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学院編 14

463 悪役令嬢は鬼瓦に隠れる

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キースが転移魔法の詠唱を終える寸前で、周囲にビシッと結界が張られた。
――この感じ……!
途中で唱えるのをやめ、苦しそうに息をする彼の肩から背中を撫で、魔力の発生源を睨んだ。
「ちょっと!やりすぎよ」
「やりすぎはどっちだよ。……ったく、リオネルが甘やかすから」
ルーファスが青い髪を揺らし、腕組みをして部屋のドアを蹴とばした。
「ルー、何やって……」
「チッ……」
彼の唯一の弱点であるリオネルに咎める視線を向けられて、ルーファスは結界と魔法攻撃を緩める。キースがその場に膝をつき、肩で大きく息をした。
「逃げようとする方が悪い。俺は王子の側近としてすべきことをしただけだ」
「……逃げようとしたの?キースとエミリーが?」
大きな瞳を瞬かせ、リオネルはエミリー達の傍へ走ってきた。キースを気遣う様子を見せ、眉根を寄せて悲しげな表情をする。
「ごめん……。信用してないわけじゃないの。私達がアスタシフォンに入ったら、外交問題の火種になる。魔導士の無許可渡航なんて、どんな風にも罪をでっち上げられる」
「なるべく早く、グランディアに帰してあげられるように……」
「リオネルは、私達をどうするの?」
「どうする……?」
「例えば、あの魔法地雷と私達を使って、王家に謀反を企てる者がいたら……?私達と対抗勢力を結び付ければ、処罰することもできる」
「そんなことしないよ!」
「……リオネルがそうでも、他の人が皆同じだという保証はない。……違う?」
唇を噛みしめ、リオネルが俯いた。澄んだ瞳に涙が満ちる。
「おいおい、うちの王子を泣かしてんじゃねえよ」
ルーファスが面倒くさそうな態度を崩さずに、エミリーとリオネルの間に割って入った。
「……本当のことでしょ」
「間違っちゃいないが、それだとお前ら、処刑されるだろ?」
「アスタシフォン国内とゆかりのない私達なら、渡りに船よね。……体のいい捨て駒ね」
「捨て駒……」
回復したキースが小声で復唱した。
「ま、待ってください。エミリーさん、ルーファスさん!」
「……?」
「これは単純な転移魔法の誤りで、何の意図もないんです!だ、だから……僕がおじいさ……祖父の魔導師団長にかけあいます。祖父は僕が魔導士として未熟だと知っていますし、友人のエミリーさんを見捨てるようなことはしないはずです。どうか、グランディアに連絡を取らせてください」
土下座に近い格好で、キースはリオネルに頭を下げた。

   ◆◆◆

アリッサが向かった船は、港の中心部ではなく、外れの方に停泊していた。ビルクール海運が所有する四姉妹の名をつけた大型船とは違い、比較的小型の船が多い一角だ。余計な装飾がなく、船を所有する会社の名前も定かではない。
「こちらですね。載せている積荷も少ないですし、すぐに終わるかと存じます」
通商組合の若者は、不安を隠しきれていないアリッサに、「心配はいりませんよ」と温かい眼差しを向けた。マリナから事情を聞いた青年は、メイナードといってブロウ商船の社長の養子だ。実子がいない社長に大層商才を買われている。総会では司会を務めていた若手のリーダー格であり、顔が広く多少のことには動じない。太く凛々しい眉にしっかりした顎、豪快に笑う姿が印象的だ。アリッサはマリナから彼を紹介され、初対面の印象は鬼瓦のようだと思った。
――正直、この人、怖いなあ。
「質問は私がしますし、お嬢様は様子をご覧になっているだけで……と、何でしょうね」
船の傍で数人の男達が言い争いをしている。そのうち一人の背格好に既視感がして、アリッサはピタリと歩みを止めた。
「……」
縋るような瞳で彼を見る。鬼瓦に似た人のいい青年より、恐ろしい者がそこにいる。
「ああ……あれは……」
こちらを振り返り、メイナードはぴくりと眉を動かした。
「こちらに気が付いたようですね」
体格のいい彼の背後に隠れ、アリッサは息を殺した。

「おや、メイナードさん」
「揉めているようだな。何かあったのかい?」
「いいえ、特には……」
マクシミリアンは抑揚のない声で返答した。彼の隣では、船員の一人が青い顔をしている。
「この船に何か用があるのか?こちらも一つ、用事があるんだが」
「用事?」
「通商組合の総会で、積荷の検査をすることになったと、お父上から聞いているだろう?」
「……初耳ですが。それに、検査は王都から調査官が来るのでは?私が見る限り……あなたの後ろの彼女が調査をするようには見えません。……そうですよね?アリッサさん」
ビクッ!
不自然な程アリッサは跳ね上がった。彼女の怯えを感じたメイナードは、マクシミリアンとの間に立ち、広い背中で覆い隠そうとした。
「今回の調査は、ビルクールの領主であるハーリオン侯爵様が、領主の権限で独自に行われるものだ。時間は取らせないから、そこを通してくれないか」
メイナードとマクシミリアンは、薄く笑い無言で睨みあった。アリッサは恐ろしくて膝の震えが止まらない。ジュリアの真似をして着てきた男物の服は、震える膝を隠してはくれない。
「……お恥ずかしい話ですが、わが社の事務処理に誤りがありましてね。私もこの船を調べたいと思っていたのです」
「ほう。じゃあ、何か不都合があっても、『誤り』だって言うんだな?」
「……」
表情の読めない瞳を細め、マクシミリアンは踵を返して船の中へ消えた。
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