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閑話 王子様はお菓子泥棒
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「……お疲れ」
エミリーが眠そうな瞳で笑い、アリッサの隣に座った。昼食を一緒に取ろうと約束していた四姉妹は、午前の授業が終わると食堂で顔を合わせた。マリナが暗い顔をしている。
「何よ、その笑いは」
「……魔法科でも噂になってる。王子の夜這い」
「よば……!」
アリッサが顔を覆って絶句する。ジュリアがパンを詰まらせかけて、水を一気飲みした。
「ぐふ。ん、マジ?」
「……マジ」
「バイロン先生が王太子様を追い出して、すぐに授業が始まったのよ?」
「アスタシフォン語の時間だったんだ?」
「いいえ。アスタシフォン語は二組よ。一組から悲鳴が聞こえたものだから、何事かとかけつけてくださったの。こう言っては何だけれど、猫の子をつまみあげるような……」
「はっはっは。ウケる」
「ちょっと、ジュリアちゃん!笑い事じゃないよ」
「ごめんごめん。でもさ、何でいきなり、夜這いなんて話になったのさ?」
四人は同様に首を傾げた。
「さあ?」
「レイ様なら何かご存知かも」
「そうね。聞いてみてくれる?」
「マリナが直接殿下に聞けばいいじゃん」
「嫌よ。何をされるか分かったものじゃないわ。妙にハイテンションだったし」
「……変態の箍が外れたか」
白身魚をナイフで切って口に運び、エミリーは何気なく窓際の席を見た。
「……あ」
「どうしたの?」
「……あれ、見て」
「あ、レイ様だわ!」
「アレックスもいるじゃん。……って、あと一人誰?」
普段と変わらず堂々としているレイモンド、居心地が悪そうにキョロキョロしているアレックスの隣に、黒ずくめの男が帽子も取らずに座っている。
「怪しいことこの上ないわね」
「レイ様、普通にお話してるし……」
「意外と怪しくないんじゃない?」
「食べ方も綺麗だわ」
「私、行って見てくる!」
◆◆◆
「いつまでその馬鹿馬鹿しい仮装をしているつもりなんだ」
レイモンドは中指で眼鏡を上げ、帽子を深々と被った隣の男を睨んだ。
「……シッ。話しかけたら、僕がいるって知られてしまうだろう?」
「話しかけなくても、この食堂では完全に悪目立ちしているがな」
「怪盗は目立ってはいけないんだよ。だから、本に書かれていたように、黒い服に黒い帽子を用意してみたんだ」
「殿下の侍従の皆さんも大変ですね」
「ああ。二時間目の後にアレックスが報告してから、昼休みの前までに用意させたらしい。どれも王室御用達の店の特注品だ」
「えっ、店に売ってるやつじゃないんですか?」
「全て僕の寸法に合わせて作ってあるんだよ。立姿がカッコよく見えるようにお願いしたんだ」
セドリックは腕を組み、少し顎を上げて胸を張った。アレックスは心の中で「王家ってすげえな」と感心していた。
「ところで、肝心の……お前が怪盗になった経緯が分からないが、改めて説明してもらおうか」
「僕とアレックスが話をしたのは教えたよね」
「ああ。アリッサの菓子を怪盗が盗んだ……とジュリアが言っていたんだな?」
「そうです。アリッサはいっぱい作ったのに、そいつが持ってったって」
「ふうむ……」
緑色の瞳が輝き、すっと細められた。レイモンドは腕を組んで顎に手を当て、
「ジュリアが……」
と呟いた。
「僕はマリナを守るために、今晩部屋に忍び込む!」
「怪盗が?守る?」
「ふふん、知ってるかな?毒を以て毒を制すって」
「……知りません」
「だろうな。怪盗になって怪盗と戦うのか?」
「夜の闇に融ける服を着ている相手に、白い服で挑んだら不利だろう?僕も怪盗の格好をすれば、相手も油断するかも……」
「同業者には厳しいと思うぞ」
「うっ……」
「それに、アリッサの菓子はもうない。菓子を盗むのが目当てなら、部屋に忍び込む理由はないな」
「うう……」
「女子寮に忍び込むなんて、後々まで語り草になるぞ。グランディア王国史に恥ずかしい行動の数々が載るんだ。犯罪王子の烙印を押されたくなければ、絶対にやめておけ」
セドリックを諌めつつ、レイモンドはどこか嬉しそうだ。アレックスは彼がご機嫌な理由が分からず、目の前の昼食に集中した。
◆◆◆
「近くまで行って見たら殿下だったよ」
「……やっぱり」
「何で黒なの?」
「あれじゃない?デドノア祭の仮装」
「ああ、ハロウィーンか」
満腹になったエミリーが大きく欠伸をする。
「ゲームにこんなイベントあったっけ?アレックスルートじゃ見たことないけど」
「アレックス君、そういうの興味なさそうだもんね」
「バレンタインも忘れそうだからね。……マリナは?殿下のルートで何かあった?」
「聞いたことはないわね。攻略サイトにもなかったと思うわ」
マリナは遠い記憶を呼び起こした。セドリックは制服か白い正装が多く、黒を着ているイメージが浮かばない。
「レイ様は、お菓子を食べさせ合いっこするの」
「へー」
「ふーん」
「皆、興味ないって顔してるっ……。お菓子、少なくなっちゃって、多分イベントとは違うと思うの……」
じわ、とアメジストの瞳が濡れる。マリナとジュリアが必死に妹を慰めている横で、エミリーは冷めた瞳で呟いた。
「……デドノア祭のイベント、か……」
エミリーが眠そうな瞳で笑い、アリッサの隣に座った。昼食を一緒に取ろうと約束していた四姉妹は、午前の授業が終わると食堂で顔を合わせた。マリナが暗い顔をしている。
「何よ、その笑いは」
「……魔法科でも噂になってる。王子の夜這い」
「よば……!」
アリッサが顔を覆って絶句する。ジュリアがパンを詰まらせかけて、水を一気飲みした。
「ぐふ。ん、マジ?」
「……マジ」
「バイロン先生が王太子様を追い出して、すぐに授業が始まったのよ?」
「アスタシフォン語の時間だったんだ?」
「いいえ。アスタシフォン語は二組よ。一組から悲鳴が聞こえたものだから、何事かとかけつけてくださったの。こう言っては何だけれど、猫の子をつまみあげるような……」
「はっはっは。ウケる」
「ちょっと、ジュリアちゃん!笑い事じゃないよ」
「ごめんごめん。でもさ、何でいきなり、夜這いなんて話になったのさ?」
四人は同様に首を傾げた。
「さあ?」
「レイ様なら何かご存知かも」
「そうね。聞いてみてくれる?」
「マリナが直接殿下に聞けばいいじゃん」
「嫌よ。何をされるか分かったものじゃないわ。妙にハイテンションだったし」
「……変態の箍が外れたか」
白身魚をナイフで切って口に運び、エミリーは何気なく窓際の席を見た。
「……あ」
「どうしたの?」
「……あれ、見て」
「あ、レイ様だわ!」
「アレックスもいるじゃん。……って、あと一人誰?」
普段と変わらず堂々としているレイモンド、居心地が悪そうにキョロキョロしているアレックスの隣に、黒ずくめの男が帽子も取らずに座っている。
「怪しいことこの上ないわね」
「レイ様、普通にお話してるし……」
「意外と怪しくないんじゃない?」
「食べ方も綺麗だわ」
「私、行って見てくる!」
◆◆◆
「いつまでその馬鹿馬鹿しい仮装をしているつもりなんだ」
レイモンドは中指で眼鏡を上げ、帽子を深々と被った隣の男を睨んだ。
「……シッ。話しかけたら、僕がいるって知られてしまうだろう?」
「話しかけなくても、この食堂では完全に悪目立ちしているがな」
「怪盗は目立ってはいけないんだよ。だから、本に書かれていたように、黒い服に黒い帽子を用意してみたんだ」
「殿下の侍従の皆さんも大変ですね」
「ああ。二時間目の後にアレックスが報告してから、昼休みの前までに用意させたらしい。どれも王室御用達の店の特注品だ」
「えっ、店に売ってるやつじゃないんですか?」
「全て僕の寸法に合わせて作ってあるんだよ。立姿がカッコよく見えるようにお願いしたんだ」
セドリックは腕を組み、少し顎を上げて胸を張った。アレックスは心の中で「王家ってすげえな」と感心していた。
「ところで、肝心の……お前が怪盗になった経緯が分からないが、改めて説明してもらおうか」
「僕とアレックスが話をしたのは教えたよね」
「ああ。アリッサの菓子を怪盗が盗んだ……とジュリアが言っていたんだな?」
「そうです。アリッサはいっぱい作ったのに、そいつが持ってったって」
「ふうむ……」
緑色の瞳が輝き、すっと細められた。レイモンドは腕を組んで顎に手を当て、
「ジュリアが……」
と呟いた。
「僕はマリナを守るために、今晩部屋に忍び込む!」
「怪盗が?守る?」
「ふふん、知ってるかな?毒を以て毒を制すって」
「……知りません」
「だろうな。怪盗になって怪盗と戦うのか?」
「夜の闇に融ける服を着ている相手に、白い服で挑んだら不利だろう?僕も怪盗の格好をすれば、相手も油断するかも……」
「同業者には厳しいと思うぞ」
「うっ……」
「それに、アリッサの菓子はもうない。菓子を盗むのが目当てなら、部屋に忍び込む理由はないな」
「うう……」
「女子寮に忍び込むなんて、後々まで語り草になるぞ。グランディア王国史に恥ずかしい行動の数々が載るんだ。犯罪王子の烙印を押されたくなければ、絶対にやめておけ」
セドリックを諌めつつ、レイモンドはどこか嬉しそうだ。アレックスは彼がご機嫌な理由が分からず、目の前の昼食に集中した。
◆◆◆
「近くまで行って見たら殿下だったよ」
「……やっぱり」
「何で黒なの?」
「あれじゃない?デドノア祭の仮装」
「ああ、ハロウィーンか」
満腹になったエミリーが大きく欠伸をする。
「ゲームにこんなイベントあったっけ?アレックスルートじゃ見たことないけど」
「アレックス君、そういうの興味なさそうだもんね」
「バレンタインも忘れそうだからね。……マリナは?殿下のルートで何かあった?」
「聞いたことはないわね。攻略サイトにもなかったと思うわ」
マリナは遠い記憶を呼び起こした。セドリックは制服か白い正装が多く、黒を着ているイメージが浮かばない。
「レイ様は、お菓子を食べさせ合いっこするの」
「へー」
「ふーん」
「皆、興味ないって顔してるっ……。お菓子、少なくなっちゃって、多分イベントとは違うと思うの……」
じわ、とアメジストの瞳が濡れる。マリナとジュリアが必死に妹を慰めている横で、エミリーは冷めた瞳で呟いた。
「……デドノア祭のイベント、か……」
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