上 下
633 / 794
学院編 14

461 悪役令嬢は始まる前から弱音を吐く

しおりを挟む
「これが今日の予定表よ。出発を控えた船はこれとこれと……」
「無理ぃいいいい!」
「ジュリア、言い終わらないうちから弱音を吐かないでよ」
「だって、ドレス着て回るんでしょ?私、お嬢様ぶりっこはできないってば。絶対ボロが出るからね?いいの?」
「あら、ドレスで行くなんて、誰が言ったのかしら?」
腕組みをしたマリナは、椅子に跨るように座り背凭れに顎を乗せて渋い顔をしている妹を上から目線で見た。
「……違うの?」
「お邸から持ってきた荷物に、男物の……ジュリアの服がたくさんあるのは何故だと思うの?」
「ん?」
「今日から、マリナ・ハーリオン……ハーリオン侯爵の代理人は、『お嬢様』をやめて働くわよ」
アリッサがスケッチブックに『どういうこと?』と書いて首を傾げた。
「じゃあ……」
「すぐに着替えるわ。私も、アリッサも、もちろんジュリアも、皆『男装の麗人』になるのよ」
「よっしゃ!」
椅子を倒しそうな勢いでジュリアが立ち上がり、すぐに衣裳部屋に飛び込んで行った。
「あら、なあに?」
マリナの袖をくいくいと引いたアリッサは、不安な顔で首を振っている。指先を唇に当て、バツを作った。
「エミリーの魔法で話せない、ってことね。心配は要らないわ。検査は王都から派遣されている検査員の立会のもと、ビルクール通商組合が行うの。私達は領主……の代理として、その場にいれば……」
『検査員なんて来てるの?』とアリッサはすらすらとペンを走らせた。
「時間になったら、王都の市場にある転移魔法陣からこちらにいらっしゃるそうよ。国王陛下の勅命を受けた方ですもの、それ相応の身分があるに違いないわ」
「『その人の相手はマリナちゃんだよね?』……って、ええ。私がその方と積荷の検査をしている間に、あなたとジュリアは別の船の検査をするのよ。私が検査員と別の船にいると思われているのだから、本当の抜き打ち検査よね。ふふっ」
『不安だよぉ』と書いて、アリッサはマリナの顔にスケッチブックを押しつけた。

   ◆◆◆

「そんなに畏まらないでください」
すらりとした指先を伸ばしかけ、ロファン侯爵パーシヴァルは苦笑いをした。目の前には、頭を下げたマリナが固まっている。
「遠路はるばるお越しくださいまして……」
「魔法陣ですぐでしょう?普通に、普通にしてくださいよ、マリナ嬢」
数年前には『社交界一結婚したい男』と言われた若者は、爽やかな笑顔を絶やさない。マリナ好みの王子様系美男子が騎士服を身に纏い、出迎えた令嬢の肩を叩いた。
「ですが……私は父の代理とはいえ、侯爵様とは身分が違いますわ」
「あなたは侯爵令嬢で、いずれ王妃になられる方だ」
「王妃……」
「あっ、す、すみません。いや、うん、俺はマリナ王妃を推してるからね!」
パーシヴァルの口調が突然熱意にあふれ、マリナはぎょっとして半歩下がった。
「えっ」
「実は、妹が王立学院にいるんだけど、セドリック殿下とマリナ嬢のファンでね。いろいろあるみたいだけど、『お二人は絶対幸せなご成婚をなさいます』って言ってるんだ」
「はあ……それは……応援していただいてありがたいですわ」
何とも感想が述べにくい。マリナはどうやりすごそうかと思案した。
「だから、俺はハーリオン侯爵様が不正を働いているなんて、これっぽっちも思っていないし、国王陛下のご命令を受けた騎士団長様も、俺ならハーリオン侯爵様を悪役にしないで公正な検査ができると太鼓判を押したんだ」
逆に肩入れしすぎのような気はするが、騎士団長のヴィルソード侯爵が彼を事実上の使者とした気持ちも分かる。他の騎士は功績を上げようと急ぐあまり、ハーリオン家に不利な証拠ばかりを集めるかもしれない。その点、世襲で若くても侯爵の位にあるパーシヴァルは、同世代のうちでは高い身分にあり、殊更功績を上げなくてもいい。本人にも野心はなさそうだ。
「お恥ずかしい話ですが、私はあまり、港のことに詳しくなく……通商組合の者に検査を頼むことにしております。ご質問がございましたら、何でも仰って下さいね」
「はい。……では、案内を」
マリナが目くばせすると、通商組合の若者がパーシヴァルを誘導した。左右の船の様子をそれとなく確認しながらマリナは彼の後ろを歩く。
――皆報告に走ったわね。自分の船には来ないと思ったら大違いよ。

   ◆◆◆

リオネル王子が用意した自称海賊船は、コスプレもどきの魔法騎士達を乗せて港へ到着した。ベッドの脇の部屋の窓から外を窺い、エミリーはアメジストの瞳を凝らす。
「ねえ、キース」
「何ですか?」
「……さっき、寝たから魔力回復した?」
「ええ、まあ……多少は」
手招きして呼び寄せ、エミリーはキースの耳に触れた。
「うひゃあ」
「……ちょっと、静かにして」
「うう、いきなり触られたら驚きますよ。……っ、はあっ、深呼吸、深呼吸……」
再度部屋の中を見回す。奪った荷物を確認しに行ったのだろう。リオネルやノアの姿は見えない。
「あれ、見える?」
「船ですか?……随分と派手ですね」
「『ジュリア号』……ビルクール海運、うちの船会社の持ち物なの。……ここまで言えば分かると思うけど」
「……自信がありませんよ」
「あの船の、人に見つからない場所に飛んで」
キースはいやいやと頭を振る。
「僕の転移魔法の精度は分かってるでしょう?」
「ここにいたら、罪人扱いでグランディアに帰れないかもしれない。リオネルには悪いけど……逃げるしか、ない」
「ふう……分かりました。元はと言えば、僕が撒いた種ですから」
咳払いを一つすると、少しだけ頬を赤くしてエミリーの手を取り、キースは転移魔法を唱え始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。 思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。 さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。 彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。 そんなの絶対に嫌! というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい! 私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。 ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの? ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ? この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった? なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。 なんか……幼馴染、ヤンデる…………? 「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。

処理中です...