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学院編 14

495 悪役令嬢と母のぬくもり

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ヴィルジニーが侍女に用意させた部屋は快適だった。宮殿の奥にありながら、中庭には植物もあり、温かい日差しが入る。エミリーは念のため部屋に結界を張り、強い魔力を持つ者が触れると反応するようにしておいた。
「……万全」
「手際がいいのね、エミリー」
侯爵夫人は娘に微笑んだが、その笑顔を作るのさえ無理をしていると感じる。
「お母様、休んだ方がいい」
「ええ。悪いけど、先に休ませてもらうわ」
「顔色が良くない。……あの女、お母様に食事をさせなかったの?」
「クレムは……食事はさせてくれたわ。一日一回、あの家に来た時にね」
「……一回?今度会ったら魔法でのしてやる」
掌の上にいくつもの魔法球を発生させては消し、エミリーは息巻いた。
「気持ちは嬉しいけれど、やめておいたほうが得策よ。リオネル王子も仰っていたでしょう。クレムは王太子殿下に魔法を教えるほどの腕前なの」
「いいとこ、四属性持ちだと思う。……勝てる」
「いいえ。単なる四属性持ちとは違うわ。彼女の最大の武器は、相手の魔力を自分のものにできるところにある。聞いたことはないかしら?ごく稀にそういう体質の人がいると」
魔法の授業を思い出し、自分で読んだ魔法書の知識を総動員する。なんとなくだが、かなり昔、魔法の家庭教師コーノック先生に教わった気もする。授業でマシューが詳しく説明していたが、顔に見とれてぼーっとしていて内容は覚えていない。
「……習ったかも」
「強い魔法を受ければ、ダメージも受けるけれど、その分魔力を取りこめる。あなたが強力な闇魔法で攻撃したところで、クレムは常に魔力を補充されながら戦える。持久戦になったら彼女が有利なのよ」
「五属性持ちと四属性持ちは、魔力の量がケタ違いでも?」
「説の通り……どうなのかしら。六属性が相手ならクレムも勝てないでしょうね」
六属性、と聞いて、エミリーは一瞬動きを止めた。弟を思い出す以前に、マシューの顔が浮かぶ。
「クレムは魔導士だったの?魔法科の卒業生で、五属性はしばらくいなかったって……」
「彼女は王立学院に入学していないのよ。入学前に王太子殿下の……今の国王陛下の妃候補になって、事情があって候補から外れて……それからは領地で静養していたはず。何故彼女がアスタシフォンにいるのか、私には分からないわ。若くして亡くなったと聞いていたから」
「死んだはずなのに、お母様を軟禁しているなんてね。……静養するくらいの病気なら、黙ってグランディアにいればいいのに」
大学図書館で会った時のクレムは、病気を抱えているようには見えなかった。躊躇なくエミリーに魔法をしかけてきており、健康に自信がなければできない。
「病気は治ったの?」
「病気……ではないのよ。彼女は当時、『命の時計』の魔法をかけられたのだと言われていたの」
「い、命の時計!?」
マリナを悩ませていた例の厄介な魔法が、父母の世代でも使われていたとは。
「……つまり、王太子の妃候補から外れたのは、王太子の傍にいると命が縮まるから?」
「そうよ。そう言われていたわ。私も、クレムから聞いた時は疑わなかった。ただ……」
「?」
「今思えば、『命の時計』はクレムの自作自演、狂言だったのね。野心家の私の父を犯人に仕立て上げて、私を社交の場から遠ざけ、自分は王太子妃候補から外れるための」

四姉妹の母・ソフィアの父、モディス公爵は出世欲の強い人物だった。三公爵家の一つなのだから、これ以上の権力を手にする必要はないとは考えず、筆頭公爵家で宰相を輩出するオードファン家をライバル視していた。ゆくゆくは娘を王妃にしようと、五十を過ぎてから生まれた一人娘のソフィアに期待をかけて育てた。ソフィアは早くから王太子や有力貴族の子供達と友人となり、王太子妃候補を選ぶ王妃の茶会ではソフィアが選ばれるものと誰もが思っていた。家柄を考えても、最良の選択である、と。

「ステファン様は、天使のようなクレメンタインにべた惚れだったのよ」
「天使……。何か、王太子がマリナに言ってたのと同じ」
「そうねえ。親子で好みが似るのかしら。王妃様もお可愛らしい天使のような方ですものね」
「話を戻すけど、クレムは王太子妃になるのが嫌だったの?断れないの?」
「これ以上ない名誉なのよ。メイザー伯爵が断ると思う?」
「……うーん。娘がどうしても嫌だって、王子は生理的に受け付けないとか言ったら考えないかなあ。お母様はどう?マリナがセドリック王太子を見るのも嫌だって言ったら、お父様と二人でどうにかして妃候補から外そうとするよね?」
「もしそうなら、お父様ならうまくやれるわ。……でも、メイザー伯爵はこう……政治に疎い方で、どうにもできなかったの。クレムも、時間が経てば好きになれると言っていたけれど、本当は他に好きな人がいたのね」
「……誰?」
「あなたのお父様よ。まあ、王太子殿下より数段素敵だったから、分からないでもないわ」
「……」
エミリーは能面のような顔で母を見た。仲が良いのは知っていても、目の前で惚気られると少し腹が立つものだ。侯爵夫人は「冗談よ」と言い、また真面目な顔つきに戻った。
「クレムが本当に手に入れたかったのは、アーニーだったのね。だから、彼と親しい私が邪魔だった。……たとえ親友でも」
親友と呟いた母の顔が泣きそうなのを感じ、エミリーは隣に座ってそっと身体を寄せた。仄かな温もりが味方の少ない場所では何倍も温かく感じられる。
「私、クレムが領地で亡くなったと聞いた時、泣いたのよ。何日も何日も、部屋に籠ってね。神様は残酷だと呪いながら、彼女に『命の時計』の魔法をかけたと噂された父に憎まれ口を叩いたわ。……お母様をなくして、お父様には私しかいなかったのに」
ソフィアの瞳から涙が溢れた。口元をハンカチで押さえて嗚咽を漏らす。
「お父様とお母様が結婚してすぐの頃でしょう?おじい様が亡くなったのは」
「そうよ。親子関係を修復しないまま、ハーリオン家に嫁いで……全て私の思い込みでしかなかったのに」
頑固な老人である実の父より、親友であるクレメンタインの言うことを信じていたのだろう。アスタシフォンで真実が明らかになり、信じていたものの全てが崩れたのだ。
「お母様」
エミリーは大きく腕を広げ、泣いている母を抱きしめた。
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