。ふと見ると、ハロルドは山々を見つめて何かを呟いていた。
「……」
「何見てるの?兄様」
「やはり、この場所はエスティアの近くです」
「え!?兄様の故郷じゃん!やった、帰り道分かる?」
ハロルドは雪原から視線を移し、ジュリアに向き直った。
「分かるかと言われれば、分かりません。あそこの山が見えますか?二つ並んで、尖った岩が山頂にある……」
「あー、あれでしょ?」
「あれは通称『双剣山』と呼ばれる山です。エスティアから見るのとは少し違いますから、恐らくここはエスティアより北西側、より国境に近いあたりでしょう。この付近には集落はなく、冬期間は国境を越えてくる行商人もいません。街道まで下りて行っても、無事にエスティアまでたどり着けるか……正直に言って、自信はありません」
「えー?」
がっくりと肩を落とすジュリアに、ハロルドは軽やかに微笑んだ。
「ですが、とっておきの策があります。……この斜面、全く木が生えていないとお気づきですか?」
「あ、そう言えば……」
二人がいる場所から見ると、一面樹木が茂っていない場所がある。まるでスキー場のゲレンデのようだとジュリアは思った。
――ここにスキー場……なんてないよね。グランディアでスキーなんて聞いたことないし。
「ここは私が幼い頃、大規模な雪崩が起こった場所です。巻き込まれて亡くなった人もいて、下にあった集落の人々は別の場所へ引っ越さざるを得ませんでした。先ほどお話しした通り、元の集落を通る形で街道が伸びています。大切な道が塞がれてしまわないように、そして何より人々の命を守るために、エスティアの人々は考えました」
ハロルドは少し先にある雪原が盛り上がっている場所を指した。雪の下に何かがあるようだ。
「あれって、洞窟?」
「そうです。あそこ以外にもありますが、天然の洞穴を利用した避難場所を作ったのです。行きましょう」
――穴に入ってどうなるっていうの?
問いかけたい気持ちはあっても、自慢げなハロルドに言い出せず、ジュリアは黙って彼の後を追った。

穴の前に着くと、簡単な木製の扉で塞がれているのが分かった。
「閉まってるよ?」
「鍵はかかっていません。ほら、簡単に入れますよ?」
錆びた取っ手を掴み、手前に引き寄せると地下室の入口のように蓋が開いた。
「中は真っ暗だね」
「足元に気を付けて。とにかく、壁に片手をつけて、真っ直ぐ前に進んでください」
「分かった。……うひょお、冷たいっ!」
湿った岩が冷えた手を余計に凍えさせた。洞穴の中は風がないだけ温かい気がする。
「そのまま、奥へ!」
叫んだハロルドの声が少し遠くなった気がして、ジュリアははっと振り返った。
「兄様!?」
見れば木の蓋を閉めようとしている。彼の向こうに人の気配がした。
――尾行されてた!?
邸を抜け出してからの足取りを思い出す。降り積もった雪の上についた足跡……。
「行ってください!」
回れ右をして地面を蹴りだそうとした瞬間、足元から白い光が立ち上る。あっという間に洞窟の中を満たしていく。
――ダメ!兄様が――!!
声にならない叫びを上げ、ジュリアは光の中に消えた。
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