上 下
772 / 794
閑話 王子様はお菓子泥棒

しおりを挟む
【時期を逸したハロウィーンネタです】

「さあ、いよいよだな!ふはははははは!」
グランディア王立学院男子寮の、特別室に高笑いが響いた。
豪快にドアを開け、まだ半分目を閉じている王太子の寝室までずかずかと入り込むと、自称・次期宰相のレイモンド・オードファンは容赦なくセドリックの布団を剥がした。
「さ、寒いよ!」
「いつまで寝ている?今日は決戦の日だろう?」
「けっせん……?」
眠い瞳を擦り、ひとつ大あくびをして、セドリックはハイテンションな再従兄を眺めた。いつもと変わらず隙のない制服の着こなしである。
「デドノアの祝祭ではないか。お菓子を奪って悪戯をする、悪名高い神の」
「そうだっけ?」
「違うのか?我が家では、母上がケーキを作り、父上と俺が悪戯をしかけたが」
「それは違うんじゃないかなあ?お菓子をくれた人には悪戯しないんだよ?」
雷で打たれたように、レイモンドは片手を顔の前に上げて身構えたまま固まった。
「そ、そうなのか……俺は、てっきり……」
がくり。項垂れて、そのまま膝をついて胸に手を当てて天に祈った。
「何てことだ……」
「どうしたの?いつものレイらしくないよ」
「いつもの俺は何だと言うんだ。まあ、確かに。いつもは俺がお前に教える役回りだからな」
「うん。僕が知っていてレイが知らないことなんて、初めてじゃないかな」
王太子セドリックは鬼の首を取ったようににやりと笑い、再従兄の隣に立った。
「ねえ。よかったら僕に話してみてよ。僕にできることなら協力するよ?」

   ◆◆◆

侍女に着替えさせられながら、セドリックは「うーん」と唸った。
「つまり、アリッサは大量にお菓子を作っているんだね?」
「そうだ。俺が頼んだんだ。『君の手作りのお菓子を食べさせてほしい』と」
「お菓子を作ってあげたのに、アリッサは悪戯される……予定だったんだね。レイの中では」
「ああ。悪戯が罰だったとは思わなかったんだ。……家では、父に悪戯されても、母は喜んでいたからな」
「レイの御両親は特別だからねえ」
オードファン公爵は愛妻家で有名である。息子のレイモンドでさえ、見ていると恥ずかしくなるほどのラブラブっぷりを見せつけてくることもある。それが普通だと思って育った彼は、アリッサとのスキンシップをとって当然だろうと考えていたが、どうやらお菓子があるのなら悪戯はできないと気づいた。
「そこでだ。セドリック、頼みがある」
「ん?」
「何となく気づいていると思うが……アリッサが用意した菓子類を全て盗み出してほしい」
「全部!?」
「……そうだ。アリッサの手持ちがなくなれば、俺は彼女に悪戯できる!」
両手でセドリックの手を握り、レイモンドは鼻息も荒く意気込んだ。
「うーん……できるかなあ」
「まずは実践あるのみだ。頼む!」

   ◆◆◆

「ひどい、ひどぉいよ……」
ぐすぐすと泣きじゃくるアリッサの隣で、エミリーが面倒くさそうに眉間に皺を寄せた。
「いい加減にして」
「だって、だってぇ。ジュリアちゃんが……」
「レイモンドにあげる分だって知らなかったんだもん。試作品は食べていいって言ってたし」
「それは一昨日までだもん!昨日作ったのは、今日レイ様にお渡しするのに」
「だから、ごめんって!」
レイモンドに渡すべく、アリッサは焼き菓子やケーキを複数作っていた。袋とリボンでラッピングができていたマドレーヌ風の焼き菓子を除き、残りをジュリアが食べてしまったのだ。
「レイ様のリクエストだったのに……」
「食べてしまったものは仕方がないでしょう?残っているお菓子で満足してもらえるように考えればいいのよ」
マリナが自信満々に微笑んだ。
「おー。悪い顔」
「ふっ。作戦はもう、ここにできてるわよ」
指先で頭の横をトントンと叩く。もう一方の手は腰に当てている。
「どんなの?」
「教えて、マリナちゃん」
「題して、『私を食べて』大作戦よ」
「……ぶほっ!」
紅茶を啜っていたエミリーが吹き出した。
「マリナ、それ、正気で言ってる?酔っぱらってないよね?」
「む、無理ぃ。は、恥ずかしいよぉ……」
もじもじしたアリッサは両頬を手で包み、エミリーの隣に膝を揃えて座った。

   ◆◆◆

「おはよう!アレックス。実にいい朝だな」
「おぅ、あ、おはようございます……レイモンドさん!?」
スキップして食堂に向かう後姿に挨拶をしながら、アレックスは信じられない光景を二度見した。
「嘘だろ……あのレイモンドさんが?」
両手でゴシゴシと顔を擦り、自分が起きていることを確かめる。
「夢じゃないよな」
ぽん、と肩を叩かれて振り返り様に、指先がアレックスの頬に食い込んだ。
「うわあい、引っかかった」
満面の笑みで得意げだ。王太子セドリックは自分の悪戯が成功したことを純粋に喜んだ。
「アレックス、お菓子は?お菓子をくれないと……」
「殿下……悪戯するまえに訊くんじゃないですか?」
「えっ、そうだったの?悪かったね。次から気をつける」
「別に構いませんよ。……それより、あの、レイモンドさんが」
「うん。レイは張り切ってるよね」
目を細めて頷く。ついでに腕組みをして、自分だけが彼の秘密を知っているとでも言いたげにアレックスに流し目を送った。
「何ですか?」
「聞きたい?」
「いや、うーん。そんなでもないです」
「聞きたいって顔に書いてあるよ。うん、いいよ、特別にアレックスにも教えよう。僕達の仲間に入れてあげるよ」
「えっ?仲間?」
引きずられるように、食堂の上座まで連行される。アレックスは優雅に水を飲んでいるレイモンドと目が合い、嫌な予感に身震いした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。 思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。 さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。 彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。 そんなの絶対に嫌! というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい! 私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。 ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの? ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ? この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった? なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。 なんか……幼馴染、ヤンデる…………? 「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。

処理中です...