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学院編 14

497 悪役令嬢と長い影

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ハーリオン侯爵が暮らしている部屋の続き部屋で、エミリー達は状況を整理すべく話し合った。
「まず、侯爵様のご様子だが……何か持病があるのか?」
ルーファスが口火を切った。
「ううん。別にないよ」
「部屋に魔法の痕跡があった。どう考えてもクレムがやったようね。私はそれほどでもなかったけれど、あなた達は辛かったんじゃないかしら?」
腕組みをしたヴィルジニーは、眉を上げて二人の魔導士を見た。
「嫌な臭いがしてた。……あの魔法、私、かけられたことがある」
「本当か?」

エミリーは以前、王立学院の魔法科教師で、マシューを蹴落としたいドウェインによって、椅子に座った状態で『隷属』の魔法をかけられた。マシューに会ったら彼を殺すように仕組まれたのである。当時のことを手短に話すと、ヴィルジニーは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「厄介なことになったわね。『隷属』の指示内容が何か、判断がつかないとは」
「そうですね。俺もそこまでは分かりませんでした。エミリーは?」
「私も、魔法を使ったのがクレムだって臭いで分かっただけ。少なくとも、お父様に何をさせようとしているのか分からないうちは、王太子殿下は近づかせないほうがいいと思う」
「今回のことで、一つだけ分かったことがあるわね。隷属の魔法の内容が、私達四人に何かをするものではないということよ。私達は近づいても平気ね」
――成程。クレムにとって、私達はどうでもいいってこと?それなら……。
「クレムは母を軟禁していた。最終的にどうするつもりだったのか不明だけど、母の話ではうちの父に執着しているらしいから、邪魔者の母を消そうとしているかもしれない」
「ちょっと待ってよ。じゃあ、侯爵夫妻は顔を合わせられないってこと?無理だよ。夫婦だもん」
リオネルがエミリーに掴みかかる。
「ねえ、エミリー。魔法でどうにかできないの?あれを打ち消す方法はないの?」
「できるかどうか……魔力を吸い取られるだけかも。お父様にはペンダントをかけてきたし、これ以上魔法を重ねられることはないと思う。でも、完全に解呪できる保証はない」
重苦しい空気が流れた。ハーリオン家にとって一大事だ。できることならすぐに姉達に伝え、四人で対策を練りたい。
「お願いがあります。ヴィルジニー様」
「何かしら?」
「私をグランディアに帰らせてください。……私一人では解決できないっ……」
「エミリー?」
抑え込んでいた感情が一気に溢れる。国に帰りたい、姉達に会いたい。
「こんなこと……お父様が、こんな……。お母様に言えない……どうしよう」
涙を零しはじめたエミリーにリオネルが抱きつき、ゆっくりと背中を撫でた。
「君は一人じゃないよ、エミリー。……お母様、いいでしょう?僕も一緒に行くから」

   ◆◆◆

「お嬢様、通商組合のメイナードさんがいらしてます」
侍女のロミーが領主館の居間に顔を出した。暇に任せて剣の手入れをしていたアレックスが、アリッサに向かって訪ねる。
「誰?」
「ええとね、ビルクールの港を使う貿易会社の組合があってね。その……」
「代表の人?」
「違うけど、何でも知ってるの。海に落ちた私を助けてくれたの」
「へえ。泳げるんだ。すげえな。……つーか、海に落ちたのか、お前」
「……これ以上聞かないで」
アレックスが興味本位に根掘り葉掘り聞いてくる前にメイナードを呼んでしまおう。ロミーに彼を招き入れるように言うと、アリッサは膝に置いていた編み物を片づけた。

「今日はマリナ様はいらっしゃらないのですね」
「ええ。……マリナちゃ……姉にご用事ですか?」
「いいえ。先日、検査結果がまとまったら報告書を持参するように言われておりましたので。書類はこれです。私が参りましたのは、アリッサ様にご同行願いたいのです」
「まあ、私に?」
よもや自分が指名されるとは思っていなかった。アリッサは心から驚いていた。
「私でよろしいのでしょうか。そのう……貿易について勉強不足でして」
「先方がアリッサ様をと。……はあ、回りくどい言い方はなしにしましょう。ベイルズの息子があなたにどうしても会いたいと言いまして。親の目が届かないところでね」
「ベイルズ……マクシミリアン先輩だわ」
二人で会うのは危険な気がする。彼はアリッサの前で元の自分を取り戻したように見えたが、またあの怖い先輩に戻ってしまっていたら……。
「アレックス君も一緒に行ってもいいでしょうか?」
「俺はいつでもいいぞ。ジュリアに頼まれてるしな」
腰に手を当ててやる気満々である。手入れが済んだ練習用の剣を鞘に収め、立ち上がって一歩前に踏み出した。
「構わないと思いますよ。私もご一緒させてください」

煌びやかに着飾ると目立ってしまう。ロミーが用意してくれた町娘の普段着に着替え、アリッサはアレックスとメイナードと共に指定された倉庫へ向かった。
「……看板が読めねえ」
「ああ、イノセンシアの言葉ですよ。この倉庫はイノセンシアからの荷物を仕分ける作業場でしてね。入ると……」
ガタガタとドアを開け、メイナードが埃にむせる。
「このところイノセンシアからの船は少なくて、このとおり、中の品物も少ないんですよ」
「ドアを開けたのは随分前みたいだな。使ってないんじゃないか?」
「イノセンシア用の倉庫は三つあって、これは第三倉庫。余程大量の荷物が来なければ使いません。不要になった木箱も置いていまして……奥に休憩室があります。待ち合わせはそこですね」
奥の部屋から微かに灯りが漏れている。先客がいる証拠だ。
「……」
人差し指を立てて唇に当て、静かにするように動作で示すと、メイナードは顔だけ入れて休憩室を覗いた。音を立てないようにドアを開けて、二人を手招きする。
「こちらです。階段に気を付けて」
片手の指で足りるほどの段数を上り、細い廊下を抜けてさらに奥へと進む。
「……お連れしたぞ」
棚で死角になっている場所にメイナードが声をかける。何かが擦れるような物音がして、辺りを照らしていた光魔法球が長い影を壁に描いた。
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