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学院編 14

483 悪役令嬢は風邪を引かないと言われる

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「またお客さん?」
ジュリアが立ち上がってドアに向かう。老執事は、首を傾げて小声で告げた。
「来客と申しますか、使用人なのですが……何分態度が大きくて。我々も困っております」
「は?」
ドアを開けて廊下を見ると、海に面した窓から港を見て、出入りする船に目を凝らしている男がいた。通りを歩く若い女性に口笛を吹き、手を振っている。
「……あいつ?」
「はい。何でも、オードファン公爵家に仕える執事だとか。とても執事には見えないので、裏口に留めておこうと思ったのですが、『顔なじみだから大丈夫』と申しまして、こうして中に入ってきてしまい……」
「おっ?」
執事らしくない執事、オードファン公爵家のレイモンド付き使用人であるエイブラハムが、ジュリアに気づいた。歯を見せて笑い、後ろで適当に結った茶色い髪を解く勢いで頭を掻き、軽く頭を下げる。
「レイモンドの……」
「ジュリア様はご無事だったんですね。いやあ、よかった」
「相変わらず適当だなあ。何の用事?レイモンドに何かあったの?」
話しかけると遠慮せずに近づいてきて、エイブラハムはジュリアのすぐ傍に立った。
「何かあったのはこちらのお嬢様方でしょう?様子を見てくるようにと、坊ちゃんが……いや、レイモンド様がね」
「うちの周りに不審者がうろついてるって話かな」
「あー、それもあったんですが、別です。……ところで、熱を出されたのはどなたです?」
「ん?」

   ◆◆◆

エイブラハムの説明は簡単だった。
代々宰相を輩出してきた家柄らしく、オードファン家には独自の情報網がある。特に、外国の要人がお忍びで入国することもある港町では、普段と違うことがあればすぐに王都まで連絡がいく仕組みになっている。
「つまり、うちの使用人が薬を買ったから……?」
「そうです。俺達みたいな平民には手が出せない、お高い風邪薬がしばらくぶりに売れたってんで、ビルクールに行っている貴族は誰かと調べたところ、まあ、年末年始なんて皆王都にいるもんで。じゃあ、どこの者が薬を買ったかとなる」
「それが、領主館だった?」
「はい。領主館にいる貴族なんて、ハーリオン家のどなたかさんに決まってます。旦那様は、ビルクールに誰か行っているのかと坊ちゃんにお尋ねになったんですが、坊ちゃんは初耳だったわけで」
エイブラハムはにやり、と意味ありげに笑った。
「そりゃあ、こっちが見ていられないくらい慌ててましてね。四姉妹とクリス様の誰なのかと。幼児が飲めない薬だと分かると、四人のうちではアリッサ様に違いないと言って、自分で馬車を出して走らせそうになったんですよ」
「レイ様……」
アリッサは感激して瞳を潤ませた。他の三人は何とも言えない表情で彼の話の続きを待った。
「旦那様が、ハーリオン家の皆さんとの接触を禁じてらっしゃいますから、坊ちゃんも最後は折れて。いやあ、大変でしたよ」

「どうしてアリッサだって思ったのかしらね?」
「さあ?婚約者の勘ってやつじゃない?どう思う、アレックス」
「うーん。俺、そういう勘とかないから、よく分かんねえな」
「だよねー」
はっはっはとエイブラハムが笑い出した。
「坊ちゃんなりに考えた理由をお話ししてもいいんですが……」
「聞きたい!」
「マリナ様は日ごろから体調管理に気を付けていらっしゃるし、慎重だから風邪を引くような無理はなさらない。エミリー様は出不精だから、寒ければ家から出ないだろうと」
「ああ、そうだよねえ」
「で。ジュリア様は風邪を引かないだろうと」
「何で?」
首を傾げたのはジュリアだけだった。
「……まあ、そういうことだ。残りはアリッサってことか」
「そうです。坊ちゃんの想像通りの結果でしたね。アリッサ様、顔色がよくないですよ」
「うん……ちょっとね」

   ◆◆◆

行きがかり上、アリッサが顔色を悪くしている理由を、レイモンドには言わない約束でエイブラハムに話して聞かせると、彼は大きく頷いた。
「怖い相手のところに行って話し合いですか。俺だって顔色が悪くなりそうですよ」
「アレックスがついて行くから、大丈夫だよって言ってるんだけどさ。やっぱ、不安じゃない?」
「……先輩、怒ると性格が変わるから」
「ほほー。そりゃあ、面倒くさい男ですねえ。ベイルズ商会の息子って、言っちゃアレですが平民でしょ?侯爵家のお嬢さんに横恋慕するなんて馬鹿ですね」
エイブラハムはずばり切り捨てた。温和な表情が冷たいものに変わる。
「相手が自分を好いてくれているならまだしも、何の見込みもないじゃないですか。アリッサ様はうちの坊ちゃんに首ったけなんですからね。おとなしく引き下がって、実家の家業を立て直すほうが賢いと思いますよ」
「先輩があなたみたいに物わかりの良い方ならいいのだけれど……そうだわ。エイブラハム、あなた、アリッサについて行ってもらえない?」
「へ?俺が?」
自分の鼻先を指さして、エイブラハムが間抜けな顔をした。
「いいね。なんだかんだで、鍛えてそうだよね」
「鍛えてるかどうかって聞かれたら、まあ、それなりにやってますが……何で俺が?」
「用心棒でもあるけれど……あなたなら臨機応変に対処できそうな気がするのよ。マクシミリアン・ベイルズが学院を去れば、あなたの主人であるレイモンドは、婚約者との関係を脅かされなくなるの。どうかしら?」
「いやいや、俺のご主人様は旦那様ですからね。っつか、坊ちゃんとアリッサ様の関係を脅かすような存在なんですか、そいつ」
「そいつって……。詳しくは言えないけれど、厄介な存在であることは確かね」
うーんと唸って、エイブラハムは指先でぽりぽりと無精ひげのある頬を掻いた。
「俺みたいなのがついて行って、怪しまれませんかね?」
「だったら、怪しまれないようにするしかないじゃん?」
マリナと視線を合わせて頷くと、ジュリアは楽しそうに笑った。
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