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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る

438 悪役令嬢は攻略対象に惚れ直す

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ブン!
デッキブラシが空を斬る。
「あー、もー!長くてやりにくいっ!」
ジュリアは頭にきてブラシを地面に叩きつけた。戦闘になりすぐに見つけてきた武器は、槍の使い手ならまだしも、細身の剣を愛用するジュリアには使いにくい。街の人々が兵士に武器を振るわれそうになり、対抗するために戦う必要があったのだ。
「あっちはだいたい片付いたぜ!」
コレルダードから行動を共にしてきた仲間が、素手で兵士を倒していくのを見て、ジュリアの心が躍った。
「いいね!街の皆はエルマー達が逃がしてくれてるから、あとは……っ!?」
ジュリアの頭上を何かが飛んでいった。
「いっ!?」
ドオオオオン!
背後の建物が吹き飛んだ。
「う……そ……。魔法はなしでしょ」
魔法戦になったら太刀打ちできない。背筋を冷たいものが伝う。混乱していた街の人々が悲鳴を上げた。先ほどからレイモンドの姿が見えず、安否も分からない。
――どうしよう。皆、不安になってる。
自分達が街に入った時と同じ場所から、人々を逃がせないものか。多人数が塀の外に出てしまえば、兵士も追いかけて行かないだろう。
「皆!ここから逃げたかったら、私についてきて!」
髪を振り乱してデッキブラシを掲げ、ジュリアは声の限り叫んだ。

   ◆◆◆

「レイ様、ジュリアちゃんが……」
「人が多すぎる。どこにいるのか……くっ。アリッサ、ここは危ない。君はどこか安全な場所に……」
「きゃっ!」
逃げてきた人々に押され、アリッサはその場で膝をついた。
「レイ様はどうするんですか?」
「俺は彼らを宥めて収拾をつける。騎士団がこの有様を見たら、侯爵領の荒れようを王宮に報告するだろう。表立って処分を受けることはないだろうが、今は保留の状態だが、ハーリオン侯爵の他の領地を王家に返還させ、直轄領にすると言い出すかもしれない」
「そんな……」
年末に使用人達に渡す手当を、マリナとジョンが何とか工面していた。領地からの収入が長いこと途絶えていたのに、侯爵は具体的な手を打っていなかったからだ。直轄領にされてしまえば、ハーリオン侯爵家が領地から収入を得る術がなくなる。
「心配はいらない。アリッサ、君を辛い目には遭わせない」
「レイ様……」
二人の周りをキラキラした何かが舞っている幻覚が見えた。乙女ゲームで相手が凛々しく美しく見える仕様と同じだ。
――レイ様、素敵!惚れ直しちゃう。
よもや婚約者が緊張感もなく自分に見とれているとは思わず、レイモンドはアリッサの肩に手をかけ、額に手早くキスをした。
「……すぐ戻る。どこかに隠れているんだ。いいね?」

人ごみの向こうにレイモンドの背中が見えなくなり、アリッサは自分の隠れ場所を探そうと思い立った。近くにはいくつもの建物があるが、どこが安全なのだろう。
――マリナちゃんが落ちた塔は問題外よね。ええと……。
ドン!
「きゃ」
「うわ、ゴメン!……って、アリッサ!?」
「ジュリアちゃん!」
髪の色はエミリーの魔法で変わっていても、一目で姉だと分かる。ジュリアはデッキブラシを振り上げて、塀の方向へ人々を先導していた。
「ここから出るの。アリッサもおいでよ」
「私、レイ様に言わないと……心配しちゃうと思うの」
「レイモンド?会ってないなあ」
「ジュリアちゃんが来た方に走って行ったのよ」
「何やってんのよ!敵に突っ込んでくようなもんじゃない!助けに行きたいけど、アリッサは塀の出口なんて分かんないよね?」
「……うう、ごめんね」
エミリー達と一緒に入って来たが、そこまでの道順が思い出せない。初めて来た場所である。邸の中でも時々迷うアリッサには、出口までの誘導は至難の業だ。
「こうしていられない、とにかく出口へ!」
「ジュリア!」
かなり遠くから自分を呼ぶ声がし、ジュリアは目を凝らして通りの先を見つめた。
「……アレックスだ!……と、前にいるの騎士じゃん!何連れてきてんのよ!」
「アレックス君!こっち!」
「アリッサ!?」
目立つ真似をとことん避けているアリッサが、両手を振ってアレックスを呼んでいる。ジュリアは訳が分からず妹を見つめた。
「騎士の皆さんに、街の皆さんを誘導してもらうの。ジュリアちゃんはレイ様を探して!」
ほどなくしてアレックスと騎士が追いついた。隊長がジュリアの前に立った。
「これはどういうことだ!?」
「説明は後よ。とにかく、街の皆を避難させないと!」
「混乱を招くなど、ハーリオン侯爵は何をなさって……」
ダン!
ジュリアのデッキブラシを掴み、アリッサは棒の部分で地面を叩いた。同時に足を踏み鳴らし、キッと騎士を睨み付けた。
「一刻も早く領民を安全な場所へ。あなた方がすべきことはただ一つよ。国王陛下もそう望まれるはずだわ!」
「あ……」
アリッサの気迫に騎士達は動揺した。後ろに続いていた街の人々が、口々に「お嬢様!」と叫んだのを見て、隊長は初対面の少女が侯爵令嬢なのだと理解した。
「分かった。……あなたがここにいるということは、侯爵もこの状況をご存知だと考えていいのだな?」
「いいも何も、単なる工場の爆発事故ですもの。……それとも、何か他にございますの?」
精一杯マリナのふりを通す。アリッサの心臓は今にも口から出てきそうだった。大人の男性相手に威嚇するような発言を繰り返すなど、生まれてこの方初めての経験だ。
「ほう……」
隊長は目を細めてアリッサを見つめた。自分の膝が震えているのが分かった。
――負けられない!
デッキブラシをジュリアに押しつけ、視線を合わせて軽く頷くと、アリッサは街の人々を振り返った。
「皆様!こちらの騎士の皆様が、街の外まで皆様をお守りしてくださるそうですわ!」
「なっ……!?」
騎士団が可否を言う間も与えず、アリッサは堂々と言い放った。

   ◆◆◆

「アリッサ、すげえな」
レイモンドを探して、二人並んで走るジュリアとアレックスは、引っ込み思案のアリッサが騎士団と渡り合ったのを見て驚き、誇らしい気持ちになった。
「そうよ。アリッサはうちの秘密兵器なんだから」
女王オーラで誰が相手でも威圧できるマリナや、剣や魔法で戦える自分とエミリーの陰に隠れてしまいがちだが、アリッサはもっと自分を肯定していい。ジュリアは常々思っていた。
「レイモンドさん、本当にこっちに行ったのか?」
「分かんない。アリッサがこっちだって」
方向音痴のアリッサの証言である。鵜呑みにしてはいけなかったのだろうかと、二人は立ち止まった。引き返そうかと細い路地に目を向けると、そこには傷だらけの老人を背負った若い男がいた。
「あれ、逃げ遅れたのか?……おーい!大丈夫か?」
手を振って走っていくアレックスを追って、ジュリアは薄暗い路地に入った。
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