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学院編 14

454 悪役令嬢は専制政治を宣言する

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「忙しい時期に、我々を集めて……皆で話し合うようなことなのかね?」
平民ばかりの通商組合の面々は、尊大な態度で椅子にふんぞり返ったベイルズ準男爵に眉を顰めた。
「先日、ハーリオン侯爵様から臨時総会を開いて話し合うようにとのご指示が……」
「その侯爵様ご本人はいらしていないではないか。代わりにご令嬢が出席して、何か決められるとでも思っていらっしゃるのかな?」
司会役の青年は、隣の人物に助けを求めた。ビルクール海運の事務所で話を聞いた限りでは、港に船を置いている商人達は、自分の子弟を通商組合で働かせて実務経験を積ませているらしい。面立ちが似ているところを見れば、司会の青年と隣の紳士は親子のようだ。
「侯爵様は常に、港のことは我々の自由にさせてくださっています。今回も同じです。……お手紙には、通商組合で積荷の抜き打ち検査を行うようにと……」
バン。
「何だと?」
ベイルズは机を叩いた。その様子を見た数名が、彼に同調して反対意見を述べ始めた。
「侯爵様は我々を信用なさっておられないのではないか?」
「そうだそうだ。端から疑ってかかっている」
――あの人達、ベイルズが入って来た時にすぐに立ち上がって出迎えたメンバーだわ。腰巾着というわけね。
マリナは成り行きを静観することに決めた。優雅に微笑んで、口元を扇子で隠している。
「当然、ビルクール海運の積荷も調べるのだろうな?……よろしいですかな?マリナ嬢」
すかさずベイルズがマリナに話を振った。話の流れで押していけば、普通の令嬢は首を縦に振らずにはいられないだろう。
「ええ、当然ですわ」
一同がざわついた。後ろに座っていたジムが腰を浮かしかける。
「ただし……皆様、全員が検査に応じると、この場でお約束してくださるのでしたら」
「約束だと?」
「すぐに誓約書を作らせましょう。この場にいる全員が署名をし、検査に応じること、不正をしないことを誓うのです。勿論、どの会社も不正などしていないでしょうから、検査をしても問題はございませんわね?」
凛々しい眼差しで一同の表情を窺う。呆気にとられている者が殆どだ。領主の娘、それもドレスと貴公子の話題にしか興味がなさそうだった少女が、突然準男爵に刃向ったのだ。中にはおろおろとベイルズを見ている者もいる。
「皆様を疑っているわけではございませんのよ?国王陛下のご指示で、父も仕方なく……といったところかしら。わたくしは誓約に立ち会い、今日のことを必ず父に伝えますわ」
「その侯爵様は、いつグランディアにお戻りになられるのだ?」
――お父様が出国したままだと知っているのね?
「あちらのご用が済み次第、と聞いておりますけれど?」
背筋を伸ばし、マリナは上から目線で言った。怯んではいけない。ベイルズは明らかにマリナを挑発しようとしている。
「滞在が長期になるのならなおのこと、ビルクールのことは我々に任せていただけないか。検査の件も」
「……どういう意味でしょう?わたくしでは父の代わりは務まらないと?」
「この場にいる誰もがそう思っているはずだ。王太子の愛人になるしか能がない王都育ちのお嬢様に、ビルクール港を治められやしないとな!」
ベイルズの両隣の紳士が彼を押さえ、宥めて椅子に座らせた。マリナが言い返さないのを自分の勝利と取ったのか、ベイルズは満足して顎を摩った。
「……おっと、少し言いすぎましたかな。はっはっは」
マリナが口を開き、何事か呟いた瞬間、一気に場が凍った。
「……は?」
「あ、あの……マリナ様?」
「こちらも、少しばかり、自由にさせすぎたようですわね」
椅子から立ち上がり、マリナは扇子をテーブルに置いた。カタンという音が静まり返った室内に響く。
「よろしくてよ!その挑戦、受けて立ちましょう」
「マ、マリナ様、あ、あのっ」
背後のジムの声は全く耳に届いていない。マリナは再び、最上級の微笑をたたえた。
「誓約など必要ありませんわ。抜き打ち検査は領主の権限で行います。違反が見つかった場合は、港を使用する権利を剥奪します。何もやましいことがなければ、いつ検査をしても問題はありませんもの。引き続き港から船を出せますわよ」
通商組合の者達に視線を投げる。頷くまで軽く睨むと、彼らは顔色を変えた。
「よろしく頼みますね。期待しておりましてよ?」

   ◆◆◆

ビルクール海運の社員に別れを告げ、マリナは一度、ビルクールにある領主館へ入った。ハーリオン侯爵が港に立ち寄る際は、いつもこの邸に宿泊している。王都の邸と定期的に人を入れ替えているので、使用人は皆マリナの顔見知りだ。
「お嬢様!」
エントランスに到着したマリナに、真っ先に駆け寄って来たのは少し太めの中年侍女だ。
「久しぶりね、ロミー。ビルクールに来て何年経ったかしら?」
「もう二年になります。お嬢様はますますお綺麗になられましたね」
「まあ、お世辞が上手ね。娘さんの具合はどう?よくなったと聞いてはいたけれど」
「はい。お蔭様で。温暖なビルクールの気候が合っていたようで、今は日中、ベッドから起き上がっていられるようになりました」
「本当によかったわ」
「ありがとうございます」
ロミーはうっすら涙を浮かべ、マリナに向かって何度も頭を下げた。
「あら、お礼を言う相手は私ではないわよ」
「侯爵様にとりなしてくださったのはマリナお嬢様ですから」
マリナは当然のことをしたまでだったが、善意を受けた相手はよく覚えているものだ。部屋に着くなり手紙を認め、本邸から来た馬車を王都に返した。
「お嬢様、馬車を返してしまわれてよろしかったのですか?」
「ええ。明日にはまたこちらに来るわよ。少し、忘れ物を取りに行ってもらったの」
窓から外を眺めていたマリナの耳に、潮風に乗せて聞きなれた声が届いた。銀髪を耳にかけてはっきり聞き取ろうとして、マリナは驚き、動きを止めた。
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