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学院編 14

470 悪役令嬢は処分を受ける

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「アリッサ、これを」
マリナは便箋の二枚目を渡した。一枚目の便箋とは質感が違う。筆跡も異なっている。
「……!」
「レイモンドが書いて寄越したそうよ。あの、若い執事に託して」
「何だっけ。ワイルド系狙いなのか、きちんとするのが嫌なのか分かんない人でしょ」
「ジュリア……。確かエイブラハムよ。オードファン家の使用人の中ではフットワークが軽いほうみたいね」
「で?何て書いてあるの?」
アリッサから便箋を取り上げ、ジュリアはきれいに並んだ斜体の文字に目を通した。
「急いでいて文字が読みにくかったらすまない、って書いてあるけど、超綺麗じゃね?」
「見るところはそこじゃないわよ。エミリーはアスタシフォンにいる。キースと一緒にアスタシフォン行きの船に乗って、ロディス港で捕まったようね」
「エミリーがそんなことする?家から出るのも面倒くさがるのに、言葉が通じない外国に行こうなんて考えるかなあ?」
「レイモンドはエンウィ魔導師団長の話を疑っているわ。お父様の公爵様から、『エミリーは魔法が下手なのか』と訊ねられたことから、少しだけ状況を聞くことができたのね。エンウィ魔導師団長の孫のキースは、エミリーの転移魔法の失敗に巻き込まれ、運悪く船に乗ってしまった。下りることができずにアスタシフォンのロディス港まで行って、無許可渡航が禁じられている魔導士だと気づかれた。学生の身分で正式には魔導士を名乗れないから、魔導士の身分を剥奪することはできない。そこで、それに準じる対応として、過去の事例を基にエミリーを退学させるのが適当だとなったけれど、停学で許してもらえないかと魔導師団長が陛下に進言したそうよ」
「胡散臭いね。絶対、魔法をしくじったのはキースでしょ」
「私もそう思うわ。彼の転移魔法は、今までに何度も失敗しているから、船の中に転移しても不思議はないでしょう」
「キースはお咎めなしなの?エミリーのせいにして、感じ悪い」
ジュリアは悪態をついて舌を出した。
「未来の魔導師団長候補ですもの。経歴に傷がつくのは我慢ならないのよ。……それで、停学になっている期間に、魔導師団長自らエミリーに魔法を教えることを条件に、退学を免れたとあるわ」
「もう、いろんなところが腹立つんだけどさ。何なの?恩を売ろうっての?」
「エミリーを何とかして囲い込みたいのよ。自分達の、エンウィ一族に取り込むためにね」
「キースは悪いヤツじゃないけど、キースのじいさんはやなヤツだね。ジョンの手紙にもそれが?」
「ジョンは別件よ。最近ハーリオン侯爵邸の周りで不審人物が目撃されているそうよ。私達を見張る役目の騎士団もフロードリンに行っていて、使用人の数も減っているから、クリスが不安がっていると」
「そっか。使用人はいるけど、家族皆いなくなったんだもんね」
「不審者の話は、クリスの耳には入れないようにしているとあるけれど、あの子は鋭いところがあるから、どこかから聞いてしまうでしょうね。誰か王都に帰るべきかしら?」
「そうだよね。……ねえ、アリッサはどう?」

先程から一言も発していない妹に気づき、ジュリアは顔を覗きこんだ。
「うわ」
「アリッサ、酷い顔色だわ」
「唇、紫になってんじゃん!ロミー!」
廊下に出て、別の仕事をしていた侍女を呼ぶ。ロミーはアリッサの様子を見るなり、深く頷いてすぐさま準備をしに走って行った。
「……寒い」
「すっごい熱!体温計がないからあれだけど、氷?風邪薬は?」
怪我ならば治癒魔導士に頼めばすぐに治るが、こちらの世界でも病気は薬で治すもので、魔導士ができるのは本人の治癒力を高める程度である。二人は真っ青な顔のアリッサをベッドに寝かせて布団をかけた。
「エミリーがいれば、熱さましの氷を作ってくれるのにな」
「ビルクールは大きな街だから、薬はすぐ手に入るわ。水魔法を使える人もいるでしょうし、きっと……」
「アリッサがこんな状態じゃ、クリスの様子を見に行かせられないよね」
「ええ。マクシミリアン・ベイルズがキースを脅していたとエミリーが言っていたわ。あの人はアリッサに執着しているから、何かの機会にまた接触してくる可能性があるわ」
「アリッサを落としたヤツだよね?」
「ジュリア、アリッサについていて頂戴」
「え?」
「王都には私が戻るわ。クリスの様子を見に」
冷たい妹の手を握り、マリナは目を伏せた。銀色の睫毛がアメジストの瞳に影を落とす。
「風邪が治る頃には、ビルクールを王家直轄領にすると勅令が出るでしょう。領主館の皆も王都のお邸で雇ってあげられればいいのだけれど……」
ぐっと唇を引き結び、すっくと立ち上がる。こうしてはいられない。廊下に出て従僕を呼び止め、
「……魔法伝令便でハーリオン家に連絡を。魔法陣で戻るから、市場まで馬車を寄越すように」
と指示を出した。
「かしこまりましたっ!」
従僕は地元で採用された少年で、お嬢様から初めて声をかけられたと張り切っていた。
「アリッサが回復したら、エミリーを連れ戻す作戦を立てましょう。……離れていると不安で仕方がないのよ」
部屋を出ようとして振り返り、困った顔でこちらに微笑む。ジュリアは、姉が背負い込んでいるものを少しでも肩代わりできたらいいのにと思わずにはいられなかった。
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