783 / 794
閑話 聖杯の行方
聖杯の行方 3
しおりを挟むその日の夕方。寮の部屋で姉妹は優雅にティータイムをしていた。
「王太子様が願い事の権利をくれるって、すごいね」
「よかったね。何もしなくてもいいじゃない」
エミリーは興味なさそうに呟き、視線を魔法書に戻した。
「心からどうでもよさそうね」
「うん」
「エミリーちゃんはジュリアちゃんについて行くの?」
「行かない。嫌だって言ったら、アレックスと行くからいいって言ってた」
魔法で手助けするのを断ったら、ジュリアに文句を言われ、軽く喧嘩になりかけたことは黙っておく。
「エミリーは変なところで頑固よね」
「魔法で先回りするのはズルだもの。私はズルは嫌い」
「ぐうたらのためになら、いくらでも魔法を使うのにね」
「……何か言った?」
「ううん」
アリッサが口をつぐむ。ふと、エミリーが思い出して瞬きをした
「そう言えば、レイモンドがなんか、変なことしてるの見た」
「レイ様が?」
「王太子とスタートダッシュの練習をしているように見えたけど、違ったか……」
◆◆◆
遡ること二時間前。
魔法薬の材料を買いに、校内の購買に立ち寄ったエミリーは、生徒達が何かを遠巻きにして見ているのに気が付いた。特にこれといったイベントはない。どうでもよかったが、人垣の向こうから姉の名を呼ぶ声が聞こえて、気になって覗いたのだ。
「……はあ!?」
学院の生徒達が行き交う通路に白線を引き、こちら側に立てた旗へ向かって、グランディア王国王太子とその側近が、乙女ゲームの攻略対象キャラらしからぬ酷い顔で死に物狂いで走って来るではないか。
――顔、ヤバすぎでしょ!
校内には王族のファンが一定数いるし、公爵家のレイモンドに憧れる女子も多いと聞く。なのに、あれでは百年の恋もさめようというものだ。
「っ、はっ、僕の勝ち!」
「くっ……」
「レイ、最後で力を抜いたよね?僕を勝たせようと思ったの?そういうの、少しも嬉しくないよ」
「脚がもつれるかと思っただけだ……。最近、あまり運動らしい運動をしていなかったのでな」
セドリックは不満そうだ。再従兄が自分の身分に遠慮して手を抜いたと思い込んでいる。
「……そろそろ、やめにしないか?」
「嫌だね。僕はもっと、自分自身の力をつける。そして、この眼鏡で!」
眼鏡を装着したセドリックに、野次馬をしている生徒達が息を呑む音が聞こえた。エミリーも吹き出しそうになったが無表情で耐えた。
「これをつければ、僕の能力が百倍になる。優勝は確実だよ」
「だったらなおさら、練習は不要だな。帰るぞ。馬鹿馬鹿しい!」
「ダメだよ、レイ。君にはいざとなったら僕の代わりに出てもらうんだからね」
「なっ!?聞いていないぞ」
レイモンドの焦りようは本当に聞いていなかったのだろう。エミリーは事の成り行きを見守った。あの鉄面皮の生徒会副会長が、『ロドニペッペの聖杯』を取りに走るのだろうか。
「心配無用だよ。こうして練習をしていれば、君もこの眼鏡で能力百倍、優勝間違いなしだからね」
悪気はないのだろうが、王太子の笑顔が死刑宣告にも思える。レイモンドはいやいやと首を振り、
「それは……命令か?」
と声を絞り出すので精一杯だった。
◆◆◆
「レイ様が、王太子様の代わりに……?」
「王太子が出る気満々だけど、不測の事態が起こったらってこと」
「マリナちゃん、王太子様の眼鏡って、どういうのだったの?」
「ええと……」
手近にあったノートに、マリナはたどたどしく眼鏡の絵を描いた。何でも一通りこなす姉が、絵が下手だと自覚していないことを、アリッサとエミリーは微笑ましく思いながら眺めた。
「ここが、丸くなっていてね。弱肉強食とか唯我独尊って書いてあるのよ」
「ふうん」
アリッサは興味津々といった様子だ。
「色はオレンジと緑で……どちらがどちらだったか。半分ずつ色が違うの」
「……最悪のセンスでしょ」
エミリーが目を瞑って項垂れる。
「この眼鏡があれば能力が百倍になるのかなあ?」
「嘘に決まってる」
「どこから買ったものか分からないけれど、王室御用達の商人が怪しい物を売るとは思えないわ。おそらく、校内で手に入れたか、お忍びで街に行ってお求めになったのね」
「きっと騙されているんだよね。……でも、これを、レイ様が……」
悲壮感漂う表情で、アリッサがはあと溜息をついた。
「……百年の恋も冷める?」
「とんでもない!レイ様は何を着ていても身に着けていても素敵だもん!」
「……はいはい」
「気になるのは、眼鏡に度が入っているかってことなの」
――そこかい!
マリナとエミリーは心の中で同時につっこみを入れた。その時、大きな音を立てて、寮の部屋のドアが開いた。
「たっだいまー!ジュリアちゃんのお帰りだよっ!」
意気揚々と帰ってきた姉の顔を見て、アリッサが口を開けて固まった。
「ジュリア……」
「ん?」
「……色違い?」
首を傾げたジュリアの顔には、セドリックがかけていた眼鏡によく似た丸眼鏡がある。紫と黄緑の縁には、「一攫千金」「大願成就」「出前迅速」「食べ放題」と書いてある。
――最後の一つ、もはや漢字四字じゃないし!
「聞いてよ!この眼鏡すごいんだよ。これをつけていれば速さが一万倍になるって!」
既に普通のスピードで話をしている時点で、偽物を掴まされたと気づかないジュリアに、姉妹は苦笑いをするしかなかった。
0
お気に入りに追加
750
あなたにおすすめの小説
魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした
黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん!
しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。
ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない!
清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!!
*R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
そして乙女ゲームは始まらなかった
お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。
一体私は何をしたらいいのでしょうか?
悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!
神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう.......
だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!?
全8話完結 完結保証!!
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる