上 下
641 / 794
学院編 14

469 悪役令嬢は隠されたフラグに気づく

しおりを挟む
「そう……」
「マリナ、どうする?あいつが怪しいって証拠を掴めば……」
俄然正義感に燃えたジュリアを手で制し、マリナは弱々しく頭を振った。
「やすやすと証拠を掴ませると思う?アリッサの話の通りなら、ベイルズ商会は他の船会社の船に禁輸品を積ませているわ。見つかっても、自分達は知らないと言い張るつもりよ」
「今日、アリッサが見た船は、あの船しか持たない小さな会社みたいで、船長がパーシーさんに連れて行かれて船が出せないって、船員がぼやいてたよ。えっと、ベイルズ商会?が狙うのはそういう弱い立場の人だろうね」
アリッサがスケッチブックにすらすらと書く。字を書くのが速いなとジュリアは内心驚いていた。綴りも完璧である。
「『組織を相手にしていないから、簡単に尻尾が切れる』か。ま、そういうことなんだろうね」
「検査を受けたことで、ベイルズ商会は警戒を強めるでしょう。小さな船会社を全て見張ることはできないし、どうしたものかしら……」
三人が押し黙り、室内に重苦しい空気が漂う。ジュリアに至っては、考えるのを放棄している感もある。

ノックの音がして、ロミーが一礼して入ってくる。
「お嬢様方、一大事でございます!」
「どうしたの?」
「たった今、王都のお邸から使者が参りました。お嬢様にこれをと」
差し出されたのは、飾り気のない一通の封筒だった。
「手紙?誰から?」
封を切ってマリナが文面に目を通す。覗き込んだアリッサが両手で頬を覆った。
「……エミリーの消息がつかめたわ」

   ◆◆◆

「うああああああっ!」
海賊衣装から普通の王子様に戻ったリオネルは、半分寝そうになっているエミリーと無言のまま小一時間同じ部屋にいて、あまりの静けさに発狂しそうだった。
「エミリー、何かしゃべってよ!」
「……眠い」
「魔力を回復したいのは分かるけどさ、せめて会話しようよ?二人でいるんだし」
「……面倒」
キースの迎えは早かった。エンウィ伯爵が魔法伝令便を使い、ロディス港にいたグランディアからの船の持ち主に話をつけ、キース一人くらいならと乗船許可を得たのだ。
――ちゃっかり、一人分だけ交渉するあたり、頭に来るわね。
ノアに連れられて港に向かう彼に手を振りながら、エミリーはどす黒いオーラを漂わせていた。
「キースが一人で帰るなんてね。あいつが間違って船に乗ったんでしょ?」
「そう」
「で、なんでエミリーが残んなきゃないの?」
「……知らない。私のせいにされてる」
「何かいろいろあるんだねえ。エミリーがどうしても帰りたいって言うなら、船を出してあげてもいいよ」
「話が大きくなるからやめて」
「だーよーねええ。ハーリオン侯爵も返してあげたいんだけど、かえってこっちにいた方が安全かもだし」
椅子の背凭れを前にして座り、リオネルは椅子の背に腕組みをして顎を乗せた。

「……安全?」
「シナリオ通りなら、没落して処刑されちゃうでしょ。侯爵がこっちにいる限り、少なくともシナリオは進めない。必要なフラグが揃わないから」
「シナリオ……そうか。没落するにしても、お父様がいないことには……」
「グランディア国王も罪を問えないし、見えない敵が罪をなすりつけるにも、国内にいなければ事件を起こしようがない」
「……ねえ、リオネル」
数歩歩いて、エミリーはリオネルの前に来て視線を合わせた。
「ん?」
「……お父様とお母様を匿ってるのは、あなたなの?」
「んー、半分合ってる」
悔しそうに歯を食いしばり、無造作に頭を掻いた。薄茶色の髪の毛がボサボサになる。
「ハーリオン侯爵は僕の……というか、オーリー兄上の秘密の場所に匿ってる。侯爵夫人は……」
「お母様は、違うの?」
「僕の兄が三人いるって教えたっけ?」
「……聞いたような気がする」
「オーリー兄上以外の二人は、簡単に言うとカスなんだけどさ。そのどちらかが先に君の母上に接触して、うまいこと騙して囲い込んだらしい」
「げ」
「どっちかだろうとは思っているけど、侯爵夫人を手駒にする理由が分かんないんだよね」
「……ハーリオン家との繋がりは、百害あって一利なし」
「うん。グランディア国王に睨まれて、なんやかやで悪事がバレてこれから没落するのに、関係を公にはしたくないよね。奴らが何て言って侯爵夫人を騙しているのか知らないから……」
エミリーはふと、以前母から届いた手紙を思い出した。
「お母様から来た手紙には、魔法がかかってた。私達だけに正しい文章が読めるように。問題なく過ごしていると書いていたように思った。……違うの?」
「書かされている可能性は否定できないよ。手紙がどうやって届けられたか、何の証拠も残さないように細心の注意を払っているだろうね」
「……お父様がグランディアに帰らなければ、没落シナリオは動かない。なのに、マクシミリアンはキースを脅して何かしようとしていたし、マリナ達もそれぞれ破局しそうになった。ハーリオン家は弱ってる。王が何もしなくても、零落れる用意はできている」
「ヒロインが攻略を失敗しても?」
「……アイリーンは一人じゃ何も起こせない。絶対に後ろ盾がいる。そいつがアイリーンを逆ハーレムエンドに連れて行くんだ」
「逆ハーレムなんてあり得る?」
「……誰も攻略できていない。誰のルートにも入っていないってこと。完全な失敗か、逆ハーレムエンドしかない。リオネルは逆ハーレムの条件って知ってる?」
「実際にクリアできてないから、詳しくは知らないよ。要するに、親密度とパラメーター以外のフラグが何かってことだよね」
「アイリーンと攻略対象の親密度はマイナス、四人の攻略対象が気にするパラメーターも軒並み低い。普通は逆ハーレムなんて行けないはず。……だけど」
「ヒロインが完全に失敗した時は、悪役令嬢は没落していないし、攻略対象といい感じになってたよね。……ん?もしかして……?」
視線が合い、リオネルは丸い瞳をさらに丸くした。
「……そう。気づいた?」
「悪役令嬢が死ぬかハーリオン家が没落すれば、ヒロインは絶対に幸せになれる?」
目を細めたエミリーは大きく頷き、
「成功条件は……没落だけじゃない」
と無表情で呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。 思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。 さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。 彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。 そんなの絶対に嫌! というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい! 私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。 ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの? ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ? この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった? なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。 なんか……幼馴染、ヤンデる…………? 「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。

処理中です...