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学院編 14
505 悪役令嬢は考えるより先に動く
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兵士達が装備をガチャガチャ鳴らしながら走っていく。宮廷魔導士が険しい表情で話している。
「危ないからこれ以上は近寄らないでください」
「何があったのですか?」
「奥の、魔法陣の間が強い光を放ったと聞いております」
「馬鹿な。あそこは緊急時以外には……」
「ですから、我々が結界を張っているのです。中には、アスタシフォンの奇襲だと言い出す者もおりまして」
年若い、いかにも下っ端の宮廷魔導士は、結界の戦力には不向きと判断されて、兵士と共に人払い係にされてしまったのだろう。
「魔法陣の間とは何ですの?」
マリナが追いついてレイモンドに小声で訊ねた。騒ぎの原因は魔法陣と聞き、セドリックに何かが起こったわけではないと分かり、マリナは平常心を取り戻していた。
「王宮には、友好国の王宮と繋がっている魔法陣を設置した部屋がいくつもある。通常は閉鎖され、緊急事態にしか使われないことになっていて、今回のような例は聞いたことがない」
「国王陛下だけしか使えない魔法陣ですのね?」
「そうだ。例えば有事の際に同盟国の国王同士が緊急の会談をする場合に使われる。王族も使えないわけではないが、各国で厳しい基準があり、王の許しがなければまず使用できないだろう。先ほどの魔導士の話では、魔法陣が光ったのはアスタシフォン王宮と繋がる魔法陣とのことだ。……まさか、あちらで何かあったのだろうか」
アスタシフォン王宮と言えば、リオネルから内情を聞く限り、物騒な事案がいくつでも出て来そうなところだ。王位継承権争いも熾烈を極めていて、第四王子のリオネルも、何度も危険な目に遭ったと聞いている。
「心配ですわ」
「アスタシフォンでは国王陛下が御病気で、次期国王は当然、摂政を務めている王太子殿下だと思われているが、第二王子と第三王子が王位を狙っている。好戦的な第二王子、狡猾な第三王子が王位につけば、我が国も友好関係を見直さなければならないかもしれないな」
「敵襲というのは、本当でしょうか」
「どうだろう。魔法陣を通った人物の魔力量に応じて、光が強くなると聞いたことがある。予告なく大勢の魔導士を送り込んできたとすれば……ん?」
「今、何か聞こえましたわよね?」
「聞き覚えのある声のようだったが……まさかな」
組んでいた腕を解き、レイモンドは俯いてこめかみを押さえた。
◆◆◆
「久しぶりだねえ、レイモンド。相変わらず眉間に皺寄せちゃって。苦労が絶えないんだね」
「……まあ、現に苦労の種が増えたからな」
「ん?」
アスタシフォンからの魔法陣を通ってやってきたのは、第四王子のリオネルだった。その付き人という形で、なぜかエミリーがいる。レイモンドは二人を王宮の中でも特別な部屋に通し、宰相を呼びに行かせた。リオネルは国王に謁見を求めているのだ。
「魔法陣を使うほどのことなのか?」
「そう。うちにとっては一大事だから。ねえ、マリナは一緒だったんじゃないの?さっき、ちらっと見えたよ」
「彼女は関係がないからな。別件で父と話したいと言っていたが……宰相はこれから外国の賓客をもてなす準備でてんてこ舞いになる。残念だが、彼女との会談は難しいだろうな」
「ごめん。タイミング悪かったね」
「悪いと思うなら、安易に魔法陣を使わないことだ。エミリーを連れてきたせいで、魔法陣が強く反応を示し、あの通り大騒ぎになったんだぞ」
険しい表情で見つめるエメラルドの瞳は、どこまでも冷たかった。リオネルは肩を竦めた。
「はいはい。予告しとかなかったのは悪かったよ。でもさ、エミリーと一緒に来たかったんだ。うちの厄介な魔導士が父上に悪さをしてさ」
「国王陛下に?」
「エミリー一人じゃ魔法を解くのは難しいから、手を借りたいと思って」
「……エミリーで無理、なら……まさか」
レイモンドとリオネルの視線が合う。第四王子は深く頷いた。
「グランディア最強の六属性持ち魔導士、マシュー・コーノックの力を求めているんだ」
◆◆◆
レナードが部屋から出て行き、ジュリアは彼に言われたように、邸の人間が確認しに来ることを恐れ、ベッドに繋がれているふりをしながらしばらく時間を過ごした。
「そろそろいいかな」
身体を起こして準備運動をし、枕の下に隠していたレイピアを腰のベルトに固定する。部屋の窓から外を眺める。
「うわあ……流石に三階はきついかなあ」
バルコニーのない三階の部屋に閉じ込められていたのだ。窓を見れば二階は普通の高さだが、一階は天井が高く、下りるにも足場がない。ジュリアの木登りテクニックが活かせる樹木も近くにはなかった。足跡の一つもない雪が積もったなだらかな丘が見える。
「廊下から突破するしかないか。で、魔法戦になったら逃げる?」
剣の打ち合いになっても、レイピアでは長剣に勝てない。素早さだけではカバーできそうにないのだ。
「邸の中で武器を見つけないと。てことは、やっぱ、地下とか?」
あまり他の貴族の邸に出かけたことがないジュリアの乏しい知識を以って、どうにか作戦が練られた。ハロルドを助けてここから出るにしても、使い勝手のいい武器が欲しい。戦うのは自分一人なのだ。背中を預けるアレックスはいない。
――一人で戦うのが不安だとか、言ってるヒマがあったら動く!
行動力と決断力が自分の長所だと自負して、ジュリアは気持ちを奮い立たせた。
「危ないからこれ以上は近寄らないでください」
「何があったのですか?」
「奥の、魔法陣の間が強い光を放ったと聞いております」
「馬鹿な。あそこは緊急時以外には……」
「ですから、我々が結界を張っているのです。中には、アスタシフォンの奇襲だと言い出す者もおりまして」
年若い、いかにも下っ端の宮廷魔導士は、結界の戦力には不向きと判断されて、兵士と共に人払い係にされてしまったのだろう。
「魔法陣の間とは何ですの?」
マリナが追いついてレイモンドに小声で訊ねた。騒ぎの原因は魔法陣と聞き、セドリックに何かが起こったわけではないと分かり、マリナは平常心を取り戻していた。
「王宮には、友好国の王宮と繋がっている魔法陣を設置した部屋がいくつもある。通常は閉鎖され、緊急事態にしか使われないことになっていて、今回のような例は聞いたことがない」
「国王陛下だけしか使えない魔法陣ですのね?」
「そうだ。例えば有事の際に同盟国の国王同士が緊急の会談をする場合に使われる。王族も使えないわけではないが、各国で厳しい基準があり、王の許しがなければまず使用できないだろう。先ほどの魔導士の話では、魔法陣が光ったのはアスタシフォン王宮と繋がる魔法陣とのことだ。……まさか、あちらで何かあったのだろうか」
アスタシフォン王宮と言えば、リオネルから内情を聞く限り、物騒な事案がいくつでも出て来そうなところだ。王位継承権争いも熾烈を極めていて、第四王子のリオネルも、何度も危険な目に遭ったと聞いている。
「心配ですわ」
「アスタシフォンでは国王陛下が御病気で、次期国王は当然、摂政を務めている王太子殿下だと思われているが、第二王子と第三王子が王位を狙っている。好戦的な第二王子、狡猾な第三王子が王位につけば、我が国も友好関係を見直さなければならないかもしれないな」
「敵襲というのは、本当でしょうか」
「どうだろう。魔法陣を通った人物の魔力量に応じて、光が強くなると聞いたことがある。予告なく大勢の魔導士を送り込んできたとすれば……ん?」
「今、何か聞こえましたわよね?」
「聞き覚えのある声のようだったが……まさかな」
組んでいた腕を解き、レイモンドは俯いてこめかみを押さえた。
◆◆◆
「久しぶりだねえ、レイモンド。相変わらず眉間に皺寄せちゃって。苦労が絶えないんだね」
「……まあ、現に苦労の種が増えたからな」
「ん?」
アスタシフォンからの魔法陣を通ってやってきたのは、第四王子のリオネルだった。その付き人という形で、なぜかエミリーがいる。レイモンドは二人を王宮の中でも特別な部屋に通し、宰相を呼びに行かせた。リオネルは国王に謁見を求めているのだ。
「魔法陣を使うほどのことなのか?」
「そう。うちにとっては一大事だから。ねえ、マリナは一緒だったんじゃないの?さっき、ちらっと見えたよ」
「彼女は関係がないからな。別件で父と話したいと言っていたが……宰相はこれから外国の賓客をもてなす準備でてんてこ舞いになる。残念だが、彼女との会談は難しいだろうな」
「ごめん。タイミング悪かったね」
「悪いと思うなら、安易に魔法陣を使わないことだ。エミリーを連れてきたせいで、魔法陣が強く反応を示し、あの通り大騒ぎになったんだぞ」
険しい表情で見つめるエメラルドの瞳は、どこまでも冷たかった。リオネルは肩を竦めた。
「はいはい。予告しとかなかったのは悪かったよ。でもさ、エミリーと一緒に来たかったんだ。うちの厄介な魔導士が父上に悪さをしてさ」
「国王陛下に?」
「エミリー一人じゃ魔法を解くのは難しいから、手を借りたいと思って」
「……エミリーで無理、なら……まさか」
レイモンドとリオネルの視線が合う。第四王子は深く頷いた。
「グランディア最強の六属性持ち魔導士、マシュー・コーノックの力を求めているんだ」
◆◆◆
レナードが部屋から出て行き、ジュリアは彼に言われたように、邸の人間が確認しに来ることを恐れ、ベッドに繋がれているふりをしながらしばらく時間を過ごした。
「そろそろいいかな」
身体を起こして準備運動をし、枕の下に隠していたレイピアを腰のベルトに固定する。部屋の窓から外を眺める。
「うわあ……流石に三階はきついかなあ」
バルコニーのない三階の部屋に閉じ込められていたのだ。窓を見れば二階は普通の高さだが、一階は天井が高く、下りるにも足場がない。ジュリアの木登りテクニックが活かせる樹木も近くにはなかった。足跡の一つもない雪が積もったなだらかな丘が見える。
「廊下から突破するしかないか。で、魔法戦になったら逃げる?」
剣の打ち合いになっても、レイピアでは長剣に勝てない。素早さだけではカバーできそうにないのだ。
「邸の中で武器を見つけないと。てことは、やっぱ、地下とか?」
あまり他の貴族の邸に出かけたことがないジュリアの乏しい知識を以って、どうにか作戦が練られた。ハロルドを助けてここから出るにしても、使い勝手のいい武器が欲しい。戦うのは自分一人なのだ。背中を預けるアレックスはいない。
――一人で戦うのが不安だとか、言ってるヒマがあったら動く!
行動力と決断力が自分の長所だと自負して、ジュリアは気持ちを奮い立たせた。
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