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学院編 14

449 悪役令嬢と魔力の蜃気楼

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「はあ……」
馬車の窓から遠ざかる王都を見て、マリナは悩ましげな溜息をついた。
「……さっきから、溜息つきすぎ」
「ごめんなさい。……いろいろ、思うことがあって」
「マリナは不安になることないと思う」
「そうかしら?」
「王太子は命がけでマリナを助けようとするくらい、マリナが大好きらしいし、他の思惑がどうでも王太子妃にしたいと思うんじゃない?」
妹の口から聞くと恥ずかしさが増す。にやついてしまうのを抑えられず、マリナは扇子で口元を隠した。
「これがいつ反転して、アイリーンが妃の座を射止めるかと思うと……」
「……贅沢ね」
「マシュー先生のこともどうにかしようと思ってはいるわよ!」
「取ってつけたように言わないで。……どうせ、スコーンと忘れていたんでしょ?」
エミリーの白い目が心に突き刺さる。
「い、『命の時計』を解いて、見せたら……どう……かし……」
視線が痛い。まるで小馬鹿にしたような顔だ。
「王宮の貴族の前でマリナの魔法を解くふりをしろって?……ハッ、何言ってるの?簡単に解いて見せたりしたら、それこそ魔法をかけた犯人扱いされる格好の材料になるわよ」
「そ、そうね……浅慮だったわ」
「真犯人を突き止めるしか、マシューを釈放させる方法はないの。王立図書館から魔法書を持ち出した人物が誰か分かれば……」
「王立図書館では、持ち出したのはエミリーだと疑っていたわ。記録にあったって」
「誰かが私に成りすまして……本当に、腹立つ!」
イライラするエミリーの周りに紫色の湯気が立ち込めた。これではいけないと、マリナは話題を変えることにした。

「そう言えば、ジュリアはアリッサとどこに行くつもりなのかしらね」
「……さあ?」
「レイ様レイ様ってアリッサが泣いていたから、オードファン家に行くつもりかしら?追い返されないといいけれど」
「……あ」
エミリーが動作を止めた。フリーズしていると本当に人形のようだ。
「どうしたの?」
「……魔法、解いてくるの忘れた」

   ◆◆◆

「惜しかったね、アリッサ。もうちょっとで見送りできたのに!」
「もうちょっとだよ、アリッサ姉様!」
正面のエントランスから引き揚げてきたジュリアとクリスが、廊下の壁に手をついてよろよろと歩いているアリッサを見つけて駆け寄ってきた。
「結局、支度する暇なかったもんね。ネグリジェのままじゃん」
「……」
「アリッサ姉様、辛そう」
「……」
アリッサはとうとうその場にしゃがみこんだ。
「だから、日頃から運動しとけって言ったのに。さ、私達も支度して出かけようか」
「……」
アメジストの瞳が涙で潤んできた。クリスは下から姉の顔を見上げて
「アリッサ姉様、もしかして……」
と言いかけて口をつぐんだ。
「何?どしたの、クリス」
「ううん。エミリー姉様の魔法の気配がしたから」
「……!」
激しく頷いてアリッサは弟の手を取った。何度も頭を下げて何かを頼んでいる。
「ごめんね、僕……エミリー姉様の魔法は解きたくないなあ」
将来有望な美少年ははにかむように笑って、姉達を置き去りにして廊下に消えた。

   ◆◆◆

アリッサはジュリアと部屋に戻り、机の上にノートを広げてさらさらとペンを走らせた。
「えっと……『エミリーちゃんの魔法で話せない』?」
「……」
こくこくと頷き、視線を合わせてから続きを書く。
「『レイ様のことを話していてうるさいって』?そっか。うん、うるさかったけど、魔法まで使うことかなあ?エミリーが来れば解けるんだね?」
頬に掌を当て、アリッサは軽く首を傾げる。家庭教師に魔法を習ったが、詳しいところは分からないのだ。
「ん?『レイ様と心が通じ合わないとこのままかも』?何なの、それ!『エミリーちゃんはレイ様には考えがあるから気にするなって言ってた』……でもアリッサは浮気だと思ってるんでしょ?」
「……」
「アリッサがレイモンドを信じれば解ける魔法なんじゃないの?マリナにかかってたやつみたいなひどいのは、エミリーは使わないと思うよ?」
「……?」
年の割に小さい手が上着をぎゅっと掴む。縋るような視線は可憐で、自分が男だったら勘違いしそうだとジュリアは思った。
「ジョンに頼んで先触れも出しちゃったし、今日はオードファン家に行こうよ。私がついてるから大丈夫!」
潤んだ瞳は長い睫毛を伏せて躊躇っていた。アリッサは一度瞼を閉じて、はっと見開いた。
「……!」
「決心できた?じゃ、とっておきの可愛いドレス、リリーに選んでもらお?」
ふわりと笑ったアリッサの目元が腫れているのをジュリアは見逃さなかった。

   ◆◆◆

「何の用だ?」
オードファン家の客間で、レイモンドは来客であるジュリアとアリッサに横柄な態度を取っていた。彼が横柄なのはいつものことだが、今日はやけに刺々しい。視線を交わすこともできず、アリッサはジュリアの隣で小さくなっていた。
「何の用って……聞きたいことがあるんだけど?」
「訪ねて来なければならないような内容なのか?」
「そうだよ!レイモンド、浮気してんの?」
ジュリアは勢いよく椅子から立ち上がり、左側の一人掛け椅子に脚を組んで座っているレイモンドを上から見下ろした。
「言いがかりもいいところだと言いたいが……」
「見たんだからね!神殿でフローラといるとこ!」
「あれは事情があってのことだ。フローラの誕生日に神殿に連れて行ってくれと、ギーノ伯爵に頼まれてだな」
「頼まれても断れるじゃん!アリッサの気持ちを考えたことある?」
レイモンドは視線をアリッサに向けていた。仕方ないなと眉を下げた。
「もとより、君がアリッサに知らせなければ、アリッサは心を痛めることはないだろう?配慮が足りなかったのは君の方だ、ジュリア」
「ぐっ……」
「考えてみろ。君がレナードと二人で神殿にいたと、俺からアレックスに言ったとする。情報が少なければ少ないほど、あいつは思い悩むだろうな。考え事に向く男ではないから、すぐに抱えきれずに……」
唇を噛んでジュリアは椅子に座った。
「レイモンドが変なことするから、アリッサは声が出なくなっちゃったんだからね!」
はっと顔を上げ、アリッサは違う違うと頭を振った。レイモンドの目の色が変わった。
「本当か……?」
「……!」
パクパクと口を動かすだけのアリッサに驚き、レイモンドはジュリアを押しのけてアリッサの前に跪いた。
「何てことだ!ああ、アリッサ……君が思い悩むことがないように、どれだけ君を愛しているかこの身をもって示して見せよう」
盛り上がったレイモンドがアリッサの顎を掬った瞬間、ジュリアが割って入った。
「はいはい。私もいますよぉ?身をもって示さなくていいからさ、私達に分かるように説明してくれる?」
緑の瞳を悔しそうに歪めて、レイモンドは微かに舌打ちすると、上着を整えて再び椅子に座った。
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