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学院編 14
461 悪役令嬢は始まる前から弱音を吐く
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「これが今日の予定表よ。出発を控えた船はこれとこれと……」
「無理ぃいいいい!」
「ジュリア、言い終わらないうちから弱音を吐かないでよ」
「だって、ドレス着て回るんでしょ?私、お嬢様ぶりっこはできないってば。絶対ボロが出るからね?いいの?」
「あら、ドレスで行くなんて、誰が言ったのかしら?」
腕組みをしたマリナは、椅子に跨るように座り背凭れに顎を乗せて渋い顔をしている妹を上から目線で見た。
「……違うの?」
「お邸から持ってきた荷物に、男物の……ジュリアの服がたくさんあるのは何故だと思うの?」
「ん?」
「今日から、マリナ・ハーリオン……ハーリオン侯爵の代理人は、『お嬢様』をやめて働くわよ」
アリッサがスケッチブックに『どういうこと?』と書いて首を傾げた。
「じゃあ……」
「すぐに着替えるわ。私も、アリッサも、もちろんジュリアも、皆『男装の麗人』になるのよ」
「よっしゃ!」
椅子を倒しそうな勢いでジュリアが立ち上がり、すぐに衣裳部屋に飛び込んで行った。
「あら、なあに?」
マリナの袖をくいくいと引いたアリッサは、不安な顔で首を振っている。指先を唇に当て、バツを作った。
「エミリーの魔法で話せない、ってことね。心配は要らないわ。検査は王都から派遣されている検査員の立会のもと、ビルクール通商組合が行うの。私達は領主……の代理として、その場にいれば……」
『検査員なんて来てるの?』とアリッサはすらすらとペンを走らせた。
「時間になったら、王都の市場にある転移魔法陣からこちらにいらっしゃるそうよ。国王陛下の勅命を受けた方ですもの、それ相応の身分があるに違いないわ」
「『その人の相手はマリナちゃんだよね?』……って、ええ。私がその方と積荷の検査をしている間に、あなたとジュリアは別の船の検査をするのよ。私が検査員と別の船にいると思われているのだから、本当の抜き打ち検査よね。ふふっ」
『不安だよぉ』と書いて、アリッサはマリナの顔にスケッチブックを押しつけた。
◆◆◆
「そんなに畏まらないでください」
すらりとした指先を伸ばしかけ、ロファン侯爵パーシヴァルは苦笑いをした。目の前には、頭を下げたマリナが固まっている。
「遠路はるばるお越しくださいまして……」
「魔法陣ですぐでしょう?普通に、普通にしてくださいよ、マリナ嬢」
数年前には『社交界一結婚したい男』と言われた若者は、爽やかな笑顔を絶やさない。マリナ好みの王子様系美男子が騎士服を身に纏い、出迎えた令嬢の肩を叩いた。
「ですが……私は父の代理とはいえ、侯爵様とは身分が違いますわ」
「あなたは侯爵令嬢で、いずれ王妃になられる方だ」
「王妃……」
「あっ、す、すみません。いや、うん、俺はマリナ王妃を推してるからね!」
パーシヴァルの口調が突然熱意にあふれ、マリナはぎょっとして半歩下がった。
「えっ」
「実は、妹が王立学院にいるんだけど、セドリック殿下とマリナ嬢のファンでね。いろいろあるみたいだけど、『お二人は絶対幸せなご成婚をなさいます』って言ってるんだ」
「はあ……それは……応援していただいてありがたいですわ」
何とも感想が述べにくい。マリナはどうやりすごそうかと思案した。
「だから、俺はハーリオン侯爵様が不正を働いているなんて、これっぽっちも思っていないし、国王陛下のご命令を受けた騎士団長様も、俺ならハーリオン侯爵様を悪役にしないで公正な検査ができると太鼓判を押したんだ」
逆に肩入れしすぎのような気はするが、騎士団長のヴィルソード侯爵が彼を事実上の使者とした気持ちも分かる。他の騎士は功績を上げようと急ぐあまり、ハーリオン家に不利な証拠ばかりを集めるかもしれない。その点、世襲で若くても侯爵の位にあるパーシヴァルは、同世代のうちでは高い身分にあり、殊更功績を上げなくてもいい。本人にも野心はなさそうだ。
「お恥ずかしい話ですが、私はあまり、港のことに詳しくなく……通商組合の者に検査を頼むことにしております。ご質問がございましたら、何でも仰って下さいね」
「はい。……では、案内を」
マリナが目くばせすると、通商組合の若者がパーシヴァルを誘導した。左右の船の様子をそれとなく確認しながらマリナは彼の後ろを歩く。
――皆報告に走ったわね。自分の船には来ないと思ったら大違いよ。
◆◆◆
リオネル王子が用意した自称海賊船は、コスプレもどきの魔法騎士達を乗せて港へ到着した。ベッドの脇の部屋の窓から外を窺い、エミリーはアメジストの瞳を凝らす。
「ねえ、キース」
「何ですか?」
「……さっき、寝たから魔力回復した?」
「ええ、まあ……多少は」
手招きして呼び寄せ、エミリーはキースの耳に触れた。
「うひゃあ」
「……ちょっと、静かにして」
「うう、いきなり触られたら驚きますよ。……っ、はあっ、深呼吸、深呼吸……」
再度部屋の中を見回す。奪った荷物を確認しに行ったのだろう。リオネルやノアの姿は見えない。
「あれ、見える?」
「船ですか?……随分と派手ですね」
「『ジュリア号』……ビルクール海運、うちの船会社の持ち物なの。……ここまで言えば分かると思うけど」
「……自信がありませんよ」
「あの船の、人に見つからない場所に飛んで」
キースはいやいやと頭を振る。
「僕の転移魔法の精度は分かってるでしょう?」
「ここにいたら、罪人扱いでグランディアに帰れないかもしれない。リオネルには悪いけど……逃げるしか、ない」
「ふう……分かりました。元はと言えば、僕が撒いた種ですから」
咳払いを一つすると、少しだけ頬を赤くしてエミリーの手を取り、キースは転移魔法を唱え始めた。
「無理ぃいいいい!」
「ジュリア、言い終わらないうちから弱音を吐かないでよ」
「だって、ドレス着て回るんでしょ?私、お嬢様ぶりっこはできないってば。絶対ボロが出るからね?いいの?」
「あら、ドレスで行くなんて、誰が言ったのかしら?」
腕組みをしたマリナは、椅子に跨るように座り背凭れに顎を乗せて渋い顔をしている妹を上から目線で見た。
「……違うの?」
「お邸から持ってきた荷物に、男物の……ジュリアの服がたくさんあるのは何故だと思うの?」
「ん?」
「今日から、マリナ・ハーリオン……ハーリオン侯爵の代理人は、『お嬢様』をやめて働くわよ」
アリッサがスケッチブックに『どういうこと?』と書いて首を傾げた。
「じゃあ……」
「すぐに着替えるわ。私も、アリッサも、もちろんジュリアも、皆『男装の麗人』になるのよ」
「よっしゃ!」
椅子を倒しそうな勢いでジュリアが立ち上がり、すぐに衣裳部屋に飛び込んで行った。
「あら、なあに?」
マリナの袖をくいくいと引いたアリッサは、不安な顔で首を振っている。指先を唇に当て、バツを作った。
「エミリーの魔法で話せない、ってことね。心配は要らないわ。検査は王都から派遣されている検査員の立会のもと、ビルクール通商組合が行うの。私達は領主……の代理として、その場にいれば……」
『検査員なんて来てるの?』とアリッサはすらすらとペンを走らせた。
「時間になったら、王都の市場にある転移魔法陣からこちらにいらっしゃるそうよ。国王陛下の勅命を受けた方ですもの、それ相応の身分があるに違いないわ」
「『その人の相手はマリナちゃんだよね?』……って、ええ。私がその方と積荷の検査をしている間に、あなたとジュリアは別の船の検査をするのよ。私が検査員と別の船にいると思われているのだから、本当の抜き打ち検査よね。ふふっ」
『不安だよぉ』と書いて、アリッサはマリナの顔にスケッチブックを押しつけた。
◆◆◆
「そんなに畏まらないでください」
すらりとした指先を伸ばしかけ、ロファン侯爵パーシヴァルは苦笑いをした。目の前には、頭を下げたマリナが固まっている。
「遠路はるばるお越しくださいまして……」
「魔法陣ですぐでしょう?普通に、普通にしてくださいよ、マリナ嬢」
数年前には『社交界一結婚したい男』と言われた若者は、爽やかな笑顔を絶やさない。マリナ好みの王子様系美男子が騎士服を身に纏い、出迎えた令嬢の肩を叩いた。
「ですが……私は父の代理とはいえ、侯爵様とは身分が違いますわ」
「あなたは侯爵令嬢で、いずれ王妃になられる方だ」
「王妃……」
「あっ、す、すみません。いや、うん、俺はマリナ王妃を推してるからね!」
パーシヴァルの口調が突然熱意にあふれ、マリナはぎょっとして半歩下がった。
「えっ」
「実は、妹が王立学院にいるんだけど、セドリック殿下とマリナ嬢のファンでね。いろいろあるみたいだけど、『お二人は絶対幸せなご成婚をなさいます』って言ってるんだ」
「はあ……それは……応援していただいてありがたいですわ」
何とも感想が述べにくい。マリナはどうやりすごそうかと思案した。
「だから、俺はハーリオン侯爵様が不正を働いているなんて、これっぽっちも思っていないし、国王陛下のご命令を受けた騎士団長様も、俺ならハーリオン侯爵様を悪役にしないで公正な検査ができると太鼓判を押したんだ」
逆に肩入れしすぎのような気はするが、騎士団長のヴィルソード侯爵が彼を事実上の使者とした気持ちも分かる。他の騎士は功績を上げようと急ぐあまり、ハーリオン家に不利な証拠ばかりを集めるかもしれない。その点、世襲で若くても侯爵の位にあるパーシヴァルは、同世代のうちでは高い身分にあり、殊更功績を上げなくてもいい。本人にも野心はなさそうだ。
「お恥ずかしい話ですが、私はあまり、港のことに詳しくなく……通商組合の者に検査を頼むことにしております。ご質問がございましたら、何でも仰って下さいね」
「はい。……では、案内を」
マリナが目くばせすると、通商組合の若者がパーシヴァルを誘導した。左右の船の様子をそれとなく確認しながらマリナは彼の後ろを歩く。
――皆報告に走ったわね。自分の船には来ないと思ったら大違いよ。
◆◆◆
リオネル王子が用意した自称海賊船は、コスプレもどきの魔法騎士達を乗せて港へ到着した。ベッドの脇の部屋の窓から外を窺い、エミリーはアメジストの瞳を凝らす。
「ねえ、キース」
「何ですか?」
「……さっき、寝たから魔力回復した?」
「ええ、まあ……多少は」
手招きして呼び寄せ、エミリーはキースの耳に触れた。
「うひゃあ」
「……ちょっと、静かにして」
「うう、いきなり触られたら驚きますよ。……っ、はあっ、深呼吸、深呼吸……」
再度部屋の中を見回す。奪った荷物を確認しに行ったのだろう。リオネルやノアの姿は見えない。
「あれ、見える?」
「船ですか?……随分と派手ですね」
「『ジュリア号』……ビルクール海運、うちの船会社の持ち物なの。……ここまで言えば分かると思うけど」
「……自信がありませんよ」
「あの船の、人に見つからない場所に飛んで」
キースはいやいやと頭を振る。
「僕の転移魔法の精度は分かってるでしょう?」
「ここにいたら、罪人扱いでグランディアに帰れないかもしれない。リオネルには悪いけど……逃げるしか、ない」
「ふう……分かりました。元はと言えば、僕が撒いた種ですから」
咳払いを一つすると、少しだけ頬を赤くしてエミリーの手を取り、キースは転移魔法を唱え始めた。
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