上 下
793 / 794
閑話 聖杯の行方

聖杯の行方 14

しおりを挟む
数日後。
王立学院の食堂にて。
「ふわあああ。何だか疲れが取れないなあ」
「人が集まる場所で欠伸をするな。誰が見ているか分からないんだぞ」
「また王族の威厳がー、とか言うの?欠伸くらいいいの。僕の評判はどんどん上がっているんだから」
セドリックは顎を上げてふふんと笑った。

王太子がキーンジェルンの危機を救ったという噂は、瞬く間に王国全土に広がった。キーンジェルンを知らない国境の町にまで、聖杯争いの祭りや名物のリュンネ草と共に、人々に知れ渡ることとなったのだ。
「解毒をしたのは、コーノック先生とエミリーだろうが」
「町のリュンネ草があったからできたんだよ。運が良かったとしか思えないね」
「ああ、そのことだが……」
レイモンドは飲みかけていた紅茶のカップを置き、顔を近づけて声を潜めた。
「あの毒物の原因が分かった」
「何だったの?誰かの陰謀?」
「俺も最初はそれを疑った。お前が聖杯争いに出ると聞いて、王太子を狙った犯行ではないかと。だが、効果はせいぜい腹が下る程度だ。お前の名誉が多少傷つくかもしれないが、命まで取るものではない。……そこでだ」
ごくり。
「続けて」
王太子は青い瞳を見開いて、声を潜める側近の話に耳を傾けた。
「俺はあの町の周辺の植生と、地質について調べてみた。コーノック先生にもご指導いただいたが、アシュゴア草もメリブ岩も、あの辺りで入手可能だ。可能と言うか、その辺にゴロゴロ転がっていると言っていい」
「つまり……毒になったのは偶然だってこと?コーノック先生は、他にも材料がないと効果が出ないって言っていた気がするよ」
「ドルルグ鳥の巣だ」
「鳥の巣?」
「ドルルグ鳥は一度飲み込んだ草を吐きだして、唾液で巣を作るんだ。うちの者達に調べさせたら、あの泉の周辺にドルルグ鳥の羽根が大量に落ちていた。恐らく、他の動物に巣を狙われ、親鳥が戦ったのだろう。死骸は見つからなかったようだが」
「戦って、巣が落ちた?」
「ああ。これも推測でしかないが、落下した巣はアシュゴア草でできていた可能性が高い。周辺には巣作りに良さそうな植物はそれしかなかった。メリブ岩は泉に落ちれば、自然に水中に溶けだす」
「条件は揃った、ってこと……」
「草も岩も鳥も、あの辺りでは珍しくないなら、今回のようなことは過去にも起こっていたに違いないと思って、俺は歴史を調べた。解毒効果のあるリュンネ草を日常的に食べ始めたのも、過去の事件が発端だった。コーノック先生に訊ねたところ、リュンネ草は生のままが一番効果が高いが、加熱しても若干効果があるらしい。キーンジェルンの人々は、生では食べにくい草を料理に混ぜて食べてきたんだな。理由も分からずに」

溜息をついてセドリックはテーブルに手を伸ばした。
「全部、偶然だったのかぁ」
「何だ?命を狙われたかったのか?」
意地悪い微笑で再従弟をからかうと、王太子は口を尖らせた。
「レイの方はどうだったのさ?結局、誰も聖杯争いの結果を教えてくれないし」
「……秘密だ」
「アレックスもジュリアも、覚えてない、分からないってしか言わないし。町の人も知らないって言うし……」
「コホン。……とにかく、毒物事件は片付いたんだ。これ以上のことはないだろう?」
「前回の祭りの結果といい、聖杯の謎は解けないままか……はあ」
「少しくらい謎があった方が、人々の興味関心を引くというものだ。気になるなら、次の機会に出場すればいい」
トントン、と肩を叩き、王太子の視線を食堂の入口へと促す。
「マリナ!」
弾かれたように顔を上げ、セドリックは大きく手を振った。

   ◆◆◆

「んー、うまい!」
「ちょっと、ジュリア。それ何本目?」
「分かんない。いいじゃん、早く食べないと悪くなるし」
皆の前に用意されたのは、山盛りになったリュンネ草入りソーセージだった。王太子への感謝の気持ちとして、昨日町の人々が届けたものだ。セドリック一人では食べきれないので、学院の食堂で特別メニューとして提供されている。
「エミリーちゃん、食べないの?」
「……いい。この間、いっぱい食べたから」
「あ……」
キス寸前の妹を思い出し、アリッサはまた顔を赤くした。
「やめてよ。こっちが恥ずかしい」
「ごめんね……。でも、ちょっと羨ましかったな」
「……どこがよ」
エミリーが睨むと、アリッサの視線は反対隣りのレイモンドに固定されていた。
「あの……レイ様?」
「何だ?アリッサ」
「こ、この間の……聖杯は残念でしたね。結果がどうでも、私、レイ様にこれをお渡ししたくて」
「……?」
手渡された包みを開け、何やら黄色い物体を手に取る。
「これは?」
「レイ、いいなあ。帽子じゃないか」
隣のセドリックが腕で小突いた。
「帽子、か……」
「え、あの……」
聖杯のカップ部分を頭に乗せ、レイモンドは「少し小さいな」と呟き、編み目を広げて頭にフィットさせた。聖杯の脚部分が頭頂部に生えた格好になる。
「あ……」
「ぷぷっ、タケ●プターみたい!」
「ジュリア!」
口からソーセージを零しそうになったジュリアが慌てて飲み込む。エミリーが斜め下を向いて必死に笑いをこらえている。
「レイ様、違うんです、それは……」
「どうだ、アリッサ。……似合うか?俺には少々奇抜な意匠に思えるが、君の見立てなら……」
編み物の聖杯を頭に被り、幸せそうに微笑むレイモンドを前に、アリッサは言葉を失った。
――金色の聖杯が輝いて見えるわ。レイ様が被ると何でも輝いて……。
「……素敵」
大爆笑したジュリアがバンバンとテーブルを叩き、またしてもマリナに注意され、セドリックは自分にも作って欲しいと期待をこめてマリナの手をそっと握ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。 思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。 さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。 彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。 そんなの絶対に嫌! というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい! 私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。 ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの? ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ? この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった? なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。 なんか……幼馴染、ヤンデる…………? 「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。

処理中です...