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閑話 聖杯の行方

聖杯の行方 5

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「……本当に、お出になりますのね?」
「うん!絶対に優勝して、聖杯に願い事を叶えてもらうよ」
――意気込みだけはすばらしいわ。このエネルギーを他のことに使えば、セドリック様は後世に語り継がれる名君になれるのに……。
残念な彼の隣の人物は対照的だ。レイモンドは眉間の皺が固定されてしまったかのようだ。
「……俺は出ないと言ったはずだが」
「僕に何かあったら出てほしいって思っていたけれど、二人で出たら聖杯を取れる確率が上がるよね?」
「悪いが、走るのはあまり好きではない。その……一風変わった眼鏡を使うつもりもないぞ」
「そんな!僕、従者に言って、レイの分も買ってこさせたのに」
「余計なものを買うな!第一、その眼鏡をかけたら、近眼の俺は周りが見えなくなる。走るどころではないんだ!」
レイモンドは近視を理由に、半ば命令と化した王太子の提案を断ろうとした。しかし、遠くから自分の名を呼び、満面の笑みで走ってくるアリッサを見つけて表情が緩んだ。
「レイ様!ありました!」
「何を見つけたんだ?欲しいものでもあったのか?」
「これです。あの……近視の方でも使えるって……」
アリッサの白い指には、ショッキングピンクと水色の眼鏡が握られていた。縁には「一意専心」「悪戦苦闘」「以心伝心」「奇奇怪怪」と書いてある。御利益がなさそうだがこれでいいのだろうか。
「アリッサ……」
「よかったね、レイ。これで君も走れるよ!」
「頑張ってください、レイ様。私、応援してます!」
二対のキラキラした瞳で見つめられ、レイモンドはロボットのようなぎこちない動きでアリッサの手から眼鏡を受け取った。

   ◆◆◆

スタートラインに並んで、ジュリアはアレックスと拳を突き合わせた。
「頑張ろうね!」
「おう!」
赤い髪が揺れ、爽やかな笑顔が日の光に煌く。自分の力で優勝したいと、アレックスは魔法の眼鏡をかけていない。周りが妖しい眼鏡集団の中で、
――こういう時のアレックスは、贔屓目なしにカッコイイんだよなあ。
つい見とれていると、彼は思い出したように呟いた。
「……なあ。ジュリアの願い事って?」
「ん?……ヒ・ミ・ツ!」
「何だよ。教えてくれてもいいだろ?」
「アレックスだって教えてくれないじゃん。おあいこでしょ」
唇を尖らせて上目遣いに睨むと、アレックスは僅かに顔を赤くして視線を逸らした。
「俺は……」
何か言いかけた瞬間、スタートラインに作られた櫓の上から、出場者は並ぶようにと声がした。
「いよいよだね」
「あ、ああ……」
――誰が相手でも負けないから!
山の頂上の神殿を見つめ、ジュリアは魔法の眼鏡をかけた。

   ◆◆◆

参加者は幼児から老人まで様々だった。中には、見るからに歩行に支障がありそうなおばあさんもいる。これで五回目だというから、参加することに意義があるのだろう。人々の様子に興味津々のセドリックは、道を外れそうになるのを何度もレイモンドに注意されながら頂上を目指した。
「お祭りって楽しいね。皆、生き生きして、嬉しそうで。この笑顔を守るのが僕の仕事になるんだね」
「何だ?怖気づいたか?」
「ううん。素敵だなって思ったんだよ。……あれ?」
前方を走っていた町の若者が突然叫びだした。見れば、周囲の参加者に異変が起きている。
「どういうことだ?」
「分からないよ……。レイ、あの線、何かな?」
線を境に、向こう側の参加者の様子がおかしい。その場でヒンズースクワットを始める者、早口言葉を連呼する者、一人ミュージカルよろしく愛の歌を歌いだす者……足を止めずに走っていく者は僅かしかいない。
「そうか。この眼鏡の……!」
「僕の眼鏡は大丈夫みたいだよ。よし!このまま頂上へ駆け上がるよ。そして、僕が王になった暁には、隣に立つのはマリナ以外にいないんだ!」
いないんだ、いんだ、だ……。
何故かセドリックの声が強烈に響き、レイモンドが目を見張った次の瞬間には、空間が白く光り、セドリックの隣に人影が現れていた。
「きゃっ!」
「マリナ!?どうしてここに?」
「存じませんわ。セドリック様が何か……ああ、何てこと!」
スカートの下の右足首は、セドリックの左足首と、七色に光る輪で結ばれていた。
「二人三脚……!」
「どうしましょう。私、踵の高い靴を履いておりますから、速く走れませんわ」
「マリナ……こんな状況でも僕の心配をしてくれるんだね」
別に心配はしていないが、セドリックは好意的に受け取ったらしい。マリナの肩を抱き、頬を紅潮させてそれは嬉しそうだ。
「さっき、おばあさんが言っていたんだ。このお祭りは参加することに意義があるってね」
「……おい」
「僕は君と二人でゴールを目指すことに意義があると思うんだ。ね?マリナ」
「おい!」
「ということだから、頑張って聖杯を手に入れてね、レイ」
「丸投げするな!」
ひらひらと手を振って見送る再従弟に苛立ち、青筋を立てながらレイモンドは中指で派手な眼鏡を上げた。
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