上 下
778 / 794
閑話 王子様はお菓子泥棒

しおりを挟む
「さあ、アリッサ。君が先に食べるんだ」
「……でも、これはレイ様に……」
「俺は先に一つ食べたからな。……口を開けて」
一口サイズのタルトを持ち、愛しのレイモンドが極上の笑みをたたえている。アリッサは素直に頷くしかなかった。自分で作ったジャムは、味に自信があったが、レイモンドに食べさせたくて作ったものだ。
「んぐっ……!」
――思ったより大きかったのね、これ……。
タルトは直径七センチ程度で、レイモンドは大きく口を開けて三口で食べたが、アリッサの口にはかなり大きい。
――縁に乗せた生クリームが……食べ方が汚いって嫌われちゃう!
唇の中央はブルーベリー風の木の実のジャムで、口の端は生クリームでぐちゃぐちゃである。アリッサは自分が無様な姿をさらしていると思い、思わず涙目になった。
「アリッサ?」
レイモンドの表情が変わった。
「すまない。ナイフで小さくすればよかったな」
「むむ……う、んぐ」
口に入っているタルトを根性で飲み込み、アリッサは急いでハンカチで口元を拭おうとした。が、鮮やかな刺繍が入ったハンカチを持つ手は、レイモンドの長い指で絡め取られた。
「貸して」
「……?」
「俺が拭ってやろう」
困惑しながらハンカチを渡すと、レイモンドはそれを自分の膝の上に置き、アリッサの肩を抱き寄せた。
「あ、あの……?」
「味わわせてもらおうか。……特別に甘い、君のジャムを」
「……!!」

   ◆◆◆

「ジュリアちゃんは戻って来なかったねえ~」
レナードが涼しい顔で肩を竦める。
「どこ行ったんだろうな。掃除は速攻で終わったってのに」
「そうそう。制服でいても問題なさそうだった。前回の実技の授業をサボった奴らが罰掃除させられたから、殆ど汚れてなかったもんな」
「あいつら、授業に出なくていいのか?」
罰掃除をさせられたのは、剣技科一年生の中でも実力は中の下の生徒達だった。実技試験の成績に期待が持てない以上、授業にはきちんと出席しておかないと落第しかねない。
「前々回にコテンパンにしてやったくせに、何言ってんのさ。アレックスと当たりたくないから逃げたんだと思うよ。俺があいつらだったら、お前と戦いたくないもん」
「俺のせいかよ!」
「……あのさあ、少しは加減してやりなよ。物心ついたときから剣を振るってたお前と、ここ一、二年で練習を始めたあいつらじゃ、そもそも戦いになるわけないっての。……で?ジュリアちゃんを探しに行く?」
練習場から生徒達が帰っていく。残っているのはアレックスとレナードだけだ。
「エミリーのとこに行くって言ってた気がするな。うん、魔法科に行ってくる」
「うん。じゃあ、俺はここで待ってる。もしかして、行き違いになるかもしれないし?」
「ああ。合流したら呼びに来る。すぐに戻る」
「はいはい。そろそろ三年生が練習に来る頃だから、適当に相手して待ってるよ」
レナードはひらひらと手を振り、観客席の最上段に脚を組んで座った。

   ◆◆◆

魔法科の教室まで、アレックスは普通科一年の教室の前を通って行くことにした。
「もしかして、マリナやアリッサんとこに寄ってるってことも……ん?」
一年一組の教室の前に、黒ずくめの不審者がうろうろしている。
「殿下!?何やってるんですか?」
「シッ!アレックス、声が大きいよ」
「変なことしたら、先生に怒られますよ?」
セドリックにとって、先生に怒られるよりレイモンドに説教をされるほうが怖い。アレックスの忠告は彼には届かなかった。
「アリッサのお菓子を盗まなくてもよくなったんですよね?」
「他の怪盗が盗んでしまったからね。僕はマリナが心配なんだよ」
「警備は大丈夫だと思うんですけどね」
「そりゃ、君のジュリアは強いから、怪盗相手でも心配はないかもしれないけど……」
「おっ!俺の!?……で、殿下、あの……」
どうでもいいところで照れ始めたアレックスに目もくれず、セドリックは教室のドアを少しだけ開けて、隙間から中を窺っていた。
「……暗い」
「そうですね」
「闇を味方につけて、僕は……怪盗からマリナを守ってみせる。そして……」
「そして?」
ふー、とセドリックは鼻息を荒くした。
「マリナのハートを盗んでみせる!」

   ◆◆◆

憤慨したエミリーが魔法科教官室から逃げるようにいなくなって、マシューは自分の行いを猛省していた。
「年頃の女性に、脱げなんて……俺は、なんてことを……!」
魔力では自分に敵わないと知り、彼女は魔法で攻撃してこなかったものの、これが対等な能力を持ち合わせていたら、確実に火魔法で消し炭にされたか、闇魔法で錯乱状態にされていたことだろう。
「……ダメだ……どうにかしなければ」
ローブを全部ほしいと言われ、貸してやるなら綺麗なものをと自分のクローゼットを点検したはいいが、どれも汚れて黴臭く、とても貸してやれないと思った。全部メンテナンスに出して、エミリーの来訪に備えようとしたところ、想定より早く彼女が自分の許を訪れたのだ。ローブを貸してやれず、冷水を浴びせて、変態発言をしてしまった。
「……完全に、嫌われてしまう……」
エミリーとのやり取りの一部始終を脳内再生して、ふと気づいた。
「制服……?」
彼女は制服をなくし、探しているようだった。魔力を感じ取れる自分なら、エミリーがなくした制服を探し当てることができるのではないか。こうしてはいられないと椅子から立ち上がり、マシューは神経を研ぎ澄まして教室までの道を歩き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?

氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!   気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、 「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。  しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。  なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。  そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります! ✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに【魔法学園編 突入☆】

はぴねこ
BL
魔法学園編突入! 学園モノは読みたいけど、そこに辿り着くまでの長い話を読むのは大変という方は、魔法学園編の000話をお読みください。これまでのあらすじをまとめてあります。 美幼児&美幼児(ブロマンス期)からの美青年×美青年(BL期)への成長を辿る長編BLです。 金髪碧眼美幼児のリヒトの前世は、隠れゲイでBL好きのおじさんだった。 享年52歳までプレイしていた乙女ゲーム『星鏡のレイラ』の攻略対象であるリヒトに転生したため、彼は推しだった不憫な攻略対象:カルロを不運な運命から救い、幸せにすることに全振りする。 見た目は美しい王子のリヒトだが、中身は52歳で、両親も乳母も護衛騎士もみんな年下。 気軽に話せるのは年上の帝国の皇帝や魔塔主だけ。 幼い推しへの高まる父性でカルロを溺愛しつつ、頑張る若者たち(両親etc)を温かく見守りながら、リヒトはヒロインとカルロが結ばれるように奮闘する! リヒト… エトワール王国の第一王子。カルロへの父性が暴走気味。 カルロ… リヒトの従者。リヒトは神様で唯一の居場所。リヒトへの想いが暴走気味。 魔塔主… 一人で国を滅ぼせるほどの魔法が使える自由人。ある意味厄災。リヒトを研究対象としている。 オーロ皇帝… 大帝国の皇帝。エトワールの悍ましい慣習を嫌っていたが、リヒトの利発さに興味を持つ。 ナタリア… 乙女ゲーム『星鏡のレイラ』のヒロイン。オーロ皇帝の孫娘。カルロとは恋のライバル。

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

長女は悪役、三女はヒロイン、次女の私はただのモブ

藤白
恋愛
前世は吉原美琴。普通の女子大生で日本人。 そんな私が転生したのは三人姉妹の侯爵家次女…なんと『Cage~あなたの腕の中で~』って言うヤンデレ系乙女ゲームの世界でした! どうにかしてこの目で乙女ゲームを見届け…って、このゲーム確か悪役令嬢とヒロインは異母姉妹で…私のお姉様と妹では!? えっ、ちょっと待った!それって、私が死んだ確執から姉妹仲が悪くなるんだよね…? 死にたくない!けど乙女ゲームは見たい! どうしよう! ◯閑話はちょいちょい挟みます ◯書きながらストーリーを考えているのでおかしいところがあれば教えてください! ◯11/20 名前の表記を少し変更 ◯11/24 [13] 罵りの言葉を少し変更

処理中です...