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学院編 14
469 悪役令嬢は隠されたフラグに気づく
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「そう……」
「マリナ、どうする?あいつが怪しいって証拠を掴めば……」
俄然正義感に燃えたジュリアを手で制し、マリナは弱々しく頭を振った。
「やすやすと証拠を掴ませると思う?アリッサの話の通りなら、ベイルズ商会は他の船会社の船に禁輸品を積ませているわ。見つかっても、自分達は知らないと言い張るつもりよ」
「今日、アリッサが見た船は、あの船しか持たない小さな会社みたいで、船長がパーシーさんに連れて行かれて船が出せないって、船員がぼやいてたよ。えっと、ベイルズ商会?が狙うのはそういう弱い立場の人だろうね」
アリッサがスケッチブックにすらすらと書く。字を書くのが速いなとジュリアは内心驚いていた。綴りも完璧である。
「『組織を相手にしていないから、簡単に尻尾が切れる』か。ま、そういうことなんだろうね」
「検査を受けたことで、ベイルズ商会は警戒を強めるでしょう。小さな船会社を全て見張ることはできないし、どうしたものかしら……」
三人が押し黙り、室内に重苦しい空気が漂う。ジュリアに至っては、考えるのを放棄している感もある。
ノックの音がして、ロミーが一礼して入ってくる。
「お嬢様方、一大事でございます!」
「どうしたの?」
「たった今、王都のお邸から使者が参りました。お嬢様にこれをと」
差し出されたのは、飾り気のない一通の封筒だった。
「手紙?誰から?」
封を切ってマリナが文面に目を通す。覗き込んだアリッサが両手で頬を覆った。
「……エミリーの消息がつかめたわ」
◆◆◆
「うああああああっ!」
海賊衣装から普通の王子様に戻ったリオネルは、半分寝そうになっているエミリーと無言のまま小一時間同じ部屋にいて、あまりの静けさに発狂しそうだった。
「エミリー、何かしゃべってよ!」
「……眠い」
「魔力を回復したいのは分かるけどさ、せめて会話しようよ?二人でいるんだし」
「……面倒」
キースの迎えは早かった。エンウィ伯爵が魔法伝令便を使い、ロディス港にいたグランディアからの船の持ち主に話をつけ、キース一人くらいならと乗船許可を得たのだ。
――ちゃっかり、一人分だけ交渉するあたり、頭に来るわね。
ノアに連れられて港に向かう彼に手を振りながら、エミリーはどす黒いオーラを漂わせていた。
「キースが一人で帰るなんてね。あいつが間違って船に乗ったんでしょ?」
「そう」
「で、なんでエミリーが残んなきゃないの?」
「……知らない。私のせいにされてる」
「何かいろいろあるんだねえ。エミリーがどうしても帰りたいって言うなら、船を出してあげてもいいよ」
「話が大きくなるからやめて」
「だーよーねええ。ハーリオン侯爵も返してあげたいんだけど、かえってこっちにいた方が安全かもだし」
椅子の背凭れを前にして座り、リオネルは椅子の背に腕組みをして顎を乗せた。
「……安全?」
「シナリオ通りなら、没落して処刑されちゃうでしょ。侯爵がこっちにいる限り、少なくともシナリオは進めない。必要なフラグが揃わないから」
「シナリオ……そうか。没落するにしても、お父様がいないことには……」
「グランディア国王も罪を問えないし、見えない敵が罪をなすりつけるにも、国内にいなければ事件を起こしようがない」
「……ねえ、リオネル」
数歩歩いて、エミリーはリオネルの前に来て視線を合わせた。
「ん?」
「……お父様とお母様を匿ってるのは、あなたなの?」
「んー、半分合ってる」
悔しそうに歯を食いしばり、無造作に頭を掻いた。薄茶色の髪の毛がボサボサになる。
「ハーリオン侯爵は僕の……というか、オーリー兄上の秘密の場所に匿ってる。侯爵夫人は……」
「お母様は、違うの?」
「僕の兄が三人いるって教えたっけ?」
「……聞いたような気がする」
「オーリー兄上以外の二人は、簡単に言うとカスなんだけどさ。そのどちらかが先に君の母上に接触して、うまいこと騙して囲い込んだらしい」
「げ」
「どっちかだろうとは思っているけど、侯爵夫人を手駒にする理由が分かんないんだよね」
「……ハーリオン家との繋がりは、百害あって一利なし」
「うん。グランディア国王に睨まれて、なんやかやで悪事がバレてこれから没落するのに、関係を公にはしたくないよね。奴らが何て言って侯爵夫人を騙しているのか知らないから……」
エミリーはふと、以前母から届いた手紙を思い出した。
「お母様から来た手紙には、魔法がかかってた。私達だけに正しい文章が読めるように。問題なく過ごしていると書いていたように思った。……違うの?」
「書かされている可能性は否定できないよ。手紙がどうやって届けられたか、何の証拠も残さないように細心の注意を払っているだろうね」
「……お父様がグランディアに帰らなければ、没落シナリオは動かない。なのに、マクシミリアンはキースを脅して何かしようとしていたし、マリナ達もそれぞれ破局しそうになった。ハーリオン家は弱ってる。王が何もしなくても、零落れる用意はできている」
「ヒロインが攻略を失敗しても?」
「……アイリーンは一人じゃ何も起こせない。絶対に後ろ盾がいる。そいつがアイリーンを逆ハーレムエンドに連れて行くんだ」
「逆ハーレムなんてあり得る?」
「……誰も攻略できていない。誰のルートにも入っていないってこと。完全な失敗か、逆ハーレムエンドしかない。リオネルは逆ハーレムの条件って知ってる?」
「実際にクリアできてないから、詳しくは知らないよ。要するに、親密度とパラメーター以外のフラグが何かってことだよね」
「アイリーンと攻略対象の親密度はマイナス、四人の攻略対象が気にするパラメーターも軒並み低い。普通は逆ハーレムなんて行けないはず。……だけど」
「ヒロインが完全に失敗した時は、悪役令嬢は没落していないし、攻略対象といい感じになってたよね。……ん?もしかして……?」
視線が合い、リオネルは丸い瞳をさらに丸くした。
「……そう。気づいた?」
「悪役令嬢が死ぬかハーリオン家が没落すれば、ヒロインは絶対に幸せになれる?」
目を細めたエミリーは大きく頷き、
「成功条件は……没落だけじゃない」
と無表情で呟いた。
「マリナ、どうする?あいつが怪しいって証拠を掴めば……」
俄然正義感に燃えたジュリアを手で制し、マリナは弱々しく頭を振った。
「やすやすと証拠を掴ませると思う?アリッサの話の通りなら、ベイルズ商会は他の船会社の船に禁輸品を積ませているわ。見つかっても、自分達は知らないと言い張るつもりよ」
「今日、アリッサが見た船は、あの船しか持たない小さな会社みたいで、船長がパーシーさんに連れて行かれて船が出せないって、船員がぼやいてたよ。えっと、ベイルズ商会?が狙うのはそういう弱い立場の人だろうね」
アリッサがスケッチブックにすらすらと書く。字を書くのが速いなとジュリアは内心驚いていた。綴りも完璧である。
「『組織を相手にしていないから、簡単に尻尾が切れる』か。ま、そういうことなんだろうね」
「検査を受けたことで、ベイルズ商会は警戒を強めるでしょう。小さな船会社を全て見張ることはできないし、どうしたものかしら……」
三人が押し黙り、室内に重苦しい空気が漂う。ジュリアに至っては、考えるのを放棄している感もある。
ノックの音がして、ロミーが一礼して入ってくる。
「お嬢様方、一大事でございます!」
「どうしたの?」
「たった今、王都のお邸から使者が参りました。お嬢様にこれをと」
差し出されたのは、飾り気のない一通の封筒だった。
「手紙?誰から?」
封を切ってマリナが文面に目を通す。覗き込んだアリッサが両手で頬を覆った。
「……エミリーの消息がつかめたわ」
◆◆◆
「うああああああっ!」
海賊衣装から普通の王子様に戻ったリオネルは、半分寝そうになっているエミリーと無言のまま小一時間同じ部屋にいて、あまりの静けさに発狂しそうだった。
「エミリー、何かしゃべってよ!」
「……眠い」
「魔力を回復したいのは分かるけどさ、せめて会話しようよ?二人でいるんだし」
「……面倒」
キースの迎えは早かった。エンウィ伯爵が魔法伝令便を使い、ロディス港にいたグランディアからの船の持ち主に話をつけ、キース一人くらいならと乗船許可を得たのだ。
――ちゃっかり、一人分だけ交渉するあたり、頭に来るわね。
ノアに連れられて港に向かう彼に手を振りながら、エミリーはどす黒いオーラを漂わせていた。
「キースが一人で帰るなんてね。あいつが間違って船に乗ったんでしょ?」
「そう」
「で、なんでエミリーが残んなきゃないの?」
「……知らない。私のせいにされてる」
「何かいろいろあるんだねえ。エミリーがどうしても帰りたいって言うなら、船を出してあげてもいいよ」
「話が大きくなるからやめて」
「だーよーねええ。ハーリオン侯爵も返してあげたいんだけど、かえってこっちにいた方が安全かもだし」
椅子の背凭れを前にして座り、リオネルは椅子の背に腕組みをして顎を乗せた。
「……安全?」
「シナリオ通りなら、没落して処刑されちゃうでしょ。侯爵がこっちにいる限り、少なくともシナリオは進めない。必要なフラグが揃わないから」
「シナリオ……そうか。没落するにしても、お父様がいないことには……」
「グランディア国王も罪を問えないし、見えない敵が罪をなすりつけるにも、国内にいなければ事件を起こしようがない」
「……ねえ、リオネル」
数歩歩いて、エミリーはリオネルの前に来て視線を合わせた。
「ん?」
「……お父様とお母様を匿ってるのは、あなたなの?」
「んー、半分合ってる」
悔しそうに歯を食いしばり、無造作に頭を掻いた。薄茶色の髪の毛がボサボサになる。
「ハーリオン侯爵は僕の……というか、オーリー兄上の秘密の場所に匿ってる。侯爵夫人は……」
「お母様は、違うの?」
「僕の兄が三人いるって教えたっけ?」
「……聞いたような気がする」
「オーリー兄上以外の二人は、簡単に言うとカスなんだけどさ。そのどちらかが先に君の母上に接触して、うまいこと騙して囲い込んだらしい」
「げ」
「どっちかだろうとは思っているけど、侯爵夫人を手駒にする理由が分かんないんだよね」
「……ハーリオン家との繋がりは、百害あって一利なし」
「うん。グランディア国王に睨まれて、なんやかやで悪事がバレてこれから没落するのに、関係を公にはしたくないよね。奴らが何て言って侯爵夫人を騙しているのか知らないから……」
エミリーはふと、以前母から届いた手紙を思い出した。
「お母様から来た手紙には、魔法がかかってた。私達だけに正しい文章が読めるように。問題なく過ごしていると書いていたように思った。……違うの?」
「書かされている可能性は否定できないよ。手紙がどうやって届けられたか、何の証拠も残さないように細心の注意を払っているだろうね」
「……お父様がグランディアに帰らなければ、没落シナリオは動かない。なのに、マクシミリアンはキースを脅して何かしようとしていたし、マリナ達もそれぞれ破局しそうになった。ハーリオン家は弱ってる。王が何もしなくても、零落れる用意はできている」
「ヒロインが攻略を失敗しても?」
「……アイリーンは一人じゃ何も起こせない。絶対に後ろ盾がいる。そいつがアイリーンを逆ハーレムエンドに連れて行くんだ」
「逆ハーレムなんてあり得る?」
「……誰も攻略できていない。誰のルートにも入っていないってこと。完全な失敗か、逆ハーレムエンドしかない。リオネルは逆ハーレムの条件って知ってる?」
「実際にクリアできてないから、詳しくは知らないよ。要するに、親密度とパラメーター以外のフラグが何かってことだよね」
「アイリーンと攻略対象の親密度はマイナス、四人の攻略対象が気にするパラメーターも軒並み低い。普通は逆ハーレムなんて行けないはず。……だけど」
「ヒロインが完全に失敗した時は、悪役令嬢は没落していないし、攻略対象といい感じになってたよね。……ん?もしかして……?」
視線が合い、リオネルは丸い瞳をさらに丸くした。
「……そう。気づいた?」
「悪役令嬢が死ぬかハーリオン家が没落すれば、ヒロインは絶対に幸せになれる?」
目を細めたエミリーは大きく頷き、
「成功条件は……没落だけじゃない」
と無表情で呟いた。
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